57話
長い石階段を一瞬で上り、俺は神社へと到着する。背中には瀕死の刀真先輩。両手が使えないので足で扉を蹴って天空さんを呼ぶ。
「わっ!また派手にやられたな!」
俺たちの姿を見た天空さんは驚いた表情をし、俺はそのまま刀真先輩を天空さんに渡した。
すぐさま部屋へと運び込まれる刀真先輩を、俺は後からゆっくり付いていった。俺も怪字にやられた状態で疾風迅雷による全力疾走をしたため体力が残って無いに等しかった。
やがて数分かけて部屋へとたどり着くと、そこには軽い手当がされた刀真先輩が苦しい表情で休んでいる。
「どうだ?勝てたのか?」
その横にいる天空さんに聞かれた。俺は最初こそ言葉を濁らせていたが、奥にいた言葉をゆっくり引き出す。
「……いえ、勝てませんでした。今は勇義さんが一人で戦っています」
悔しいが、俺たちは油断してこの様になっている。勇義さんに俺たちの強さを見せつけたいがために、つい強気になって攻めすぎた。
考えてみれば手も足も飛ぶなら首も飛ぶと予想できたはずだ。
(それなのに俺たちは……!)
「そうか……残念だったな。どうだ?休んだら行けるか?」
「……」
いつもだったら「行けます!」と即答していただろうが、今回はそうもいかなかった。
あの人なら倒せるかもしれない、そう希望も持っていたがあの怪字の動きは手足の分離によって予想がしにくい。いくら勇義さんでも1人だけではキツイかもしれない。
「まぁ、彼は簡単に死なない男だ。しばらく休んでいるといい」
「……はい」
だけど心の中でそう思っていても現場へと行く気は何故か起きなかった。勿論戦うのが怖くなったわけじゃない。それは俺も刀真先輩も同じだ。しかし、何故か闘争心がでてこない、まるで冷えてしまっている。
天空さんもそれを察知したのか、黙って部屋を出ていく。そして、しばらく無言が部屋で続いた。
「刀真先輩……どうしましょうか、俺たち」
「……戦いに行くに決まっているだろ、だが……」
先輩は包帯で巻かれた体を起こし、座ったまま俺と目を合わせる。気まずい雰囲気が辺りを漂った。
「このまま行っても……足手まといになるだけじゃ……」
「馬鹿なことを言うな!私たちが弱いとでも言うのか!?」
「そういうわけじゃないですけど……」
だけど俺たちはあの怪字にこっぴどくやられてしまった。あの時勇義さんが助けに来なかったら殺されていただろう。
――やっぱり大人には敵わないのか?
彼の言った通り、子供なんかが戦っても命を危険にさらすだけなのか?俺たちが出しゃばっていいことじゃないのか?
そんなわけない、そう断言したかった。だけど今の俺たちにそれはできなかった。
「そういえば勇義さん、昨日少し変なことを言ってたような……」
「……変な事?」
「確かパネルのことを『汚らわしいもの』って……」
昨日勇義さんがこの神社を訪れた時、彼が小さく呟いた言葉だ。あの時は見せられた十手と弾丸に驚いて深く考えていなかった。
しかし今考えると、何故勇義さんはあんなことを言ったのだろうと気になり始める。まるで怪字どころかパネルという存在を毛嫌いしているみたいだ。
「それは、彼もお前たちと同じような立場だからだ」
すると天空さんがお茶を運んできて、その理由を説明してきた。そして天空さんのその言葉を聞いた途端、嫌な予感がする。
「同じ立場ってことは……まさか」
「ああ、任三郎君は……怪字に恋人を殺されている」
「「……!!」」
やっぱりか、俺は幼馴染、先輩は兄、俺たちの共通点は「怪字やパネルによって大切な人を殺されている」ということだった。そしてあの人は恋人。
警察署であの人に俺の事情を話した時、勇義さんは大変驚いた顔をしていた。俺の事情に対しての驚きもあっただろうが、自分とよく似た境遇という点に対しても驚いていたのだろう。
「彼がまだ前代未聞対策課に所属していなくて、怪字という存在も知らなかった時だ、当時結婚間近だった恋人を、無残にも怪字に殺された。だから、怪字どころかそれを生むパネルも恨んでいるわけだ」
「だからあんなことを……」
「それで任三郎君は前代未聞対策課への異動を志願した。だけどそれは怪字への復讐のためじゃない。怪字から市民を守る為にな」
「……市民を守るため!」
そこで俺は気づいた。昨日の話し合いや警察署での話し合い、勇義さんとは平行線だったが、その目的、志はまったく同じであることに。
俺は幼馴染を殺めてしまった悲しみを、勇義さんは恋人を殺された怒りを糧に、これ以上自分以外の犠牲者を出さないように戦っていたのだ。
だから俺たちのことを心配してたんだ。俺や先輩も目の前で「死」を体験している、だから戦うことを決意した。
