82話
地上から激しい音が響いてくる。恐らく刀真先輩と勇義さんが万丈炎焔と戦っているのだろう。一方俺は地下の研究所にて「画竜点睛」と「為虎添翼」を回収するために火の手を避けながらそれを保管している部屋へと向かっていた。
もう一面真っ赤に燃えており、白く清潔なイメージがあった研究所の面影はもう無い。まるで地獄のような光景と化していた。
煙をあまり吸わないようにハンカチをマスクにして活動し、道中燃えて倒れている機械が道を遮っていたがグローブを装着した両手で持ち上げ退かす。
(すげぇ……本当に熱くない)
ジリジリと燃えている機械を触っても熱さを感じない、グローブの性能は予め聞いていたがまさかここまでとは思ってもいなかった。火を手で払っても熱くない、火傷もしない。火の耐性ではほぼ無敵だった。
これならスムーズに部屋へと向かえる。そう思って俺は火を恐れず真っ直ぐ進む。しかし色々な物が倒れて邪魔してるので思うように進めなかった。
やがて目的の部屋まで辿り着くと、その部屋も火に包まれて見るに堪えない状態へとなっていた。
部屋の中央にはパネルを入れてあるガラスケース、比野さんは傍にある機械を操作してそれを開け閉めしていたが、操作の仕方も分からずそんなことをしてる暇は無い、緊急事態につきガラスケースを殴り壊して中のパネルを回収した。
その際も手に痛みも無くガラスの破片もまったく刺さっていない、全てこのグローブに守られていた。
同じく入っていた資料は燃えてしまうだろう、しかし気にしてる暇は無い。
「待たせたな、もう大丈夫だ」
俺はその8枚のパネルを持った際そんなことをつい言い零してしまう。いくら式神の四字熟語だからといって別に比野さんと「比翼連理」のような関係性は築いていない。しかし無意識の内まるでこの2つの四字熟語を安心させるようなことを言ってしまったのだ。
もうここにいる必要はない。パネルを懐にしまい、急いで今来た道を戻っていく。いくらグローブによって火から手が守られているとはいえそれ以外の個所は駄目だ。これ以上火の勢いが強くなって動けなくなる前に急いで戻らなければ。
そう言って俺は「疾風迅雷」を使用、炎の揺れも飛び散る火の粉も鈍いように感じる世界でひたすら走り、あっという間に入り口へと戻っていった。
着けば刀真先輩が万丈炎焔の攻撃を受けそうになっている。彼の周りでは日が燃え盛っておりそのせいで避けられないのだろう。
それを察した俺は奴に向かって突進、次の瞬間先輩は「剣山刀樹」で万丈炎焔の動きを封じその隙に全員でこの場から逃げ出した。
山を走りながら下り、森の木々の間を通りながら研究所から離れていく。先輩曰く小笠原さんと鶴歳所長は先に逃げたらしい、無事だろうか。
「ここまで来たら大丈夫だろう」
ある程度走った後一行は立ち止まり、今来た道を眺める。向こうの空は赤い光で照らされておりそこから煙がモクモクと何本も立ち上っていた。
「ここからは二手に分かれて逃げた方が良い。俺と宝塚刀真は車で逃げる。触渡と比野さんはどうする?」
「この山の麓にはもう1つ駐車場があってそこに私の車もあります!私と触渡様はそれで……」
「じゃあ後で集合だ!」
勇義さんの二手に分かれるという提案に乗り、ここで先輩と勇義さんとは別れ俺と比野さんは彼女の車がある場所へと向かった。
今ここで二手に分かれれば万丈炎焔もどちらかしか追えない筈、奴がどっちを優先するかは分からないがこの案が今の最善手だろう。敵は特異怪字にならなくても2人と式神を圧倒する強さを持っている、つまり実力が分からないのだ。それに周りは燃えやすい物が多い森、今ここで3人で比野さんを守りながら迎え撃つよりかはマシだ。
「こっちです!」
比野さんを案内を受けながら急いでその場所へと向かう。いつ後ろから万丈炎焔が襲い掛かってきてもおかしくはない。その点に一番警戒していた。
そしてもう1つ大切な事、もし奴がこっちの方へ来たら、俺は比野さんを1人で守らなければならない。その点では二手に分かれるという案は間違っていただろう。
しかし問題は無い、俺1人で彼女を守ればいいだけの話だ。後ろも警戒しながら前を走っている比野さんにも最大の注意を払った。
