90話
カーテン越しから漏れている日の光で目が覚める。布団から身を起こすと一面畳の私の部屋がいつも通り見えた。寧ろ昨日ここで寝たのに部屋が変わっていたら驚きだ。
起き上がれば紺色の寝間着がはだけて脱げかけていたので着なおし、そのまま部屋を後にする。
居間にいけば既に食事中の我が父「宝塚 刀頼」がいる。私も父上と向かい合って座布団に座り目の前に置かれた食事を口にした。
「おはようございます父上」
「ああ」
食事中私と父上は一切何も喋らない。普通の家庭ならばここでテレビを点けてニュースを見たり今日の予定を話し合ったりして楽しそうな雰囲気になるだろう、しかし我が食卓にそんなものはない。
別に家族の中が悪いとか険悪とかそういうわけではないが、別に食事中に話すことでもない。そういう私自身も食事は静かに食べるのが好きだった。
「ごちそうさまでした。今日は発彦たちのとこに行きます」
「……そうか」
だからといって何も話さないというのは駄目だ。今からどこに行くぐらいかは教えないと心配させてしまう。
今日は3連休の最終日である。一昨日と昨日は鶴歳研究所に行っていたが今日は発彦のところに久しぶりに遊びが目的で行こうと思っていた。予めあいつには連絡してある。
私はおぼんを台所まで持っていくと、そこには皿洗いをしている母上の姿があった。
「母上、ごちそうさまでした。とても美味しかったです」
「ああ、おはよう刀真。ありがとね」
母の名前は「花月」、宝塚家に嫁いできた人であり父上とは幼き時から婚約関係だったという。
宝塚家は次の当主を残す必要があるのでこういった婚約は早いうちに行われるはずだが私にはまだいない。
理由は簡単、婚約する女性の家族に「パネル」のことを話さなければならないからであり、その相手が見つからないということだ。
宝塚家の当主は怪字討伐という使命を帯びて代々から受け継がれている「伝家宝刀」をその手で握る。なので向こう側の家族からしたら自分の子供が怪物と戦っている者の家に行くというわけだ。そんなを簡単に承諾してくれる親などこの世界にはいない。「自分の子供も巻き込まれないか」と不安に思ってしまうだろう。
一昔前まではまだ物の怪や妖怪といった概念が残っていたが、今となっては化学が発展しそういう民俗学的な存在は空想状の存在という扱いになっている。
なのでパネルや怪字という存在を信じさせることがまず難しく、それで見事信じてもらっても「そうですか、じゃあうちの子をどうかよろしく」とはならない。
そしてなるべく「パネル」の情報を一般家庭に話すこと必要最低限にしないといけないので、断ると分かっている相手には話せない。
つまりこのご時世そう言った話をする相手も選ばないといけないので私の婚約者選びは難航を極めていた。
でも私は、別に探さなくてもいいと思っている。
何故なら全ての怪字は私の代で撲滅するからだ。なので別に次期当主を無理にでも残す必要はない。
少なくともこの大義が達成されるその日までは、婚約者や恋人など作らないつもりだ。
その為にも、奴らは絶対に倒さなければいけない敵だ。
――呪物研究協会エイム、発彦の口から伝えられた奴らの名前。怪字や呪いのパネルを研究、悪用し、特異怪字なるものに変身できる装置まで作れる化学力と自分たちに刺客を差し向けてくる人員の数を持つ組織だ。
最初に遭遇した牛倉一馬、そしてその次に明石鏡一郎、昨日の夜中に万丈炎焔、同島兄弟などなど、今までにだって多くの刺客が私たちに襲い掛かってきた。
これからも奴らの仲間が来るかもしれない。例え今日のような休日でも油断はできなかった。
私はそのまま歯磨きを済ませ、出かける準備をする。今日は一日中神社で遊んでいるつもりだ。この間あいつが貸してくれたゲームも大分上手くなったし驚かせてぎゃふんと言わせてやろう。
着替え終わってバッグも持ったところで出かけようとしたその時、ある物を忘れていたことに気づいて急いで自分の部屋へ戻る。
「すまんすまん……忘れてた」
そう言って机に置いていた「為虎添翼」の四字熟語をポケットに入れ、そのまま出かけていった。
「もう1つの方……どうしましょうか?」
時は昨日まで戻り、例の任務の帰りに天空さんの車に乗っていた道中に発彦がふとそんなことを言う。彼の服の中には式神の「画竜点睛」……その名も「リョウちゃん」が首元から顔を出して興味深そうに車内をキョロキョロしていた。
天空さんが始めて見たときは目を丸くして大変驚いていた。
「もう1つの方って……『為虎添翼』の方か?」
そう、鶴歳研究所の方々から譲り受けた式神タイプの四字熟語は「画竜点睛」だけではなく、「為虎添翼」というものもあった。
「そっちの方は使えなかったのか?……まぁこれ以上式神が増えるのは御免だがな」
