85話
「はぁっ!!」
倒れかけている俺にぱっかり開いた天使の像の怪字が黒い手を凄まじい速さで伸ばしてきた。それを転がるように右に避けるとさっきまで俺がいた場所がまるで大砲で撃たれたように崩壊し地面と木が粉々になって炸裂する。力まで凄くなってると見てるだけでそう分かった。
俺は動き回って迫りくる黒い手を避け続けるが頭に傷を受けてしまったため上手く動けず、手が俺の腹を掠ってしまう。
「だぁ!?」
まるで刃物に斬られたかのような傷ができそこから血も溢れ、そしてその勢いで大きく吹っ飛ばされてた。何とか着地して前の方を向くが今度は悪魔の怪字がラリアットをけしかけてくる。
その速さは最早別物になっており、なすがままに奴の腕が胸に激突してきた。こいつも天使のような翼を4枚持ってスピードが格段に上がっている。
また飛ばされた俺は何度も木に激突、吹っ飛んだ軌道に生えていた木は全てへし折れている。木が折れる程の威力で胸を殴打されたため軽い呼吸困難に陥ってしまった。
「がはっげほがっ……!」
胸を撫でながら息を整えようとするもそんなことはさせてくれない。すぐさま悪魔の爪が目を潰そうと迫ってくる。
ギリギリのところで首を下げてそれ避け、弟から離れようと後ろに下がりながら「疾風迅雷」使用した。
そして前に出てその首を蹴ろうとするも……
「避けられた!?」
蹴りを屈んで避けた弟は上を通過する俺を蹴り上げ空高く打ち上げた。
(攻撃の瞬間は普通に戻るが……まさか「疾風迅雷」の速さに対応できるとは……!)
蹴り上げられた俺はその先にある枝に掴み態勢を立て直そうとするが今度は同島兄が追ってくる。
そして数本黒い手を鞭のようにしなやかに飛ばし乗っていた枝を木本体ごとバラバラに切り裂いた。
「ぐぅ!」
当然そこにいた俺も鞭が当たり身体中を切られる。
血を吹き出しながらも俺は落ちる前に木を蹴って他の木へと飛び移り、兄の方から逃げようとするも再び悪魔の弟が瞬く間に飛んできた。
「おらぁよぉ!!」
また一度体を爪で切られそのまま地面に墜落、そして今度は兄の黒い手が足に絡みついて俺を持ち上げてそのまま何度も地面に叩きつけてくる。
「触渡様!」
衝撃を繰り返し感じている最中、結界内で比野さんがこっちを心配してかけてくれる声が耳に入る。地面に激突する度に傷が痛み血が溢れ出ていた。
やがてそれが数分続くと兄は俺を投げつけ、木に衝突させる。更にそこから弟が俺ごと木を足裏で蹴ってへし折ってきた。
「がはごっ!?」
また気が折れて倒れる、その振動を地面に頭部付けて俺は感じていた。
まずい、このままだと何もできずに呆気なく殺されてしまうのが目に見えている。
「トドメ!!」
すると同島弟は凄まじいスピードで空を飛びながらドリルのように猛回転し、先は両手を上げて爪先を向け鋭利にして、見たことのあるスクリュー突進をしてきた。
「がはっ……八方……美人!」
俺は咄嗟にそれを転がるように避ける。その後も奴は回りながら何度もこっちに突っ込んでくるも「八方美人」の自動回避で躱し続けその間に何とか立ち上がった。
身体中が熱い、血を流しすぎたようだ。頭からも出て身体中にできた切り傷からも流れている。
しかしどんなに辛くてもこちらから攻撃しない限り勝機は見えない。俺は目に入りそうな流血を手で拭いながら「一触即発」を使って待機姿勢に入った。
「馬鹿め!この回転力を止められるかよぉ!!」
そう言って先ほどプロンプトスマッシュを受けたにも関わらず自身のスクリュー攻撃に自信を持って奴はこっちに飛んでくる。
確かに普通なら例えスマッシュでもドリルのような奴を殴れば手が削れてしまうだろう。だが今は――
「これならどうだぁあ!!」
「はぁ!?削れないだと!?」
奴の爪先と俺のプロンプトスマッシュが衝突、しかし猛回転している爪とぶつかり合っているのに俺の手は切れる気配はない。
そう、グローブの防刃性によって守られているのだ。
「またそれかよ――ってぐがぁあああああ!!」
そしてプロンプトスマッシュの威力と衝撃を再び受けた同島弟はまた吹っ飛んでいく。殴られていても回転しているから分かりにくいが、同島兄の方の傷が増えたということはダメージが与えられたようだ。
「俺を忘れるなよ!」
するとその兄が今度は攻撃してきて、黒い手を弾丸並みの速さで伸ばしてきた。
