56話
勇義さんとの話し合いの途中、一葉知秋のパネルの能力によって怪字が出現したことを察知した俺は、光が示す場所へ目指して疾風迅雷で駆け走る。
現場は4階の立体駐車場、中を覗くとボロボロの姿で追い詰められている刀真先輩の姿が。恐らく怪字出現に見合わせたのだろう。急いで先輩を救出、怪字と対峙。
「……手が宙に浮いてる……?」
「怪字の能力だ!早く助けてくれ!」
「あ、すいません!」
片手が独りでに浮いて動いているという現象に一瞬驚いたが、刀真先輩を助け2人揃って並ぶ。
「すまん、もう少しでやられるところだった」
「こっちも遅れてきてすいません、後から勇義さんも来ると思います」
「……なら、あいつが来る前に倒して私たちの力を見せつけてやろう!」
「はい!」
そうだ、これはチャンスでもある。今この場で俺たちだけで怪字を倒せば、勇義さんも俺たちの考えを分かってくれるかもしれない。そう思うと俄然やる気が出てきた。
怪字は飛ばしてきた右手と左手を自分の腕に連結し、俺たちを見下してきた。それにしても随分太った怪字だなぁ……
「おりゃああああ!!」
とりあえず今は怪字のビジュアルのことなんか考えている暇は無い。俺は雄叫びを上げながら怪字に突っ込む。すると怪字は右手を飛ばし、俺にぶつけてきた。
「ふんぬっ!!」
それを両手で支えて受け止める俺、しかしそれによって昨日噛まれてできた傷が更に痛みだす。
「ぐっぅう……!」
それを歯を食いしばって耐え、凄まじい勢いで飛んで来た右手を完全に静止させることができた。
その隙に後ろから走ってきた先輩が俺を踏み台にして高く跳び、落ちると同時に伝家宝刀を振りかざした。
「どりゃあああああああああああ!!!!」
怪字に大きな傷を作ることに成功したが、先輩が地面に着地した瞬間怪字は思い切り左足で蹴り飛ばした。
「このっ……!!」
先輩は刀を地面に引きずり、後ろに吹っ飛ぶのを耐え、そのまま怪字へと走っていく。俺もそれに便乗し、怪字の懐に潜り込んだ。
「おらぁあ!!!」
そしてそのブヨンブヨンの腹に右足で思い切り蹴ったが、そのパンチは脂肪の中にどんどん沈んでいく。
「疾風怒濤、足バージョンゲイルインパクトォ!!」
その後に疾風怒濤を使用、連続パンチで怪字の腹を蹴り続けたが、全ての拳がその脂肪によって威力を吸収されてしまう。
(打撃が効かないのかよ!)
とにかく対格差がある相手のリーチに居続けるのは危険だ、そう思った俺は怪字に目線を向けたまま後ろへ下がる。すると一歩手前に下がったので、怪字の左手が無いことに気づく。
「しまっ――!」
気づいた時には遅く、後ろから勢いよく左手がぶつかってきた。
ゲイルインパクトに夢中で、怪字が左手を俺の死角で迂回させて、後ろから奇襲することに気づけなかった。
「ぐあがっ!?」
殴られた俺はそのまま地面に倒れ、その上に怪字の足が乗ってきた。想像以上の重量感が背中から伝わってきた。
「はぁああ!!!」
内臓まで潰されそうだったが、横から刀真先輩が斬りかかって怪字の足を退かしてくれた。
「神出鬼没!!」
先輩は怪字の足を切った後すぐに神出鬼没で瞬間移動、奴の背後に回り込んで今度は背中を斬った。そして瞬間移動。
斬ったら神出鬼没、それを何度も続け怪字の全身をどんどん傷だらけにしていく。
「疾風迅雷!!」
起き上がった俺もそれに便乗、疾風迅雷の超高速移動で怪字の周りを駆け巡り、腹ではない所をとにかく殴りまくった。
その肉がどっぷり付いた体では対応しきれないのか、動きが掴めない俺たちに戸惑っていた。
(この調子で攻撃し続ければイケる!!)
