76話
突如として現れた1匹の怪字、そいつが今回の任務が旅行ではないことを乱暴に告げてきた。その見た目は鳥人間と呼ぶに相応しいものであり、それでいて人間離れした体の形状をしている。
その頭部は2つあり、それでいて片方の頭に目が1つしかなく合計で2つの目を持っていることになる。背中には大空を堂々と飛べそうな程大きな翼があった。腹部はボッテリと太っておりそこから太い腕と足が伸びている。全体的なサイズは俺たちを見下ろせるぐらいのものだった。
「また不格好なのが来たな……」
勇義さんの言う通り普段俺たちが想像している鳥人間とはかけ離れた存在であり、その異様さも全身で訴えかけている。
鳥の怪字は悠々としてゆっくりとこちらに近づき、片方の頭に1つずつ付いてる目でこちらを睨んできていた。その眼光は鋭く敵意が剥き出しである。中の人はよっぽどやる気だと伺える。
「牛倉一馬の仲間だな!?いつから俺たちを追ってきてた!」
そう、状況を考えるにこいつは牛倉一馬と同じ組織に入っている特異怪字だろう。粗方俺たちが今持っている「例の装置」から自分たちの情報を漏洩されることを阻止するために差し向けられた……言わば刺客という奴だと思われる。ならばここで気負けしてはならない、俺は力強くそう叫んで負けじと戦う意思を見せつける。
しかしその鳥の怪字は何も答えず、ただこちらを見てくるだけ。特異怪字は喋られる筈だ。なのに黙っているのを見ると……
「……もしかして普通の怪字なんじゃないのか?」
刀真先輩の言う通り恐らく一般の過程で生まれた怪字だろう、今まで特異怪字にしか出くわしてないから本来の怪字を忘れかけていた。
怪字というのは普通知性など持っておらず人の言葉も話せない、目に入った人間を無闇に襲う獣のような存在だ。
するとその怪字はこちらに向かって拳を振り下ろしてきた。
「……ッ!!」
俺たち3人はそれを後ろに避けて怪字との距離を保ったままにする。見たところそんな知性は奴に感じられない、特異怪字じゃないということだ。
とどのつまり、俺たちの運が悪かったということだ。まさか大事な任務中の際普通に怪字に襲われるなんて思ってもいなかった。
「たく……ついてないな……!」
周りに民家は見当たらないし人の気配も俺たち以外感じられない。じゃあどこからこいつは現れたんだと少々疑問だが、どっちにしろ好都合だ。これで思う存分戦えるのだから。
鳥の怪字は翼で一気に加速、俺の方へ突っ込んできた。
「ぐぐぐっ……!!」
そのタックルを真正面から両手で受け、足が地面に擦りながらもその勢いを受け止めようと力を込めた。パワーも中々ある、油断してるとあっという間にやられてしまうな。
「だりゃあ!!」
俺は奴の突進を完全に静止させた直後跳びあがり、右側の頭部を蹴り上げた。するともう片方の頭が嘴を突き刺してくる。
それに対し脇下を潜らせることで回避し、そのまま2つの頭の首筋に回り込んで両首を思い切り掴んだ。
「ぬおおおおおお!!!」
そして思い切り投げ奴を地面に叩きつけたが、怪字はものともしないといった感じですぐに起き上がる。そこへ刀真先輩と勇義さんが突撃していった。
伝家宝刀と対怪字用十手、2つの武器がほぼ同時に迫りくるが全て避けられてしまっている、その身のこなしは大変滑らかなものであると感心してしまう。
怪字は両手で挟む形で2人を激突させ、そのまま俺の方へ蹴り飛ばしてきた。
「どぼらぁ!?」
吹っ飛ばされた2人が俺に当たり、3人揃って地面を転がって倒れていく。当たった俺の上に重なる状態で2人は倒れていた。
「お前……ちゃんと刀当てろよ!」
「貴様こそ……十手当てる気あるのか!」
「……取り敢えず俺から退いてください!」
そのまま喧嘩が始まりそうな雰囲気になったので俺は乗っかってる2人を無視し無理やり起き上がる。先輩たちもすぐに起き上がった。そして全員で怪字に突っ走っていく。
「このっ!」
最初に俺が奴の腹を殴り、その後ろに隠れて死角から先輩が刀を突き刺そうとするが後ろに避けられてしまう。次に勇義さんが刀真先輩の頭を踏み台にして十手による追撃を頭部に向けてするも首を横にして回避してきた。
「おい!私の頭を踏むんじゃない!」
「仕方ないだろチャンスだと思ったんだ!」
「もう!喧嘩してる場合じゃないですよ!」
こんな時にまでいつものように喧嘩されたたまったもんじゃない、俺は2人を宥めて戦いに集中するよう促したがその隙を突かれた。
怪字は俺を蹴った後その横にいる刀真先輩も殴り飛ばし、勇義さんは地面に叩きつけられてしまう。
「ぐああっ!?」
更に勇義さんを両手で掴んでそのまま空高く放り投げた後、翼で空を飛び一瞬で彼を追い越す。そして踵落としで地面に叩き落とした。
俺は蹴られた後すぐに起き上がり、落とされた勇義さんを地面に激突する直前で受け止め、何とか墜落を阻止する。あの高さから落ちてたら大ダメージになっていただろう。
