60話
倒した怪字のパネルを拾ってその漢字を確認する。新たに手に入れたパネルは「離」「合」「集」「散」の4枚、そこからできあがる四字熟語は「離合集散」だ。
離合集散……離れ離れになったり集まったりすること。「離合」「集散」は離れることと集まることという意味においては同じ意味である。
確かにあの怪字は手と足を飛ばしたり自分の体に集めたりしていた。そういう意味であんな能力になったのだろう。
今すぐにでも浄化がしたかったが、とにかく今は落ち着ける場所に移動したい。こんな穴だらけの立体駐車場にいつまでも居座るのは危険だ。
「そういえば勇義さん、昨日の怪字の四字熟語は何ですか?」
「ああこれか?」
そう言って触渡と宝塚に昨日倒して回収したパネルを見せる。できる四字熟語は「暗中飛躍」だ。
暗中飛躍……人に知られず密かに行動すること。
「『暗中飛躍』……確か省略語の『暗躍』として知られていますね」
「詳しいな、お前」
「勉強してますから」
『暗中』飛躍なのだから文字通り影の中に潜るということだ。当然だが初めて影の中に潜ってみたが、周りが黒い景色なだけで普通の水と何ら変わりのない。普通にバタ足で泳げたし泡もできていた。
「とりあえず神社に帰りましょうか!天空さんに浄化を任して」
こうして俺たちは傷だらけの格好でゆっくり神社へと歩いていく。途中通りすがりの人に目を丸くされたがあまり気にしない方が良いだろう。
道中「俺の疾風迅雷で一瞬で帰りますか?」と触渡が提案したが今の状態で2人を抱えて走るのはどう考えても無理なので却下された。
そして数十分かけてようやく神社へとたどり着く。満身創痍の俺たちを、天空さんは慌てた様子で出迎えた。
「倒したんだな!よくやった!」
その後天空さんに今回回収したパネルを渡し浄化を任せる。そして3人同じ部屋で安静にした。
「そういえば勇義さんってあの孤島で修行したことあるんですよね?どんな感じでした?」
「そうだなぁ……やっぱり虎鉄さんがおっかなかったな」
すると触渡が経験豊富な俺の仕事話を聞きたがったので、これでもかというくらい話し込んだ。
初めて怪字と戦った日の話、孤島に行って虎鉄さんと鷹目さんにコッテリ鍛えられた話。何故刑事になったかという話もした。思えば彼らはまだ10代半ばの若者、俺のようなクールな刑事の日常茶飯事には興味津々に決まっていた。
「とてもじゃないが私より年上になんか見えないけどな」
「黙れこの身長がデカいだけのガキがっ!」
途中何度か宝塚とも喧嘩したりもする。触渡は素直でまだ可愛げがあるがこいつだけは本当に生意気のままだ。
それに一番ムカつくのが学生とは思えないほどのこの長身だ!一体何食ったらこんなにデカくなるのやら。そう言えば資料で見た歴代宝塚家当主は全員長身だったな、こいつの父親である宝塚刀頼さんだって威厳のある顔を更に厳つくする程のデカさだ。遺伝だろうか?
対する俺は身長169㎝とそろそろ30代を迎える男としては小さい方だ。これが一番の悩みでコンプレックスである。
「おーい、パネルの浄化が終わったぞ」
すると天空さんが浄化をし終えたパネルを持って入室してきた。そしてそれを俺の手に渡す。
「勇義さんそれどうするんですか?」
「研究グループに渡す。パネルはまだ未知数な存在だからな、その研究も極秘で行われているぞ」
「へぇ~そんなことやってる所があるんですね」
「なんならお前らのパネルも物的証拠として取り上げてもいいんだぞ?」
そう冗談半分で言ってみると、触渡と宝塚は慌てた様子で自分たちのパネルを背中の後ろに持っていき俺から隠した。
「冗談だよ、マジになるなって」
「変な冗談やめてくださいよ!これは形見みたいなもんなんですから!」
「こっちなんか家宝だぞ家宝!」
「まったく――パネル使いからパネルを奪うなんて真似はしないさ」
「……今なんて?」
すると触渡が今俺が言った言葉に違和感を感じたらしく聞き返してくる。中々察しが悪い奴だな。なので少し照れ臭いが真っ直ぐ言うことにする。
「……だから、お前たちをパネル使いとして認めてやるって言ってんだ」
「――本当ですか!?」
すると嬉しそうな顔で触渡が俺の手を握って何度も頭を下げてきた。別にそこまで感謝しなくてもいい。
「ありがとうございます!これからよろしくお願いします!」
「あ、ああ……」
その勢いに少し戸惑いながらも俺と彼は改めて握手した。これから同じ怪字退治を行う者として、手助けされたりするだろう。これはその協力を誓うための握手だ。しかし宝塚は――
「そんなのは当然だ。決まりきったことを言うな」
「……お前はもう少し感謝しろやぁあ!!」
この通り意地でも俺に感謝しないつもりだった。そしてまた喧嘩をおっぱじめようとしたその時、大きな車のエンジン音が鳴り響いた。
「な、なんだ一体!?」
「……どうやら来たようだな」
実はこの神社に来る前に一度連絡したのだ。中々来るのが遅かったが、もう大分楽に立てるようになったのでグッドタイミングにしてやろう。
神社の外に出てみると、そこには真っ黒い軍隊の恰好をした男たちが8人勢ぞろいしていた。
触渡と宝塚が驚愕している中、俺が前に出て敬礼すると彼らも敬礼で返す。
