54話
「おーい発彦!朝だぞ起きろ!」
「はーい…………ふぁあ……」
天空さんの声で起こされ、俺はベットから半身起き上がる怪字の出現、勇義任三郎という男と意見の食い違い。その日は色んなことがあったため、早めに寝ることにした。
刀真先輩もあの後帰ってもらった。お腹の傷が何とも痛そうであったが何とか歩いて家に帰れたらしい。
あっという間に眠りにつき、いつのまにか次の日になっていた。
俺は朝起きるとすぐに右腕と脇腹の包帯を付け替え、その際に傷の具合も見てみる。
脇腹の傷はまぁ痛む程度だったが、あの鋭い牙が突き刺さった右腕は何とも酷い具合だった。まるでトンネルのように穴ができている。
……これじゃあ右腕は乱暴に使えないな。
試しに包帯を巻きなおした後ぐるんぐるんと右腕を回してみると、たった2、3回で痛みが神経を走り回すのを躊躇させる。
この様子じゃ自由には使えない、そう察すると今度は左手を眺める。
昨日の戦いで左手はそこまで傷ついていない、しかし合宿の時の表裏一体の怪字と戦った影響が少しながらまだ残っていた。
右腕が折れていた為、仕方なく火傷状態の左手でプロンプトスマッシュを連発、その結果左手の骨は折れまくり酷い怪我を負っていた。今となっては普通に動かせるが医者からはしばらく激しい動きはさせるなと言われている。もしそんなことをしたら左手が二度と使えなくなるかもしれないとも言っていた――
……俺ってば、何を怯えている?
右腕と左手が使えないからどうしたというのか。それだけで怖気ついていたら昨日必死に勇義さんに反抗してた意味が無い。
もし怪字が現れたら、積極的に足を使って攻撃していこう。それで倒せないなら両手のどちらかを使うか、それだけの話だ。
「ま、どうか怪字がしばらく現れませんように――」
だけど一応は怖いので、傷が癒えるまでは怪字が出現しないことを祈っておこう――
「おはよー」
その後何事も無く登校し、教室の中に入る。やっぱりエアコンの効いた部屋は快適だ。厳しい残暑はまだ続いているので有り難い。
教室に入った瞬間、クラスメートは俺の右腕を見た瞬間「ギョッ」として大きく目開いた。まぁ昨日は普通だった奴がこんな大けがしてれば誰でも驚くか。
「おいおい、どうしたんだ発彦!その怪我」
真っ先に話しかけてきたのはこの教室で初めてできた男友達の飛鳥だった。昨日はパネルに操られた男に襲われて気絶していたが……
「お前こそ大丈夫か?熱中症で倒れただろ」
「そうらしいな、なんか怖い夢見たよ。何か男の人に追われる夢」
「……ふーん」
どうやら男に襲われた記憶はパネルを抜き取られた衝撃で、気絶していた時に見た夢として処理されたらしい、まぁその方が誤魔化しやすくて都合がいい。
「で?肝心の宿題は終わらせられたのか?」
「バッチリ!」
そう言って飛鳥は全ての問題を書き終えた宿題ノートの1冊をこれでもかと見せつけてきた。あまりに終わらせたアピールがしつこかったので目をそらすと、目線の先にいた迅美さんと雷門さんと目が合う。すると彼女たちも飛鳥と同じようにノートを遠くから見せてくる。どうやら彼女たちも無事終わらせることができたようだ。
飛鳥と話を終えた後自分の席に着くと、隣の風成さんも小声で話しかけてきた。
「昨日はお疲れ様、その……傷は大丈夫?」
「うん、まだ痛むけどね」
風成さんはある程度事情を知っているとはいえ、流石にこのような傷は見慣れていない様子だ。薄目で包帯が巻かれた部分を凝視している。
「あの怪字、1人で倒したの?」
「いや、刀真先輩も来てくれたけど……」
正確には倒したのは俺たち2人じゃなく、途中参戦してきた勇義さんだが、まぁ一般人の風成さんにはいたずらに名前を出さないでおこう。
「それはそうと、昨日はどうだった?無事宿題を終わらせたみたいだけど……」
「何とかね、意外と早く終わって、残った時間は皆で遊んでた」
「へぇ~どんな?」
そのまま風成さんと雑談し、その後にHRが始まった。そして1時間目の授業からきちんと参加する。
今日の授業は夏休みの宿題の復習及び回収を中心的にやっていたため、これといった新しい知識は得られなかった。
このクラスの宿題達成率は約9割といった感じで、残りの1割はHR前に必死こいて机に向かっていた。しかしその1割のうち半分は終わらせられなかったのか、宿題が回収されるまでの間、あるで四面楚歌のような表情で絶望している。
飛鳥と迅美さんと雷門さんの3人は無事宿題を提出でき、1時間目が終わった後改めて風成さんと疾東さんにお礼を言っていた。
そうしてあっという間に全ての授業が終わり、下校時刻となる。
「触渡君、良かったら途中まで一緒に帰らない?」
