62話
「じゃあまた明後日、今日はありがとう」
「ううん、急に呼び出してごめんね」
夜になった時、ようやく風成さんとの話し合いが終わった。「ようやく」という言い方は何だか失礼な気がするが、終始俺の心臓はバクバクしていたのでこのまま死ぬんじゃないかと思ったぐらいだ。
改めて気づかされた彼女への好意、そのせいで俺の心はずっとモヤモヤしている。何だか恋なんかしてる自分が恥ずかしいというか慣れないというか……
(でも、来てよかったな)
神社へ帰る道中、俺は彼女の家にお呼ばれしたことを良かったと感じる。何故なら、彼女が言ってくれたお礼のおかげで俺はまた戦う意思が強くなったからだ。今まで誰にもお礼を言われなかった。世間に怪字という存在が知られていないから当然だが、今までに聞いた労いの言葉は天空さんの「お疲れ」ぐらいだ。
(……不安になってたかもしれない、自分はちゃんと人のために戦えているかが)
しかしこうして自分が他人の命を救えていることに気づけた。そのことが何だか無性に嬉しくて、顔のニヤケが堪えられなかった。
明日からも頑張ろう――そう思ったその時、自分のポケットから光が漏れていることに気づく。
「そんなことを言っていると早速か……」
予想通りそれは「一葉知秋」の光だった。つまりどこかに怪字が現れたというわけだ。
こうしてみると、本当に英姿町の怪字出現率が増加していることを再確認する。先月は2日連続、そもそも1か月に1匹というペースで現れること事態異常だが。両手は完治したからいいものの、少しは平和を味わっていたかった。
「愚痴ってる場合じゃねぇ!勇義さんにも連絡しないと!」
とにかく今は現場に急がねば。俺は即座に「疾風迅雷」を使用、一葉知秋の光加減で怪字が出現した場所へと超スピードで走っていく。
いざ現場へ着くと、そこには探知通り怪字が1匹いた。
全身が青色の宝石で包まれたゴーレム、遠目で見る限り動きも鈍い。足や腕は太く、真っ直ぐ立てばそれなりに大きいはずだが、怪字自身が凄い猫背のためその体高は普通の人間サイズだ。
問題なのはその怪字の目の前にいる1人の男性、会社帰りに呑みに行ったのだろうか?顔が赤くなっているしスーツも乱れている。
男は完全に怪字に怯えている状態で腰を抜かしてゆっくりと後ずさりしていた。
怪字の太い手が男性に伸び触れようとしたその時、俺が横から飛び出て奴を蹴り飛ばした。
「早く逃げて!!」
俺がそう叫ぶと男は何も言わず無言でこの場を立ち去る。あの様子なら酔って幻を見たと勝手に解釈してくれるだろう。
とにかく今は怪字だ、今さっき蹴った時の感触で分かったが……
(硬い!そして重い!!)
その防御力、重量感に一瞬あっけを取られてしまう。こっちが攻撃したはずなのに蹴った足が少し痛い始末だ。
それに加えて重さのせいで少ししか蹴り飛ばせなかった。寧ろあれをよく蹴り飛ばせたと自分を褒めてやりたい。日頃の鍛錬のおかげだな。
蹴り飛ばされた怪字はゆっくりと立ち上がり、その後離れた位置から俺をずっと眺めている。この前のデブと比べて感情を顔に出さない落ち着いた雰囲気だ。
(まぁ感情なんかあるか分からないけどな)
見たところ動きが遅い代わりに攻撃力に特化された怪字と見た。ならば、こっちから攻めるのみ。
「うおおおおおお疾風怒濤!!ゲイルインパクトォ!!」
先手必勝、雄たけびを上げながら怪字に接近し真正面から連続パンチを当てまくる。しかしその宝石の甲殻に傷がつくことは無く、奴自身もびくともしていない。
すると怪字が右腕を払ってきたのでそれを跳んで避ける。思った通り今までの怪字と比べて随分と遅い。不意打ちでもない限り簡単に避けられる。
(表面にヒビが入るまで攻め続けてやる!!)
