50話
刀真先輩も加わってくれたことにより、大分精神的余裕が出てきたような気がする。最も数で有利だからといって相手を甘く見て油断するなんてことは無い。
一旦状況を整理しよう、敵の特徴は硬い鱗、鋭い牙、そして急に姿を消せる能力。今の所不確定要素はその能力だけだった。
そしてこっちは2人、刀を持つ刀真先輩に右腕を噛まれた俺。まぁ噛まれたと言っても支障は無いだろう。
だったら、消える能力に警戒しつつ相手を攻め続けるのが得策だ。それを刀真先輩とアイコンタクトだけで共有、2人なら敵の能力も暴けるだろう。
「行きますよ！」
「ああ！」
そして俺たちは怪字に向かって突撃、対する怪字もそれを真正面に受け止めて跳びかかってきた。
まずは先行した俺が右手で思い切り殴り、怪字はそれを左腕で受け止める。その隙に俺を陰にして奴の死角にいた刀真先輩が高く跳んで上から刀を振り下ろす。しかし怪字は右腕の鱗で伝家宝刀の一太刀を受け止めた。
（伝家宝刀でも斬れない……やっぱり硬いな！）
怪字が俺たちの攻撃に両腕を使っている隙に、俺が低く屈み奴に足払いをかける。それによって両足が地面から離れた怪字の腹を刀真先輩が斬りつける。前部分は鱗が生えていないのでそこを攻めていくといいだろう。
「集中型ゲイルインパクトォ!!」
そして俺が間髪入れずに疾風怒濤を使用、集中型で殴り重心的にダメージを与えた。
ゲイルインパクトによって吹っ飛ばされた怪字は両手を地面に擦りつけてこれ以上後ろに下がらないようブレーキする。その後俺たちがいた場所を見るが、誰もいないことに一瞬驚いていた。
それもその筈、俺は疾風迅雷で怪字の目の前まで一瞬で移動し、先輩は神出鬼没で文字通りの瞬間移動で来ていたからだ。そして怪字は右頬を拳で殴り抜けられ、刀真先輩に更に切傷を入れられる。
「よしっ……追撃！」
そこから更に攻撃してやろうと構えたが、奴が両腕で俺たちを殴ってきた。
「うがっ!?」
「ぐっ……!!」
俺は反応できずもろに奴のパンチを受けたが、先輩は瞬時にそれに反応、刀身でそれを受け止める。しかしその一瞬に奴から目を離したのが仇となった。
「また消えた!!」
奴は能力を使用、再び急に姿を消した。何処へ行ったのかと辺りを見渡し続ける。ちなみに俺は奴の姿が見えなくなった時瞬時に八方美人を使用、四方八方からの不意打ちに備える。さっきのようにまた右腕を噛まれたら堪ったもんじゃない。
しかし最初の姿消しと比べ、意外にも奴は早めに姿を現した。
「がぁっ!?」
「先輩!!いつの間に！」
姿を見せた怪字は何処から現れたのかと、いつのまにか先輩の顎を下から殴り上げていた。そして隙を見せてしまった刀真先輩の腹に思い切り噛みついた。
「づぁああ……!!」
（牙がこれ以上深く刺さる前に引き離さないと!!）
さっきは奴の牙が想像以上に深く腕に刺さったため、強い力で吹っ飛ばして引き離すなんてことはできなかった。何故ならその時の威力で噛みつかれている腕も引きちぎれるかもしれないからだ。
なら、今度は早めにぶっ飛ばせばいい話だ。俺は先輩の腹に噛みついている怪字に向かって跳び、空中で一触即発を使って無理やり俺に触れさせた。
「プロンプトスマッシュッ!!!」
力強いスマッシュを奴の頭部に当て、考え通りに奴を先輩から引き離すことに成功した。怪字はそのまま吹っ飛び、中心の木に激突する。
「先輩……お腹の傷は……」
「大丈夫だ……お前のおかげで浅い！それよりまた奴が姿を消したぞ！」
「えっ!?」
まさかと思い、先輩の腹から怪字の方へ視線を移しなおすと、先輩の言う通り怪字の姿がまた見えなくなっていた。こうも消えられると全然追撃できないのが痛い。
俺と先輩は互いに背中を合わせ、死角を預ける。そしてどこから現れてもいいように視線を張り巡らせた。
次はどこから現れる…………さっさと顔を出してこい！
そう内心粋がっているがまた目の前に現れて殴られないかとヒヤヒヤしている。緊張のせいで冷や汗が止まらず、目に入りそうになったので思わず右手で拭ってしまった。
「来たかっ！」
そんな時に限って、怪字が木の方から急に現れて跳びついてきた。俺に向いてるわけでもなく先輩に向いているわけでもなく、側面の方向からやってくる。
問題なのはそのスピード、まるでミサイルのように早く強烈で、俺たちの背中合わせ一瞬で崩す。
「だぁああっ!?」