「ごめん!今日この後用事があって!」
風成さんの折角の誘いも断り、教室を出て向かう先は3年生の教室。今日は学校が終わった後警察署に行って勇義さんと改めて話し合おうと思っていたが、その前に刀真先輩も誘おうと朝から考えていた。しかし――
「悪いがお断りさせてもらう。昨日も言った通り、私はどうしてもあの人が気に食わない」
と断られて先に帰っていた。昨日大喧嘩して一気に関係性が悪化した刀真先輩誘ってみたが断られてしまう。
「それに会いに行くって発彦……昨日のあの人の言葉を鵜呑みにしたわけじゃないだろうな?」
「勿論ですよ、今日は単にもう一度話し合おうと思ってるだけです」
「なら良いんだが……くれぐれも逆に言い包められるなよ」
そう最後に警告した後、刀真先輩は帰っていく。断られたのでは仕方ない、俺一人で行こう。
英姿警察署は英姿駅から歩いて約10分ぐらいの坂の上にある。疾風迅雷の怪字の時、俺や迅美さんたちが入院した病院の近くだ。
しかしいざついてみると、何もやましいことなど無いはずなのに中に入ることにも緊張してしまう。だからといって目の前でウロウロしていては意味が無い、意を決して中に入った。
「すいません、勇義任三郎という刑事さんっていますか?」
そして受付であの人の名前を言う。受付の人は電話でそれを伝えた後、俺に後ろのソファで待っているように言ってきたので少しドキドキしながら座る。
思えばここに来るのも10年ぶりぐらいかな?
前回来たのは、俺がパネルの力に操られ、2人の幼馴染を殺めてしまった時以来だ。あの事件は事故として扱われ、その事情聴取が目的だった。といっても小学生の時の記憶なので曖昧だったし、そもそもその時は2人のことで頭がいっぱいだったからそこまで覚えていない。
つまり、あまりいい思い出ではないのであった。まぁ警察署に来た思い出が良い思い出なんて想像もできないが。
「決心は変わらないじゃなかったのか?まさか昨日の今日で来るとは思ってなかった」
顔を下げて待っていると、聞き覚えのある声に話しかけられた。ハッとして顔を上げると何とも言えない表情をしている勇義さんが俺の横で立っていた。
「はい、だからそのことについてもう一度話をしに来ました」
「……まぁここじゃ好きに話せない、案内しよう」
そう言って俺は勇義さんの後を黙ってついていく。エレベーターで3回に上がり、狭い廊下を通っていく。警察署ってどんな感じの内装なのかなぁとは思っていたが、こうして見てみるとそこらの建物と大差ない。
やがて俺たちは人気のない部屋へとたどり着き、中に入って席に着いた。勇義さんと向かい合ってその間に机を挟んでいる形だ。
「で?話し合いってのは?」
「昨日の要件の『怪字退治から身を引け』、それに対してハッキリ言います。嫌です!」
「……」
俺がそう言い終えると、彼は頭を抱えるような仕草をし、しばらく沈黙を続けた後に口を開く。
「まぁ昨日は、俺も言い方が強すぎた。そこは謝ろう」
「あっいえ、俺たちも失礼過ぎました。特に刀真先輩」
「……そういえばあいつは来てないんだな」
すると勇義さんは俺が刀真先輩の名前を出した瞬間顔をしかめた。やっぱ刀真先輩がこの人を良く思っていないように、この人も先輩のことをそう感じているのか……
「あの言い方も、俺たちのことを心配してくれて言ってくれたんですよね?その気持ちを無下にするようですが……」
「……そうか、そう言ってくれるとありがたい……それでも俺は、お前たちが戦うことは認められない」
しかし俺たちも自分たちの考えを変えないように、勇義さんの意思も固いようだ。だからこうして出向いてきたのだ。
「先に言っておくが俺は意地悪や上からの命令でこんなこと言っているんじゃないぞ?あくまで個人的な感情だ。寧ろ課長はお前たちに会いたがってたよ」
「それは分かっています、だけど俺は嫌です!刀真先輩もそう思っているはずです!」
例えそれが勇義さんの善意であろうが俺たちは決して今の気持ちや闘志を変えることはない。
俺たちが何故戦っているのか、それはお互い違うが志は同じだ。刀真先輩は17代続く宝塚家の怪字退治を、自分の代で怪字を全て殲滅して終わらせること。そして俺は、怪字のせいで苦しむ人の顔を見たくないから戦っているのだ。
今苦しんでいる誰かを救いたい――そこだけは同じだ。そしてそれは、勇義さんも同じはず。
「……触渡、良かったらでいい、何で君はパネル使いになったかを教えてくれ」
「……それは」
正直、あまり口にしたくない思い出だ。だけど、この人に俺の決意を分かってもらいたい、だから――言わなくちゃいけない。
「……子供の頃、パネルに操られて幼馴染を殺めてしまったからです」
「……なっ!?」
