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爆発寸前な男  作者: ZUNEZUNE
第五章:刺客
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66話

「人が怪字になった……!?」


人が怪字になる、そんな予想外で信じられないことが今目の前で起こったことにより、俺たちは開いた口が塞がらない。

俺はてっきり「差し向けた」っていう言動から怪字を操れるのかと思っていた。それはそれであり得ないことだが、現状よりかは現実味がある。

しかも人間だった時の記憶はあるようで、何と言葉も話す。今まで怪字に抱いていた固定概念が一気に崩れ去るのを感じ取った。


「……まさか」


ここで俺は、あることを連想した。あの日出現した特異怪字は怪字に本来ない知能を持ち合わせている存在であり、まるで()()()()()()()()をしていた。


「もしかして……特異怪字ってのは」


そのまさか、特異怪字という存在は、人間のような知能を持つ怪字ではなく、()()()()()()()姿()なのでは?

そうだとしたら合点がいく。あの針の特異怪字の動きはまさに人間そのもの、知能を持った怪字と言うより中に人が入った怪字と言った方が不思議な説得力があった。

だけど未だに信じられない、人が怪字になるなんてことあり得るのだろうか?


「どうだ?これがパネルの本来の使い道と言っても過言じゃない」


俺たちは今までパネルを「怪字を倒せる道具」としか見てこなかった。しかし今この場で他の使い方が示唆される。


「さてと、早速お仕事しますかぁ!!」


すると怪字の両肩に生えている牛と馬の顔から長い舌がこちらに凄い速度で伸びてきた。呆気に取られながらも何とか3人全員がそれとジャンプして回避、舌は無尽蔵に伸縮し、ベロベロと動き回っている。まるでミミズのようだった。


「と、とにかくどうする!?」


「どうするも何も戦うしかないだろ!」


先輩も勇義さんも突然の出来事に持ち前の冷静さ(勇義さんは別かもしれない)でも対応しきれず、具体的な次の行動を決められずにいた。

そうだ、あの怪字がこちらを殺そうとしてくるのは分かっている。ならばそれに応戦しなければならない。

俺も戦う構えになり、他の2人もそれぞれの武器を持ち目先の怪字に向けた。落ち着け、例え人が怪字になろうがやることは同じ、怪字なら今ここで倒すべきだ!


「だりゃああああああ!!!」


俺たちは一斉に怪字へと突撃、奴の体を直接叩こうと懐に潜り込もうとするが2本の舌がそれを遮る。


「私に任せろ!」


ここで先輩が鬱陶しい舌を伝家宝刀で斬り落とそうとするも、舌は刀を受け止め火花を散らすだけに終わる。


「何っ!?」


まさか舌で刀を受け止められるとは思ってもいなかったが、先輩は諦めずに刀で追う。しかし舌は素早い動きでその斬撃を躱し続けたが舌で腹を殴打されてしまう。


「くうっ……!」


うねりにうねりまくる2枚の舌は怒涛の勢いで刀真先輩を襲い始め、それに対し先輩も刀1本だけでは対応しきれずにいた。

たった2枚の筈なのにまるで数十枚あるかのように錯覚してしまう程そのスピードは凄まじく、目で捉えるのが必死だった。

とにかく、これ以上先輩を攻撃させるわけにはいかない。そう思って「八方美人」を使用したまま彼の前に出た。

「八方美人」の自動回避ならどんなに速くても避けることができる。俺は舌の動きを完全に読み取り、2枚とも力強く握り動きを止めた。


「とにかく……知っていることを全部話してもらうぞ!」


そのまま舌を引っ張り、怪字をこちらに引き寄せていく。綱引きのような感じになるが、俺のパワーなら怪字1匹に力負けはしない。そう今まで鍛えてきた。

現に奴はどんどん俺の方へと引っ張られていく。必死に足を地面に付けて抵抗しているが無駄だ。


「成る程……情報通りのパワーだな。幼少期から怪字討伐の為に訓練していただけはある」


すると奴は俺のことを詳しそうに話してきた。知られているのは名前だけだと思っていたが、何故そんなことを知っているのか。


「触渡発彦、幼少期に呪いのパネルに体を乗っ取られて幼馴染2名を殺害、そして()()海代天空と身を共にし訓練をしてもらう。つまり子供の頃からパネル使いだったという訳だ。そんじゃそこらのパネル使いよりも経験豊富といっても過言じゃないな」


「……どこでそれを知った!?」


俺のこととかいうレベルじゃない、俺の過去そのものだ。何故今日の昼会ったばかりの人間がそんなことを知っている!?


「だけど所詮子供は子供!まだまだ甘い!」


すると腹にある口が大きく開き、そこから第3の舌が飛び出してきた。しかも他の2枚より口そのものがデカいせいか太くそして速い。まるでカメレオンのようだ。


「なっ!?」


両手で2枚の舌を掴んでいた為反応が遅くなり、俺はその舌で思い切り腹を殴られてしまう。

そしてその拍子で手を放してしまい、自由になった2枚の舌が体中を殴打してきた。まるで本当に拳で殴られている感触と痛みで全身が襲われていく。


(「八方美人」を使うタイミングを逃した!何て速さだ!)


