42話
「また撤退しますか?疾風迅雷を使える体力はまだ残っていますし……」
一応俺はこの場から逃げること案も出した。相手は遠距離攻撃可能の2匹で、そのうちの1匹は途轍もない速さを持っている。さっきとは敵の様子が大違いなので一度作戦を立て直す必要があったからだ。しかし刀真先輩はそれに反対する。
「いや、このまま押し切ろう。これ以上新しい手や足が生えてくるかもしれないしな。それに疾風迅雷を使っても逃げきれないと思うぞ」
「……ですよね」
それは俺も承知している。あの新しい翼を生やした悪魔の怪字の速さは正直言って疾風迅雷とほぼ互角レベルである。それに加え先輩を抱えた状態で逃げても確実に追いつかれるだろう。
ならば2対2の大乱戦といこう.。
「今度は俺が悪魔の怪字の相手をします。疾風迅雷でしかあいつの相手はできないと思うんで、後『一』返してください」
「ああ、任せた」
先輩から「一」を受け取っていると、向こうから先に仕掛けてきた。天使の怪字は光弾を何発も放ち、悪魔の怪字は白い羽を無数に発射してくる。
「金城鉄壁!!」
それを結界で防ぎきると、光弾の爆発で結界が煙に包まれ、中の様子が見えなくなった。
やがて煙が晴れると、怪字たちの目に映ったのは、刀真先輩の両拳の上に足を乗せている俺であった。
「うおおおおおおらぁあああああああああああ!!!」
そして先輩が俺を持ち上げると同時に疾風迅雷で怪字たちと同じ高さまで跳んだ後、2匹を蹴り落とし、地面に下した。
俺はそのまま天使の所まで降下し、着地と同時に奴を蹴りつぶそうとしたが後わずかの所で奴が避け、そこから高速移動同士の戦いが始まる。横に目をやると向こうで刀真先輩と天使の怪字が争っているのが見えた。彼の邪魔をさせないためにも俺一人で悪魔の方を倒さなければ。
誰にも視覚で捉えきれない程のスピードで大地を駆け巡り、速すぎて見えない速度で攻撃を繰り出し避けられ、攻撃され避け、自分の目には周りのものが遅くなって見えているが、他人から見ればただ2つの残像が風のように動いているだけだろう。
すると奴が突然逆立ちをしてそのまま手で回りその黒い足をぶつけてきた。それを右腕で受け止め、そのまま右手で奴の足を掴む。そのまま自分の所まで引き寄せ顎を思い切り蹴り上げた。
そうすると今度は4本の翼から白い羽根をマシンガンのように撃ってきたので、咄嗟に「八方美人」を使い飛んできた羽根を躱しながら奴との間合いを詰めていく。
「おらぁああ!!」
そしてある程度近づくと奴の頭まで跳び右拳で頬を殴り、追撃に左足を反対の頬にも当てた。
「足バージョン集中型ゲイルインパクトォオオオァアアアア!!!!」
奴が蹌踉めいている間に腹部にある傷をもっと広げてやろうと両足によるゲイルインパクトを食らわせた。奴はずっと足の連撃に耐えていたが、両手で掴もうとしてきたので奴の体を蹴って間合いから脱出する。
再び疾風迅雷を使い高速移動の準備をした。すると怪字もそれに乗るつもりなのか翼を大きく広げ、低空飛行をする。そのまま超スピードによる追いかけっこが始まった。
(思った以上に疾風迅雷が使えているぞ……過酷な修行で自然にスタミナが付いたんだ!)