その際怪字は牙を立ててきたが、刀真先輩はそれを刀で弾く。しかし俺は汗を拭っていたためそれに対応しきれず、左脇腹を少し噛み千切られてしまった。
「づぅう!!」
血が溢れて激痛を味わいながらも、体勢を立て直そうとする。しかし右腕に加え左脇腹の出血が酷いのか少し立ち眩みもした。
（何だ今の速さは……今までの動きとは比べ物にならなかったぞ！）
「まだ行けるか!?血を流しすぎだぞお前！」
「こっちは何とか……」
「それにしても凄い速さだったな……お前の疾風迅雷といい勝負だ。刀で受け止めた両手がまだ痺れてる」
それ程今の奴の特攻は強烈だと分かる。というより俺がその身で味わった。もし先輩が刀で防げていなかったら彼もどうなっていたかわからない。
一方怪字は、自分でもあの速さを制御できないのか後ろの壁に激突している。そしてすぐさまこちらを向き走ってきた。今度は普通の速さだ。
「その傷じゃ上手く動けないだろ！一旦下がって私に任せておけ。お前は後ろから奴の動きを観察しろ！」
「は、はい！」
悔しいが今のまま立ち向かったら先輩の足手まといにしかならないだろう、なのでここは先輩の言う通り体を休ますと同時に遠くから奴の動きを観察することにした。第三者の目から見れば奴の能力の正体が掴めるかもしれない。一応急に標的が自分になった時のために八方美人の状態になっておく。
「私が相手だ!!」
そう言って刀真先輩は刀を突き立てて怪字に向かっていった。伝家宝刀による突きが奴の頬を掠める。
そこから始まる激しい攻防、両者一歩も引かずに続けていた。しばらく続けていると、先輩が流れるように刀で怪字の頭を切断しようとする。しかし怪字は口を開けて鋭い牙で刀身を噛み、それを防ぐ。
「汚い牙で、我が宝塚家の家宝を噛むなぁああああああああ!!!」
大切な刀を汚されて怒った刀真先輩は、奴を蹴ることによって刀を奴の口から引き離した。そして怒りと勢いに身を任し何度も奴の体を斬りつける。
やがてどんな攻撃も弾いてきた鱗にも小さな痕ができてきた。先輩の刀が効いてきたのだ。
すると彼の猛攻に耐えきれなくなったのか、怪字は再び姿を消す。その瞬間を、俺はずっと見ていた。
今、何かがおかしかったぞ……
てっきり一瞬で姿が消えるかと思っていたが、視野が広くなったおかげでそうではないことに気づく。
上手く言い表せないが、とにかく一瞬で消えているわけではないことは確かだった。まるで俺の疾風迅雷のように超スピードで動いているだけに感じた。
――そうだ！疾風迅雷だ!!
疾風迅雷を使用している人間は、まるで周りの全てのものが遅くなっているように感じる。つまり、使用中の人間にとっては自分が速くなっているとは感じていないのだ。
それを利用しよう。自分をその状態にして、怪字の動きを鈍く感じればいいのだ。それなら何かわかるはずだ。
早速疾風迅雷を使い、周りの動きを遅く感じ始める。超スピードの状態になってそこから一歩も動かず、ただ先輩の周りに集中していた。八方美人を解くのは不安だったが、急に攻撃が来ても超スピード状態だから避けれるはず。
「どこに行った……！」
そこから数分、いや実際の時間では数秒にも経っていないだろう。まぁしばらくの間刀真先輩の周りをジッと見つめていた。数回奴の攻撃を受けて、あの能力がただの消える能力じゃないことは直感で分かっている。恐らく消えること自体が能力じゃなく、能力で消えるように見せているのだと思う。
一体どんな四字熟語能力だ……どんな能力で消えたり現れたりしている……？
思考を張り巡らせ、敵の能力をある程度予想しようとする。しかしそんな時、魚の怪字が刀真先輩の後ろに現れた。
……!!、そんな能力誰も予想できるか！
今回は奴がどうやって刀真先輩の後ろに来たかの一部始終をバッチリ目で捉えることができた。しかし目で見て理解しても、とても現実味の無いものだったので最初は混乱した。
だがすぐに「怪字に常識を願ってどうする」という考えに至った。元々存在自体が非常識非科学的な奴らだ。今更遅い。
俺は超スピードのまま走り出し、後ろから不意打ちしようとしてきた怪字を横から蹴り飛ばす。ここでようやく疾風迅雷の状態を解いた。
「発彦！助かった！だが大丈夫なのか!?」
「はい！それより分かりました！怪字の能力が！」
「本当か!?一体どんな能力だ！」
