39話
一方その頃原っぱでは、悪魔のような風貌をした怪字と私が対峙していた。今までに怪物のような見た目をした怪字は何度も見てきたがここまで単純に「悪魔」と呼べるのはこいつが初めてだった。
伝家宝を握りしめ奴の攻撃方法を予測する。あの両手から伸びる鋭い爪は絶対に使ってくるだろう。頭にある山羊のような両角も油断できない。武器になるであろう部位はいくつもあるが、相手は怪字、目先だけの判断は危険だ。
(まずはこっちから攻めてやろう!)
そうして刀を向け、悪魔の怪字に駆け出しる。試しに刀を横にして斬りつけてみると奴は予想通り右爪で受け止める。こういう爪を武器にする奴はついこの間相手にしたばかりだ。
奴はそのまま私の刀を弾きその隙に左爪で攻撃してきたので、それを跳躍して回避する。そこから始まる爪の猛攻、右爪を避けたら左爪が来て、それを避けたら右爪が迫ってきた。
「猪突猛進突きぃ!!」
私のその間を猪突猛進による突進で潜り抜けそのまま刀を突き刺そうとした。しかし奴はその大きな翼を使って大空に舞台を移動し逃げた。
「刀が届かない場所まで逃げたか!」
奴が飛んでいる高さは目測でおよそ10mぐらい。あれでは伝家宝刀も届かないし剣山刀樹を使っても長さが足りないだろう。
ならば「あれ」しかない。しかしそれを使うタイミングは慎重に決め、ここぞという場面にしなくては。鷹目さんにそう教わった。
すると怪字は両手を伸ばし爪先を揃える。そして両翼で猛回転してこちらに突っ込んできた。
「のわっ!?」
まるでスクリューのように回転している怪字を避ける。奴はそのまま地面に着地することなく空へと戻った。
そうして再びスクリューとなり突進してきた。刀でカウンターがしたいがあの回転力を真正面から受けたらこちらも一溜りもないだろうと思い回避する。
そこからずっと奴のスクリュー攻撃を避け続け、いつか見せるであろう隙を伺い続ける。
数回避けたところでようやくそれが見つかった。奴がスクリュー攻撃をし終わって回転が弱くなった時だ。
「神出鬼没!!」
その瞬間を狙い、瞬間移動で空を飛んでいる怪字の背後に移動しその背中にしがみついた。翼を押さえられて上手く飛べなくなりそのまま地面に落下。その隙に刀で頭を刺そうとしたがギリギリのところで防がれた。
(神出鬼没で怪字のところまで来て一緒に落ちる……無茶な作戦だったけどこれしか無かった……やはりこういう時に「一」のパネルが欲しくなる)
現在「一」は本来の持ち主である発彦に手にある。借りに行こうにも向こうも戦闘中の筈なのでそんな暇は無い。しかし「一」さえあれば飛んでいたあいつを「紫電一閃」で撃ち落とせただろう。
(すばしっこいな……それに加え攻撃も重い)
悪魔の怪字の速さは前回戦った神出鬼没の怪字と張り合える程のものだ。しかしあの時の奴と同じように鋭い爪を武器にしていても、今戦っている方は翼で空を飛び、こちらの攻撃が届かない範囲にいる。瞬間移動した先を読むとかは関係なくただ単に刀が届かないのだ。
(ならば空を飛ばせないよう特攻してやる!)
今奴は地面に足を付けたままだ。ならば空に戻る隙を与えないよう奴に攻撃しまくろうと思い、奴に向かって走っていく。
怪字は真正面から向かってきた私に対し爪で応戦しようとしたが、その私が高く跳んで怪字の背後に着地した。そのままあの翼を斬り落としてやろうと刀を振り下ろすが、奴は振り向きざまに爪を走らせてそれを受け止める。
「剣山刀樹ッ!!」
その後地面から大量の刀を突き出したが後ろに跳ばれて避けられた。そのまま怪字は翼で飛ぼうとしたが、私の「猪突猛進」による突き攻撃でそれを邪魔される。今度は両爪を重ねて防御してきた。
「まだまだぁあ!!」
それでも奴を飛ばせないよう刀の猛攻を続ける。例え爪に防がれようが何度も何度も刀を当てまくった。怪字もその勢いに反撃できないのか防戦一方の状態である。
行ける!そう思った矢先、怪字が喉を膨らませて口を大きく開けた。その際乱立する棘のような牙を見たので「噛みついてくるか!?」と警戒したが違った。
奴がしてきたのは牙の攻撃でも爪の攻撃でもない。突然歌い始めたのだ。
「歌!?」
その音色は、悪魔のような姿とは正反対の美しい声であり、先ほどまで出していた牛と豚の鳴き声を混ぜ合わせたような雑音が嘘のようだった。例えるなら天使の歌声と言った方がピッタリだろう。今が食後のようなリラックスしている時間帯ならこの歌に聞き惚れていたに違いない。しかし普通の歌だったらの話だが。
「ぐあああっ……頭が……割れる……!!」
外れている音も不協和音も無いはずなのに、その歌が耳に入り脳へと伝わった瞬間、まるで頭の中で何かが暴れているかのような不快感と激痛に襲われた。美しい歌声とその感覚とのギャップが更に気持ち悪くしている。
怪字はそんな苦しむ私に目もくれず大音量で歌い続けた。すると森の方にいた鳥が一斉に飛び立ち、近くにいた小動物や虫たちも逃げていく。中には泡を吹いて気絶しているものもいた。
駄目だ!耳を押さえずにはいられない!