そう思っていたが、そう上手く行かないのが戦いである。
怪字は両手を浮かし、まるでコバエのように自分の周囲を飛び回らせた。俺はそれを避け続ければいいのだが先輩はそうもいかない。瞬間移動した先に運悪く片手がいて、そのまま壁まで殴り飛ばされてしまう。
「先輩ッ!!」
刀真先輩が殴られたことにより俺はうっかり動きを止めてしまう。その隙に怪字は俺をもう片手で殴ってきた。
「どりゃあ!!」
それをさっきと同じように両手で受け止めたが、怪字はそのまま人差し指で弾く、つまりデコピンで俺も弾き飛ばした。
「だぁあああ!!」
壁の近くにいる先輩の横まで飛ばされた俺は、息を荒げながら改めて怪字の全貌を見る。
(あの腹、脂肪で守られて打撃が効かねぇ……まるでゴムだな)
その脂肪は伊達に付いていないのか、とても醜かったが立派に防御の役割を果たしていた。見た通りの柔らかさなのだが、それで油断したことが仇となった。
(それにあの四肢を飛ばす能力も厄介だな……)
そして心の中で怪字の能力を恐れていると、それを察したかのように怪字は右手と左手を猛スピードで飛ばしてきた。
俺たちはそれを左右に躱し、両手が無くなった隙に奴の元へと突撃する。
「先輩はお腹をお願いします!俺は頭とか足とか普通の所を攻めますので!」
「分かった!」
奴の足元まで来ると、俺はその片足を思い切り蹴った。転びはしなかったが少し態勢が崩れた。
「集中型ゲイルインパクトォ!!」
そのまま怪字の股を潜り抜け、その背中に足によるゲイルインパクトを食らわせた。背中なら脂肪が少ないはずという考えだ。
思った通り、打撃が通用して怪字は大きくバランスを崩し前屈みになる。その下には刀真先輩。
「先輩これを!」
「ああ!使わせてもらう!」
俺は先輩に「一」のパネルを投げ渡し、先輩はそれを受け取った後すぐに使用した。
「一刀両断ッ!!!」
一撃必殺の一太刀が、怪字の腹部を横に切り裂いた。すると怪字が前に倒れてきたので、先輩は俺の元で瞬間移動して逃げてきた。
「くそっ!脂肪が厚すぎて刀が奥深くまで届いていない!」
「先輩……大丈夫ですか!?」
ここで先輩の様子がおかしいことに気づく。まるで何かに耐えているかのような苦痛の表情をし、息も更に荒くなっている。
「いや、さっきの一刀両断の反動が昨日やられた腹の傷に来ただけだ」
「……そうですか」
すっかり先輩の傷のことを忘れていた。昨日の魚の怪字の鋭い牙によって腹部を怪我しているんだった。そんな状態で一刀両断を放てば確かに痛いはずだ。
対する俺も、右腕の痛みが怖くて使えていない。まぁ使う必要が無いなら良いんだが……
「それにしても、随分強くなったな私たち。これなら2人だけでもこいつを倒せる!」
「……そうですね」
「――発彦、あの刑事に何を言われたのかは知らんが、お前はお前の考えを突き通していればいいんだ」
「……!!」
そうだ、現に俺たちは手負いの状態でも怪字を追い詰めている。これがあの合宿の修行の成果だ。
勇義さんの言葉に従う必要なんかない、俺たちでも十分に怪字が倒せる。
「一気にトドメをさそう、最初にお前が攻撃して奴の態勢を崩してくれ、その隙に私が首を刎ねる!」
「はい!」
かといって十分余裕があるわけでもない。ならば早めにケリをつけるまで。言われた通りまず俺が先行して怪字の足を蹴った。怪字は大きく揺れ、フラフラ状態になる。
「今です!!」
「ああ!」
そこへ先輩が猪突猛進を使用し、真っ直ぐ怪字の首元まで跳んだ。流石の怪字も一瞬の突進力には対応しきれないのか、目線が先輩を見ていない。
「猪突居合切りぃい!!」
そして、伝家宝刀が怪字の太い首を切断し、頭部と体を別々にした――かに思われた。
「なっ――ぎゃが!?」
本来飛ぶはずのない右手が、先輩を掬い上げるように殴り上げた。先輩がそのまま天井に激突した後、それを逃がさないように左手が追撃、更に殴り上げる
ことによって天井をぶち抜き、彼を上の階まで吹っ飛ばした。
(何で――首は確かに斬れたはずなのに……)
もう倒したと思っていた怪字が、何故か先輩を殴った。すると切断された頭部の様子がおかしいことに気づく。
「頭が笑いながら宙に浮いている……まさか!」
そのまさかである。この怪字、手足同様頭も浮かせられるのだ。
先輩の刀が首に当たる直前で怪字は自分の頭を飛ばし、さも伝家宝刀で斬られたかのように錯覚させてきたのだ。
「先輩!大丈夫ですか!」
今はそれよりも2回も殴られた先輩が不安だ、急いで坂を上って上の階に行こうとしたが、それを怪字の右手て左手が遮る。
「そこを……どけぇえ!!」
間を通って突破しようとしたが、両手が順々に攻撃してくるため逆に後ろへ下がってしまう。
「八方美人!」
なので八方美人による自動回避を使い、無理に両手の間を潜り抜けて2階へと急ぐ。
上がってみるとそこには、下の階への穴の近くで刀真先輩が倒れこんでいた。
「先輩!先輩!」
その容態は非常に酷いもので、まず腹部の傷口は殴られたことによって悪化。そして天井を突き抜けた際の破片が背中に刺さりまくっている。
やばい!急いで手当しないと!