すると次の瞬間、横側から大量の人影が現れて俺と比野さんの行く先を阻む。
「人造パネルの怪字兵!」
「!?……あれが!?」
それは奴らが人造パネルを使って産み出した怪字兵だった。10人近い数で皆が薙刀をこちらに向けてきている。
恐らく万丈炎焔が持ち出したのだろう、俺たちを逃がさないようにするための雑兵といったところだ。
「比野さん後ろに!」
俺は彼女より前に出て怪字兵と対峙、すると奴らは一斉に俺へと突撃してきた。
最初に来た怪字兵の突きを横に躱しその薙刀を脇で挟んで奪う。そしてそれを怪字兵の顔に突き刺してそのまま後ろに蹴り倒した。
すると数人でこちらを囲んできたので回し蹴りで一掃、その後に襲い掛かってくる怪字兵を次々と返り討ちにしていく。
そんなことをしているうちに2匹の怪字兵が俺を素通りし後ろの比野さんの所へ向かっていた。
「させるかぁ!!」
俺は彼女に薙刀が振り落とされる直前で「疾風迅雷」による加速をし、2匹を吹っ飛ばした。そうしてそのまま倒れた怪字兵の頭を拳で砕く。その体は崩壊しそれを形成していた人造パネルも粉々に壊れていく。どういう原理で作られているかは分からないが、恐らく人造だから一度やられたらパネルも壊れてしまうのだろう。いくら敵のパネルに関する技術力が高くても呪いのパネルを完全に複製することはできないとみた。
そうこうしている間に他の怪字兵も彼女へと向かっていたので急いでそこへ戻り彼女を守る。
「だりゃあ!!」
比野さんに近づく輩からどんどん叩いていき、彼女を決して触れさせないよう注意する。しかし数の有利だろう、次第に押されていってしまう。
(丁度いい、グローブの性能を試すか!)
俺は「一触即発」を使用、カウンターの一撃をいつでも打てるよう待機姿勢に入って怪字兵を迎え撃つ。奴らは何の遠慮も無く俺に触れてきた。
「プロンプトスマッシュ!!」
当然それに反応し、そいつに向かってプロンプトスマッシュを放つ。その威力で後ろにいた数匹の特異怪字も後ろに大きく吹っ飛んで行った。ある者は木に衝突して地面に落ち、またある者は森の奥へと消えていく。怪字兵の数は次第にどんどん減っていった。
しかしプロンプトスマッシュを打っても本当に痛みも反動も無い、手を開いたり閉じたりして手の調子を確かめながらその性能に惚れ直した。
すると残ってた数匹が真上から薙刀を突き立てて落ちてくる。それを後ろに避けるとその薙刀は地面に深く刺さり、怪字兵は急いで引き抜こうとしていた。
そのチャンスを俺は見逃さない、抜くことに精一杯になってそれ以外見えてない怪字兵たちを飛び蹴りで一掃、全員蹴り飛ばした。
「このっ!」
そうして倒れた怪字兵の頭を1人1人順番に粉砕させていく。いつしか全ての怪字兵を倒していた。
まさか怪字兵まで連れているとは……この様子だと先輩たちの方にも差し向けられているに違いない。あの2人のことだから大丈夫だとは思うけど……
「比野さん怪我はありませんか!?」
「は、はい!」
俺は急いで彼女の様子を確かめる。さっき守り抜くと決めたばっかりの時にもし襲われでもしたら面子が立たない。どうやら怪我はなさそうでホッと安堵した。
「それにしても……本当にいたんですね、人造パネルの人造怪字」
「はい、信じられないと思いますが……」
研究者の身として名前と存在を耳で聞いただけじゃあまり実感が湧かなかったのだろう、そういう俺も最初は現実をあまり受けきれずにいた。
人造パネル、つまり人の手でパネルや怪字を自由に作れることを示唆しているということである。それが彼女たち研究者にとってどれ程驚愕させられることだろうか。
「でも倒した時に中のパネルまで壊れちゃうのは……ちょっと勿体なく感じます。回収できれば何か分かるかもしれないのに……」
しかし研究者ということで探求心も人一番強かった。彼女にとって人造パネルというものは驚かされた存在でもあり、興味深い研究対象でもあるのだろう。
「とにかく今は急ぎましょう!」
今は逃げることが最優先だ。もしかしたら今の戦いで大きくロスして万丈炎焔がすぐ後ろまで迫ってきているかもしれない。そう思って止まっていた足を動かそうするが……
「おっと、そこまでだ」