俺は首を曲げてそれを回避し、その後伸びてきた黒い手に乗り伝うようにその上を走り抜く。
「疾風怒濤 ゲイルインパクト!!」
そうして中の黒いミイラに直接連続パンチを当て続ける。するとそこが弱点なのか痛そうに同島兄が震え始めた。
同島兄は俺が乗っていた黒い手を波立たせ俺を宙に放り出し、そこから更に手を伸ばしてくる。
「ちっ……!」
体を器用に逸らしそれを躱し続けるも流石に空中では思うように動けず数本が体を掠った。
位置としては俺は今天使の怪字の真上から落ちている。つまりこのまま行けば俺は同島兄とぶつかるというわけだ。
ならば話は早い、俺は黒い手を避けながら「一触即発」を使い空中で待機姿勢になった。このまま重力に従って自分から触れてやろうと思っていたが……
「させるか!」
俺の策略に気づいたのか奴は黒い手を収束させまるで繭のように自分を囲んで守る。
そのまま俺は奴にぶつかってプロンプトスマッシュを放つもその威力は全て黒い繭によって防がれてしまった。
そこから黒い繭を解くと同時にその黒い手で薙ぎ払ってくる。
「ぐっ……!!」
そのまま俺は後ろに吹っ飛ばされるといつの間にか復帰していた同島弟が背後から飛翔、俺が吹っ飛ぶ方向に爪先を置いて引っかいてきた。
背中にまた傷ができる。
しかもそこから同島弟は踵落としで地面に叩き落としてきた。ドゴッと地に激突し、血反吐を吐いてしまう。
「今度こそっ!」
そして奴は追撃として頭を下に向け爪を立てて真上から降下、地面ごと俺を突き刺そうとする。
それを咄嗟に地面を蹴って回避、何とか串刺しになることは免れた。
すると土煙の中から同島弟が飛び出し両爪を振り下ろしてくる。手首を掴んで爪先が刺さるのを防いだ。
奴は力尽くで両手を下ろしこっちを切り裂こうとしてくるが俺は腹を蹴って奴を離れさせる。
「ごはぁ!?」
今度は後ろから同島兄の方が黒い手でこちらを何度も叩いてきた。すぐさま「八方美人」を使おうとするもそのビンタの勢いがありすぎてパネルを使わせてくれない。強烈な殴打が連続して俺の体を痛めつけていく。
このまま受け続けたらまずい、そう思って目視で動きを見極め叩いてくる黒い手を掴むが2本の手だけじゃこの数の黒い手を全て止めることはできなかった。
「これで……どうだ!」
すると奴は全ての黒い手を収束して1本の剛腕に形成、その腕で俺を思い切り殴りつけてきた。
「がぁあ!!」
盛大に吹っ飛ばされ、その先には翼で迂回していた同島弟。そいつに更に逆方向へ蹴り飛ばされてしまう。
そうやって飛ばされた先に同島兄も先回りし、巨大な拳で地面に叩きつけた。
「だぁあああああ!!??」
奴は拳で俺を地面に押し付けながらそこを凹ませ、まるでクレーターのように凹みが広がっていく。その中心にいる俺は一番その力強さを体感していた。
体中の骨が軋む音を体内で感じながらなんとか起き上がろうと手を地面に付くも同島兄の力は想像以上の物で立ち上がれない。
「ふん」
やがて同島兄は地面に押し付けることに飽きたのかその手で俺の胴体を握りそのまま放り投げた。
その先には比野さん、このまま行けば彼女にぶつかるだろうがそれは「金城鉄壁」の結界で守られているから大丈夫だ。
しかし俺が衝突した瞬間、結界は粉々に崩れ去り中にいる比野さんを守護するものが無くなってしまう。
「触渡様!触渡様!」
彼女は必死な形相で俺の元へ駆けつけ必死にその体を揺さぶる。正直それは結構体に堪えるのでやめてほしい。
俺自身も解放されたがもう傷だらけの体は限界を訪れており2本脚で立ち上がることも難しくなっていた。それでも決してあきらめず手で体を起こし膝を付いた状態だが何とか彼女の目の前に移動する。
――比野さんは、これからのパネルと怪字の研究関連において失ってはならない人だ。彼女のような母性溢れる優しい女性を、見殺しにするわけにもいかない。
「そろそろ終いにしてやるよぉ……まずはてめぇが必死こいて守ろうとしたその女からだ!」
そう言って同島弟は庇っている俺を蹴って退かし、彼女の顎を切らないよう爪で撫でる。
「逃げ……て……比野さん……!」
「黙ってな」
蹴られても何とか彼女の身を守ろうと手を伸ばすが弟の足によって踏まれてしまう。
比野さんも涙目になりプルプル震えている、逃げようとしても恐らく恐怖で腰を抜かしているのだろう。
糞っ……!!絶対に守らないといけないのに……体が動かない!!