あの時の天空さんやいっちゃんたちのご両親は、俺のせいではないと言ってくれた。しかし勇義さんは刑事の身だ、そんな人が俺の過去をどう受け止めるのかは分からない。人殺しと罵るかもしれない……それも覚悟の上で話した。
勇義さんは何も言わない、ただ深刻な表情をしているだけだった。驚いた目をして、口に片手を当てている。
「……事情があるとは知っていたがそんなに酷い話とは思っていなかった。辛い思いをしていたな……」
「……いえ」
「しかし、俺はそれを聞いて更に考えが固まった。やっぱりお前を戦わせるわけにはいかない」
「な、何でですか!?」
俺が戦う理由はまっすぐ伝えたはずだ。なのに勇義さんは分かってくれなかった。
「今のお前は、罪滅ぼしで戦っているようにしか見えない。過去の出来事に囚われて、自分を見失っているんだ」
「そ、そんなことは!」
「いいや、お前は『罪を犯した自分はどうなってもいい』とか思っている。違うか?」
「……ッ!」
正直思っていないといえば嘘になってしまう。確かに俺は自分の自己犠牲の理由を、自分の罪を理由にして正当化にしているように感じていた。
お前たちが無茶をするたびに心配し、悲しむ人がいることを忘れるな、これは昨晩天空さんが言った言葉だ。
「この間の虎鉄さんたちの修行の時、現れた怪字を左手を犠牲にする覚悟で倒したんだろ?それが何よりの証拠だ」
「確かにそうですけど……!」
合宿の時に決めた俺の戦い方「自分のことなど気にせず一触即発でぶん殴る」、それが根本的に間違っていたのか?それとも、俺たちが戦っていること事態おかしいのか?
いや、勇義さんのペースに呑み込まれるな。俺が戦っている真の理由は自分の罪を償うとかそんなんじゃない。
「……俺のクラスメートに、俺と同じようにパネルに操られて人を殺しそうになった女の子がいます。俺がいなかったら、彼女はきっと取り返しのつかないことをしていたでしょう」
風成さんは、本当に優しい人だ。普通に生きていれば人なんか殺さないだろう。だけどそんな彼女が、呪いのパネルと怪字に平和を脅かされた。
彼女だけじゃない、どんなに優しい人や聖人君子でも、たった1枚のパネルで人生を狂わされてしまう、もしくはそんな不幸な人が生まれてしまうかもしれない――
「この自己犠牲が、俺の罪滅ぼしでも構わない……ただ、これ以上沢山の人が不幸になっていくのは絶対に嫌です!」
「――それが駄目だと言っているんだ!!」
遂に我慢ができなくなったのか、勇義さんは勢いよく立ち上がり俺の両肩を掴んで迫ってくる。
「いいか!?その精神は本当に素晴らしい、だけどそれでお前自身が不幸になったら意味が無いじゃないか!……死んだら元も子もないんだぞっ!!」
もう彼に装い作られていた冷静さは無かった。ただ単に俺を説得しようという必死さ、つまり本心から俺を叱っている。俺のことを心配してくれて――
ならば俺も、必死になって自身の心を見せないといけない。
「お願いします!これからも戦わせてください!」
勢いよく立ち上がり、この通りと必死に頭を下げ始める。もう後には引けない、俺はこれからも怪字を倒し続けないといけないのだ。
俺のことを想ってこんなことを言ってくれている勇義さんには本当に申し訳ない、だけど俺の意志も固いのだ。
「お願いします!お願いします!」
何度も何度も頭を下げ続け、勇義さんが認めてくれるまで決して止めないつもりだった。
しかし、俺のポケットから漏れる紫色の光を見て、思わず停止してしまった。
「……まさか!」
最初はあり得ないと思った。しかしポケットの中で光る「一葉知秋」のパネルを見てそれが何を意味しているのかがすぐ分かった。
嘘だろ……昨日の今日だぞ!
怪字が現れたのだ。しかも光の強さから見て結構遠いところで。
昨日魚の怪字を倒したばかりだというのに、まさかその次の日に怪字が現れるなんて誰が予想していただろうか。いくら出現率が増加しているとはいえこれはあり得なさすぎる。
「これは……怪字が現れたのか!?」
一葉知秋の能力は教えていないが、勇義さんはそれが何の合図かを勘で把握したらしい。
そしてしばらく見つめ合い、俺はゆっくりと疾風迅雷の4枚を取り出した。
「待て触渡!君を行かせるわけには……」
「すいません、怪字が現れたってのにジッとなんかしてられないんです!」
そう言って俺は疾風迅雷を使用、部屋を飛び出て警察署からも出て超スピードで現場へと向かう。途中勇義さんが何かを言いかけたが気にしている余裕は無い。大きな被害が出る前に何とか対処しなければ……
先ほどまで勇義さんと戦う理由で言い争っていたのが原因なのか、今の俺の闘争心は普段より熱く、最早爆発寸前だった。