55話
(まったく……一体何を考えているのやら)
昨日は影に潜ることができる怪字の出現、そして前代未聞対策課の刑事と名乗る勇義任三郎という男と会うなど、色々あり過ぎた日だった。
あの男はあろうことか私たちに戦いを止めろと言ってきた。それが引き金になって口喧嘩もした。
結果、あの男と私は決して仲良くはならないということが分かった。ほぼ初対面の人にそんなことを言うのはいささか失礼だが、気に食わないものは気に食わないのだ。
そして何を思っているのか発彦はあいつともう一度話をしないかと誘ってきた。勿論断ったが、発彦は一体何を思ってあんなことを言ったのだろう――?
勿論、発彦という男が刑事に叱られただけで屈する男ではないのは数回の共闘でとっくに分かっている。だけどあの男と我々の考えは平行線だったではないか。
私は宝塚家17代目当主として、数世紀前から受け継がれているこの刀と想いは決して途絶えさせては駄目なのだ。私が戦いをやめれば、それは宝塚家の名誉が損なわれることに直結する。
……それを簡単に否定されたことを、思い出しただけでもイライラしてきた。発彦には悪いが、私はどうしてもあの男とは分かり合えない。
(こんな日はゲームで遊んで気を落ち着かせるか)
発彦に誘われてハマり始めたゲーム、最近ではやりすぎだと父上に怒られるほどやっている。今まであんな刺激的で面白いものは無かったので始めたばかりの頃から興奮しまくっている。
最近はヨコスクロールアクション?という感じのゲームをやっている、単純な操作で遊べるため初心者の私でもやりやすいのだ。
こう考えているだけやりたくなってきた、早く家に帰ろうと思ったその時……
「キャァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
突如として鳴り響いた女性の悲鳴によって、ゲームの楽しみに取り込まれていた私の心は正気に戻った。
悲鳴?誰の?何で?無数の疑問が頭の中で交錯し、結果何だか嫌な感じがした。そしてそれじゃないことを必死で頭の中で祈り始める。
そうだ、多分強盗か痴漢といった人間同士の問題に違いない。だって昨日現れたばっかりだから……
何はともあれ、現場に行かないと何も分からない。声が聞こえた方向に走っていく。
あり得ない、そんなことがあるはずがない。そう信じながら走っていると、意外と早くそこへ着いた。そして、できれば勘違いであってほしかったものがそこにいた。
「……怪字ッ!」
いくら出現率が増加しているとはいえ連日に現れるなんてことがあるだろうか?それほど英姿町の異変は私たちの常識を簡単に覆す程のものなのか、それとも単に運が悪いのか。とにかく今目の前に怪字がいるという事実は確かだった。
今度の怪字は、昨日の魚怪字の引き締まった体とは正反対で、まるでブクブク太ったメタボのようだった。腹部の脂肪が風船のように膨らんでいる。
和服を身にまとっているその肥満の体型には似合わないくらい長く太い四肢、全体的に見るととても歪な形をしているのが分かる。
顔は人間と似たデザインで頬にもたっぷり肉が乗っている。簡単に言ってしまえばデブなのだ。自分が右腕で持っているものを見てヘラヘラ醜く笑っていた。
物陰に隠れながら見ていた為それがなんなのかすぐには分からなかった。やがてそれが1人の女性であることに気づく。
(やばい!もう1人襲われている!)
