52話
「あ、もしもし?触渡と申しますけど……」
『触渡!!アンタ私にドタキャンするなんていい度胸じゃない!!』
「す、すいません!!」
俺は今自宅の神社で疾東さんへ電話を入れている。番号は先生に電話して聞いた。雷門さんや迅美さん、そして飛鳥の夏休みの宿題を手伝う約束だったのだが、それが行けなくなったのでこうして連絡して謝っている。
『風成から「ちょっと遅れる」とは聞いたけど、まさか行けなくなるとは思ってもいなかったわ』
「ごめんごめん……急な用事が入って……」
『まぁ良いわって……風成に代わるわよ』
そう言って一度彼女は受話器から離れ、その時風成さんに手渡しているのか雑音が聞こえてくる。そしてしばらくすると風成さんの小声が入ってきた。
『あ、もしもし触渡君?』
「風成さん、あの時はありがとう。飛鳥の容態は?」
『さっき起きて今必死に宿題やってる。倒れた理由は熱中症ってことにしておいたけど……勝てたんだね?』
「何とかね……で、まだちょっと忙しいから、飛鳥によろしく」
『うん、お疲れ様』
一応彼女にも現状を伝えておこうと思ったが、それはまた別の日で良いだろう。通話が終わり、受話器を置いて後ろを振り返る。
そこには長机を天空さんと勇義さんが挟んで座っている。刀真先輩は隅っこで立っていた。
「お久しぶりです天空さん、その節はお世話になりました」
「また逞しくなったようだね、仕事はどう?」
知り合いということなのである程度会話ができていた。一体どれぐらいの仲なのだろうと気になったが、それは後で聞くとしよう。
「お待たせしました。今連絡しました」
「そうか、じゃあ本題に入ってくれ、任三郎君」
「はい」
すると勇義さんはこの町に来た理由を説明しようとする。俺は座っている天空さんの後ろで立ってそれを聞き、刀真先輩も隅っこから俺の隣に移動した。
「俺が英姿町に来たのは他でもない、この町の近辺の調査です」
「この町の調査……?」
そう言って勇義さんは説明し始める。このことは天空さんからも聞いたことがるが、最近この英姿町の怪字出現率が増加していた。
勇義さんはそんな現状の英姿町の調査を、前代未聞対策課の課長に言い渡され、異動という形でこの町にやってきたという。
「まぁ本当ならもっと後に来る予定でしたけどね」
「じゃあ何で今日に?」
「それは、お前ら2人が良く分かっているはずだぜ」
勇義さんは人差し指と中指でそれぞれ俺と刀真先輩を指さす。一体何のことだろうとしばらく先輩と見つめ合っていると、その答えが分かった、
「「特異怪字!!」」
「そう!特異怪字なんていうイレギュラーが出たって聞いたから来る日を早めたんだ。だからそれに調査もある」
「ってことは……特異怪字は今英姿町にいるんですか!?」
もしそうだとしたら奪われた虎鉄さんと鷹目さんのパネルが取り返せるかもしれない。そう希望を持ったが、すぐに否定される。
「いや、そいつの居場所までは分かっていない。だけど、次に特異怪字が現れる可能性が高いのが英姿町ということだ」
「……そうですか」
そうか、今まではあの針を使う特異怪字だけしか見たことが無いだけで、他にも特異怪字が生まれるかもしれないのを忘れていた。
確かに英姿町の出現率増加と特異怪字という存在は、関係ないとは言い切れない。もしかしたら密接な関係で繋がっているかもしれなかった。
「だから、何かあったら連絡入れてください。これ俺の携帯番号です」
「ああ、そうさせてもらうよ」
そう言って勇義さんが天空さんに連絡先を渡している最中、俺と先輩はある疑問を思い出し、彼にそのことを聞いた。
「そう言えば勇義さんの拳銃や十手って……何のパネルなんですか?」
「あの硬い鱗を持った怪字を圧倒できる力……余程強力なパネルと見た。是非見せてもらいたい」
「……これか」
すると勇義さんは懐から話に出てきた物を取り出す。十手と拳銃、その2つが机に置かれた。
あれ?パネルに戻してないのか?
本来武器系のパネルは、刀真先輩の伝家宝刀ように使う時以外はパネルの状態に戻して持ち歩くことができるはずだ。ちなみにまるで前から知っているように解説しているが、これは合宿の時に鷹目さんから個人で教わったことだ。
しかし勇義さんのそれはそのままの形で出てきた。いくら手で使えるサイズの武器だからといえパネルに戻した方が楽だと思う。
しかし勇義さんの次の言葉で俺たちは驚かされることになる――
「これはパネルの力じゃない。正真正銘本物の武器だ」
「「……は?」」
一瞬何を言っているのか理解できなかった。パネルじゃなくて本物の武器……?それで怪字を倒したのか?
