41話
「紫電一閃!!」
私は天使の怪字を地面に落とした発彦を仕留めようとする悪魔の怪字を斬撃で阻止する。爪で弾かれてしまったがこれで私を狙ってくるだろう。
怪字は私を遠くから見つけた瞬間、その体を猛回転させてスクリュー攻撃をしてきた。しかし屈んで避けられて後ろの地面に激突する。そしてその土煙の中から飛び出てて私の刀と張り合い始めた。
爪先がこちらの目を狙ってきたのでそれを刀身で受け止め上の方へ弾く。奴の両手を挙げさせた状態で横腹から刃を入れようとしたが後ろに跳んで避けられた。その際両爪を振り下ろしてきたので刀を横にして防御、その時に怪字が私の腹部を蹴り上げる。
「がぁあっ!?」
伝家宝刀を防御に使っていたためそれに反応することができず、ノーガードで蹴りを受けてしまった。地面を転がり泥だらけになるが刀は決して放さない。
すると奴の喉が風船のように膨らみ始めた。やばい!歌う合図だ。その膨らみを見た瞬間急いで発彦から貰った耳栓をする。
「……ッ!」
予想通り怪字は喉を一気に縮めて大声で歌い始めた。その歌声は本当に不快で未だに慣れない。しかし耳栓をしているのである程度マシになっていた。これなら応戦できる。
「はぁあああああ!!!」
まさか自分の歌の中普通に攻撃してくるとは思わなかったのか、目を閉じて歌っていた怪字は私が刀を振ろうとしているその時まで気づけなかった。急いで歌うのを止め爪を交差させてガードするが、咄嗟のものだったのでその威力に負け簡単に弾かれてしまう。
「もう一本!!」
追撃に今度は縦に切り裂こうと思ったが、奴が翼を羽ばたいて風圧を起こし私
を吹き飛ばしてきた。
「のわっ!?」
そのまま怪字は空を飛び、私の攻撃範囲から逃れたことで余裕のつもりなのか何もしないでずっと真上を飛び回っている。
確かにあの高さまで刀は届かないだろう、しかしそれは「一」を持っていなければの話だ。
「紫電一閃!」
飛んでいる怪字に向けて鋭い斬撃をとにかく放ちまくった。相手もそれを避けては避けの繰り返しとなる。
伝家宝刀だけでも斬撃を放てるが、今の怪字の高さまで届いてあいつに効く程の威力は紫電一閃を使わないと無理だ。
怪字は素早く飛び周り斬撃を避けていくが、私が付けた切り傷が効いているのかそのスピードはどんどん遅くなっていく。
今だ!そう思い、連続的に紫電一閃を放ち奴の体に命中させた。傷を付けるまではいかなかったがそのバランスを大きく崩し地面に墜落した。
「猪突居合切りぃい!!」
その瞬間を狙い、今さっき編み出した「猪突猛進」を使う技である「猪突居合切り」で奴に力強く斬りかかった。
しかしそれも両爪によって防がれてしまう。さっきからこっちの攻撃は爪に邪魔されてばかりだ。
(……ヒビ!)