「ゆ、勇義さん誰ですかこの人たちは!?」
「前代未聞対策課直属の特殊部隊『怪浄隊』だ。基本的に怪字が起こした事件の後始末、パネル使いが現着するまでの足止めをしている」
「そんな今まで見たこと無いぞ……」
「だろうな、この町には代々宝塚家が守ってきたからな」
怪浄隊、前代未聞対策課設立に伴い怪字関連の特殊状況下での活動を視野に入れている武装部隊、前代未聞対策課同様世間にその存在は知られておらず、その装備も俺の浄化弾と同じ仕組みだ。ただ言ってしまえば数を揃えた特攻部隊、だからその人員も少ない。
「よ、任三郎!久しぶりだな!」
すると隊員の1人がサングラスを取って親しそうにこちらに話しかけてくる。親しそうではなく親しいのだが。
「カケル、元気そうで何よりだ」
「何クール気取ってんだよ、昔みたいに明るくなれよ!」
む、俺はいつでも最高にクールでカッコイイ刑事だが?何を言ってるんだこいつは。
「勇義さん、お知り合いですか?」
「ああ、カケルっていってな、元同僚だ」
「カケルだ!立場上また会うかもしれないからよろしく!」
そう言ってカケルは初対面の触渡と宝塚相手にも親しそうに接し、ブンブンと腕を振りながら握手した。
「で、肝心のパネルは?」
「そうだったな、ほらよ。浄化はもう済んである」
俺はカケルに「離合集散」と「暗中飛躍」の計8枚のパネルを手渡す。カケルを含めた隊員たちは渡されたパネルをしばらく眺めた後、頷き合う。
「よし、これでOKだ!またよろしくな!」
「こっちこそ、また頼むよ」
そう言ってカケルと隊員たちは別れを言い、石階段をゾロゾロと降りていく。恐らく下にはパネルを運ぶ用の運搬車、そしてそれを護衛するための車が2台あるに違いない。その証拠にエンジン音がどんどん離れていく。
さて、俺の役目も終わったな。
「じゃあ俺も帰るよ、黙って警察署跳び出しから」
「はい!今日はありがとうございました!おかげで自分が掴めたような感じです」
そう言って触渡は尊敬の眼差しを向けた。どうやら俺のカッコよさがようやく理解できたようだな。宝塚はまだだがいつか理解する時が来るだろう。
最後に何か一言言ってやろう、そう思って階段に足を踏み入れる直前、後ろを振り向いた。
「いいか。怪字退治ってのは――」
それが仇となり、俺は思い切り階段を踏み外してしまった。
「……あぁあああ!?」
そして長い石階段を叫びばがら転がり落ちていく。それを触渡と天空さんは苦笑いで見て、宝塚だけはニヤリと口角を曲げていた。
しかし、どんな失態をさらけ出そうが笑われようが、俺の志は決して揺るがない。例えどんな困難が待ち受けようとも必ずや目的を果たす!
「って鍵がまたどこか行った!」
怪浄隊の3台の車が神社から出発して数時間、一行は真夜中で誰もいない静かな山道を走っていた。パネルを運ぶ車を2台の護衛の車が挟んでいる形だ。
行き先はパネルの研究所、無事パネルをそこへ届けたら今日の任務は終わる。
「任三郎のやつ無理してあんなキャラ作らなくてもいいのに」
勇義任三郎の元同僚で親友でもあるカケルは、パネルを運んでいる車の助手席に両手を頭に付けて座っていた。その顔は一仕事終えて達成感溢れる顔になっている。
「どうでもいいけどそろそろ運転変代われ、ケツ痛くなってきた」
すると運転していた隊員がそう愚痴を零す。凸凹が多い山道を走っているので振動が下半身に来るのだろう。
「分かったよ、代わってやる」
その言葉を聞いた運転手は溜息を吐き、後ろを走っている車に止まる合図をしようとしたその時、まるで何かが落ちたような大きな揺れが起きた。
「んだ一体!?」
不審に思った2人、運転手はミラーで後ろを確認すると、自分たちの後を追っている筈の車が影も形も無いことに気づいた。
「お、おい!後ろの車がいなくなってんぞ!」
「はぁ!?ちょっと止まれ一旦!」
事の異常さを感知した隊員たちは一度車を停車させ降車する。前を走っていた車に乗っていた隊員2名も降りてさっきまで後ろの車が走っていた場所に集まる。
「どこ行ったんだ……転回する音も聞こえなかったしする必要もないし」
「一体何が起きてるんだ……?」
すると突如として大きな音が辺りに響く。まるで何かが持ち上げられた時のような音だ。そしてその出所が後ろであることに気づく振り向くと……
「く、車が……!?」
一番前を走っていた車が、空中を浮遊していた。いや、浮遊ではなく何か長いものに巻き付けられて持ち上げられているのだ。月も雲で隠れている今、光源が無いためその正体が掴めない。しかし、非常事態であることは確かだった。
隊員たちは一斉に銃を構え、辺りを警戒しだす。
「糞っ!何が何だってんだ!」
カケルは焦りも混じった怒号を上げながらも、周囲への警戒を怠らない。さっきはあんなに大きな音が聞こえたのに今は静かだ。それが逆に緊張感を呼ぶ。
しばらくすると上の方から小さな音が耳に入った。
「そこかっ!」
隊員たちは一斉に銃を上に向ける。しかし闘争心溢れていたその目は、一瞬にしてあっけを取られているものになる。
カケルと隊員たちが最後に見たのは、自分たちを丸のみにしようとする大きな口だった。