「すまん触渡!そして上から来るぞ!!」
勇義さんの言う通り怪字は真上から降下、キックの形でこちらに両足をぶつけてきた。俺と勇義さんはそれを真下から受け止める。俺は両手で支えて勇義さんは十手を盾にしていた。
すると怪字は下にいる俺たちを何度も蹴り続け真上から一方的に攻め立てる。俺たち2人はそれをガードするのに精一杯になったカウンターができない。「一触即発」のプロンプトスマッシュで対応したかったがパネルも使えない程奴の怒涛の蹴りラッシュは凄まじかった。
「私に任せろ!」
そこに刀を鞘に収めた状態の刀真先輩が凄まじい勢いで怪字に突撃していった、あの勢いの強さは「猪突猛進」のパネルを使ってでのものだろう。
「猪突居合切りぃい!!」
そしてその勢いに便乗して一気に刀を抜き、その居合切りで見事鳥の怪字を真っ二つに斬り裂いた。それはもう見事に分断され、2つの頭部の首を境に斬られていた。
「よっし倒せ――!?」
しかし切った後刀真先輩は思い切り殴られ吹っ飛んでしまう。馬鹿な、完全に真っ二つになったはずだぞ、と今の怪字を見てみると……
「2、2匹!?」
さっきまで1匹の筈だったその怪字は、2羽の鳥に分かれてまだ活動をしていた。2つの頭部が分かれて個々として存在しており、翼も左右に分かれている。
「こいつら、まさか最初っから2匹だったのか!?」
そこから推測されるのは、元々2匹の鳥の怪字が1匹の怪字のように寄り添っていて動いていたということになる。もしそうだとしたら凄いコンビネーションだ。とても合体して動いていたなんて気づかない程自然な動きであった。
すると右側の怪字はこちらに向かってきて左側の怪字は吹っ飛ばされた先輩の方へと飛んで行く。
2匹に分かれたということだけあってそのサイズは少しだけ小さくなっているがその分素早さも上がっており、右側の方は止まらない勢いで俺と勇義さんを何度も攻撃してきた。それに対し反撃ができず避けたり受け止めたりするしかなかった。
「勇義さん俺から離れてください!」
一旦ここで重い一撃を与えた方が良いだろ、そう思った俺は巻き込まないよう勇義さんを下がらせ奴の拳が当たる直前で「一触即発」を使用、そしてカウンターを思い切り腹部にぶち込んだ。
「プロンプトスマッシュッ!!」
怪字の腹がボコッと凹み、そのまま後ろに飛ばされていく。その時俺は刀真先輩と交戦している左側の怪字を見た。刀真先輩の刀に牽制されながらも徐々に攻めていってる。
(合宿の時の「表裏一体」みたいな2匹で1匹タイプの怪字だが……そいつと違ってダメージは共有されてないみたいだな……)
夏の合宿にて出くわした「表裏一体」の怪字、例の組織が俺たちに差し向けてきた怪字だが、あの怪字は天使と悪魔という2匹に分かれており、どちらか片方が傷つけば同じようにもう片方もダメージを受ける。まさしく2匹で1匹の怪字だった。
しかし目先のこの鳥の怪字はそんなことはなく、恐らく片方を倒してももう片方は活動し続けるだろう。思えばこの間の人造パネルの時は除いて個々として存在している2匹の怪字を同時に相手にするのはこれが初めてだった。
(1人だったら厄介だったな……あの速さの奴が2匹同時に襲い掛かってきてたらと思うとゾッとする……!)
寧ろいい経験になるかもしれない、これから例の組織の特異怪字たちが徒党を組んでやってくるかもしれない。その時の予行練習として今回は経験を積もう。
といっても今こいつを倒せる算段というものはなく、見たところプロンプトスマッシュを受けても平然としていた。
「タフな奴め……!」
すると前の方から刀真先輩と左側の怪字がこちらに向かって飛んで来た。左側の怪字は片手で先輩の頭を掴みそのまま地面に押し付け引きずっている。そして俺たちの足元に放り投げてきた。
「先輩!大丈夫ですか!?」
ボロボロの状態で痛みを堪えている先輩、すぐに起き上がれたが今の攻撃が結構辛いのかその様子は傍目でもすぐに分かる。
一方2匹の怪字は寄り添い合い、最初に出会った1匹の怪字に合体した。合体と分離を自由に使いこなせるのか……!
「おい宝塚!まだ行けるか?」
「……貴様に言われなくとも……!」
3対1なので不利になる前にどんどん攻めて倒そうと3人とも思っていたが、2匹に分かれてくるとなると話は別だ。やはりここは「表裏一体」の時と同じように片方になるべく集中して倒していこう。
すると鳥の怪字は再び翼を大きく広げ、凄い速さでこちらに突っ込んでくる。俺たちがそれを受け止めようと構えたその時――
「待てっ!」
森の方からそのような声が突然聞こえたと思うと、なんと鳥の怪字はその声に従うように静止、さっきまでぶつけていた敵意も嘘のように納まっていた。
対する俺たちも突然の出来事に驚きを隠せず、その場を動けずにいた。ただその声の正体を最優先に警戒する。
そして森から出てきたのは、跳びはねた茶髪を持つ、1人の女性だった――




