59話
3人となった俺たちは、怪字と睨み合う。俺は十手を持ち、触渡は拳を握り、宝塚は伝家宝刀を握って構えている。
前には触渡のプロンプトスマッシュとやらで左手を失った怪字がこちらに敵意を堂々と立ち尽くしていた。
「行くぞぉおおおおおおおおおおお!!!」
その雄たけびと共に触渡と宝塚が怪字に向かって突撃していく。触渡は高く跳んで奴の首に蹴りを当て、宝塚はその大きな腹に一太刀を浴びせた。
怪字はその大きな右腕を暴れさせて2人を迎え撃つが掻い潜られて避けられている。
「ゲイルインパクトォ!!」
「はああああああああああっ!!!」
すると2人は猛烈な連続攻撃を怪字の両足に当てまくる。触渡は四字熟語の力で片足で高速に蹴り続け、宝塚は何度も刀で傷つけていく。次々と奴の足がボロボロになっていった。
それに耐えかねた怪字は、片足を思い切り踏みつけることによってその風圧で触渡たちを吹き飛ばす。
「今だっ!!」
2人が怪字から離れた時を見計らって、俺は拳銃を構えて発砲。奴の肩や腕、足に命中させていく。
銃弾が当たる度に怪字は後ろへ下がっていくが、それでも外すことはなかった。
すると弾が無くなったので入れているとその隙に奴は右手をこちらに飛ばしてくる。咄嗟に避けようと思ったが触渡が間に入って代わりに受け止めてくれた。
「右手は俺が相手します!!その間に本体を!!」
「ああ!」
俺は触渡と右手を跳び越え、先にいる怪字に向かって発砲しながら近づく。そして至近距離まで到達したら十手を取り出し格闘戦に入った。
俺1人だけではこの怪字を近接で相手するには骨が折れるだろう、しかし今の俺には触渡と宝塚という仲間がいた。
怪字と俺が戦っていると横から宝塚も混じり、一緒に攻めてくれる。
俺の十手のような打撃武器じゃあの脂肪に威力を吸収されてしまうが、宝塚の伝家宝刀ならあのブヨンブヨンな腹も切り裂くことができる。なので基本的な攻めはこいつに任せて、俺は足や腕など厚い脂肪が無い所を叩いて奴の動きを封じ続けた。
「だっ!?」
「っち!!」
しかしそんな勢いも続かず、奴の回し蹴りによって俺たちは蹴り飛ばされてしまう。
着地は成功したが、奴に与えられた傷が辛いのか、宝塚が青い顔で腹を触っていた。俺は急いであいつの元へと向かう。
「おい!大丈夫か!?」
「がはっ……私に構うな!次来るぞ!!」
すると怪字本体がこちらにむかって突進してきた。あの勢いのまま脂肪で壁に押し付けられるとペシャンコになるのは目に見えている。かといって避けようにも宝塚を置いてはいけない。
なので十手で受け止めて何とか宝塚を守ろうとしたその時、横から入り込んできた触渡が怪字に飛び蹴りを当てて転倒させた。しかもこいつはさっきまで相手をしていた右手を投げ飛ばし、その上から奴本体の腹を蹴ったのだ。あれならダメージは与えることはできなくても脂肪に打撃を吸収されることはないだろう。
「俺が疾風迅雷で奴を翻弄している間に銃を撃ち続けてください!!」
「でもそれじゃあお前に弾が当たるかもしれないぞ!」
「疾風迅雷なら避けられるんで大丈夫です!!疾風迅雷!!」
そう言って触渡は一度怪字から逃げた時に見せたのと同じように、超高速で怪字の周りを飛び交った。その速さは目にも止まらない程のもので、俺の目には影が動き回っているようにしか見えなかった。
「成る程、確かに弾丸なんて簡単に避けられるわな!」
最初は少し躊躇したがこれなら心配する必要無いだろう、遠慮なく怪字に向かって銃弾をぶっ放させてもらった。1人の時は落ち着いて狙いを定める隙も無かったが、今怪字の注目は触渡1人に集中している。思う存分狙撃ができた。
奴の顔、肩、腕にどんどん浄化弾を命中させていると、宝塚がパネルの力で怪字の真後ろに瞬間移動する。
「発彦!『一』を貸せ!」
「はい!」
彼がそう叫ぶと触渡は高速のまま1枚のパネルを投げ渡し、宝塚はそれを使って斬撃を斬り放った。あれはさっき俺を助けた時の斬撃と同じものだ。
超スピードの触渡が怪字を翻弄し、それを俺と宝塚が挟んでいる形にいつのまにかなっていた。怪字は遠距離攻撃でじわじわ攻めてくる俺たちをどうにかしたがっていたが近くの触渡がそれを邪魔している。対する俺たちは遠慮なく遠くから攻撃を叩きこんだ。
すると怪字が突然腕を上にあげ、右手を俺たちや触渡の方ではなく天井に向けて飛ばした。
「なっ!?」
結果怪字の真上の天井に大きな穴が空き、その時の瓦礫が驚いている触渡にぶつかった。
触渡の高速翻弄から抜け出すことに成功した怪字はそのまま跳んで上の階へと飛び移る。
「無事か触渡!」
「いつつ……肩が……」
