8話
思った通り今日は休みとなった。母も父も仕事で家を出て行ったので今は一人だ。
なので現在の家の支配者は私ということなのだ。何をしてやろうかふふふ……
といっても寝不足なので元気が無い。勿体ない事をしてしまった。
「あ、電話」
電話が鳴り始めた。我が支配下の家の静かなるときを邪魔するのは誰ぞ?
変なテンションになりつつあったので電話の音が正気に直してくれた。
「もしもし、風成ですけど」
『あ、もしもし……風成さんのクラスの触渡と申しますけど……』
「あれ?触渡君?」
『風成さん……丁度良かった』
何と触渡君だった。電話してきたのが彼だなんて思いもよらなかった。
その声は普段の落ち着いた物では無く、何かを伝えそうな感じだった。
『番号は先生に聞いたんだ……教えたいことがあって……』
「教えたいこと……?」
『迅美さんが……襲われたらしい』
「えっ!?」
ある程度予想していたことだが、それを聞いて目を開いてしまう。
思わず受話器を落としてしまいそうになる。驚きで口が閉じない。
「一体何処で……」
『バイトの帰りに人目の無い所で……今病院らしい。彼女も……足を折られて……』
「また足……」
雷門も迅美も足を折られている。次に襲われるかもしれない人……その名前と顔は既に頭の中で浮上していた。
『今から迅美さんと雷門さんのお見舞いに行こうかと思うんだけど……一緒に行く?』
「迅美の……何で?」
『……犯人の事について知りたい』
「……分かった、私も行く」
あの二人を心配する気は無いが、ここまで来ると私も犯人が誰なのか気になってきた。
雷門、迅美、そして次は多分疾東。前の二人の時点で犯人が学園に関係してる人間というのは予想できている。一体誰なのだろう?
触渡君と学校前で落ち合い、そのまま彼女たちが入院している病院へと向かった。
大きくも小さくも無いその病院はこの街の近くにある一つだけの病院だった。
受付で二人の事を聞いてみると、同じクラスだから病室も同じにしているらしい。その病室へとお見舞い品のお花を持って向かった。
「もう知らない!」
すると聞き覚えのある声が病院内に響き渡る。
その発生源は私達が向かっている部屋だった。そして勢い良く出て来たのは疾東。
こちらに目もくれずに廊下を走り去った。横目で見ると彼女の目から涙がこぼれ落ちているのが見えた。
いつも私を虐めているから恨みしか無いけど、いつも気強い彼女が泣いているのを見て心配になる。
「私追いかけるね!」
触渡君にそう行って彼女の後を追う。
もしかしたら、襲われてしまうかもしれない——
風成さんは疾東さんの後を追って行ってしまった。
少し心配だけど、まぁ病院内で襲われることは無いだろう。
俺は少し躊躇うも病室の扉を叩く。「どうぞ」という言葉を耳にして部屋へと入った。
「アンタは……!」
入った瞬間、雷門さんと迅美さんは驚いた顔でこちらを見る。
二人ともベッドに寝て、両足に包帯を巻いていた。
「お見舞いに来た。具合はどう?」
「……何でアンタが」
雷門が凄い目つきで睨んでくる。あまり良く思われていないらしい。
花束を花瓶に入れて飾った。
「聞きたいことがあってね、所で疾東さんが怒って出て行ったけど……どうかした?」
「……さっき口論になっちゃって」
疾東は屋上まで走り抜け、手すりの所で立ち止まる。そのまま飛び越えてしまうかと思うほど速かった。
顔を下げ、すすり泣きしている。
「疾東……」
私は後ろから優しく声を掛ける。自殺しそうな勢いなので刺激を与えないようにした。
疾東は何故私がここにいるのかは聞いてこない。
「何よ……私だって巻き込むつもりなんてなかったのに……」
「……二人に何か言われたの?」
「……『アンタのせいで襲われた』『お前が虐めなんかしていなければ』……迅美達だってやってたじゃないの!」
「確かにあの二人が襲われたのはアンタが原因かもしれない……だから……謝んないといけないと思う」
「……分かってるわよ!だけど今まで偉そうにしてたからどうやって謝ったらいいのか……」
そこにいる疾東は、今まで私を虐めてきた憎たらしい姿では無く、可哀想な小動物のように見えてきた。
そう言えば聞いた事がある。疾東は金持ちの親の子だから偉そうにしているが、昔は貧乏家庭だったらしい。母親の再婚相手が大手企業の社長だったから今の家に住んでいると。
なので小学校では虐められてきたらしく、その結果彼女も虐めをすることで自分の弱さを虐めから守ってきたんだ。
何故だろうか、今までの恨みが晴れたかのように無くなっていった。むしろ彼女に寄り添いたいと思ってきた始末だ。
「……私が一緒に謝ってあげる。だから行こ?」
「……ありがとう、風成。今までごめんね?」
彼女に風成と呼ばれたのは何時ぶりだろう?いつのまにか亀と呼ばれていた。
疾東はいち早く二人に謝りたいのか、私より先を歩く。
(……?)