しかしその爪にヒビが入っているのが見えた。いくら怪字の爪だろうが代々受け継がれている伝家宝刀の一太刀を何度も何度も受けて無傷でいられるほど耐久性は無いのだろう。それが分かった瞬間、追撃の姿勢に入る。
「猪突猛進突きぃ!!」
居合切りをした後更に突き攻撃をした。「猪突猛進突き」も「猪突居合切り」も同じ猪突猛進の四字熟語を使って行う技。つまりどちらも凄まじい勢いで突進している。だからまずは猪突居合切りで相手を斬り裂いて透かさず突き攻撃をするという二段攻撃が可能なのだ。
その突き攻撃も両爪を交差させて受け止めてきたが、その爪にも限界が訪れ、粉々に砕け散った。
「良しっ!?」
すると爪を壊した次の瞬間、奴が牙を剥いてこちらの頭を丸かじりにしようとしてきた。あんな鋭い牙が生えまくった口に頭を噛まれたら即死だ。咄嗟に刀身を向けてそれを噛ませた。宝刀なら折れる心配も無い。それどころか奴の口内が傷ついた。
「どうだ美味いかっ!もっと味わわせてやるさ!」
怪字が口を離した時急いで刀をこちら側に戻し、その間抜け面を真っ二つにしてやろうと「一刀両断」を使う直前……
「……ん?」
最初の戦いで私が付けた切り傷が何もしてないのに広がり始めた。まるでそこを重心的に殴られたような跡だ。さっきまで何もなかったのにいきなり傷が広がるなんておかしすぎる。そう考えていると似たような話を発彦からさっき聞いたことを思い出した。
『そう言えば、俺と戦っている時急に天使の怪字に切り傷ができました』
切り傷ではないがその話と似たような現象が悪魔にも起きている。何故だ?様子を見れば怪字自身も傷が急に広がったことを驚いている。となれば意図的なことではない。
すると奴の様子がまた変わる。今度は何もしてこないでじっと棒立ち状態になった。さっきまでの凶暴な一面はどこに行ったのやら、何だか不気味だ。そんな悪魔の怪字に警戒していると持っているトランシーバーから発彦の声が聞こえてきた。
『先輩!今からそっちに向かいます!!そっちはどうですか?』
「分かった!こっちもきつくなってきた、なるべく早く来てくれ!!」
『わかりました!!』
どうやら向こうも上手くいったらしい、天使の怪字の隙を突いて発彦がこっちに向かっている連絡が来た。
これはチャンスだ。今のあいつは爪も失い歌も効かない、つまり手段がどんどん無くっている。攻め時は今しかない。
(どうせならあいつが来る前に倒してやる!)
ならば棒立ちしている今がチャンスだ。宝刀を強く握り直し雄たけびを上げながら奴へと向かった。
しかしさっきまでボーっとしていた怪字は気を取り直してこちらを殴ってきた。
「何だ急に!?」
相手は爪を無くしてもその拳があることを見せつけるかのように、両腕で殴りかかってきた。しかし爪攻撃の時と比べてその動きは鈍いので余裕で回避できる。
しかし急にしてくる噛みつき攻撃には完全に対応はできなかった。刀を齧られたり牙がもう少しで体を切り裂きそうになったりと、爪が砕け散った今では牙の方が主力武器になっている。
「一気に片を付けてやる!!」
こうなればさっさと倒して少しでも次の戦いに備えて休む時間を増やそうと、もう一太刀大きいのを入れることにした。
再び居合の構えとなって怪字と対峙する。そして猪突猛進を使い、奴に向かって突撃した。
「猪突……!!」
そして鞘から刀を力強く抜き、突進の勢いと共に奴の体は思い切り斬り裂いた。
「居合斬りッ!!!」
今度は左上から右下といった風に斜めに切り傷を付け、最初に付けた傷と合わせて交差するような形になった。怪字も斬り裂かれた瞬間表現できないほど不可解な悲鳴を上げながら悶絶する。
「トドメだ!!」
そして最後の攻撃として一刀両断を使用し真っ二つに斬ってやろうとしたが、もう少しのところでその大きい翼で空中に逃げられた。
そのまま奴は森の方へ飛び去ろうとする。そういえばあの天使の怪字は悪魔の方を助けに来た。つまりこいつも天使の方を助けに行こうとしているのか、それとも私から逃げ延びるためか。
「逃すと思っているのか!」
どちらにしろこのまま逃がすつもりなどある訳ないので、紫電一閃の斬撃を奴に放ちまくったが、全て避けられた。
やがて怪字が森の中に消えて行くその時……
「うらぁあああああああああああ!!!!」
森側から飛び出してきた発彦が、奴を地面に叩き落とす。
無事だったのか、そう安堵する暇も無く発彦が叫ぶ。
「先輩今です!!」
「おう!!」