だけどあの人は、勇義任三郎という男は、一人の警官として俺たちを守るべき「市民」として見た。それは、「死」を見たから命の尊さを実感していたんだ。
(……俺は、守ることだけを考えすぎて、一番大事な事を忘れていたんだ)
そう、人を守る守らない依然に、人間ならば必ず持たないといけない心。俺は自己犠牲の精神の末それを蔑ろにしていた。
「どうだ発彦、これを聞いてどう思った?」
「――俺は、皆の平和を守りたい。だからこれからも戦います」
「……」
「だけど、俺は勇義さんの過去を聞いて……死にたくないと思いました。だからこれからは、自分の身を心配しながら、人々を守ります!!」
それは「自分の命」、勇義さんの言う通り、俺は罪滅ぼしの形で自分を蔑ろにしながら戦ってきた。プロンプトスマッシだって何発も連続で打って骨折もした。
俺は、自分の命を見なさすぎていたのだ。人を助けるために自分が死んでは意味が無い。
「刀真先輩はもう少し休んでいてください!俺は先に行かせてもらいます!」
そう思うとジッとしてられない。やっぱり勇義さん1人だけであの怪字を相手にするのは危険だ。急いで援護しに戻ろうとすると……
「待て」
刀真先輩に呼び止められる。先輩の方を見ると、鞘にしまった伝家宝刀を杖代わりに立ち上がっていた。
「私も行く……もう十分休めた」
「先輩……もう少し休んでいた方が……」
「……正直あの刑事はまだ気に食わない。だが、同じような過去、同じ志を持つ者として放っておけない!!」
「……分かりました!」
そう言って俺たちは今一度外に出ようと部屋を出ていく。その際、天空さんにあることを言われた。
「……発彦、これだけは言っておく。死ぬなよ」
「勿論です!」
そうして神社を出た後、一葉知秋を頼りに現場へと急いだ。
俺は今、怪字の目の前でボロボロにされていた。
飛んでくる右手を十手で受け止め、逆方向からやってきた左手を避け弾を食らわす。
そのまま怪字本体へと突撃、その頭に十手の突きを当てようとしたが……
(頭を飛ばして避けやがった!)
怪字は自分の頭部を上に飛ばし俺の突きを躱した後、右足で思い切り蹴り上げた。天井に叩きつけられその反動で地面へはね返されて激突。まるでスーパーボールのように上下にバウンドした。
血を吐き、傷口からも出血する。かれこれ数十分は戦っているので流石に傷も数えきれない程増えてきた。
(ガキ共は……もう神社へ着いたか?)
しかし一番心配なのはこの場を俺に任せて撤退していったあの子供たちのことだ。特に生意気で宝塚家の当主の方は酷い怪我だった。
ここは任せろといった手前、ここでやられるわけにはいかない。もし俺が倒されれば、触渡という少年は更に闘志を燃やすだろう。
……俺は、触渡と自分を照らし合わせていた。
あれはまだ俺が23の頃、あの時はまだ怪字やパネルという影の存在を知らず、捜査一課の刑事であった。元々は市民の平和を守る仕事に憧れて刑事になり、普通の刑事として生きていくつもりだった。
しかし俺の刑事人生は、ある出来事によって早いうちから歪んでしまう。
人々のパネルから生まれた怪字が、俺の恋人を殺したのだ。それも俺の目の前で。
その時は、始めて見る怪字に俺は恐怖し、あいつを守れなかった。幼馴染の付き合いであるあいつを――
俺は現職の刑事ということで怪字とパネルの事を当時前代未聞対策課に所属していた先輩に聞かされた。パネルが、怪字が人々の命を簡単に奪うものということも聞いた。
そこから俺は、憎しみと復讐心に背中を押されて、前代未聞対策課への異動を自ら申し出て、いつでも死ねる覚悟で怪字事件へ関わっていく。
最初こそただ怪字を殺すことを燃料にして働いていたが、それ故俺が刑事になった理由を見失いもしていた。
――俺は1人の刑事として、市民の平和と安全を守らないといけない。それを脅かすのが犯罪者じゃなく怪字であるだけだ。刑事としてやることは何も変わらない。
俺は今の人生が完璧に正しいとは思わない。命を懸けて戦わないといけない職場など本来あってはならないものだ。そんな生活を、触渡や宝塚のようなまだ若い奴らにさせたくはなかった。
それが、一番の平和だから――
「おい怪字、もし俺を殺せたのなら、一体何をする気だ?」
俺はそんな質問をするが、特異怪字でもない怪字がそれに答えるわけでもなく、ただ純粋な敵意を俺に向けてくるだけ。寧ろそれが答えだろう。
答えないと分かっていても、俺は聞かなきゃいけない。
「もしここらの人たちを殺すっていうなら……」
そして十手を奴に向け、血反吐を吐きながら叫ぶ。
「逮捕はしない。俺がこの場で倒してやる!!」