多分一言だけで言ってもすぐには理解しないだろう。それほどその怪字の能力は現実性が無いというか最早ファンタジーの領域だった。しかし時間が無いためまず最初は簡単に言った。
「潜っていたんです！影の中に！」
「か、影の中に!?」
俺は見た、奴がまるでトビウオが海から飛び出るように先輩の影から出てきたところを。自分でも少し信じられないが、あの怪字の能力が、影の中に潜れる能力だということを即座に理解した。しかも影に潜ったり出たりする時の速さが尋常じゃないぐらい速いのだ。疾風迅雷状態の目で普通に動けているように見えたぐらいだ。だから普通の状態では奴が急に消えたり現れたりしているように見えていた。
さっき俺の脇腹を噛み千切ったあの技も、中心にある木の木陰から飛び出たのだ。
「にわかには信じられないが……お前が言うのだから間違いではいのだろう。それで？どうすればいいんだ？」
「まだ対策とかでできてません……潜れる影を無くそうにもそんなことはできないし……だから今は、怪字が姿を見せている時に攻撃しまくれってことです！」
「わかった！お前の判断に従おう！」
俺たち2人は怪字と向き合い、再び怪字へと走っていく。能力さえ分かればどうにかできるというわけじゃないが、敵がどのような手を使ってくるかが予想しやすくなった。ようするに影から出てくるときを注意すればいいのだ。
まず先輩が刀を抜き、怪字の腹を斬りつけようとするが、奴の青い腕がそれを弾く。その隙に俺が左手でパンチを当てた。
そこからは2人同時に攻めていき、連携して怪字を追い詰めていく。しかし怪字は2本の腕だけでそれらを対応していた。人数の差などものともしていない。
すると奴は俺たちから一旦離れ、またもや木陰の中に潜って身を隠した。
「本当に影の中に潜っていったぞ……影も波立っている」
ようやく刀真先輩も奴が能力を使っていることを視認し、その現実に大変驚いている。まぁ影の中に入るなんてことは誰も想像できないだろう。
それよりも問題は、奴がいつ出てくるのが問題だった。タイミングが分からないままあのミサイル並みの突進を受け止めるのは不可能――ではない。
「先輩！俺の後ろに！」
「ああ！」
先輩を俺の後ろに移動させて突進攻撃の対象を俺1人だけにし、そのまま俺は一触即発の待機状態に移った。これならどのタイミングでどんな攻撃をしてきても思いっきりカウンターを入れられる。
来るなら来い！脇腹の次は強烈なやつを食らわせてやる!!
奴の突進を受け止める準備は整った。意気揚々とその時を待ち、歯を食いしばって力を溜めている。しかしプロンプトスマッシュとはいえあの突進力を真正面から受け止められるのかと少々不安だったが、その時は後ろにいる刀真先輩が斬ってくれるだろう。伝家宝刀は「絶対に折れない刀」、攻撃面でもそうだが防御面においても無類の強さを誇っている。
このようにいつ奴が来ても大丈夫だった。しかし、怪字がしてきた攻撃は突進ではなく……
「水しぶき!?」
奴は影の中でバシャバシャと暴れまわり、それよってできた影の水しぶきをこっちに飛ばしてきた。矢のように尖っている黒い水滴がこちらに襲いかかってくる。
「づぁああ!!」
飛んで来た水滴は、俺の皮膚を切り裂き、そして刺さりまくる。ウォータージェットと同じ原理だ。水流の速度を上げ、それで物体を切断する技術、この黒い水滴たちはそれと同じぐらいの速さで宙を飛んで斬ってくる。
水滴とはいえ今の俺に触れてきたので自動的にプロンプトスマッシュは発動したが、元々小さく実体が無いため空振りに終わった。
「大丈夫か発彦!?」
先輩は俺より大きいとはいえ、後ろにいるため何とか水滴は受けていない。しかし前にいる俺は真正面から受けているため、体や顔に水滴が刺さりまくった。
「私が前に出て――!!」
「金城鉄壁!!」
すると刀真先輩が俺を守ろうと身を前に出そうとしてきたので、急いで金城鉄壁を使用し、結界の中で黒い水滴を防御する。何も俺のために先輩まで傷つく必要はない。この水滴攻撃も、速さとその切れる性質だけが武器なのか結界を破壊するほどの威力は無かった。なので安心して結界内で休める。
体中に刺さった黒い水滴を抜こうとしたが、次第に崩れるように消えてしまった。元々は影なので持続性は無いのだろう。
「まさか遠距離攻撃までできるとは思ってもいませんでした……くそ痛いな」
「あの水滴攻撃をどうするかが問題だな……このままだと金城鉄壁の中から出られないぞ」
