83話
発彦と比野さんと別れた後、私は渋々刑事と身を共にし行きに使った車の元へと急ぐ。万丈炎焔がすぐに追ってくると睨んでいたがあっけなくそこへ到着し、急いで車に乗り込んだ。またこいつに運転させるのは些か不安で仕方ないがそんなことを言っている暇は無い、とにかく今は奴から離れることが優先だった。
すぐさま車を出し煙を出し研究所がある所がボウボウ燃えている山から離れていく。今回私は助手席ではなく後部座席に座りそこから後ろをずっと見ていた。いつ奴が襲いに来ても対応できるよう「伝家宝刀」もすぐに抜けるようスタンバイしている。
「後ろは頼んだぞ宝塚ぁ!運転の事は大船に乗ったつもりでいろ!」
刑事の言葉に対し私は何も言わない。何が大船だ、こっちは泥船で大津波に突っ込むときのような気持ちだ。
まぁそうは言っても実際にこいつは行きの時まったく事故を起こしていない、まぁそれが当たり前だが今回も大丈夫だろう、と思ったその時――
「んっ!?」
突如ガコンッ!という重い音が立て続けに起こり始める。言ってるそばから何かヘマをしたのかと奴の方を向くと……
「のわっ!?」
前方のガラスに人型の何かが2つ引っ付いて視界を妨害していた。こいつらは例の人造パネルで生み出された怪字兵だ。きっとあの万丈炎焔が差し向けてきたに違いない。
前の視界を邪魔されてもここは一本道、周りには何も障害物が無いので何かに衝突することは無かった。しかし車には大量の怪字兵がまるで虫のようにしがみついている。外から見ればこいつらに包まれているように見えるだろう。すると後部座席右側部分に引っ付いていた怪字兵の1匹が薙刀で窓をぶち破ってきた。
「ちっ!」
飛び散るガラスの破片と共にそこから怪字兵が中に入り込んでくる。私は即座に刀を抜き入ろうとしてきた怪字兵の顔を貫き、車から落とす。
その後も反対側の窓にも穴を空けて侵入しようとしてきたが同様に倒して阻止しした。
「うちの車をこれ以上傷つけるな!」
穴の開いた窓から上半身を乗り出し他の部分にしがみついている怪字兵も次々と叩き落としていく。フロントガラスについている2匹は割られる前に倒し、窓は割れまくったが何とか全ての怪字兵を落とすことに成功した。本当は一度車を止めて降りてから倒した方が良かっただろうが、恐らくこの怪字兵は足止めが目的。もし撃退のために立ち止まっていたら奴の思うつぼだっただろう。
寧ろ今ので少し減速したように感じた。後ろから奴が追い付いてきてないか確認すると同時に、私たちとは反対方向に逃げた発彦たちは無事だろうかと心配して見る。
すると向こう側から、突如として強い光が発生した。
「なっ!?この光は……!」
「おい!今の光何だ!?」
恐らく発彦たちのところだろう、刑事もミラーで確認したのか今の光に動揺している。それより私は突如光った事よりそれに見覚えがあったのでこんな所でまた拝めるとは思っていなかった。
(今のは万丈炎焔の炎じゃない……するとやはり合宿の時の……!!)
すると今度は自分たちと近い場所で大爆発、爆風に顔を撫でられているとその勢いに乗って何かが車の上を通過、そして前方に炎の壁を作って進行を妨害してきた。
「どりゃあ!!」
刑事は咄嗟にハンドルを切り急ブレーキ、何とか炎の壁との衝突を免れたが、その壁ができたということはつまりそういうことだ。私と刑事は急いで車から降り、炎を生み出した元凶と向き合う。
炎の壁をまるで何事も無いように通り抜け、全身を火に包んだ状態で万丈炎焔が現れた。
「やっと追いついたぜ、俺を置いてどこ行くつもり?」
「……人の車をよくもボロボロにしてくれたな」
「そいつはすまねぇ、だけど俺は『あの車を止めろ』としか命令してない。悪いのは全部そいつらだ」
すると車から落とした怪字兵たちがゾロゾロと今来た道の方から追っかけてきた。何匹かは顔や体を貫いたりしたが致命傷にならなかった奴もいてそいつらが来たわけだ。
「随分と数が減らされたな、追加しよっと!」
そう言って奴が取り出したのは「兵」と書かれた人造パネル、それを宙へ放り投げると大量の怪字兵が姿を現した。これで前も後ろも怪字兵に囲まれたことになる。
すると更に万丈炎焔は両手から猛火を噴き出す。その火はまるで生き物のようにカーブをしながら伸び続け、やがて私たちを囲む円のような形で火同士がくっ付いた。差し詰め火の土俵といったところか。
「これで一網打尽だな、今度は逃げずに戦ってもらうぜ」
別にこの炎を超える方法はある。「伝家宝刀」で炎を斬ってその隙に跳び越えたり、「神出鬼没」を駆使して向こう側に瞬間移動したりなど。しかし今ここで逃げてもまたこいつは追ってくる。それに車も炎の中にあるので逃げきれないだろう。さっきみたいに爆風に乗っかって先回りされるのが目に見えている。
「さっきの光は見たことあるぞ……『表裏一体』の怪字のだろう」
「あれ?何でお前が知ってるんだ……ってそういえば一度戦ったことあるんだってなぁお前と触渡」
すると万丈炎焔は「成る程!」といった顔で掌をもう片方の拳で叩く。やはり「表裏一体」だったか。あの天使の方のビーム攻撃は今でも忘れられない。
「だがそれは普通の怪字。今あいつと戦っているのは特異怪字だよ」
「なっ……特異怪字だと?」
「表裏一体」の怪字は2匹で1匹という特殊な性質を持っている怪字の筈、てっきり合宿の時と同じようにあの装置を使って比野さんの式神のように普通の怪字を使役していたと思っていたがこいつの話が本当なら今発彦は「表裏一体」の特異怪字と戦っている。2匹に分かれる怪字になるとどうなるんだ?
