58話
丸々太った怪字は飛ばしていた両手を戻し、満身創痍の状態でありながらも堂々としてこちらを睨みつけている。そしてその口角はニヤリと曲がっていた。
対する俺は十手を手で回しながら奴へゆっくり近づく。拳銃も弾を入れ、いつでも発砲できるようにした。
すると怪字が右手のロケットパンチをこちらに飛ばしてきた。俺はそれを十手で横に弾き、そのまま怪字に突撃した。
「とりゃあ!!」
そして十手で奴の両足ばかり狙う。あの脂肪で守られた腹部には打撃も銃弾も効かない。ならそれを支えている足を狙うというわけだ。
十手で足を叩き、突き、来る蹴りと左腕のパンチを躱し続けた。すると後ろから右手が拳を握った状態で迫ってきた。
「たぁあっ!」
俺はそれを跳んで周りながら飛び越す。そして跳び越えた後その右手に数発の銃弾を撃ち込んだ。
右手が手首の位置に戻った後、怪字はその巨体を活かしタックルしてきた。俺がそれを横に避けると怪字は壁に突っ込み、穴をあけた。
ここは2階!突き落としてやると、後ろから十手で突き怪字を地上へ落とす。それにより地面が揺れた。
俺は拳銃の弾を入れなおした後、そのまま奴があけた穴から飛び出た。
「だぁあああああああああ!!!」
そのまま下で横たわる怪字に発砲しながら落ち、奴の上に乗ると同時にその胸に十手を突き刺した。先端が深く刺さり、怪字は大きな叫び声を上げる。
俺は続いて奴の顔に数弾撃ち込んでやろうと構えたが、その瞬間横から左手が飛んできて吹っ飛ばされた。
「ぐぁああ!?」
地面を転がった後すぐに向き直すと、目と鼻の先にまで開いた状態の左手が迫ってきていた。
俺はそれを十手を盾にし足を踏ん張り耐え抜く。そして掌をゼロ距離で撃ち抜き、左手を目の前から退かした。
そのまま全速力で走り、怪字の首元にまで迫るとそこに十手を叩きこんだ。
するとカウンターに右手で叩かれ、壁の隙間を抜けて再び立体駐車場の中へと戻った。怪字も壁をぶち抜いて中に入ってくる。
怪字は次に両手をこちらにまっすぐ飛ばしてきた。俺はそれを後退して避け、両手のロケットパンチは地面を砕いただけに終わるかと思われた。
しかし、右手左手共にすぐに浮かび始め、こちらを捕まえようと手を開いて追ってきた。
俺はそれを銃で牽制しながら逃げ、怪字の周りをぐるぐると回り続ける。しばらくそうして逃げ続けたが、走りながら弾を入れようとした隙に捕まり、右手によって握りつぶされそうになる。
「ぐぁあああああああ!!!」
全身を砕かれそうになる痛みに襲われるが、耐えながらも十手で奴の指を何度も叩き、自分の身を解放する。
すると逃げ回っている間怪字本体も接近してきてこちらを蹴り上げようとしてきた。俺はそれを十手で耐え、そのまま格闘戦へと入る。
奴の片足を十手で叩き自分の足で蹴り、もう片方の足の蹴りを避けた。
すると左右から両手が片方ずつ飛んで向かってきたのでそれを跳んで避け、その際怪字の首を強く突く。しかし奴が十手の先端が当たる直前で体を後ろにしたためあまり深く入らない。
(図体はでかいのにやけに身軽だな……それに加えて分離できる四肢で四方八方どこからも来てもおかしくはない攻撃、接近戦じゃきついな)
この怪字はその見た目に反した素早さで攻撃と回避力を両立させ、更に手足を飛ばすことによって死角からの奇襲もできる。
しかも接近戦を続けるとなるとその視線は怪字本体に向き気味になるため、見えない所から襲い掛かってくる手に対応しづらいのだ。
(かといって拳銃で遠距離戦に持ち込んでも手は飛んでくるし、そもそも弾が脂肪ではね返される。腕や顔を狙撃したいが飛んでくる手を避けながら狙いを定めるのは難しい……!)
近距離も遠距離も駄目、隙が無いわけではないが、この怪字には隙が少ないのだ。1人だけなら攻め切れない。
(弾も無駄にはできない……なんとか打開策を見つけないと……!)
そうこう考えている間に怪字が両手を飛ばしてきた。俺はそれを横に避け、銃弾で反撃、しかし咄嗟で狙っただけなので弾は怪字の顔の横を通り過ぎる。
するとさっき襲い掛かってきた左手が地面を這ってこちらに追ってきた。俺がそれから逃げていると、真上から拳を握った状態の右手が何度も落ちてくる。左手で追いながら右手で仕留めようという算段だろう。
(こうなったら、先に両手を潰して奴の攻撃力を減らす!!)