やるなら今しかない、刀を握る力を強くし怪字の所まで走る。そして再び一刀両断を使い奴に斬りかかった。
「一刀両断ッ!!!」
そのままぶった斬ってやろうという思いで刀を振ったがあと少しの所奴が起き上がり回避されてしまった。しかし完全に避けられたわけではなく、その両翼を根元から斬り落とすことはできた。
「翼やったっ!!」
これでもう空に逃げることはできないだろう。奴を斬った後発彦の所まで来て一緒に奴の様子を伺った。
その際、彼の左拳が酷く焼けている様が目に入る。
「お前それ……」
「ここに来る途中少し……」
彼はただそう言い、痛いやら辛いといった愚痴は決して言わなかった。必要以上の言葉は言わず、ただ怪字をずっと凝視している。「今はそんなことより奴に注目しろ」という意味だろう。なので私もそれ以上何も聞かなかった。今あいつは胴体に大ダメージを受け、尚且つ両翼が無い状態だ。これなら天使の方が助けに来る前に倒せる。そう確信した時、奴の状態がおかしいことに気づいた。
「なんだ一体……?」
さっきのような棒立ち状態とは一変、今度は苦しそうにうめき声を口から漏らしながら膝と手を付いている。あれほど傷を負ったのだから当然だろうが、死に際の状態としては異常だ。本来怪字はあんな風な生き物じみた死に方はしない。奴らの最期は崩れて跡形もなくなるのが普通である。しかし目の前にいるそいつはまるで死ぬのが怖いかのように苦しんでいた。いや、そもそもこいつらは生きていると言えるのか。
すると今度は体中が揺さぶられているかのように震え始めた。それを見た発彦はハッとした表情になる。
「あれ……天使の方も似たようなことを……」
「何だって?」
するとまるで中に誰かいるかのように翼があった部分が膨らみ始めた。それに伴い怪字が大きく叫ぶと、そこから白い物体が飛び出てくる。
「……新しい翼!?」
それは悪魔の見た目とは似合わない白く美しい翼であった。しかも鳥のように何本もの羽根が合わさってできている。その数も2本ではなく4本あった。
そして奴もさっきまでの苦しみが嘘かのように立ち上がり、見下すような形でこちらを見ていた。
「嘘だろオイ……!」
まさか新しい翼が生えてくるとは思いもよらず、驚愕と軽い絶望をする。しかし体に付けた傷もあるはずなのでこちらが有利なのは変わらない。さっさと倒してしまおうと身構えた瞬間――
「ぐはっ!?」
「あがぁあっ!?」
私たちは悪魔の怪字にラリアットをされていた。さっきまで少し離れた場所にいたはずの怪字は、いつのまにか目の前まで来ていた。よそ見や瞬きは一度たりともしていない。それなのにほぼ一瞬の間で我々に攻撃していた。
ラリアットの威力で高く吹っ飛ばされ、怪字は飛ばされた私たちにあっという間に追いつき、両拳を握りしめて地面に叩き落とした。
(速いっ!!まるで動きが見えない!)
更に怪字は新しくできた両翼を広げ、羽根の1つ1つを神々しく輝かせた。そしてそれらは弾丸のように速く鋭く発射され、俺たちに降り注いできた。
「金城鉄壁ぃい……!!」
発彦の金城鉄壁による結界で何とか防いだ。結界を破るとはいかないが羽根は全て突き刺さっている。もし防御していなかったら体中穴だらけになっていただろう。
「先輩は斬撃で援護頼みます!俺は疾風迅雷で相手しますから!」
そう言って発彦は怪字が羽根を撃ち終わった時を見計らって結界を解除、疾風迅雷を使用、超スピードで奴と真正面から戦いに行く。流石に疾風迅雷の速さよりかは遅いが、それでも発彦の動きに付いてこれている。
少しでも奴の動きを制限しなければ、そう思って紫電一閃を何発も放つが、元から当てる気が無い発彦ならまだしも怪字にも全て避けられた。
しかしこれなら奴を空まで飛ばす隙を与えずに攻められる、このまま無理やり押し切ろうと思っていたが……
「のわぁああっ!?」
空から降ってきた沢山の光弾がそれを阻止し、更に光弾が地面に当たった時の爆発で私も発彦も吹き飛ばされてしまう。
「何だ一体……!」
そう言って上を見ると、そこには黒い翼で飛んでいる天使の怪字がいた。しまった!奴が来る前に悪魔の方を倒せなかった!
悪魔の怪字もその綺麗な羽根で空を飛び、上の天使の怪字と並ぶ。その姿はまるで人類に天罰を下す天使と悪魔そのものだった。
「まいったなこりゃ……!!」
対する私たちは無様にも泥と埃だらけになって下から奴らを見上げていた。
「だったら……空から引きずり落としてやる!!」