遂にその歌に耐えきれなくなり、私は刀を一度鞘に納めてしまい両手で耳を押さえた。
その隙に怪字は空に飛び立ち歌うのやめた。この時怪字に隙を見せてしまったおに気づき刀を抜いた。
「しまった!」
怪字は月を背にして翼を大きく広げ、そしてさっきやったスクリュー攻撃をまたしてきた。
避けに避け続けたが、先ほどと比べて衣服に掠ったりギリギリ当たりそうになったりと回避に余裕が持てなくなっていた。
(さっきの歌声のせいで……まだ頭の中がごちゃごちゃだ!)
現に冷や汗を流し息を荒げている。あまりの不快感に体力が大幅に削られているのだ。幸運にも、何故か奴は歌いながら攻撃してこない。もしそんな事をされたら私はあのスクリュー攻撃を避けられる自信が無い。
(とりあえず今はあいつを止めることだけ考えないと!)
さっきやった神出鬼没による不意打ちはもう通用しないだろう。怪字もその事を警戒して連続的にスクリュー攻撃をしているのが証拠だった。かといってどうにかしなければいつかあの回転力に巻き込まれてしまう。電車とほぼ同じぐらいの速さで先が尖ったものが回転してくるのだ、当たったらバラバラになること間違いなし。
思い切って反撃するか?でもあのスクリュー攻撃をぶつかり合いで止めるなんて、こっちの体が壊れてしまう可能性があった。そうでなくても今の私にあれに勝る攻撃は難しかった。
どうする?どうすればいい?回避の中、ひたすらに思考を張り巡らせていると……
「一」が無くても凄い威力の必殺技が欲しいな……
そんな声が頭の中で再生された。これは四字熟語応用の修行の時鷹目さんに言われた言葉だ。あの時「一」を一度発彦に返していたから「紫電一閃」と「一刀両断」の修行ができないから彼女はそう呟いた。
私の「紫電一閃」「一刀両断」は今の所発彦の「一」が無いと使えないという、我ながら情けない状態だった。
だからあの人と考えたのだ。「一」が無くても「一刀両断」並みの威力が出る技を、しかし結局答えは出なかった。
しかし今、この切羽詰まった追い詰められた状態において混乱気味の頭が生きたいという生存本能によって「それ」を思いついた。
(そうだ……これなら「一刀両断」が無くても行ける!!)
思い立ったが吉日、他の手段を考えている暇は無いので早速実行に移る。使う四字熟語は「猪突猛進」。
(今まで私はこいつを突き攻撃でしか使っていなかった……なら鷹目さんに言われた通り応用するのみ!)
刀を再び鞘に納め、深呼吸をしながら瞳をゆっくり閉じる。姿勢を低くし左手で鞘を握り右手で柄を握りしめた。そして聴覚以外の五感を感じないよう精神統一をした。そう、この構えは居合切りの構えである。
(猪突猛進の勢い+刀の居合切り、それに加えるのは奴のスクリュー攻撃の勢い!!)
何も見えない目蓋の裏の世界で聞き取ったのは奴の回転の音のみ。そしてそれがこっちに迫ってきているのを感じ取った瞬間、目を見開き、「猪突猛進」の能力で途轍もない勢いの突進をする。突進といってもその姿勢は一切崩れていない。
行先にはドリルのように回転している悪魔の怪字。それを確認し、奴と接触する一瞬に、思い切り刀を抜いた。
「猪突居合切り!!!!」
奴の爪と私の刀がぶつかり合い、そのまま両者は通り過ぎ、お互いに背中を向けた状態になった。
怪字は私が無事なことに驚き、そのまま鬼の形相で振り向き私に牙をむいてきた。しかし私の背中を見た瞬間、奴の胴体に、正面から見て右上から左下に沿っている線が出来上がった。
それは線ではなく切り傷、広がるように幅でき、亀裂とも言えるように広がった。
怪字は普段の雑音のような鳴き声とさっき出して歌声をごちゃごちゃにして悲鳴を上げた。それに対しまた耳を塞いで隙を作ったが、今の奴はそれに気づけるほど余裕は無い。
「はぁ……はぁ……上手くいった……!」
正直言って上手くいくかは分からなかったが、不安だったというわけでもない。猪突猛進の勢いで敵を突くのではなく斬りつける「猪突居合切り」。それだけでもすさまじい威力だが、奴自身がそれと同じくらいの勢いで来ていたからもあっただろう。どちらにしろようやく一太刀浴びせることができた。しかし戦いはまだ終わっていない。
(……何をしているんだ?)