一方触渡は瓦礫の当たり所が悪かったのか、左肩を苦しそうな顔で押さえていた。だけどまだやる気満々なのか、その怪我に臆することなくすぐ立ち上がる。
「追いましょう!」
「ああ!」
そして怪字の後を追いかけようと上の階に続く坂へと3人で走るが、その坂が怪字に殴られて崩壊した。
「しまった!これじゃ上がれねぇ!」
しかもそれだけじゃ終わらず、上の階から何かが勢いよく落ちてきた。それは怪字の片手、奴が上から天井を突き抜けて殴ってきたのだ。それに加え左足も落としてくる。
「野郎高見から一方的に!」
次々と天井に穴が空いていき、俺たちは上から降ってくる手や足を避けるのに必死になった。それ以外にも穴ができることによって飛び散る瓦礫も危なかった。
このままじゃ防戦一方のままいつか潰されてしまう、かといって降り注いでくる攻撃を避けながら道が絶たれた上の階に移るのは困難を極める。一体どうすればいい――とその時、打開策を思いついた。
「そうだ!落ちてくる手と足を2人で押さえればいいんだ!!宝塚と俺がそうするからお前が上に行け!」
「はい!」
そうこう話し合っている内に、自分たちの真上に右手が落ちてきた。それを散って避けた後、宝塚が右手の上に乗っかり刀で突き刺した。それも地面に串刺しにした状態で。
「おい刑事!足は頼んだぞ!!」
「言われなくても!」
そして手を押さえている宝塚を払おうと来た足を俺が十手で地面に押さえつけた。手と足は自由になろうと物凄いパワーでもがき始める。
「今だ発彦!!」
触渡はその隙に瓦礫を跳び台にして上の階に飛び移り、そこにいた片足で立っている怪字の頭を蹴り飛ばした。
片足だけの状態じゃいくら物理攻撃を無効にできる脂肪を持っていてもバランスを保つのは無理なのか、奴は自分で空けた穴からこの階に落ちてくる。すると押さえていた手と足が凄まじい勢いで俺たちを突き飛ばして本体へと戻っていった。
「2人とも大丈夫ですか!」
触渡も穴を通って上から下りてきた。
「何とかな、それにしてもボロボロになったこの駐車場も」
見渡してみると天井は穴だらけ、この階はその瓦礫で散らかっている。いくら普段使われないからといってもこれじゃあ見る影もない。
「これ以上暴れさせたら崩れるかもしれないぞ、早くケリをつけないとな」
「だったら私が首を刎ねて終わらせてやる」
そう言って宝塚は意気揚々と刀を向けて前へ出る。俺はその言葉に呆れるしかなかった。
「お前なぁ……さっきあいつが首飛ばしてそれを避けたんだろ?学習しろ……」
「今度はしっかり斬り落とす!!鉄砲玉をバンバン撃ち続けるぐらいよりかはマシだ!!」
「それは俺のことを言っているのか!?」
ここで俺と宝塚は睨み合いを開始、どうやらこいつとはとことん仲が合わないらしい。すると喧嘩開始寸前だった俺たちの間に触渡が慌てた様子で入り込んでくる。
「今はそんなことしてる場合じゃないでしょうが!」
それもそうだ、俺としたが落ち着きを取り乱していた。一度冷静にならねば。そんなことをしていると怪字が右手のロケットパンチをぶっ放してくる。それを触渡は両腕で、宝塚は刀身で、俺は十手で3人一斉で受け止めた。
「せめて奴の動きを封じられれば……」
「……!!」
それを聞いて一度ハッとする。確かにあの怪字の動きを止めればあの頭部を狙いやすくなるかもしれない。そして今の俺ならそれができる。
だけど、その方法は俺の刑事になった理由と矛盾しているものだった。ここで俺の脳内で天秤ができあがる。
市民を守ることor刑事としての誇り、どちらを選ぶかは……一目瞭然だ。
「……俺にいい案がある。絶対に奴の動きを封じてみせるから、その隙に奴を仕留めてくれ」
「いい案……何だか分かりませんが……分かりました!お願いします!」
「……簡単に信じてくれるな」
その所を俺は少し驚く。普通「どんな案だ?」と少しだけ疑うのが普通だが、触渡は一切の迷いを見せずにそれを承諾した。
「だって――勇義さんは俺たちの『絶対に死なない』って約束を信じてくれたじゃないですか。だったら俺たちも貴方のことを信じます!」
「!、そうか……」
理由を聞いて納得させられる。別に完璧に信じてるわけではないが、この通り俺のことを信用してくれているので文句は言わない。言う文句も無い。
その時、右手を元の位置に戻した怪字がこちらに向かって突撃してきた。
「じゃあいつでも仕留められるよう準備しておいてくれ!」
「了解です!」
「……分かったよ」
その返事と共に、俺たちは別々の方向へと散り、各方向から怪字に勝負を挑んでいく。
触渡が怪字の首に回し蹴りを当て、それを払おうと怪字が動かす右腕を宝塚が斬りつける。そして俺が後ろから背中に弾丸を撃ち込んだ。