「無論……この俺もなぁ!!」
そう言って万丈炎焔は自分の「気炎万丈」のパネルを自分の体に挿入、体を構成していき特異怪字と変身した。
牙が何本も生えており、その表情は鬼のそれであり、その両腕も怪物のような剛腕だった。しかもそこから火柱が何本も立っている。そして辺りに火の粉をまき散らし、熱風を巻き起こす。
「なるべく使うのは控えていたが……そんなこと言ってられないな。全身全力の炎で、お前らを焼き殺してやるよ!!」
特異怪字となった万丈炎焔は更に大きさと温度が増加した火球を2つ作り、そのまま投げつけてくる。それを2人して横に避けると着弾点に大きな爆発と火柱が上がり、熱風も吹き上がるように発生した。
そしてそれが合図のように、周りに群がっていた怪字兵も一斉にこっちに跳びかかってきた。
「足を引っ張るなよ刑事!」
「こっちの台詞だ!!」
そう言えばこいつとの共闘はこれが始めただな、不安に思いながらも目の前まで迫りくる怪字兵に向き直る。
最初に2匹が薙刀を振り下ろしてきたのでそれを刀を横にして防御、そのまま払ってその腹を2匹同時に斬っていく。今度は3匹同時に斬りかかってきたので全ての薙刀を刀で捌いていった。
すると横から猛火が迫ってくるのを咄嗟に察し、後退することでそれを回避する。その正体は勿論万丈炎焔であり、次は奴自らが私に襲ってきた。
「どぉおおりゃああああ!!」
奴は両手を火だるま状態にして殴ってくる。一応避けられるが奴の拳が虚空を突き抜けるたびに熱風が起きそれが皮膚をジリジリと焼いてくるのが地味に辛かった。
そこから炎と共に乱打が始まり、防戦一方の状態になってしまう。しばらくすると万丈炎焔はより多くの火炎を纏った右拳を思い切り地面に叩きつけた。
「獄炎噴火ァ!!!」
その瞬間そこは大爆発、爆炎爆風が一気に高熱と共に辺り一面に広がり、私はその勢いで大きく吹っ飛んでしまう。
「ぐわぁああ!!??」
その先には奴が作った炎の壁、このまま行くとあの壁を通過して火だるまになってしまう。そう察知し刀を地面に刺すことでブレーキをかけ、なんとかぶつかる前に制止することができた。
しかし今の攻撃でかなりのダメージを負ってしまった。あまりの熱のせいでまるで熱中症のように意識がぐらぐらしてくる。汗も止まらない、いつの間にか全身が汗だくになっていた。
しかし休んでいる暇は無く、背後から2匹の怪字兵が斬りかかってくるが、銃声と共に横へ吹っ飛んでいった。
刑事が銃弾で助けてくれたのだ。余計なお世話をと一瞬思ったが暑さで感覚が鈍っている状態ではあの不意打ちも避けれたかどうかも怪しい。今だけは感謝しといてやる。
「ふんぬっ!」
刑事は自分に向かってくる怪字兵を片っ端から十手で叩き銃弾を撃ち込んでいる。振り下ろされる薙刀の刃も受け止め、迫りくる怪字兵を捌いていった。ある程度周囲の怪字兵を掃討した後、私と万丈炎焔との戦いに参戦してきた。
奴が操る炎も恐れず、私は刀を振り刑事は十手で突く。2人係のためかさっきの私の防戦一方とは戦局が逆になった。
「……っち、鬱陶しいぞ!」
すると奴はここで初めて感情を高め、両腕を力強く払うことで熱風を放射、凄まじい高熱の風で私たちを蹴散らした。
そしてその後両手でも抱えれない程大きな火球を作りそれを空に打ち上げる。万丈炎焔が手で合図をするとその巨大火球は爆裂、火球の雨として拡散していった。
「どあぁ!?」
数多の火球がまるで隕石のように降り注がれ着弾した瞬間爆発、爆風に吹き飛ばされ火球の熱にやられる。まさに災害そのものと言っても過言じゃない程の威力と攻撃範囲だった。
「このっ……!!」
火球の雨が止んだ後、反撃として斬撃と銃弾をほぼ同時に放ったが、奴は足元を爆発させてその爆風に乗って回避、まるで飛ぶように宙を舞いながら自分たちの方へ飛んで来た。このまま返り討ちにしてやろうと構えたが、万丈炎焔はまたもや自身の近くを爆発させその威力で後ろへ下がり、同時に近づいてきた私たちも蹴散らした。
(炎と爆発による超攻撃的に加え広範囲……これだけ聞くと単純な攻撃型の能力だが、奴は爆風を利用しこちらの予想が付かないタイミングで動いてくる!意外と頭が切れるな……)
現に奴は爆風で空を飛んだりこちらの頭上を跳び越えたりと、その応用を上手くしていた。余程この能力の使い方に長けているのだろう。
まるで炎の化身、火を自在に操りこちらをジワジワと攻めてきている。実際体のどこかが火傷になってもおかしくない程だ。
こうして私たちの戦いは炎に照らされる体を熱くし、まるでサウナにいるような暑さの元で行われていた。