俺はその後怪字の首元にキックを当て、そのまま頭に手を乗せて頭上を跳び越えた。そして背中から拳や蹴りを何でも当て続けた。
怪字は反撃に後ろ蹴りをしてきたがそれも難なく後ろに跳んで避け、そのまま蹴りに使われた左足を両手で掴んだ。
「重たいからと言って持てないわけじゃないぞぉーーー!!!」
そのまま自分の体ごと回転し、怪字をぶん回しまくる。かなり重いが持てない程の重さでもない。
そして回している途中で手を放し、怪字を近くにあった崖に激突させる。しかしその崖に大きなへこみができただけで怪字の甲殻に傷はついていなかった。
「ちっ……やっぱりこれだけじゃダメージは入らないか、なら!」
怪字がこちらに突撃してくることを確認すると、俺は一触即発の4枚を使用、力を溜める待機姿勢に入る。
「プロンプト……スマッーーーシュッ!!!」
そして怪字が俺に触れてきた瞬間、一撃必殺として一気にパワーを解き放ってぶん殴った。流石の怪字もプロンプトスマッシュを完全に耐えられず後ろに吹っ飛びさっきぶつかった崖に逆戻りした。
するとスマッシュの影響で凄まじい勢いで崖に激突したせいか、軽い土砂崩れが起き怪字を巻き込んでいく。
「――いっつぁあ!?」
ただし硬いものを凄いパワーで殴ったためこっちにも反動が来て悶絶する。今となってはこれくらい慣れたが痛いものは痛い。
すると土砂に埋もれた怪字が両腕で自分を覆った土を一気に薙ぎ払い出てきた。先ほどスマッシュを当てた個所を見ると僅かに小さな亀裂ができているだけだ。
「ヒビがちょこっとできただけか、もう少し大きな傷を期待してたけどなぁ」
一応本気の一撃だったのだが、それでもあれぐらいの傷しかつけられなかったことに少しだけショックを受ける。
こんなに硬い防御力を持つ相手は英姿町に来たばっかりの頃に現れた「金城鉄壁」以来だ。あの時はまだ「一触即発」に対してのトラウマがまだ残っていた為スマッシュは打たなかったが、何とか弱点を見つけて倒せた。
「だったら――もう一発当ててやる!」
だからといって諦めるわけにはいかない、一回深呼吸して怪字の元へ突っ込んでいく。
奴は反撃に右拳を振り下ろしてきたが簡単に避けられてしまいただ地面に大きな穴を空けただけに終わる。その隙に俺は奴の目前まで接近し、その顎に左肘のエルボーでブチ当てた。そしてそのすぐ後に右手のアッパーで殴り上げる。
「だああっ!!」
そうして奴の懐がノーガードになった瞬間、さっき付けた傷痕に思い切りキックした。
どんなに硬い体を持っていても一度傷が付けばそこが弱点となるはず、金城鉄壁だってその攻略法で倒した。というよりそれ以外に倒し方が思いつかない。
しかし怪字はそれでもびくともせず、両拳を握ってこちらに振り落としてきた。
「……づぅ!!」
流石にこの至近距離じゃ咄嗟に避けることはできずそのまま両手で支えて頭部への直撃を避ける。ところが防いでも圧し潰そうと思い両拳に体重をかけてきた。
長く支えられない、何とか脱出したくても両手で支えているためパネルも使えないし足で反撃すればバランスを崩して叩きつけられるだろう。
すると怪字は俺が手も足も出ない状態だと察すると、足で薙ぎ払ってきた。
「がはっ!?」
ここで初めて怪字の攻撃をまともに受ける。そのキックはとても重く凄まじい勢いで俺の腹部に命中した。地面を転がり、蹴られたところを押さえる。
(なんつーパワーだ!怪力は見た目で予想してたが想像以上……!)