急いで助け出さなければ、そう思った私は自分の姿をさらけ出す。怪字はこちらに気づくと、持っていた女性を子供が飽きたおもちゃをほったらかすように後ろへ投げ捨てた。
「――あっ!」
その怪字の大きさは私を遥かに超えている、そんな高さから投げ捨てられ地面に落ちたら大変だ。
私はすぐさまポケットに入っていた神出鬼没の4枚を取り出し、その能力で女性の元まで瞬間移動、空中で彼女を受け止め、そのまま抱きかかえながら地面に着地する。
(良かった、ただ気絶しているだけで外傷は無い)
彼女の身に何もないことに安堵していると、後ろから来る攻撃の気配を察知、女性を抱えたまま高く前に跳んで回避する。後ろを見れば奴の大きな拳が地面を砕いている。
怪字に目線を向けたまま女性を少し離れた位置にそっと置く。そして伝家宝刀を出して対峙する。
「……来いっ!」
すると怪字は両足で地面を蹴り、こちらに跳びかかってきた。その巨体とふとましい体からは想像もできないぐらい素早く、私の真上まで来た。
「ちっ!」
圧し潰される前に奴から離れて避ける。怪字が地面に落ちてきた瞬間、地面は揺れ、小さな地震が起きた。
(こんな真昼間に暴れないでほしいな……)
昨日の怪字の時は昼だったが人がいない場所だったので目撃されることは無かったが、今は住宅街のど真ん中、幸いなのが平日なのでまだ仕事に行っている人が多い。だからといってこんな所で出現されると堪ったもんじゃなかった。
(どこか良さそうな場所は無いか……?)
ここで戦うのは得策ではない、そう判断した私は辺りをキョロキョロと見渡す。すると近くに高い建物が聳え立っていることに気づく。
(立体駐車場!確かもう使われていない奴だったな……丁度いい!)
あそこなら目撃されることも少ないだろう。私は刀で牽制しながら怪字をおびき寄せながら立体駐車場へと走る。
その駐車場は屋上含めて4階、正方形の形をしており隙間から中を覗いてみたが人どころか車すら無い。どうやらここで当たりのようだ。
「のわっ!?」
駐車場の中を見てると後ろから怪字が迫ってきていることに気づき、奴の突進を横にずれて回避した。怪字は駐車場の壁ごと突き抜けて中に入っていく。私も後に続いた。
「さぁ、ここなら思う存分戦えるぞ!」
そして再び怪字と向き合い、刀を握りなおす。
「はぁああああああああ!!!」
そのまま奴に向かって突撃、途中奴の両拳が迫ってきたのでそれを掻い潜った後地面を蹴り、跳び越えると同時に肩を斬る。
奴の背後を取ると、振り向きざまに殴ってきたのでその拳を刀身で受け止めた。
「ぐっあ……ッ!!」
受け止めきろうと両足に力を入れたが昨日負った腹部の傷が痛み力が抜け、あえなく殴り抜けられて壁に激突した。
(パワーも中々……!手足が長い分リーチも長い!)
奴の手の届く範囲に長く居続けるのは危険だ、そう思った私は怪字から一定の距離を取る。
そして紫電一閃並ではないが斬撃を遠くから放ち、怪字を一方的に攻め続けた。
「このまま傷だらけにしてやる!!」
どんどん激しくなっていく斬撃の嵐、そのまま続くかと思われたが――
「ごがッ!?」
届かない筈の右拳が私を殴り上げてきた。それに続くように左拳がど真ん中をパンチ、大きく吹っ飛び地面を転がった。
(な、なんで両手が届いたんだ……!?)
さっきまで私は奴から十分離れていたはずだ。なのに怪字は私を2発殴った。おかしな距離感に戸惑いを隠せない。
兎にも角にも起き上がろうとすると、自分の上に何かある事に気づく。嫌な予感を感じ急いで横に避けた。
さっきまで私が寝ていた場所に突如として左足が落ちた。更に距離が遠くなっているのに足が届くなんてもっとおかしい。そう思って怪字の方を見ると驚きの光景を目にする。
「手と足が……宙に浮いて……!?」
奴の右手と左手の手首から上が腕につながっておらず、そのまま羽根も無いのに本体の周りを漂っていた。先ほど踏もうとしてきた左足も足首から離れており、奴は今右足の1本だけでバランス良く立っている状態だった。
やがて浮遊していた左足は怪字の元へと戻っていき、何事もなかったように本来の位置へと繋がる。
(こいつの能力……手と足を自由に飛ばせるのか!?だとしたらリーチなんか関係ないぞ!)
