67話
俺はその後、2人を運びながら「疾風迅雷」で町を駆け巡り、神社へと帰る。そのまま真っ直ぐ帰るわけでもなく、少し遠回りした。
その理由は奴に追跡されて居場所を悟られないため、もうあそこまで俺たちの事情を知っているということは神社の場所も知られている可能性も高いが、こういう警戒はあって越したことはない。
それを続けて約数分かけて神社へと辿り着き、天空さんに驚いた表情で出迎えられた。
「怪字が出現したから遅くなるとは聞いたがそんなに強敵だったのか!?さっき退院したばかりの刀真くんもそんなにボロボロになって……」
「取り敢えず休ませてください……命に関わるような重症ではないんで……」
そうして急いで2人を安静にした後、俺も手当てを受けて布団に入って休養に入る。ボロボロの状態で「疾風迅雷」を使い走りまくり、尚且つ2人も運んだから体が悲鳴を上げているのだ。
俺たちはその後時間をかけて自分たちを襲う痛みと疲労感に抗い続け、気が付いた時には夜が明けて朝になっていた。
俺の隣には苦悶の表情で寝ている勇義さんと刀真先輩、しばらくすると2人も目が覚めて体を起こす。
「ここは神社か……?私たちはどうしてたんだ?」
「奴に付けられた傷を癒すために寝ていました。俺もさっきまで寝てました。もう朝になっています」
「お前が俺たちを逃がしてくれたのか触渡……感謝する。あのままだったら俺たちは殺されていただろう」
そう、勇義さんの言う通りあの場で逃げていたら俺たちは絶対といっていい程の確立で殺されていただろう。
何故なら、あの怪字になった男は命を奪うことに何の躊躇も抱かない、超危険人物だからだ。
蕎麦屋で会った時はあそこまでの異様な雰囲気は見せていなかった、まずあの時は向こうも俺が「触渡発彦」であることに気づいていなかったらもあるのだろう。しかしいざ正体を知ればこちらを殺す勢いで襲い掛かってきた。
……俺は生まれて初めて人間から殺意を向けられた。あれを完全に「人」だと決めつけられるかどうかは怪しいが、例え怪字に変貌しても人は人なのだ。
確かに今までの経験上「殺意」は嫌という程向けられてきた。しかしそれはあくまで怪字からだ。例えるなら、怪字は「善悪の区別が分からない殺意」、しかしあの男は「善悪が分かっていて向けてくる殺意」、つまり「悪意」だった。
あの時は怒りで冷静さを失っていたからそこまで意識しなかったが、人というのは、あそこまで醜くそして悪くなれるのか――
「お、起きたようだな」
すると天空さんが3人分のお茶を運んで部屋へと入ってくる。
「発彦に刀真君、その傷じゃあまだ休んでいた方が良い。学校には風邪と連絡して休みにしてもらった」
「ありがとうございます」
「あと、君のお父さんも来てもらった」
「おう、大丈夫か刀真」
「父上!」
すると先輩の父親である宝塚さんもこの部屋へと入ってきた。彼の顔を見るなり勇義さんは頭を下げる。
「前代未聞対策課の勇義です。この度は息子さんを守れず申し訳ない」
「話には聞いている。愚息が世話になっているな」
そう言えばこの2人は今日初めて会うんだった。刀真先輩との仲は最悪だから父親相手にも何か一騒動あるかと警戒したが流石は大人、そこはきちんとそれなりの対応していた。
「で、早速本題だが……今回の怪字戦で何が起きた?様子を見るに只事じゃないのは分かる」
そう言って天空さんが今回の出来事について聞いてくる。隠す必要も無い、それどころか年長者の2人に聞けば何か分ったり思いついたりすることがあるかもしれなかったので体験したことをそのまま話す。
パネルを悪用する人、その人が意識を保ったまま怪字になったこと、普段冷静な2人もこれには驚かずにはいられないのか、そこまで驚愕はしていなかったものの目を大きく開いて話を聞いている。
「そ、そんなことがあったのか……人が怪字に……!?」
「……成る程、それが特異怪字の正体という訳か」
流石はプロ、話の理解が速い。
そう、夏合宿の際であった「知性のある怪字」、通称「特異怪字」。今までその正体と存在を不思議に思っていたが今回その正体がある程度分かってきたような気がする。
特異怪字、怪字が人並みの知性を持っているのではなく人が怪字に変身した姿、俺たちはそういう考えに至っていた。
しかしそんな突拍子も無い話に一同は困惑している。それもそのはず、今まで怪字とパネルに対して抱いていた固定概念は一気に崩れ去り、想像だにもしなかった世界へと突入しているからだ。
「そのパネルを使うっていう男に……何か変わったような特徴は無かったか?」
「……そういえば、パネルに何か変な物を付けていました」
奴は回収した「光彩陸離」、そして怪字になるために使った「牛飲馬食」の計8枚のパネルに装飾品のようなものを装着していた。まるでパネルに書いてある文字を、絵画を額縁に納めるような形で見せていた。その特徴を見た通りに2人に伝えた。
「変な物……か、もしかしたらそれに何か秘密があるかもしれないな。他には何かあるか?」
「他には……」
「ああっーーーー!!!」
何か手掛かりは無かったと奴の姿と仕草を振り返っていると、突如勇義さんが叫び急に立ち上がった。彼の行動に俺たちは一斉に驚いた。
「ど、どうしたんだ任三郎君……!?」
「あの男……どこかで見たことある顔だとさっきから思ってたんだが……誰だか分かった!」
「本当か!?」
