79話
渡されたそのグローブは、天空さんからのプレゼントとして研究所の皆さんが作ってくれたものである。
武器と言ってもメリケンや棘が付いているみたいに見たまんまの殺傷能力が伺える部分がなく、手袋形状であった。試しに作ってくれた小笠原さんに許可を貰い、早速付けてみるとサイズを合わせてくれたということあってピッタリだった。この間俺の手の大きさを図ったのこのためだったか。
付けた後手を開いて閉じてを繰り返すも違和感も無く窮屈にも感じない、俺専用に作られたというのは間違いなかった。
「これが俺の……」
思えば刀真先輩は歴代当主から受け継がれている「伝家宝刀」、勇義さんは対怪字用に作られた十手や拳銃など、俺の周りは武器を使って戦う人が多かったが俺自身は拳を武器にしていた。今までに2人のような武器が俺にもあったらなぁ~とは思ったことはあるが恐らく自分には使いこなせないだろう、何故なら格闘戦の方が一番やりやすいからと思っていた。
しかしグローブといった発想は今までになく、確かにこれなら武器慣れしていない俺でも使いこなせる。
「取り敢えずそこらへんの木でも殴ってみてくれ、自信作だ」
「じゃあありがたく……」
とにかくその性能は実際に使って確認する他無い。俺は庭に出て適当に生えていた木に狙いを定める。太さも長さも普通の木、正拳突きの構えをしてその木に思い切り拳をぶつけた。するとその木は粉砕されて折れてしまい、森側の方に倒れてしまう。それを見ていた小笠原さんは驚いた表情でこっちを見ている。
「パワーが自慢だとは聞いていたけど……本当にすごいな」
実際俺も殴った手を見て驚いていた。それはその威力に対してではない、そもそもこのグローブを付けてもパンチの威力はさほど変わらず、今のは俺だけの力だった。だから驚いてたのはそこではなく……
「全然痛くない……!?」
普通気を殴ったりしたならその反動で手にも痛みが来るはずなのだが、今さっきのパンチにはそれがほぼ無く、全てグローブによって守られていた。いまいちその効果を信じられなかったのでもう一度試しに木を殴って折ったが結果は同じ。
「それには薄くて効果性の高い特製の衝撃吸収材が中に入っている。その為拳に伝わる反動や負担をほぼ吸収しするんだ。更に……」
すると小笠原さんは何故か包丁を持って庭に出て俺の傍まで来た。そして次の瞬間グローブを付けた俺の手に思い切り包丁を突き立ててくる。
「ちょおっ――!?」
あまりにも突然のことだったので避け切れずそのまま包丁を受けてしまったが、何と手は当然グローブにすら傷1つ付いていなかった。
「この通り防刃性にも優れていて安心、流石に宝塚君の『伝家宝刀』のようなパネルで作られた刃物は何度も受けきれないけど普通のものなら大丈夫」
「先に言ってくださいよもう……」
「ちなみに火に触っても熱くないし燃えないけど……それも試してみる?」
「結構です!」
安全性は良く分かってもそう何度も攻撃されると心臓に悪いので丁重にお断りした。
そんなことよりもこのグローブの性能に俺は夢中になっていた。燃えない切れない痛くない、この3つは俺が今までにもっとも欲しかったものだっため感動すらしていた。
改めて天空さんにお礼を言わなければと思ったその時、あることに気づいた。
「あの、もしかしてこのグローブって……」
「そう、君のプロンプトスマッシュの為に作られたんだ。天空さんから『どんなに強い力で殴っても反動や痛みを無くせるグローブ』を作ってくれって」
やっぱりそうだったか、俺のプロンプトスマッシュはその威力とパワーゆえ自分の手にも影響が現れ、そう易々と連発できない技だった。「疾風迅雷」や「表裏一体」の時なんかそのせいで手の骨が折れたりもした。
しかしこのグローブを装着すれば完全にとは言えないかもしれないがその負担も軽いものにできるかもしれない。これなら何度も連発できる。
思えば「表裏一体」の時なんか火傷を負った左手でスマッシュを連打したためぐちゃぐちゃになったが、「燃えない」という部分はそこも考慮されて作られたのかもしれない。
つまり、このグローブの性能は天空さんの優しさと思いやりでできてると言っても過言じゃなかった。
(天空さん……ありがとうございます!大切に使わせてもらいます!)