血反吐を吐きながら歯を噛みしめ起きようとするも奴に踏まれているため立てない。普段なら無理やり起き上がれているが体の方が限界だった。
「恨むんなら……てめぇを守れなかったこの男を恨むんだなっ!!」
そう言って同島弟は躊躇なく爪を下ろす。「疾風迅雷」を使っているわけでもないのにその爪が彼女に到達する間がスローモーションのように見える。
「――やめろっーーー!!!」
守る、絶対守る!彼女を絶対に死なせないという心が口に出て自然と静止を求めた。
するとその瞬間、俺の懐から何かが飛び出した。
「はっ――?のわぁ!?」
飛び出た「それ」はまるで比野さんを守るように同島弟の顔に直撃し奴を蹌踉めさせて撃退する。
……「画竜点睛」、燃え盛る研究所から回収したその4枚のパネルが何もしてないのに同島弟から彼女を救ったのだ。
突然の出来事に俺と比野さん、同島兄弟も圧巻としていて動けなくなる。皆の視線がその四字熟語に集中していた。
「……何だってんだ?」
「画竜点睛」は数回彼女の周りを飛び回っていると、今度は俺の目前まで迫ってきた。紫色の優しい光を放ち、まるで俺に何かを伝えるかのように光を強めていく。
――まさか、使えって言ってるのか?
「画竜点睛」は確かに今は動けなくなっている比野さんの「比翼連理」と同じ式神タイプの四字熟語、別に感情は持っていてもおかしくはない。しかしこいつはまだパネルの姿のままだ。そんなことがありえるのだろうか?
……いや、彼女の事だ。恐らくパネルの状態であっても「比翼連理」と同じように可愛がっていたのだろう。だから彼女を守ったのかもしれない。
そして今、こいつは俺に「自分を使え」を訴えかけている。本当にそう言ってるかは分からないが、何だかそんな気がした。
(……分かった、お前の姿を俺に見せてくれ!)
ならばそれに乗るしかない。俺は力強くそのパネルを掴み取り、震える体を何とか立たせてそれを使った!
「――画竜点睛!!!」
「させるか――ぐわぁ!?」
当然それを阻止しようと同島兄弟が2人揃って俺の所へ向かってくる。しかし「画竜点睛」はその瞬間更に発光を強め、その後地面に浮かび上がるように線が伸びていった。兄弟たちはその光に圧倒されて尻餅を付く。
やがて大量の線が地面にでき、複雑に絡み合う。それが絵であると気づくのにそう時間は掛からなかった。
竜の絵、ナスカの地上絵のように描かれたその竜には瞳だけが描かれていない。
そうか!そういうことか!
ここで、画竜点睛という四字熟語の故事を思い出す。そして次に自分が何をすれば良いかすぐに分かった。
俺はその竜の絵に近づき、その竜に瞳を描き足した。
瞬間、自身のように山全体が揺れ始める。
「な、何だぁ一体!?」
突然の揺れに同島弟は慌てまくり辺りを見渡す。すると瞳が描かれた竜の絵が光り始めた。
すると次の瞬間、地面に描かれた竜がこの3次元世界に浮かび上がる。ただの絵だった竜が本物として降臨したのだ。
『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!』
獣のような雄たけびを上げ、その竜は蛇のように長い体を完全に絵から立体化し、その巨体を誇りながら出現する。
30mはあるであろうその長い体は、緑色の鱗がびっしりと敷き詰められており、爪が長くて太い2本の腕も持っていた。
黄色い角を4本生やし、長いひげを蓄えたその顔には、鋭い目と鋭利な牙が生えている。まさしく「竜」という名を付けるにピッタリな姿だった。
「画竜点睛」は、ボロボロの俺を見た瞬間守るかのように俺を中心にしてとぐろを巻いて同島兄弟を睨みつける。
弟の方は完全に驚いていたが、兄の方は蛇に睨まれた蛙のようにならず冷静を保っている。
「どうやら、簡単には終わらせてくれなさそうだな」
その竜は何度も咆哮を上げ、森と山全体を響かせる。俺はその体にそっと触れた。
「頼む……俺に――力を貸してくれ!!」
画竜点睛……物事や絵、それらを完成させるための大事な仕上げのこと。最も重要な所にそれを加え、全体を生き生きさせること。瞳が描かれていなかった竜に瞳を描くと、たちまちその竜は天に昇っていたという話からできた四字熟語。