奴に追撃しようと耳を塞ぎながらそっちを向くと、急に怪字は悲鳴を上げるのやめ棒立ちしている。その視線も私に向くことなく宙を見つめていた。
すると数秒の沈黙をやめ、再び私に襲いかかってきた。あの棒立ちは私を油断させるための罠かそれとも……
「今はそんな事考えている場合じゃない!」
迫りくる両爪の猛攻を必死に捌いていく。しかしそのスピードはダメージを受けたせいか遅いとは言えないが落ちているのは目に見えている。
これならこのまま押し切れる!そう思ってこちらも反撃しようとした時、急に自分の影が伸びた。
(何だこれ?)
自分のだけじゃない、奴や周りの草の影も伸びている。それに加え景色が白くなっていた。
……|私の後ろで何かが光っている?
そう思って振り向いていると、光り輝く1つの点。それがヤバいものだと気づくのにそう時間は掛からなかった。
「…………ッ!!」
そしてその光点から凄まじい速さで伸びる細い光線をすんでのところで回避する。その光線は悪魔の怪字の横を抜け、そのまま着弾地点を大爆発させた。
想像していなかったタイミングと不意打ちと大爆発、しかしそれより気になったのは光線を撃った輩だった。
さっきまで1対1で戦っていた怪字が悪魔なら、こいつは天使。天使の像のような風貌で、その体には悪魔の方と同じような切り傷が付けられている。そして背中から見た目とは対照的な黒い翼を出して飛んでいた。その天使の怪字と後ろの悪魔の怪字を見比べて確信する。
(さっき発彦が言っていたもう1匹の怪字!)
最悪だった。何故このタイミングでこの怪字が現れるのか、せっかくこっちが優勢になったと思いきや1対2の劣勢となる。
(待て……こいつがここにいるってことは…………発彦はやられたのか!?)
トランシーバーで聞いた彼の声によれば、今頃天使の怪字と戦っているのは発彦の筈だ。それなのにこいつが私と対峙しているということは…………
あいつの安否を気にする暇も無く、天使の怪字は地に降りて翼を形成していた黒い手を解き、それを私に伸ばしてきた。
「ぐっ!?」
急に来た攻撃に対し刀で応戦、黒い手を刀で弾き軌道を逸らした。それでも迫りくる無限の黒い手。中々の速さだが悪魔の方と比べれば目で追える。次々と弾いていくが……
「ぐあああああああああああああああ!!??」
私の後ろにいた悪魔の怪字が再び熱唱、信じられない程の不快感を与えてくる美声が耳に襲いかかった。
あまりの気持ち悪さに伝家宝刀を落としてしまい、そのまま耳を塞いでしまう。その隙にと天使の怪字が黒い手で私の四肢を拘束し、そのまま奴と同じ視線の高さまで持ち上げた。ここで悪魔の怪字も歌うのをやめる。
完全に私を身動きの取れない状態にした天使の怪字は、そのまま右目に光を溜め始めた。さっきと同じ光線だ。
「あがっ……放せ……!!」
必死に抵抗するも黒い手の握る力は強まる一方、やがて奴が光線を私目掛けて撃とうとした瞬間……
「おらぁああああ!!!」
天使の怪字がいきなり後ろから誰かに蹴られてバランスを崩す。光線もそのせいで真下の地面に当たり爆発した。
私はその爆風で打ち上げられている中、さっき落としてしまった伝家宝刀も飛ばされており、丁度良く私の手元にまで来る。
そして爆発を見てこっちに飛んできた悪魔の怪字をそれで斬りつける。奴はそれを両爪で防いだが、爆風の勢いが一太刀の威力に足されたのか、悪魔の怪字はそのまま地面に落とされてしまう。
そうして地面へと着地し、2匹の怪字と距離を取る。すると私の横に誰かが落ちてきた。
「発彦!!無事だったんだな!!」
「いてて……刀真先輩こそ無事で何よりです!」
どうやら私の予想は良い方向に外れたらしい。やられたと思っていた発彦が無事だったのだから。しかし彼も私と同じように疲れている。
今怪字たちは爆発で出た煙によって包まれている、私たちも奴らの性格の場所が分からないし奴らも私たちの場所が分からないだろう。
「詳しい話は後だ!!今は撤退して態勢を立て直すぞ!」
「はい!!疾風迅雷!!」
私がそう言うと発彦は私を抱えて疾風迅雷を使用、超スピードでこの場を逃げ去った。煙が晴れた時には怪字たちの視界に我々はすでにいなくなっていた。
すると悪魔の怪字は元からあった翼で空を飛び、天使の方は再び黒い翼を形成して悪魔の怪字の後を追う。
天使と悪魔、対照的なコンビが私たちを狙い始めたのであった。