40話
逃げた天使の怪字を追った先にいたのは、2匹の怪字に追い詰められている刀真先輩であった。急いで天使の方を蹴り飛ばし先輩を救出、そのまま疾風迅雷で小屋まで撤退した。
小屋に着いた時には俺も刀真先輩も疲労し切っており、何とか中へと入って一時休息をする。ソファーの上で眠るように倒れ、体中を蝕む痛みに声を漏らした。
「……取り合えず、状況を整理しよう」
しかし完全回復するまで休む時間は無い。鷹目さんが座学の時間で使っていた教室まで足を運び、そこにあったチョークを持ち黒板に今回の怪字の特徴を書きまとめた。
天使の怪字
・背中から無制限に伸びる手を出し攻撃してくる。それから翼を作って飛行も可能。
・目から光線、当たったらおそらく即死。
悪魔の怪字
・こいつも飛行が可能、回転してスクリューのようになり上空から突進してくる。
・鋭い両爪と牙が武器。
・綺麗な歌声でこちらを苦しめることができる。
「この中で一番厄介なのはこれだな」
そう言うと刀真先輩は「綺麗な歌声でこちらを苦しめることができる」の項を指した。一見俺には一番優しい項目に見えるが、そうじゃないことを先輩の疲労加減が申している。
「あの悪魔の怪字の歌は信じられない程気持ち悪かった。耳を押さえずにはいられないぐらいだ。何か対策しないと駄目だな」
「対策ですか……そう言えば」
俺は一度教室から出て台所からある物を持ってきて戻ってきた。俺が持ってきたのは……
「……ワイン?」
それは4本のワイン瓶であった。中身はまだ入っており、虎鉄さんと鷹目さんが後で飲もうとしていたやつだろう。一度に4本持ってくるのはきつかった。
俺は同じところに置いてあったコルク抜きで全てのワインを開ける。それを見た刀真先輩は慌ててそれを阻止しようとしてきた。
「おい!今は酒なんか飲んでる暇じゃないし、そもそも私たちは未成年だろう!」
「違いますよ、コルクを耳栓にするんです」
「……コルクを?」
そうやってワインから抜いたコルクを別の部屋から取ってきたカッターで耳に入るぐらいの大きさにまで削る。すると即効性の耳栓が完成した。俺がそれを両耳に付け、刀真先輩に手を叩いてもらう。
「完全には遮音していませんが無いよりかはマシです。あの悪魔の怪字が歌おうとした瞬間に付けたら良いかと……」
「成る程、奴が歌うタイミングはわかる。歌う直前に喉を風船みたいに膨らませるんだ」
「じゃあその時に」
こうしてあの歌への対抗案は完成し、次に考えるのはあいつらとの戦い方だ。
「どうする?2人で1匹の相手をするのが理想的だが、今奴らは合流しているぞ。あの天使の方が悪魔の怪字を助けに来たから」
「俺としてはまず怪字同士に仲間意識があるのが驚きました。今まで2匹同時に現れたことなんか無かったから……」
「だろうな、1匹現れるのも中々無いことなのに2匹現れるなんて前代未聞だ。前例が無いに等しい」
怪字は本来人の心の中にあるパネルが別のパネルと反応することによって出現する。しかし皆がそうなるのではなく四字熟語にならないと現れないのだ。なので普通なら怪字が出現すること自体珍しいことである。
今まで天空さんから自分の歴戦の話を聞いたことはあるが、「2匹の怪字と同時に戦った」なんていう話は聞いたことも無い。
なので怪字が同じ場に2匹いる場合どうなるかは誰も知らないのだ。
「とりあえず今できる作戦としては、まず1対1で奴らと戦いその後に分断させて、隙を伺い片方に集結するってのはどうですか?」
「少し危険だが……他に無いし仕方ない。そうしたらもう片方が助けに来るまでに倒してしまおう。どっちを先にやる?発彦、あの天使の奴にどれぐらい傷いれた?」
「……すいません、あんまり大したダメージは与えられませんでした」
「じゃあ悪魔の方を先にするか。奴に一太刀浴びせた時の傷がある分楽に倒せる筈だ。」
「一太刀……?」
刀真先輩のその言葉を聞いてあることを思い出した。そう言えばあの天使の怪字何もしていないのにいきなり切り傷を負ったな……
前触れも無く、こちらの干渉もなく急にあいつの体は何かに斬られたような傷ができた。それがどうしても不可解で、ありのまま刀真先輩に伝える。
「急に切り傷が……?それは本当か?」
「はい、何もしていないのに」
「……じゃあ傷においては天使も悪魔も同じか……だが天使の方の傷は不安要素だ。どっちにしろ悪魔の怪字を先に倒すぞ!」
「はい!!天使の方は俺が相手します。そしてあいつの隙見つけたら疾風迅雷ですぐにそちらに駆けつけますんで!」
「ああ、任せた!」
「そう言えば、『一』はどうします?先輩に貸しましょうか?どうせすぐ合流するので」
「すまんが貸してくれ、奴の素早い動きには紫電一閃が不可欠だ」
そう言って再び戦場に戻ろうとする。しかし肝心の奴らの姿を見失ったのでまた探すところから始まるのだが……そう思っていた矢先、外の景色が光ったのを窓から確認する。
「何だ!?」