そう言って助手席に座っていた刑事は不満そうにそう言った。確かにこいつはリョウちゃんにも比野さんのウヨクちゃんサヨクちゃんに凄い程嫌われていたので、これ以上自分を虐める式神を増やしたくはないのだろう。まぁいい気味だが。
「リョウちゃんはできたのに……この子はまだ無理なんですよね~」
……この子、か。こいつはとっくに怪字と式神を別々の物として捉えてるな。
対する私と刑事はまだ無理だった。式神だろうがこっちの味方になろうがパネルから生まれたものは怪字、その考えがまだ拭えていない。私もこいつも怪字に大切な人を殺されたからだ。
しかし私はその時、万丈炎焔との戦いを思い出す。炎に襲われ包まれ、感情が昂ったあいつの姿を目蓋の裏で再生していた。
「……私に預けてくれないか?」
「え?先輩にですか?」
そしていつの間にか私はそう言っていた。発彦はそれに対し少々驚いた様子を見せたが、別に躊躇するわけもなくそのパネルを手渡してきた。
「まぁ俺も多分リョウちゃんの相手で忙しいと思いますし……あ、天空さん!この子神社に置いてもいいですか!?」
「……お前は捨てられたペットを連れてきた子供か」
何故「為虎添翼」を欲しがったのか、その理由はこれからの戦いの為だ。
不意打ちとは言え、私はあの万丈炎焔に手も足も出なかった。正直悔しいが刑事の奴がいなければ殺されていたかもしれない。
……それがとても悔しい。怪字を撲滅すると豪語しているのにも関わらず1匹の特異怪字に2人係で苦戦していたら先が思いやられた。
その為にも、今の私には新しい力が必要だ。それが「為虎添翼」である。
発彦がリョウちゃんを手に入れて、別に嫉んでいるというわけじゃないが私とあいつの距離はどんどん離れている気がしていた。
式神を手に入れ、グローブという専用の武器も使う。専用の武器はこちらの「伝家宝刀」が該当するかもしれないが発彦の奴はどんどん力を身に付けている。言わば私も負けてられないという対抗心だった。
それに遅かれ早かれこれからもどんどん特異怪字の刺客はやってくる。そんな奴らに一々苦戦していたら身がもたない。
ここいらで私も……パワーアップする必要があった。
(だけどまったく反応しない……何故だ?)
しかし「為虎添翼」は発彦のリョウちゃんのように簡単には懐いてくれず、いまだパネルの状態のままだった。
何回も使って見たが何にも起こらない。一体何が足りないのか、私にはまったく分からなかった。
なので式神を呼び出せた発彦に話を聞いてみようというわけだ。遊びにいくというのはついでというか口実というか、とにかく私はあいつに聞いてみたかった。あまり期待はしてないがもしかしたら何か分かるかもしれない。
それか、私も刑事同様式神にとことん嫌われている体質か……
(……いやいや、あの刑事と同じってことは嫌だ!)
そうではないと思いたい。どうか「為虎添翼」が呼び出せるよう今日何か手に入れられると良いのだが……
そう思いながら神社への道を歩いていると、前方から見覚えのある2人組が歩いてきた。
「……比野さん!?小笠原さんまで!」
「宝塚様!」
それは昨日別れたばっかりの鶴歳研究所の研究員、「比野 翼」さんと「小笠原 大樹」さんであった。
「何で英姿町にいるんですか?」
「鶴歳研究所が崩壊しちゃったから、今度はこの町に研究所を置くことになったんだ。ここなら何か分かるかもしれないからね」
小笠原さんがそう答える。思えばこの町にばっかり特異怪字や普通の怪字が現れている。成る程、パネルの研究をしているこの人たちにとって絶好の場所だな。
「発彦たちにはもう会いましたか?」
「触渡様には先ほど神社に行ってご挨拶しました。この後は勇義様と宝塚様の方にも行こうかと思っていました」
すると彼女の懐に隠れていた「比翼連理」の式神であるウヨクちゃんさサヨクちゃんがちょこっと顔を出してこちらに挨拶してくる。
そうだ、比野さんは式神系の四字熟語を研究して尚且つその式神を使役している人、つまり発彦よりも式神を操る経験は断然に彼女の方が上だ。この際この人にも聞いてみよう。
「あの……これ」
「あ!『為虎添翼』、今は宝塚様が持っているんですね」
「そうなんですけど……未だに使えないんです。何かアドバイスとかありませんか?」
「……私もこの2匹の時はできましたが『画竜点睛』と『為虎添翼』たちは無理でしたから何とも……だけど家族のように接していればそのうち出ると思います!」
「家族……ですか」
そう言えば発彦もリョウちゃんを可愛がっていた。もしかしたらそこに何かヒントがあるかもしれない。予定通りあいつにも聞いてみるとしよう。
「じゃあ私はこれで、またいつか宜しくお願い致します」
「はい!こちらこそお願いします!」
そう言って比野さんたちと別れて私は再び神社へと足を運ぶ。
「為虎添翼」を使いこなすために、発彦にも話を聞かなければ!