どっちにしろ次会った時お礼は言うつもりだが心の中でも感謝の念を送っておく。そして作ってくれた小笠原さんにもお礼を言わなければ。
「ありがとうございます小笠原さん!大切にします!」
「いや、俺もこういう武器や防具作るの好きなんだ。次機会があったら何でも言ってくれ」
俺はまだ両手に付けてあるグローブをキラキラした目で眺め続ける。こういう俺専用の武器というのは何だかもの凄く燃えてきた。
しかし日常生活の時には外しておこう、学校にこれ付けてまま登校したらただの痛い奴だ。いつでも使えるようポケットに入れておくことにした。
「……何か発彦だけずるい」
「そうだそうだー」
「……2人はもう自分の武器があるでしょうに」
すると普段喧嘩してるくせしてここぞとばかりに刀真先輩と勇義さんがからかってくる。縁側に座って両足をパタパタさせながらこっちを見ていた。
「そう言えば僕一度でいいから前代未聞対策課の武器を見てみたかったんです!よろしければ見せてくれませんか?」
「まぁ普通は見せないようにしてますがこの道の人間になら大丈夫かな」
そう言って勇義さんが持っている十手と拳銃を小笠原さんに手渡すと、彼は瞬時に集中の眼差しになってそれらを凝視する。しばらくすると持っていたルーペも使って表面に書かれている浄化の魔法陣の文字も観察しだす。
「流石ですね……ここまで小さく文字を書けるなんて」
「?、小さく書くと良いんですか?」
「ああ、それは――」
するとさっき分かれた比野さんが地上に上がって俺たちを呼びに来た。
「お待たせしましたー!一応ある程度のことは分かったのでお伝えしようかと!」
「お、やっとか」
そうだ、俺たちは例の装置を研究させてもらうためにここへと来たんだ。新しい玩具を手に入れて喜んでる暇は無い。
そう言って俺たち3人と小笠原さんは、縁側で煎餅を食べてのんびりしてる鶴歳所長を置いて地下の研究施設がある部屋へと戻った。さっきまで興奮していた気持ちも冷静な落ち着きへと変わり、覚悟してそれを聞こうとする。もしかしたら何か大変なことが分かるかもしれないからだ。
パネルの呪いの力を抑え、人を怪字に変身させることができる装置、それらが残虐な方法で作られていることもあり得る。
「これを見てください」
そう言って彼女が見せてきたのは1枚の写真、そこには勇義さんの十手や拳銃の弾丸にも書かれている浄化の魔法陣の文字が映っていた。しかしこの写真は何か違和感がある。普通の写真とは何かが違うのだ。
「これはあの装置の内側を顕微鏡で見たときの写真です。つまりあの装置の内側にはびっしりと浄化の文字が書かれていたんです」
「なっ!?そんなまさか!」
その言葉に一番反応したのは勇義さんと小笠原さん、2人は彼女へ詰め寄り装置を信じられない物を見る目で注目した。俺と先輩はいまいち何がそんなに驚くことなのか分からず、騒いでいる3人を傍観していた。
「あの……その装置に文字が書いてあるのがなんでそんなにビックリすることなんですか?勇義さんの武器も同じような物なのに」
「……浄化の文字というのは、小さくそして多く書いた方が効果的になる。今の所一番小さく書けるのは前代未聞対策課の技術だけだ」
さっき小笠原さんがここまで小さく書けるなんてと言っていたのはこのことだったか。確かにあの銃弾や十手に書いてある浄化の文字は近くで凝視するか虫眼鏡を使わない限り見えない程小さく書かれていた。
しかしその装置は顕微鏡を使わないと見えない程小さく書かれているらしい。知識の差だからだろうか勇義さんたちと同じとまではいかないが俺たちもそのことについて驚く。
「今さっき勇義さんの武器を見て驚いたところなのに……まさかそれ以上の物を見るとは……」
「私も最初見たときは驚きました。ここまで小さく書ける技術があるなんて……」
2人も研究員だから分かるのだろう、勇義さんと同じように驚愕している。どちらかというと2人にとってどうやって作られているかの方が気になるのだろう。
「この装置はパネルを包むように付けるんだと思われますが……その際に内側のこの文字が呪いの力を外側から抑制してるんです」
「つまり……呪いの力を中に保ったまま使えるということですか?」
「それがどう特異怪字への変身に関わっているかは分かりませんが……とにかくこれがかなりの技術力で作られていることは確かです!」
それは前々から分かっいたが今回の研究にてますますそれが裏付けされていく。呪いを抑える装置でパネルと怪字を自由に操り管理をし、あまつさえ人造パネルなんていう超規格外の物すら作ることができる、奴らの技術力は俺たちの想像以上のものであった。
「それで……この装置から奴らの正体など分かったことはありますか?」
「すいません……その点についてもまだ……」
「そうですか……」
俺たちは改めて敵対する奴らの正体が分からない、つまり実態がつかめないことに少し恐怖する。人を怪字にする、怪字を作る。そんな技術で一体何を企んでいるのか、それすらも分からない。
結局のところ、何もわからずじまいだった。
日も暮れて辺りが暗くなった頃、研究所がある山の隣の山にて、研究所をずっと監視している男が1人。
体つきが良い筋肉質な男、髪は赤混ざりの茶髪でまるで燃えているかのように逆立っていた。スコープを片手に研究所を見ている。
すると男が持っていた携帯が鳴りメールが届く。そのメールを開封して確認した途端、男の表情はニヤリとしたものになった。
「ようやく来たか……待ちわびたぜ」
そう言い零すと、今度はその後ろに突然現れるかのように2人の若い男2人が現れる。黒い髪と白い髪、服装も髪型も白黒と左右対称だったが顔つきは似ている。しかし黒い方がまるでバンドメンバーのような派手なメイクをしているため傍目だと兄弟ということに気づかないだろう。
「ナイスタイミングだな同島兄弟、丁度さっきゴーサインが出たところだ」
するとその兄弟はスコープ無しで隣の山を研究所を見つめる。ちなみに白い方が兄で黒い方が弟だった。
「そうか……いよいよだな兄弟」
「そうだね兄貴、見せてやろうよ。俺たちの力を」
そう言ってその兄弟と男は森の中へと消えていく。今この地で、再び奴らの牙が剥くこととなったのだ。