次に2人が同時に同じ足を攻撃、怪字の態勢を崩しかける。
「ゲイルインパクト!!」
「猪突猛進突きぃ!!」
それに続いて触渡が両足で怪字の顔面を蹴りまくり、宝塚は凄まじい勢いの突進に乗っかり奴の右肩を貫いた。
しかし怪字が触渡を頭突きで吹っ飛ばし、宝塚を右腕で放り投げる。その後に右手を飛ばし触渡を地面に叩きつけた。
「づぁあああああああああがあああああああ!!!」
それでも触渡は右手の圧力に負けず、両手で上から押してくる右手を支えながらしっかりと立ち上がった。しかし両腕が万全ではない状態でそれは厳しいのか、苦しそうな声を上げている。
「だがああああああっ!!疾風迅雷!!」
しかし一瞬だけ手を放してポケットに入れてあるパネルを取り出し、さっきと同じ超スピードで右手の真下から離れた。触渡はそのまま怪字本体へと走り、さっき宝塚が付けた刺し傷に思い切り跳び蹴りを当てる。
そしてそのまま怪字の顔を蹴り上げようとしたが、逆に自分が蹴り上げられてしまう。蹴り上げられた触渡は奴がさっき空けた穴を通じて上の階まで飛ばされた。
「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
そこに宝塚が特攻、刀を振り上げてその腹部に一太刀浴びせようとしたが簡単に避けられてしまう。
それでもその剣捌きは終わらせず、必死に刀を振り続ける宝塚。しかし少し切り裂くだけで殆どがその動きを見切られている。怪我と疲れのせいで彼の動きもキレが無かった。
「がはっ!!」
結果カウンターとして思い切り蹴り飛ばされ、地面を転がって倒れてしまう。起き上がろうにもすぐには無理で、血反吐を吐き続けている。
そんな所を怪字は見逃さない。倒れている宝塚へ向けて突撃していく。その勢いで彼を踏みつぶそうとしたが――
「……ッ!?」
突如として怪字の体が何かに引っ張られ、宝塚が倒れている位置とあと少しの所で動けなくなった。
宝塚も不思議に思い、奴の体を引っ張るそれを見た。
「……手錠!?」
そう、それは俺の手錠。奴の脇腹にある傷穴に手錠を引っ掛けられていた。そしてその手錠が鎖を真っ直ぐに伸ばしているため怪字は動けない、つまり首輪のようなものだった。
じゃあもう片方の輪はどこに付いているのか?それは……
「あの刑事――影の中に潜っている!?」
片方の輪は怪字の足元の影の中にすっぽり入っている。影の中では俺が自分の手首に手錠を付けていた。
この能力は、昨日倒した怪字と同じ能力でそいつのパネルの能力、影に潜水できる力だ。
……俺にとって怪字やそれを生むパネルは本来憎しみの対象、恋人を殺した元凶でもある。だから今まで使わなかった。
しかし今はそんなことは気にしてられない。重傷まで負って勝とうとする触渡たちの気持ちに応えるため、俺は自身の憎しみを一時捨てた。
そこで意外だったのが、自分がこんなにあっさちパネルを使えたことと、息継ぎが必要だったことだ。
思えばあの怪字の魚のようなフォルムは、影の中で何時間でも潜水できるための姿だったのだろう。しかしいざ人間が潜れば普通の水と同じように酸素が必要なことを今知った。
しかし影の中にいれば攻撃も当たらないのでこちらが圧倒的に有利である。
俺が怪字の動きを止めている間、宝塚はゆっくりと立ち上がり刀を一度納めた。
「よーし、そのまま押さえておけよ……!」
そしてそのまま怪字に向かってまるで猪のような勢いとスピードで突撃していく。そして走りながら刀の向きを地面と垂直にした。
あのまま怪字を真っ二つにするつもりだろう、しかし動けないからと言って怪字も見す見す受けるはずがない。
「猪突居合切りぃい!!!」
宝塚の一太刀は怪字の胴体を文字通り真っ二つに斬り裂いたが、その瞬間奴は頭部を飛ばして自身がやられることを回避する。やはり頭部が本体だったか。
先ほど俺は彼に学習しろといったが、何も本当にそのつもりで言っていない。宝塚は浮遊した怪字の頭部を見てニヤリと笑う。
「うおりゃあああああああああああああ!!!」
奴の頭上には、上の階から例の技の待機状態で飛び降りた触渡がいるからだ。
触渡は構えのポーズのまま落下し、驚いた表情で上を見上げている怪字に触れた。
「一触即発!!プロンプトスマッーーーシュ!!!!」
そして触渡の一撃必殺が奴の頭部に命中、そのまま下に押し付けられた後、地面にひびが入り、破裂音と共にその頭部も弾け飛んだ。
その瞬間奴の体の亡骸が一気に崩れ、崩れ去った頭部からは4枚のパネルが出てきた。
「俺たちを怒らせた……お前が悪い!」
こうして今回現れた怪字の討伐は、無事完了した。