今まではこんな長時間疾風迅雷を使っていたら体力が持たずばてていただろう。しかし虎鉄さんとの戦闘、鷹目さんとの鬼ごっこによって無意識の内に長く持ち続けるスタミナが付いたのだ。そして、修行で身に付いたのはスタミナだけではない。
「八方美人!!」
奴が俺を追っかけている途中後ろからタックルしてやろうと急にスピードを上げた。その突進に対し俺が使ったのは防御の金城鉄壁ではなく、回避の八方美人。
ここで金城鉄壁を使えば確かに相手のタックルは防げたが、八方美人を使えば躱した後カウンターができることを瞬時に気づいた。正しい判断を速く分かって決める「判断力」――鷹目さんから教わったものだ。
怪字の突進を八方美人で横にずれて避けた後、そのまま横蹴りで奴を蹴り飛ばした。地面に激突し土煙を高く上げた。すると、土煙の中から羽根の弾丸が飛んでくる。
「うがぁあっ……!!」
咄嗟の出来事だったため八方美人を使いそびれ、その結果数本の羽根が体中に突き刺さった。どうやらまだまだ判断力はマスターしていないらしい。
すると煙の中から跳び出てきた悪魔の怪字が左拳を後ろに引いて殴りかかってきたので俺も右手でそれとぶつかった。次に奴は右手で殴ってきたのでこっちも逆の左拳で対抗しようとしたが、強く握ろうとした瞬間激痛が襲う。
(しまった!左手使えなかったか!)
ここに来る途中道先に倒れてきた燃える大木を左で殴って酷い火傷を負ったことをすっかり忘れていた。すぐに右拳で対抗しようとしたが間に合わず、奴の右手が俺の顔面に直撃した。
「ぐぁがぁあっ!!!」
後ろに吹っ飛びながら鼻血を噴き出し吐血する。こっちに左手が使えないという制限があったことをすっかり忘れていた。
怪字は吹っ飛ぶ俺に対し、更に左手で腹を殴り抜けて加速させる。そして吹っ飛んだ先に先回りし、蹴って空高く蹴り上げた。そして翼で空を飛び高く飛んだ俺に追いつき、拳で地面に叩きつけようとしたが……
「調子に乗ってんじゃねぇぞぉおおお!!!」
空に蹴り上げられた時点で更なる追撃が来ることは分かっていた。だから奴には見えない位置で「一触即発」を使用し、必殺技の待機状態に入っていた。怪字はそれに気づかず俺を殴ったため、思い切り放てる!
「プロンプトスマッーーーーーシュ!!!!!」
右手で力強く奴にスマッシュを当て、ダメージを負わせた。位置的には俺の方が下にいて、俺より上にいた奴はスマッシュを受けたことにより更に高く打ち上げられた。その際、今まで戦いに集中していたせいで注目していなかった怪字の傷具合を見る。
(あれ……あの打撃跡ってパンチのゲイルインパクトじゃ……)
ゲイルインパクトならさっき当てたのでその跡が残っていることは不思議ではないが、2本の切り傷に隠れて見えづらいその傷跡は、明らかに拳で付けられたものだった。俺は奴にパンチのゲイルインパクトを当てた覚えはないし、そもそもこうして奴とサシで戦っているのは左拳を負傷した後のことだ。だから余計パンチのゲイルインパクトによる傷跡があるのはおかしい。
そうこう考えていると、怪字がこちらを向き、そのまま俺を踏んで思い切り地面に着地した。
「がぁあああああああああ!!!!」
怪字が自分の足と地面で挟んだのは、俺の右腕だった。あの高さから思い切り踏まれて地面に激突したので、激痛が脳に伝わる。見れば関節部分が青くなって腫れあがっていた。
(最悪だ……右腕折られた!!)
骨折の激痛に絶望しているのではなく、右側は骨折、左側は拳が火傷といった両手が使えなくなってしまったことに顔を青ざめる。足で攻撃すればいいがそれだけだと圧倒的に不利だ。
怪字は力を込め、折れた右腕を更に踏みつける。酷い追い打ちに悲鳴を上げずにはいられなかった。抜け出そうにも奴は右腕を踏んでいる左足に全体重をかけているし、そもそも両足だけで即座に起き上がることは難しかった。
やがて怪字は右足も上げ、俺の顔を踏みつけようとしてくる。もう駄目か――そう思った時……
「紫電一閃!!」
遠くにいた刀真先輩が斬撃を放ち、俺の上から怪字を退かした。そのまま腹を蹴り距離を離し、倒れている俺を起こしてくれた。
すると先輩が来た方向から天使の怪字が迫り、逆方向からは悪魔の怪字が飛んでくる。このままだと挟み撃ちになる。それで天使の怪字の全身が見えた時、あることに気づいた。
(まさか……!!)