「いや、金城鉄壁は数分で自然消滅しますから……悠々と待っている暇はありません」
「じゃあどうするんだ!?打つ手がないぞ！」
「ちょっと作戦があります……先輩、今から俺が言うことできます？」
そう言って俺は先輩の耳元でその内容を説明する。最初こそ先輩は驚いた表情いていたがやがて「仕方ない」といった諦めた顔に変わる。
「それなら私が神出鬼没で奴の所まで瞬間移動すれば……」
「いや、水しぶきの後ろに隠れているし、何より今あいつは尻尾しか出していません。多分見えないと思います」
「……まぁお前がそんなに受けたんだ、私も覚悟を決めないとな」
「じゃあそう言うことで、行きますよ！」
そして俺たちはそれぞれに位置に付く。といってもさっきと同じように俺が先輩の前に立っている形だが。
先輩は冷や汗を流しながら刀を握りしめ、瞳を閉じながら深呼吸をする。そして結界を消した瞬間、大きく目開く。
「「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」
消えた途端向かってくる沢山の水滴、俺は結界を消した後すぐさま八方美人を使い向かってくる黒い水滴を弾きながら前へと走る。
だが全てを弾けるわけではなく、数発俺の横を素通りして先輩に当たりそうになる。
「はあっ!!」
それに対し先輩は刀を次々と振り、全ての水滴を弾いた。俺みたいに四字熟語を使っているわけでもない、身体能力だけでそれをやってのけている。その人間離れした技術と、先輩を信頼して俺は後ろを振り向かず、前へと突っ走る。
しかし、前に進めば進むほど水滴の密度は増していき、先輩でも捌ききれず、数発受けてしまう。
「……ッ！」
自分自身が走っているため威力は増しているはずなのに、刀真先輩が声も漏らさず俺の後を付いてきている、俺を心配させないためだろう。俺もそれに応えるために何も言わず決して振り向かない。
「今だっ！」
すると水滴の弾幕を掻い潜りながら、ようやく奴が潜んでいる木陰へとたどり着いた。そして迷わず水しぶきを上げている怪字の尻尾を両手で掴み、そのまま後ろへ投げ飛ばして影から釣り上げる。
「しゃあっ！」
そして怪字が投げ飛ばされた方向には構えている刀真先輩、先輩は飛んできた怪字に対し刀を走らせてその体に大きな傷跡を残した。
「やった！」
鱗が無い前部分にその亀裂はあり、奴にとっては大分痛手だろう。今の倒れそうな感じで足を進めている。そしてそのまま地面に崩れようとしたその時――
「私の影に潜った!?」
倒れるかと思いきや、魚の怪字は倒れる拍子に近くにいた刀真先輩の影へと飛び移り、そのまま潜り込んで姿を隠す。あのダメージでまだ動けるのか……
刀真先輩の影……つまり足元、怪字は先輩の足元で水しぶきを起こし、鋭い水滴を体中に刺した。
「ぐぁっ!?」
「先輩――ってぐわぁ!?」
俺は急いで先輩の元へ駆け寄ろうとしたが、怪字が先輩の影から勢いよく飛び出て俺に体当たりしてきた。凄まじい速さでぶつかってきたためその威力は想像以上、膝を付いてせき込んでしまった。
「こ、このっ……！」
そんな俺を怪字は見降ろし、頭へ右手とスッと伸ばしてきた。頭を掴んで握りつぶすつもりか、それとも持ち上げてそのまま齧り付くつもりか。どちらにしても捕まったらアウトだ。そう思っても今のタックルのせいで体が思うように動かなかった。
やがてその右手が俺に触れようとしたその時――
「パァン!!」という音と共に、その怪字は大きくバランスを崩した。これが一体何の音なのか、俺は生でそれを聞いたことが無いが、何の音かはすぐに分かった。
銃声だ。突如として聞きなれていないそれが辺りに鳴り響いた。そして怪字の左肩についている穴――いや銃痕。
銃で傷ついたのか……？怪字が？
銃などの現代兵器が一切通用しないはずの怪字、その怪字が今目の前で銃で撃たれて傷ついている。その事実に俺も先輩も驚いていた。
そして銃弾が来た方向を見ると、ある意味では予想通り拳銃を構えている男性が一人。大砲やロケットランチャーならまだあり得たかもしれない、しかしその男が使ったのは紛れもなく拳銃、本当にあれで撃ったのか……？
スーツを着ているが雰囲気からしてサラリーマンではないだろう、もっと修羅場を乗り越えている顔つきだ。
「下がっていろ、ガキ共」
そう言い放ち、男は落ち着いた様子で拳銃を構えなおした。