低い男の声が聞こえたのでまた止まってしまう。前の方を見てみると白髪の若い男が奥から姿を現してきた。その白髪とは真逆の色である黒のコートで身を包み、ポケットに手を入れながらゆっくりと歩いている。
「……誰だ?」
誰だ、一応聞くがこいつが何者なのかはもうすでに分かっているようなものだった。このタイミングで俺たちの前に現れ、止まれと言ってくる人間なんて、もう1つの可能性しかない。万丈炎焔の仲間だろう。まさか他にも仲間を連れてきていたとは……
「俺は『同島 表光』、もう察してると思うが所謂お前たちの敵というやつだ」
その同島表光がこっちに来ているということは万丈炎焔は2人の所に行ったのだろう、予め二手に分かれられても問題ないよう集団でやってきていたということだ。
それにしても牛倉一馬と明石鏡一郎といい、想像以上に奴らの組織には仲間が多いことを確認させられる。どれくらいの規模の組織かは分からないが少なくとも人造パネルや呪いを無効化できる装置を作れるぐらいの人数はいるのだろう。
「炎焔の間抜けが逃がしたらしいからな……ここは通さんぞ……!」
最初っから敵意と殺意をムンムンにぶつけてくるその視線は、何だか同じ人間のようには見えず思わず後ろに引いてしまう。すると後ろにいた比野さんに軽くぶつかってしまった。
(そうだ、彼女を守らないと!)
そう思って比野さんの方へ視線を移すと……
「!!、だりゃああ!!」
彼女の背後に後ろから刃物で切ろうとしている人影を確認、急いで彼女を反対の方向へ引き寄せ、その刃物を俺が代わりに受けた。
「触渡様!?」
しかしそれが刺さることはなかった。何故ならグローブで守られた手で受け止めており、防刃性に優れたこのグローブに普通のナイフなど通るはずもなかった。包丁ですら歯……いや刃が立たないというのに。
俺はナイフの持ち主を腕を掴んでこちらに引っ張ろうとしたがその前にそいつは俺たちを跳び越えて同島表光の横に並んだ。その顔は同島表光と双子かと思う程似ていたが髪は黒で顔には派手なメイクが施されている。静かに佇んで敵意を向けてくる同島表光とは逆に、そいつは正面から殺意をぶつけてくる。
「影裏、最初から飛ばしすぎだぞ」
「へへ、すまねぇ兄貴」
どうやら本当に兄弟らしく、黒い方は同島表光の弟らしい。案外本当に双子かもしれない。
いやそれよりも、まだ仲間がいたか!
「こいつは俺の弟の影裏だ。触渡発彦、お前は俺たち同島兄弟が潰す……!」
「その後は後ろの女だ!八つ裂きにしてやるぜ!」
すると同島兄がポケットから装置が付けられたパネルを取り出してくる。特異怪字にはなるだろうと予想はしていたが、そうではなくその四字熟語に俺は驚かされた。
「その四字熟語は……!!」
できあがる四字熟語は「表裏一体」、それはかつて修行合宿の際俺と刀真先輩が戦った怪字のものだった。
「行くぜ……兄弟」
「ああ!」
そう言って兄の方は自身に4枚のパネルを取り入れる。それだけには終わらず、何とそのうちの2枚が弟の方に入っていった。
「なっ!?」
そして兄弟は同時にその体を変化させていく。肉付けするかのように怪字としての肉体が形成され、いつしか目の前には2匹の特異怪字が出現していた。
いや、正確には2匹ではない。こいつらは2匹で1匹の怪字なのだ。
兄の方がなったのは天使像の姿、まるで拷問器具のアイアンメイデンのような無機物の姿で、そこから生物の気配が見る限りじゃしなかった。しかしその目はこちらを捉えて真っ赤に光る。
弟の方が変身したのは悪魔の姿、名前の通りそのまんまの姿で背中からは大きなコウモリのような両翼を生やし、目は鋭く牙が乱立し、その頭部には山羊のような角がある。両手には伸び切って尖っている鋭い爪。
兄弟の姿はまさしく「表裏一体」のように姿が分かれている。兄は天使、弟は悪魔、しかしその性質はバラバラではないことは既に夏で実感させられている。
あの時は刀真先輩もいたし何より俺たちが遭遇した「表裏一体」の怪字は特異怪字ではなく普通の怪字だった。喋りもしないし知性も無い。能力は同じでもまったく違うということだ。
「……マジかよ!」
こうして俺と比野さんの目の前に、2人の特異怪字が君臨した。