すると腹の口から伸びている舌が周りの物を全て払うように横から迫ってきたので防御しようとするも、2枚の舌で邪魔されているため思うように体が動かせない。そしてそのまま第3の舌でまた殴られると思ったが――


「させるかっ!!」


勇義さんが前に出て十手でそれを受け止めてくれる。他の2枚の舌も刀真先輩が刀で追い払ってくれた。


「宝塚刀真、怪字退治として名が知れ渡っているかの宝塚家現若当主、本来は長男が跡を継ぐ予定だったが怪字に殺されて次男であるお前が当主になった」


「……私のことまで!」


自分の話を堂々と話されたことに苛ついたのか、刀真先輩は奴に向かって突撃、迫りくる2枚の舌を伝家宝刀で払いながらその懐にまで潜り込む。


「武器は代々受け継がれている『伝家宝刀』という四字熟語、絶対に折れない刀である!」


「このっ……デカいくせにすばしっこい!」


そこから先輩の刀がどんどん斬りかかるが、自分たちの約2倍の大きさである奴は想像以上に速く、全ての刀の軌道を読み、淡々と喋り続けながら避けていた。

ここで怪字は2枚の舌を地面に付けて体を支え、そのまま高く跳び地面から離した舌を上の階にある器具やら機械に巻き付けて天井に蜘蛛のように張り付く。

やはり中身が人間であるから悪知恵や自身の能力の応用もしてある。修行合宿で出会ったあの特異怪字とはまた別の賢さだ。


「もう1人の男はターゲットに入っていないが……その十手と拳銃からして前代未聞対策課の人間だろ?銃弾に浄化の文字を描く技術を持っているのはあそこ以外にほぼない。まぁこれからの活動の邪魔になるのは目に見えてるから殺しておくか」


対策課(うち)のことまで知っているのか……何者だ!?」


勇義さんは天井にいる怪字に向かって発砲するも、その弾丸は奴の腹の舌によってキャッチされてしまう。奴はこちらを見下ろしていた。


「疑問に思わなかったのか?人間に超能力といっても過言じゃないレベルの力を与える呪いのパネル……何も人類皆が心優しいわけじゃない。()()()()()()()()()()()()()()()()じゃないか」


「悪用……」


実はその事に関して、今まで疑問を持っていた。

呪いのパネルは怪字を生むという以外では人間に驚異的な能力を与える効果もある。だから目には目を歯には歯を、パネルにはパネルをと、パネルの力で怪字を倒すのがパネル使い。

だけど子供の頃に俺は思った。犯罪や自身のため、悪意に満ちたパネル使いが現れないのかと。あの時はまだ善悪の判断がはっきり明確に付いてなかったからそこまで不思議に思わなかった。


「さっきの言動からして、組織的と見て間違いないな。何を企んでいる!?」


「組織……ね、確かにお前らから見れば()()()は悪の組織だな。そして俺はその一員」


ここで怪字は体を支えていた左右の舌を一旦肩の獣の口に戻し、地面に降りてくる。着地した瞬間地面が大きく揺れた。


「なら悪の組織の一員ぽいことでもするか。どうだ?大人しくパネルを渡してくれたら命だけは見逃してやるよ」


そう言って怪字は右手を差し出してきた。確かにそれは物語の悪役がよく使う手段だ。まぁだからなんだという話だが。


「――それで俺たちが大人しく渡す人間だと、そういうデータは無かったのか?絶対に渡すもんか!これは俺たちの物だ!」


「それに、自分が悪人だと自覚があるならそっちこそ大人しくしてもらいたいもんだな。貴様には聞きたいことが沢山ある」


勇義さんは拳銃を構えたまま俺たちの前に出て怪字を牽制する。刀真先輩も口に出してないだけで同じ気持ちの筈だ。その証拠に自慢の伝家宝刀が普段と比べてより輝いている。


「そう言うけど、お前たちが持っているパネルのうち()()()()()()()()だってあるんだぜ?勿論持っているパネルは全部貰うけど、その分はどっちかっていうと『返す』って言った方が正しい」


「……どういう意味だ?」


「……『金城鉄壁』」


すると奴は突然1つの四字熟語を言い出す。しかもそれは、俺が持っている4枚のパネルだった。


「それに『猪突猛進』もだって聞いた。この2つは俺たちが実験(・・)として――」


「実験だと?」


ここで俺は、さっきこいつが言っていた言葉を思い出す。「怪字を差し向ける」、怪字を操れると言っているようなそれは、俺の心に大きな疑問を作っていた。それに加え「金城鉄壁」も「猪突猛進」も元は怪字として暴れていた物を俺たちが倒して手に入れた四字熟語だ。

この予想は、目の前にいるこいつが怪字を操れるということを前提で考えられたものだ。まさか――


「……()()()()()()()()のか?人為的に……」


「ああ、そうだよ。どれ程強い四字熟語かを確かめる実験と、お前らがどれぐらい強いかっていう実験で」


まさかとは思った。しかし何事も無いように簡単に返事が来た。

俺は、人が怪字になったことに対しては驚きと恐怖以外の感情は湧かなかった。しかしこの事実には……()()()()()()()()()()


「……怪字がどれ程危険な存在か分かっているのか!!それこそ俺たちが対処しなきゃ被害や犠牲になった人だって――」


「今までに怪字に殺された人は沢山いるんだ。それぐらい大したことないだろ。それに人が多い分どれぐらい強いのかよく分かるらしい」


「……ッ!!!」


俺は悟った。こいつにとっては人の命なんか関係の無いものだと。今までそういう命を助けるために戦ってきたが、逆にここまで命を蔑ろにする輩を目の前にするとは思ってもいなかった。

怒りでどうにかなりそうだ。俺たちが必死に守ってきた命を何だと思っている!!