そういうとスマホを取り出し、ネットで何かを検索しそれで出た画像をその場にいる全員に見せてきた。そこに写っているのは間違いなくあの怪字に変身した男であり、真正面から撮られているため本人もその自覚があるのだろう。カメラに視線を向けてにっかり笑っていた。
「名前は『牛倉 一馬』、強盗殺人の罪で死刑囚だったが、数年前に脱獄した男だ!」
「死刑囚……!?」
悪人だとは思っていたがまさか死刑囚だとは予想だにもせず、奴の顔を見た俺と刀真先輩は驚いた。あんな雰囲気で強盗殺人を犯したことがあるとは……人を見た目で判断してはいけないと改めて思い知らされる。
「俺が前代未聞対策課に来る前の頃だ。奴は数十件の強盗殺人を行い、その動機が異常すぎてメディアにも真実を伝えられていないって聞いて印象に残ってたんだ」
「異常……?どういう意味ですか?」
「……牛倉一馬は一般家庭の家に侵入、理由は腹が減っていたから。住民を全員殺し、家にある食べ物を1つ残さず食い尽くしたそうだ……」
「そんな理由で……!?」
本来強盗殺人の動機と聞けば、誰もが先に「泥棒しようとしたがその家の人に見つかったので殺した」的なことを思い浮かべるだろう。
しかし牛倉一馬という男のその理由は、お腹が減っていたという子供のようなものだった。
「一応精神鑑定は行われたが責任能力はあると判断され、そのまま死刑が執行される予定だったが……その前に脱獄して逃亡したと……」
「どうやら私たちはとんでもない奴と会ったらしいな……」
大量殺人犯に真正面から会った、今思うと鳥肌が立ちゾッとしてきた。それは怪字に変身したことを上回る程の衝撃である。
「とにかくこれは警察の仕事だな、俺から連絡しておこう。だから今は俺たちでしか解決できない問題を見よう」
そうだ、今は牛倉一馬のことより奴が怪字になったことに注目しなければならない。
「じゃあお前たちがあの島で会ったという針の特異怪字も、人が変身しているということか?」
「……多分」
一応今回の「牛飲馬食」の特異怪字、そして針の特異怪字には共通点がある。それはどちらも呪いのパネルを回収、もしくは集めているということだ。牛倉一馬は俺たちが倒した怪字の「光彩陸離」、そして針の特異怪字は虎鉄さんと鷹目さんが持っていた「銅頭鉄額」「飛耳長目」と怪字として現れた「表裏一体」。
すると天空さんと宝塚さんはお互いを見つめ頷きあった後、深刻そうな顔で次のことを伝えてくる。
「言うタイミングを逃したが……実は全国のパネル使いが何者かに襲われ、持っているパネルを奪われているという連絡が来たんだ」
「……えっ!?」
「話を聞くに奴……いや奴とその仲間はパネルと怪字を操れるんだろ?もしかしたらその為にパネル使いからパネルを奪っているんじゃないかと……」
「……そう言えば牛倉一馬は、今回のターゲットは俺たちのパネルだと言ってました!」
奴の今回の目的は俺と刀真先輩が持っているパネルだと堂々と言っていた。それがもし、全国のパネル使いのパネルが奪われていることと関係しているなら、牛倉一馬の仲間は全国にまで手を伸ばせる程の勢力を持っているということになる。
「思えば……あの『表裏一体』の怪字も奴らの仕業なら説明もつきます。きっとあの針の特異怪字が『表裏一体』の怪字を出現させたんじゃないかと……」
「触渡君に刀真、お前たちはパネル使いでも多くのパネルを持っている方だ。それにこっちの名前も知られている。これから狙われるかもしれない、十分注意してくれ」
「「はい!!」」
こうして一度話し合いは終了し、俺たちは折角学校を休んででも手に入れた一日なので思う存分怪我の治療に全力をかけるつもりだ。
一方天空さんたちはまだ話し合うつもりなのか、既に会話をしながら部屋を後にする。その時その一部が耳に入った。
「しかし……一体パネルを集めて何をする気なんでしょうか?」
「分からんが……良くないことのは確定だな」
『どうだ?これがパネルの本来の使い道と言っても過言じゃない』
俺は布団にもぐりながら、奴が言った言葉を思い出す。
俺たちはパネルを戦うための道具として、一方奴は怪字になるための物として扱っている。
意識、そして考え方の差が、パネルという形で大きく出ていた。牛倉一馬という男は腹が減ったという理由で人を殺め、今は何かしらの目的のために人の命を冒涜している。
疲れと痛みですぐに寝れると思っていたのに、奴のことはとても怖くなってきて、中々目を閉じれずにいた。
そうすれば、あの無垢に見える顔が浮かび上がってきそうだから……
「悪い悪い!逃げられちまったよ……え?『お前のことだから油断したんだろ』?酷いこと言わないでくれよ」
一方話題の人物である牛倉一馬は、人目の付かない路地裏に身を置き、また誰かと通話していた。
「多分先生も許してくれるって……でさ、向こうに前代未聞対策課の刑事がいたんだよ。だから多分顔と名前がバレてると思うから、一回そっちに帰ろうと思ってる」
まるで友人と話しているような感じで牛倉一馬は通話を続ける。しかしその相手は中々厳しそうだった。
「だから、触渡発彦と宝塚刀真の件はさ……他の奴に任してくれよ……悪いね、そういうことだから」
そうして通話を切り、携帯電話を閉まった後に立ち上がる。残念そうな顔でその場を去っていった。
「あ~あ、あの蕎麦屋気に入ってたのになぁ~昔みたいにむやみに人様の家にご馳走になれないのが辛いな」