何をするにもこの両手が邪魔だ。なので両手を先に倒すことによって怪字の攻撃範囲を狭くすることにした。
落ちてくる右拳を十手で受け止め、そのまま迫ってきた左手の指を思い切り打つ。その後に何度も十手による打撃を与え続けた。
しかしその連続攻撃は右手によって邪魔され、右手と左手が同時に殴ってくる。
「づぅうう……!!」
それも両手で支えた十手で防ぐが、両手一度のパンチはかなり効き、手が痺れてきた。
ダブルパンチの威力で後ろに押されていると、何か柔らかい感触を後頭部で感じとる。振り返るとそこには巨大な肉の塊。
(しまっ――!!)
それが怪字の腹だと一瞬で気づいた時には、既に蹴り飛ばされて宙を舞っていた。更に空中で右手に殴られ、壁に叩きつけられる。
「ぐはっ!!」
叩きつけられた瞬間血を大量に吐き、そのまま地面に座るように崩れてしまう。膝を付きながら口から出る血を右手で受け止める。
そんなことをしていると左拳がこっちに飛んできたので、それを転がるように横にずれて回避した。左手は壁に豪快な穴をあけた後、こっちに襲い掛かってくる。
「はっ!せいやっ!!」
怪字は左手の指で槍のように突いてくる。つまり5本の指を駆使して俺に攻撃してくるというわけだ。
俺はそれを十手で捌こうとしたが、何しろ5本の指がほぼ同時に迫ってくるため対応しきれず、その内腕と同じぐらいの人差し指が俺の胸を突いてきた。
「うっ……!?」
胸を深く突いた後、左手はそのままデコピンの形になりそのまま俺を弾き飛ばした。
「ぐあがっ!?」
十手の先端で地面を引きずり吹っ飛ばされるのを防いだ俺だったが、その直後右手に拘束されてしまう。
そして、上げては地面に叩き落とし、上げては落とすの繰り返しをさせられた。
「がはっ!!げほっ!!ぼがっ!?」
傷口から出た血によって視界が滲み、それに伴い意識も薄くなってくる。激しく脳に叩きこまれる痛覚も次第に感じ取れずにいた。
ズームしては遠くなっていく地面を見ながら俺は走馬灯のようなものを再生しだす。
俺を育ててくれた親、殺されたあいつ、天空さんに課長、そして最後に見えたのは発彦と宝塚だった。
(……もし俺が今やられれば、あのガキ共がこいつと戦うわけだ)
そんなことを考えていると、走馬灯が未来の想像へと変わる。そして見えたのは、怪字によって無残にも殺された姿の2人だった。
その瞬間俺の意識はテレビを点けたように戻り、歯を食いしばって十手で右手の親指を突き、貫通させる。
指に穴をあけられた怪字は堪らず右手の力を緩めてしまい、その隙に俺は浮いている右手と左手を視界に置きながら距離を置く。
「それだけは……それだけは駄目だっ!!」
そう、俺は市民を守るために刑事となり、前代未聞対策課に入った。
そんな俺が、今ここでやられてどうする!
意識がはっきりしたところで、拳銃を構えなおしてボロボロの左手に連射する。左手は更に傷つき、もはやヒビしか入っていない。
すると今度は右手がこちらに飛んで来た。俺はそれを避けようとしたが、先ほど受けたダメージのせいで膝を付いてしまう。
やがて右手が目前まで迫ってきた……その時!