痛みを我慢しながら左手で金城鉄壁を出し、それで俺と先輩を覆う結界を作った。天使と悪魔は向こう側から結界を破ろうとしている。その間に先輩に伝えたいことがあるからだ。
「先輩……怪我は大丈夫ですか?」
改めて彼の体を見ると頭から血を流し、右足からもドバドバと流れていた。おそらく立っていることにも苦痛を強いられるであろう。
「お前の方が重傷なのによく言うよ……どうするんだそれ」
「まだ戦えます……それよりあの怪字たちの正体が分かったような気がします」
「あの怪字たちの正体……?」
「はい、多分あの怪字は……2匹で1匹の怪字なんじゃ……」
「なっ!?一体どういうことだ!?」
突拍子もないことを言ったので先輩は驚き、俺にその意味を聞いてくる。そして俺がそう言えるのには確証があった。
「先輩も戦いに夢中で気づけなかったと思いますが……俺が悪魔の方に当てたスマッシュの傷痕が天使の体にもまったく同じ体で付いているんです」
その言葉を聞いた後急いで結界越しから天使の怪字の様子を注意深く見る。俺の言った通りその体には大きなヒビが入っていた。
「俺……天使の怪字の本体には一度もスマッシュを当てられていないんです……だからそんな奴にあんなヒビがあるのはおかしいんですよ……」
「そ、そうだが……それと何の関係が……」
「あの悪魔の怪字と天使の怪字は……繋がっているんだと思います。どちらか片方が傷を負えばもう片方も負う。実際、何もしていないのに奴らの体に傷ができたことがあったでしょう……?」
「そう言えば……あったな」
どうやら彼にも思う節があるらしい。当然俺にもあった。
「俺が最初に天使の怪字と戦っていた時、いきなり切り傷ができたってことは言いましたよね?多分その時に刀真先輩が悪魔の怪字を斬ってその傷が天使の方にも伝わったんじゃないかと……」
「私も、悪魔の怪字にいきなり傷ができたのを見た。その時お前が天使の怪字に何かしたのか……」
「理由はまだありますよ……奴ら時折棒立ちする時ありましたよね、多分片方の状態を把握しようとしてたんじゃないでしょうか。怪字にテレパシーみたいな会話能力が無いとは言いきれませんが、恐らくその時片方がピンチなことに気づいて助けに行ったんだと思います」
「もしその話が当たっていたとしたら……!」
どうやら俺が考えていることを察したらしい、打開策が見つかったことでその表情は希望に満ちていた。
「だから……片方を倒せばもう片方もやられるんじゃないかと!!」
「元から先に片方だけを倒そうとしていたが、片方倒すだけでもう片方も死ぬならラッキーだ。勝機が見えてきたな!」
「はい!だけど、向こうも2匹そろった状態でどちらか片方に集中するなんてできますかね……?」
もし片方だけに2人係で攻撃したら、もう片方の怪字がほったらかしに後ろから不意打ちを受けるかもしれない。つまり1匹だけに向かうなんてことは難しいのだ。
「さっきまでと同じように1匹1人で相手をし、その後どちらかの傷具合を見て、集中攻撃をしよう。それしか手は無い」
「ですね、先輩は引き続き天使の方をお願いします」
「その傷でいけるのか?」
「なぁに、両足が動かせるなら何とかなりますよ。先輩こそ足怪我してるから気を付けてくださいよ」
「ふん、それこそ余計なお世話だ!」
そう言って俺たちは互いに背中を預け、自分が相手をする怪字の正面を向く。やがて怪字たちが結界を突き破った瞬間、そいつに向かって跳びかかった。
「行くぞぉ!!」
「はいっ!!」
俺は拳を悪魔に向け、先輩は刀を天使に向ける。おそらくこれが最後になるであろう作戦に移った。