何故だろう?彼女の後ろ姿を見ていると、何か言い表せない感情が沸いてくる。
恨みは先程消えたはずだ。怒りももう無い。なのに、心の底から熱くなっていく。
自分が自分じゃないみたいだ。景色がどんどん色を失っていく——
「え……?」
俺は二人から話を聞いていた。単刀直入に「誰に襲われた」と聞いた。雷門さんは犯人の顔を覚えてないらしい。しかし迅美さんは見たと言った。そして出て来た名前が……
「私達を襲ったのは……風成よ」
そんなバカな、彼女は復讐なんてする人じゃない。
……待てよ、迅美さんの時は知らないけど雷門さんが外で襲われた時、風成さんは箸を洗いに行ってた。
今日も何だか眠そうにしていた。そして迅美さんが襲われたのは昨晩遅く。
思ってもいない推理が、繋がってしまった。
「でも、あれは風成じゃないかも」
「……どういうこと?」
「確かに顔は風成だった……だけど目つきがまるで別人だったの。しかも彼女、私の足を素手で折ったの……人間業じゃなかった……」
目つきが別人、人間業じゃない、この二つの言葉が俺の中で結論を作った。
やばい!疾東さんが危ない!
俺は部屋を出て、疾東さんを探し始めた。
本来呪いのパネルは、人の心に寄生している。
そしてパネルは組み合わせによって凄い効果を出す。所謂四字熟語だ。
しかし殆どの場合一人一枚パネルが心の中にある。パネルは他のパネルと合体しようと引かれ合う。
つまり、パネルに寄生された人間は、そのパネルと合体できるパネルを持った人間を襲うこともあるのだ。
疾東さん、雷門さん、迅美さん、そして風成さん。この四人の心に寄生している四枚のパネルは合体できたんだ。
風成さんはパネルの呪力に操られ、雷門さんと迅美さんを襲い、彼女たちの心からパネルを奪った。
そして最後の一人は……疾東さん!
「キャッーーーーー!!!」
屋上から悲鳴が響いた。疾東さんの声だ!
階段を急いで上り、屋上へと辿り着くと……
「風成さん!」
自我を失った風成さんが疾東さんの首を絞めていた。
その目は虚ろで、彼女の物じゃない。
「たす……けて……」
疾東さんはこちらに助けを求めるも、風成さんによって気絶させられた。
操られた風成さんは彼女の胸に手を突っ込む。
「風成さん!目を覚まして!」
彼女の手は疾東さんの胸を貫かない。外傷を付けずに疾東さんの心からパネルを引きはがした。
そのパネルは……「疾」。
次に懐から「迅」と「雷」の2枚も取り出した。あれが雷門さんと迅美さんから奪った物だろう。
そして吐き出すように自分の胸から出したのは……「風」。あれが風成さんが持っていたパネルか。
出来上がった四字熟語は……「疾風迅雷」。
4枚揃ったパネルは、呪いの力を最大限に引き出す。
パネルが集まり心臓のようになり、人型の身体がそこから形成されていく。
現れたのは、2mはありそうな怪物だった。
緑色の四肢、青色の胴体。そして鳥のような嘴。その全容が俺の目に映る。
風成さんは気を失い、怪物の足下で寝転がっている。
これこそが呪いのパネルによって生み出された怪物……「怪字」。
疾風迅雷の怪字が、病院の屋上に降臨した。