嗚咽しながらも何とか立ち上がり、怪字に視線を戻す。幸運にもスピードはそんなに無いため連続しての攻撃は無いに等しい。あんなパワーで何度も殴られたらそれこそ一瞬で肉片になってしまう。
(つまり、攻撃に当たらなきゃいいんだ……あれぐらい避けるのは簡単だ!)
どんなに強い怪力を持っていても当たらなければ意味が無い、それは俺も一触即発を通じて理解している。奴の攻撃パターンを読んで注意すればいいだけのこと。
寧ろ最近での怪字戦に比べれば随分楽な方だ。あんなに遅ければ一触即発もタイミングを見計らって使える。
そんなことを思っていると怪字が両腕を体の前で交差させて前屈みになるという行動をし始める。何だ?何をする気だ?
(もしかして遠距離攻撃もできるとか……!?)
そういう予想に至り大いに警戒を強める。一応何を来ても対応できるように自動回避の「八方美人」を使おうとしたその時……
「のわっ!?」
突如として視界が真っ白になった。さっきまで夜の景色を見ていた目にとってその急な白は眩しく、思わず目を瞑ってしまう。
一体何が起きたのかと理解不能状態に陥っていたその時、今度は強く打撃が自分の胸に当たった。
「がっ……!?」
急な攻撃に対応しきれず、それに続きキックと思われる攻撃が俺を吹っ飛ばした。
コンクリートの壁に激突し、その下に倒れこむ。現状を理解するためにゆっくりと目を開けると、怪字が強く発光していた。
綺麗な青白い閃光で、怪字全身を包み込んでいる。光は次第に弱まっていき、いつしか怪字は殺気と同じ状態に戻った。
(こいつ……防御力が能力じゃない!光って敵の目をくらますのが能力なのか!)
俺はてっきりあの硬さが奴の売りだと思っていたがどうやら勘違いのようだ。今の強い発光が怪字の能力、奴は俺が光で目を閉じている間に攻撃してきというわけだ。
しかも今は夜、街灯があるとはいえ目は暗闇になれていた。なのでその分強い明るさが毒になってしまう。タイミング的に最悪だった。
「糞っ……まだパチパチしてる」
突然の発光のため、目がまだ慣れていない。このままだといくら遅い怪字の攻撃でも避けるのは難しいだろう。
ぼやけた視線で前を見ると、足音で分かる通り怪字がこっちに突撃してくるのを理解する。一揆に畳みかける気だ。
しかしそう分かってはいても思うように動けず、フラフラになっている。次の一手を予測しようにもこの目じゃできない。
そうこうしている間に怪字が目の前まで迫ってきた。とりあえず防御をしようと身構えたその時、後ろの方で銃声が鳴り響いた。
それでどうなったかはわからないが、怪字は大きくバランスを崩し俺の横を素通りして思い切り転んでしまう。その隙に俺は誰かに手を取られ怪字から離れた。
「大丈夫か触渡」
「その声に銃声……勇義さんですね!」
最初の銃声で誰が来たのか勘づいていたが、それは最初に連絡した勇義さんであった。
「びっくりしたぞ、連絡された場所に向かっていると急に強い光が見えたもんだから」
「奴の能力です……動きは遅いけどあの閃光でこっちの隙を作ってきます」
ようやく目も正常に戻り、勇義さんの顔と離れた位置にいる怪字を再確認する。
「しかも浄化弾を当ててもバランスを崩しただけで傷1つ付いてない……防御力もあるのか」
「さっきお腹の所にヒビ入れました、そこを一点に攻めていきましょう!」
「だな、援護射撃は任せろ。見たところ動きも遅いし遠距離からの攻撃もできなさそうだから十分狙える」
「はい、お願いします!」
こうして今回の怪字戦は俺と勇義さんVS光る怪字という形になった。