露わになった怪字の能力に驚いていると、奴の両手がこちらに飛んできた。私は最初に来た右手を屈んで避け、次に来た左手を流すように躱した。
私を通り過ぎた両手はそのまま転回し再び私へと突撃してくる。左拳を刀でガード、そしてカウンターとして左手を思い切り斬りつけた。しかし――
「がああッ!!!」
私が刀を振り終えた瞬間、右手が襲い掛かってきて殴り飛ばされてしまう。そしてその先には開いた状態の左手。そのまま私を掴み握りつぶそうと力を込めてくる。
「づぅうううううう……!!」
その圧倒的な怪力は全身の骨をへし折るつもりで握ってきたが、手首だけを動かして何とか刀を突き刺した。左手は思わず手を開いてしまい、私はその隙に刀を鞘に納める。
「づぁああ!!猪突猛進!!」
そのまま左手の手のひらを猪突猛進の勢いで蹴り、前方の右手へ向かって跳びかかる。
「猪突居合切りッ!!」
そして接触すると同時に刀を抜き、右手に切り傷を与え、上手い事深い一太刀を浴びせることに成功した。
しかし、着地しようとした瞬間後ろから怪字本体の足で蹴り飛ばされてしまう。
「だあっ!?」
蹴り飛ばされた私はそのまま地面に激突、そして飛んで来た左手に押さえつけられた。
左手はそのまま動き、私を壁に擦りつけていく。しばらくそうした後、飽きたように放り投げた。
「あがっ……!」
そして地面に横たわる私を、怪字は右足を飛ばして踏みつけてきた。何度も踏みなおし、地面に擦りつけていく。
やっぱり傷が完全に癒えていない状態で戦うのは無理か……現に今ボロボロにされている。
しかし私は、すぐにその考えを否定する。傷が癒えていないから何だ?まるで言い訳じゃないか。
これじゃああの刑事に言われるがままだ!!私は全ての怪字を倒す男だぞ!!
私は神出鬼没で右足の真上に瞬間移動し脱出、そのまま怪字へと走っていく。
今右足を使っているということは怪字は左足1本で立っているという不安定な状態、攻めるなら今だ!!
「うおおおおおおおおおおおおお!!!」
抵抗として来た右拳を踏み跳んで避け、次に来た左拳は下を滑って通過、そのまま左足へと向かった。
今の奴は両手も片足も無い。避けれないし防ぐこともできまい!そう思って左足を断ち切ろうとしたが……
(片足だけで跳んだ!?)
怪字は何と片足だけで高く跳び、私の一太刀を回避した。そして空中で左足飛ばし蹴ってきた。
「ぐあっ!!」
奴は地面に落ちる前に飛ばしていた右足を戻しそれで着地、その後に左足も足首に戻した。
蹴られた私は地面を転がった後、そのまま左手に捕まってしまう。左手は私を地面に押さえつけた。そして本体はゆっくりとこちらに歩いて近づいてくる。
嬲るつもりか、そう思った私は何とか脱出しようとするも、伝家宝刀は蹴られた時に離れた位置に落ちてしまった。私に発彦のような怪力は無い、どうすることもできない。
しかしもう駄目かと思ったその時……
「うおりゃあああああああああああああ!!!」
「発彦!!」
横から突然やってきた発彦が怪字本体を蹴り飛ばす。怪字自身もその不意打ちに気づけず、そのまま転倒してしまう。
そこで何もしていなかった右手が死角から発彦に襲いかかったが……
「八方美人」
四方八方からの攻撃に自動対応できる八方美人で避けられてしまった。そして避けた発彦は飛んで来た右手に目を丸くする。
「……手が宙に浮いてる……?」
「怪字の能力だ!早く助けてくれ!」
「あ、すいません!」
発彦は私を押さえつけている左手を疾風怒濤のゲイルインパクトで退かし、救出してくれた。
「すまん、もう少しでやられるところだった」
「こっちも遅れてきてすいません、後から勇義さんも来ると思います」
「……なら、あいつが来る前に倒して私たちの力を見せつけてやろう!」
「はい!」
そうして発彦も参戦してくれる。味方が増えたからとはいえ、恐らく発彦もまだ傷が癒えてない筈、私も含めてあまり無茶できない。
しかしどんな傷を負っていても、私たちは怪字に立ち向かうだろう――