(悔しいが一旦引くしかない!)
先輩をゆっくりと起こし、そのまま担いでこの場を離れようとすると、下から何かが飛び出してくる。
怪字の両手だ。まるでロケットパンチのような勢いで天井をぶち抜き、その中から怪字本体が上がってきた。
「ぐあぁああ!?」
俺たちはその風圧で吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられてしまう。刀真先輩もそれで目を覚ましたのか、血を吐きながら咳き込む。
「くそぉおお……!!油断した!!」
「先輩……立てますか?」
先輩は俺の手を借りながらゆっくりと立ち上がる。その際血が傷口から大量に垂れてしまう。凄い出血量だ、早く逃げないと。
(でも、怪字を野放しにしておくのは危険だ……!)
今ここで怪字を一旦見逃せば、それだけで複数の被害者が出る危険性がある。ここは俺が残って怪字の動きを抑えたいが、それだと刀真先輩を運ぶ人がいなくなってしまう。
「一体どうすれば……!!」
そうこう悩んでいる間に、怪字はこちらへ近づいてくる。
こうなったら俺のプロンプトスマッシュで怪字に隙を作るしかない!そう思って一触即発を使おうとしたその瞬間――銃声と共に怪字の肩に傷ができた。
「なっ……!?」
そして怪字の後ろにいた男が拳銃を構えながらゆっくり歩いてきた。
「――勇義さん!」
「まったくこちらの言うことも聞かずに……挙句この様か」
後ろからの奇襲に怪字は怒ったのが、目を赤くして勇義さんへ突撃する。しかしそれでも勇義さんの拳銃を握る手は緩まず、その巨体にどんどん銃弾が撃ち込まれていく。
足や腕には弾が当たってヒビを入れたのだが、腹部に当たった弾は脂肪によって弾かれ、あらぬ方向へと行ってしまう。
「銃弾が効かない……!?」
これには冷静の……いやそこまでクールでもないか、とにかく勇義さんは驚き、大きく目開く。
すると怪字のロケットパンチが炸裂、右手が一直線に勇義さんの所へ飛んで行った。
「ぐっ!」
そのロケットパンチを懐から取り出した十手を盾にして防ぎぎった勇義さんは、そのまま片手で拳銃を持ち、飛んで来た右手にゼロ距離から浄化弾を乱射する。
「どうした!?ここは俺に任せて早く行け!」
「あ、ありがとうございます!」
俺は怪字が銃弾によって苦しんでいる間に刀真先輩を抱えて疾風迅雷の準備をする。
「良いのか発彦……このまま逃げたらあの男の思うつぼだぞ……!」
「……今は生き残ることが大事です!」
どうやら先輩は一旦引くことに対し反対のようだが、そんなボロボロの状態なのに良く言える。でも、気持ちが分からないでもない。
今ここで勇義さんに任せて逃げるということは、昨日俺たちが言った言葉を否定するにも等しいからだ。
正直俺も戦いたい……でも!
お前たちが無茶をするたびに心配し、悲しむ人がいることを忘れるな。
天空さんにあんなこと言われた手前、自分の命を投げ出すことはできない!
俺は疾風迅雷の超スピードで、壁の隙間から飛び出て立体駐車場から脱出、そのまま神社へと走っていく。
勇義さんは、それを見た瞬間、怪字に襲われているというのに安堵した表情になる。
「……これで思う存分戦える!」
そして十手を持ち直し、怪字へと向かっていった――