もしかしたら奴らが攻めてきたのか、そう思い身を隠し窓から外の様子を伺う。どうやらこの小屋の近くまでは来ていないが、その2匹の影ははっきりと捉えることができた。
少し離れた場所にて、天使の方が翼で空を飛び、周囲に光線を撃ちまくっていた。俺たちのことを探しているのだろう、修行で使っていた森は所々火に包まれている。悪魔の怪字も天使の近くを徘徊していた。
「じゃあ作戦通り行くぞ!なるべく早く来てくれ!」
「善処します!」
そう言って先輩にコルク製耳栓を投げ渡し、一斉に外へ出た。そしてそのまま奴らが飛んでいる真下まで移動する。
「おらぁあああああああああああああああああああああ!!!」
疾風迅雷の速さで木の枝を足場にして動く。この動き方は鷹目さんとの鬼ごっこの際、あの人が見せたものを真似したものだ。
ほぼ一瞬で奴らの所まで行くと、そのまま飛んでいる天使目掛けてスーパージャンプ、奴の頭一つ抜けた高さまで達し、そのまま天使の怪字を地面に斬り落とした。
それを見た悪魔の怪字が威嚇しながらこちらへと迫ってくる。しかし先輩が放った紫電一閃の斬撃に阻止される。悪魔は遠くにいる先輩を見ると彼に狙いを定め向かっていった。悪魔の方は一時先輩に任せて、今は天使の方と分断させることだけを考えよう。
地面に着地し、まだ起き上がっていない怪字を見る。そして彼が起きようとした瞬間――
「足バージョン拡散型ゲイルインパクトォ!!!」
両足で胴体を蹴りまくり、最後の一蹴りで遠く後ろに吹っ飛ばす。こうやって距離を作っていこう。
奴に黒い手で反撃させないよう攻撃の手を緩めない。
「疾風迅雷!!」
超スピードを使って吹っ飛ぶ怪字に先回りし、思い切り拳で地面に殴りつけた。すると奴は地面に顔を付けながらも、数十本の黒い手を一斉にこちらへ伸ばしてきた。
「八方美人!」
それを八方美人による絶対回避で対応、黒い手はそのまま後ろに会った大木を地面から抜き、俺の死角から投げつけてきた。しかしあとちょっとのところでそれに気づき跳んで木を避ける。
「二度も同じ手に引っかかるか!」
そのまま別の木まで跳び、その木を蹴って怪字に突進する。それに対しまた黒い手を差し伸べてきたが、「金城鉄壁」で空中に作った結界でそれを防御、そして結界をすぐに解除して外に出る。また大量手で結界ごと包囲されたら今度こそ抵抗できなくなるからだ。
そうやって奴の首元まで来た俺は、急にできた切り傷の部分を思い切り蹴り上げる。いくら硬い像の表面だろうが亀裂が入った部分を蹴ればある程度のダメージを入れられるだろう。再び疾風怒濤の準備をする。今度は拡散型ではなく相手に致命的なダメージを与えるために一か所を集中的に殴るタイプだ。
「集中型ぁあ!!ゲイルインパクトォオオオ!!!」
その切り傷の部分的に拳を当て始める。拡散型との違いは、拳の威力が一点に集められることによって、普通のゲイルインパクトより上の破壊力を生む。例えるなら釘を刺すような感じだ。
俺のゲイルインパクトが強烈なのか、怪字は抵抗せず必死に耐えている。
「はぁああああああああああ!!!!」
そして最後の一発を当てた瞬間、一線であった傷は広がるようにヒビができた。怪字もその威力で木を何本も折りながら吹っ飛ぶ。
(良しっ今だ!!)
それを見届けると地面を蹴ってこの場から走り去る。更に疾風迅雷を使って急いで刀真先輩の所へ向かった。途中トランシーバーを使って向こうに連絡する。
「先輩!今からそっちに向かいます!!そっちはどうですか?」
『分かった!こっちもきつくなってきた、なるべく早く来てくれ!!』
「わかりました!!」
先輩の無事を確認すると作戦が上手く行っていることを確信する。このまま何事も無ければ良いのだが……
途中天使の光線によってできた炎の壁が邪魔をしていたが、迂回したり飛び越えたりして障害物を乗り越えた。
(天使の怪字が来る前に速くしないと!)
するとそこらの大木より一回り太い木が、炎に包まれた状態で横から倒れてきた。このまま行くとぶつかってしまう。迂回しようにも今は足を地に付けていないので足場にできるものがなかった。
大木との距離がどんどん縮まっていく。もしぶつかってしまったら全身に火が襲いかかるだろう。
(なら、殴って退かしてやる!)
全身が焼けるぐらいなら拳1つを犠牲にしたほうがマシだ。左腕で殴る準備に入るが、それでも業火の中に手を突っ込むのは気が引けた。
しかし気絶させられた虎鉄さんや鷹目さんの顔を思い出すと、それに対しての怒りが恐怖心を上回った。
「俺の怒りは、こんなもんじゃ止められねぇえぞ!!!!」
そうやって左拳を強く握り、前方の燃える大木を思い切りぶん殴り、進路方向から退かした。その際、左手が感じたことも無い熱さと痛みに襲われる。
「ぐぅうう……!!」
恐らく左手丸々重症な火傷を負ったが、それに対し冷やしたり止まったりしている暇は無い。そんな事をしている暇は無いのだから――
「今行きます!!先輩!!」