「紫電一閃!!」
横から飛んで来た紫色の斬撃が、右手に亀裂を作りそのまま吹っ飛ばした。
その方向を見てみると、苦痛の表情で刀を握っている宝塚の姿が――
「ばっ……何で来た!?」
そうこうしている間に今度は左手が俺に襲い掛かってきた。今度こそ当たると思ったその時、宝塚の後ろにいた人物が高く跳び、左手の真上まで到達する。
「ほらよ!」
すると宝塚がその者に何かを渡す。それは1枚のパネルだった。男はそれで四字熟語を作り、一撃放つ構えで落ち左手に振れた。
「プロンプトスマッシュゥウウ!!!!」
その瞬間男の右手のパンチが甲を貫き、左手を跡形も無く粉砕させた。
怪字がその痛みで煩い叫びを上げながら悶絶している。その間に男と宝塚は俺の前に立つ。
「触渡……お前まで」
「すいません、遅くなりました!」
それは先ほど逃がしたはずの触渡発彦だった。重傷を負った宝塚刀真まで一緒にいる。
しかしこの2人の姿を見た瞬間俺は怒りに呑み込まれて、勢いよく立ち上がり触渡の胸元を乱暴に掴む。
「お前ら……何でここにいる!俺に任せておけと言ったはずだ!!」
「よく言う、私たちが来なかったらやられていたかもしれないのに」
すると隣にいた宝塚が俺を触渡から払いのけた。その目はまだ生意気な感じでこちらを見ている感じがする。
「まったく、どうせ戦闘中でもドジ踏んでやらかしたんだろ。馬鹿な奴」
「馬鹿を言うな!俺がそんなヘマをするか!それにその体で戦いに来る奴がよっぽど馬鹿だ!!」
俺は奴が来ていた着物をはだけさせ、包帯で巻かれまくった体を見た。見ていて痛々しいもので、さっきやられた傷もこんな短時間で完治するわけなかった。
「……勇義さん、恋人の話、勝手に天空さんから聞きました」
「……!!そうか……」
その言葉を聞いて少し胸がドクンと鳴った。別に人に聞かれたくない話でもないが、自分から言う話でもないからだ。
俺が前代未聞対策課に入った経緯であるそれは、目の前にいる触渡が体験した過去の出来事と似ている。それは宝塚も同じだろう、宝塚家次期当主が怪字に殺されてその弟が若くして当主になった話は聞いている。
「――すいませんでした!貴方がどう俺たちのことを想っているかも知らずにあんなことを言ってしまって……ほら先輩も頭下げて!」
「……むぅ」
そう言って触渡は宝塚の頭を掴み、一緒に謝ってきた。どうやら天空さんから聞いた俺の過去で何か考えを改めたらしい。
もしかしたら「もう戦いません」の意思表示かと一瞬思ったが、なら今この場にいることでそれは矛盾している。
じゃあ何故こいつは頭を下げるのか?それは――
「勇義さんの言う通り、俺は過去の出来事で自暴自棄になり、罪滅ぼしのつもりで今まで戦っていたのかもしれません。だから、それはもうやめます!」
「……何?」
「俺は誰も死なせないし、死にません!!そう約束します!!」
そう、それは決意だった。
自らの命を犠牲にしてでも人を守ると言っていた彼が、そう決意した。
「ですから……一緒に戦わせてください!俺も刀真先輩も、全ての怪字を倒すその日までは絶対に死にません!それに……命を懸けているのは勇義さんもじゃないですか!」
「……それは!」
……俺はその言葉に、何も言い返せなかった。
その通りだ。俺は市民を守るために戦うと言いながら、無意識の内に自分の命を投げ出していたかもしれない。他人に命を懸けるなと言ってるくせに、俺がそれをしていた。
(いや、俺は子供が戦っている状況が嫌なんだ!刑事として、こいつらを戦わせるわけには……)
「――まだ私たちを普通の子供扱いしているな?」
すると今度は宝塚が俺の胸倉を掴む。悔しいが向こうのほうが身長がデカいので見下される形になってしまう。
「いいか!私たちはもう子供じゃない!!宝塚家当主の誇り……いや、パネル使いとしての責務を抱いて戦っているんだ!!子供大人以前に、私たちはパネル使いだ!!!」
「その通り、俺たちはパネル使いです!孤島での修行も終えています!!何故パネル使いになっているかという理由は、貴方と一緒です!!俺も市民を守りたいんです!!!!」
「……ッ!!」
そこで俺は気づいた。そうだ、こいつらはもうパネル使いとして何度も修羅場を経験してきたんだと。
そこに年齢も見た目も関係ない、ただ誰かを守りたいという純粋な気持ちのみ。
「ですから……俺たちも戦うことを認めてください!お願いします!!」
すると向こうで苦しんでいた怪字が落ち着きを取り戻し、突如現れた2人に敵意と殺意を向ける。そして、右手でロケットパンチを放ってきた。
「――はっ!!」
俺は触渡と宝塚の間に割り込み、十手で右手を弾いてその進路を無理やり変えた。攻撃が来ていたことに気づいていなかった2人は驚いた表情で前を向く。
「……そうか、もうお前らは立派になっていたというわけか……」
そして俺は再び2人に向き合い、手を差し伸べる。
「前代未聞対策課の刑事として、お前たちに怪字討伐の協力を申し込みたい。どうか俺に手を貸してくれ!」
「……はい!!」
「当然」
それに対し、2人は俺の手の上に自分の手を乗せた。今まで侮辱していたとも言えるのに、笑いながら協力してくれる2人に感謝しながらも、怪字の方へと向く。
さっきまで強敵の相手として元から大きい体が更にデカく見えていた怪字が、今や普通の相手のように思えてきた。
人数が増えたからだろうか?それもあるだろうが、一番の理由は、背中を預けられることだろう。
「無理はするなよ、死んだら変な理由で補導してやる」
「はい!」
「刑事がそんな立場の使い方するなよ……」