「そう言えばこの前の『離合集散』っていうお前らが倒した怪字のパネルは既に回収済みだぞ。何だか知らんが『暗中飛躍』っていう四字熟語も増えていたからラッキーだったぜ」


「……あ?」


そして次の奴の言葉に一番反応したのは勇義さんだった。


「おい、何でお前が『離合集散』と『暗中飛躍』のことを知ってる。あれは今は運搬した隊員含めて紛失中の筈だぞ」


「そうそう、そう言えば隊員みたいな恰好した連中がそのパネル運んでいたんだよ」


「――カケルや他の隊員に何かしたのかぁ!!」


すると勇義さんは怒りの表情になり、単独で怪字に突っ込み十手を振り下ろすがそれも舌で受け止められてしまう。


「ああ、あいつらなら……」


そう言って怪字は勇義さんを舌で払いのけ、少し距離を作ると自分の腹を手でパンパン叩き始めた。


「……()()()()()()!」


「……キサマァアアア!!!」


それがどういう意味か察した勇義さんは、遂に怒りの沸点が最高潮に達しすさまじい勢いで噴火、頭に血が上った状態で怪字に向かっていった。

しかしそんな怒りの感情も簡単にあしらわれ、舌で殴られて思い切り吹っ飛ぶ。

もう決まりだ。こいつは100%純度の悪人。怪字を出現させて人々の平和を脅かしたことだけに終わらず、8人もの命を奪った。

そして初めて見て感じた。ここまで救いようのない「悪」は――!


「黙って聞いていれば……どうしようもない屑だな」


先輩も同じ気持ちなのか、より一層殺意を剥き出しにし怪字に伝家宝刀を突き付ける。対する俺ももう我慢の限界……爆発寸前(・・・・)だった。


「そうですね……もう仕方ありませんよね?」


そうだ、いくら怒るのが嫌いな俺でも、流石にこんな奴を目の前にして何も思わないのは無理がある。もう我慢する必要もない。する情けも無い。

怪字出現率増加の原因であり、カケルさんたちの命も奪ったこいつに、どう向き合えというのか?


「もういい、何も喋るな。これ以上()()()()()()()


人というのは怒れば怒るほど冷静になるものだ。感情が沸騰しそうで逆に冷えてきた。

勇義さんもすぐ起き上がり、俺たちと一緒に怪字を睨みつける。


「「「だりゃああああああ!!!」」」


そして感情の高ぶりに伴い、怪字に突撃していく。こいつを野晴らしにしていれば何が起きるのか分かったもんじゃない!早めに倒す――!


「……だからどうしたぁ!!」


しかしそんな気持ちも虚しく、俺たちは奴に手も足も出なかった。

「光彩陸離」の怪字との戦いの直後ということもあるだろう、しかし例え疲労が一切無い万全な状態でも勝てるかどうか疑問に思うぐらいの強さだった。

「金城鉄壁」も「疾風迅雷(怒涛)」も「猪突猛進」も「神出鬼没」も、奴の舌では全て無駄に終わる。

ただひたすらに舌に殴られ嬲られ痛みつけられるだけだった。

気が付いた時には、俺たちはもう立てずに奴の前で倒れている。


「じゃさてと、早速回収させてもらおうかなぁ~」


そう言って怪字は倒れている俺に手を伸ばしてくる。やばい、パネルを奪われるのは何としても回避せねば。

そう思った俺は最後の力で「疾風迅雷」を使用、左右で倒れている先輩と勇義さんを一瞬で抱えた。


「……覚えとけよ、お前だけは絶対に許さないからな……!!」


俺はそう言い残し、この廃工場を後にした。奴はそんな俺を追わずに姿が見えなくなるまでジッとしている。


「本当なら追った方が良いと思うけど、あまり深追いすると海代天空に出くわす可能性がある。()()もそいつだけには喧嘩を売るなって言ってたし」


すると怪字の体は立ったままどんどん崩壊していき、やがて中身の男を残して消え去ってしまった。さっきまで怪字になっていた男は何事も無かったかのように体を伸ばしている。

その手には、さっき自分で体の中に入れた四字熟語、「牛飲馬食」の4枚のパネルが持たされている。


「俺としてもこれ以上働くのは御免だ。お腹も減ってきたことだし、帰ろっと」


そう言って男は何処かへ行ってしまう。

いつしか、激しい戦いと感情がぶつけられたこの廃工場は、元の静けさを取り戻す。

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