「馬鹿な!?普通の武器で怪字が倒せるわけがない!」
これに対し一番声を荒げたのは刀真先輩だったが、その内心俺も同じだった。怪字はパネルの力でしか倒せない筈だ。拳銃でも無理なのに、ただの普通の鉄の棒である十手ではダメージも入らないと思う。
「ただし、これを見てみろ」
勇義さんはそう言うと拳銃の弾丸も取り出し、それを俺たちに投げ渡してきた。俺はそれを落としそうになるも何とかキャッチし、先輩と共にそれを凝視する。最初こそ俺たちがイメージしている弾丸に見えたが、よく見てみるとほんの小さく何か書かれていた。
「何だこれ……文字みたいのが弾頭に書かれてるぞ」
「いや、薬莢で隠れてるだけで全体に書かれている……何だこれ?」
「ちょっと虫眼鏡取ってきます!」
俺は小走りで自分の部屋にある虫眼鏡を取りに行く。普段は使わないため最後に使った時どこに置いたのかを忘れていたが、何とか見つけ出してみんなの所に戻った。
そして早速それを使い、書かれた文字を見てみる。日本語ではない言語というのは確実だが、その文字が見たことあるものだと気づくのに時間は掛からなかった。
「これ……浄化の時の魔法陣の文字ですよ」
「浄化の時の……?」
そう、先ほど勇義さんが倒した怪字のパネルを浄化する際に使用した布に書かれた魔法陣、それと似たような文字がこの弾にも書かれていたのだ。注意して見ないと分からない程小さい。
「それは警察が開発した対怪字用弾丸、弾丸に浄化の魔法陣を描くことで奴らにダメージを与えられるってことだ」
「対怪字用……!?」
「元々武器に魔法陣を書く実験は前から行われていた。その集大成がこれだ。この十手の表面も見てみろ」
勇義さんは更に十手まで俺たちに渡してきた。そしてその十手にも魔法陣の文字が書かれている。これも対怪字用の武器なのか。
「じゃあ、勇義さんはパネルを使っていないんですね?」
「……当たり前だ。誰があんな汚らわしいものを使うか」
一瞬勇義さんの言動に疑問を覚えたが、とにかく今はこの技術にとても驚いていたのであまり気にはしなかった。
パネルの力でしか倒せない怪字、そんな連中に対抗できる武器が遂に完成したのだ。どれほどの技術力がいるかは分からないが凄いことというのは理解している。
「まぁこれで話は終わりますが……ここからは俺個人の話です」
そう言って勇義さんは立ち上がり、そのまま俺と刀真先輩の前に立ちこちらの目を睨んでくる。一体俺たちが何をしたというのか、もしかしたらさっきの怪字戦の時に邪魔したのをまだ怒っているのか?
「触渡発彦、宝塚刀真、単刀直入に言わせてもらう。怪字退治から身を引け」
「――はぁ!?」
突然言われた言葉に、俺たちは硬直する。怪字退治から身を引け、つまり俺たちに戦うなと言っているのだ。
「な、なんで急にそんなことを……」
「元々怪字退治は熟練のパネル使いがやっていたこと、お前たちのような子供が無暗に足を突っ込んでいい事案じゃないんだ!」
「……ッ!」
勇義さんの言葉はある意味では正しい。怪字や呪いのパネルのことは本来一般人に知らないことだ。俺や刀真先輩は子供とはもう呼べないが大人とも呼べない。俺たちなんかが足を踏み入れて良い場所ではないと言われているのだ。
しかし、俺は勇義さんの言葉をそのまま鵜呑みにはできない。反抗しようと口を開いたが、先に刀真先輩が怒鳴った。
「ふざけるな!!急に現れて何を言い出すのかと思えば……そんなことアンタに言われる筋合いは無い!」
「筋合いもなにも、まず子供が戦っていることがおかしいんだ!!こういうことは大人の俺たちが対処すべきこと!」
そこから始まる怒涛の口喧嘩。刀真先輩も勇義さんも顔を怒りで燃やし、お互いを睨み合う。
「ほぉ~大人!?地図もろくに読めない人が何を言うか!それも刑事のくせに!」
「それとこれとは関係ない!!そんな風に話題をすぐに変えようとするところが子供だと言っているんだ!」
「じゃあ地図のことはともかく!高校生の私に身長で負けているくせに偉そうにしないでもらおうか!」
「んだとぉお前ぇ!!気にしていたことを!」
途中から子供同士の口喧嘩のようになっているが、俺はそれに参加しない。刀真先輩みたいに自分の気持ちをまっすぐ言えないからだ。
それは「怒るのが嫌い」という理由もあるが、勇義さんの言葉が心の奥底に突き刺さっていた。
勿論今言われたことは悔しい、子供だからなんだというのだと言い返したい。しかし、現に俺たちはまだ子供じゃない。天空さんや彼のような大人ではないのだ。2人で苦戦したあの怪字だって、俺たちが入れたダメージがあったとはいえ勇義さんは1人で圧倒していた。
経験、それが大人と子供の間にある差だ。
「落ち着け2人とも、まずは落ち着いて話し合うのが先だ」
興奮している先輩と勇義さんを天空さんが宥め、一旦冷静にさせる。天空さんの両腕で抑えられている2人は、まるで闘牛のように鼻息を荒げていた。
「発彦、お前はどう思う?」
そして俺の意見を聞いてきた。本来なら即答するのが普通なのだろう、だけど俺は迷ってしまった。
怪字に対抗できる武器があるなら、俺たちはいらないんじゃないか――と。
別に俺たちじゃなくても、他のパネル使いや警察の人たちがいれば、英姿町の怪字出現率増加にも対応できるはずだ。何しろこの町には天空さんも先輩の父親である宝塚さんもいる。
他の人がやってくれると、そんな考えに至ってしまった。
……何を考えているんだ俺は!
他の人がやってくれる?俺たちはいらない?そんなのは、戦いが怖かったから逃げだした時の言い訳に過ぎない。
確かに怪字や戦闘は怖い。だけど一番怖いのは、自分たちのせいで救えるはずの命が救えなかった時のことだ!
「俺も――同じ気持ちです」
誰と同じ気持ちなのかは言うまでもない。
「人を助けるのに、子供も大人も関係ありません!俺は皆の平和を守りたいから戦いたいんです!!」
気を強くし、怒っているわけではないが勇義さんの顔を見る。すると彼は「こいつもか」という顔でこちらを睨み返してきた。