37話
訪れる5日目、長く険しいこの期間も後半を迎える。昨日の疲れがまだ少し残っているが、ラストスパートだと思ってやる気を出した。
朝飯を食べジャージに着替え、予定通りまず座学の時間を行うために席に着く。そこから鷹目さんの1時間授業が始まった。今回勉強する内容はパネル使用においての基礎知識だ。
「もう教えられたと思うけど、同時に2つの四字熟語をしてはいけないのは分かってるわよね?」
「はい、昔天空さんに教えられました。だけど何故かは知りません」
俺がパネル使いになる前、ある程度破ってはいけないルールは鉄則として教え込まれた。
1.パネルの力を使って人に危害を加えない。
2.パネルのことを必要以上に一般人に話してはいけない。
3.パネルを四字熟語として使う場合、決して2つ同時に使用してはならない。
当時はまだ幼かったのでこのように簡単にまとめられていた。この鉄則が書かれた紙は部屋にも貼ってある。しかしその詳しい理由はまったく教えてもらっていない。
ここで父親である宝塚さんに理由も含めて教えてもらったことがあるのか、刀真先輩がまっすぐ手を挙げた。
「四字熟語を2つ同時に使用すると体が持たなくなるからです。浄化し、呪いを消し去ったパネルを組み合わせて作った四字熟語でも、本来パネルとは人体に害を与える物ですから人がそれを使うには1つの四字熟語が限界だからです」
「そう!昔虎鉄くんが半分おふざけで2つ同時に使ったら物凄く苦しんでいたわ。2つ使ったからといって死ぬわけじゃないけど本人曰く『死ぬ程きつい』らしいわ。だけど刀真くんの伝家宝刀みたいな四字熟語自体が武器になるのは別ね」
(……でも2つ使えたらめっちゃ強くなれると思うなぁ~)
ここで両手に顎を乗せて考える。もしノーリスクで四字熟語が2つ使えるならどんな組み合わせが良いだろう?
例えば「疾風怒濤」+「一触即発」で、プロンプトスマッシュ程の威力のパンチをゲイルインパクト並みの速さで打つ……とか?
(……両腕ぶっ壊れそう)
じゃあ「八方美人」+「疾風迅雷」で、どんな攻撃にも回避できる無敵の状態なんかどうだ?
(いや、避けるだけなら八方美人だけで十分か)
「こら!聞いてるの!?」
「あ、はいすいません!」
あれやこれやと考えていたから鷹目さんの話を聞くのを忘れていた。その指示棒でおでこを軽く引っ叩かれ、それを見ていた刀真先輩に笑われてしまった。
「とにかく!貴方たちが持っているそれは、有効な武器にもなるけど使い方を間違えれば自分や他人を傷つける危険な物にもなり得るってこと!それを忘れないように!」
「「はいっ!!」」
そんな事は百も承知だ。何故なら俺は、人の平和を守るためにパネルを握ったのだから。
午後の座学も終わり、修行へと移行する。小屋を出てすぐの所に集合し、その内容を聞かされた。
「今日は簡単な基礎練を中心的にやっていこうと思う!まずはこの島を海岸に沿って一周してくれ!」
「この島を一周……!?」
いきなりハードなことを告げらえたので2人そろって目を丸くしてしまう。島の内側を通るならまだしも海岸を走って一周するなら1時間以上かかるのは確実だ。
「はい、ぼさっとしない!時間も限られてるんだから早速始めるわよ」
そう言って鷹目さんが手を叩く。その合図を聞いて慌てて走り出した。早くは知らないとあっという間に時間が経ってしまう。
「おい発彦、競争しないか?どっちが早く一周できるかを!」
「良いですね!その勝負乗りました!勝った方がアイスおごりで!」
走っているので無駄に興奮しているのか不必要な勝負と賭けをしてしまうが、やる気向上のため必要と思えばいい。重要なのは勝者のアイスじゃなくてどっちが速いかだ。
「今のうちに差ぁつけてやる!」
「負けてたまるかぁあああ!!」
勝利のために最初から全力で走り出す俺と先輩、後のことやペースを考えずに無我夢中で走った。汗を滝のように流そうが砂が靴の中に入りまくろうがお構いなし。
気が付くともうゴールが目前まで迫っていた。それを見た瞬間、勝負!と更に加速する。
「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」
その結果ほぼ同時にゴール、走り切った瞬間崩れるように座り込んだ。
「はぁ……はぁ……私の勝ちのようだな!」
「何言ってるんですか……俺が……先にゴールしましたよ」
砂浜に仰向けで倒れ目を瞑って過呼吸になる。どちらも勝ちを譲る気が無いと分かったのでゴールで待っていた虎鉄さんと鷹目さんに決めてもらおうとしたが……
「……あれ?虎鉄さんは?」
「……鷹目さんもいないぞ」
ここで待っているはずの2人が見当たらない。一体どこに行ったのだろう、一度小屋へ戻ってみるがそこにも人影が無かった。
「トイレにでも行っているのかなぁ……?」
「いや、ここトイレ1つしかないから両方とも姿が見えないのはおかしいぞ」
俺たちが走っている間に何処かへ消えてしまった虎鉄さんと鷹目さん。小屋を出て辺りを見渡していると……
「ん?あれって……」
ちょっと離れた位置に、横たわっている大きな影が2つも目に入る。何だあれはと近づいてみると……
「虎鉄さん!?それに鷹目さんも!?」
倒れこんでいる虎鉄さんと鷹目さんだということに気づき、その瞬間2人に急いで駆け寄った。2人とも頭から血を流し気を失っている。
「一体どうしたんですか!?」
「落ち着け!小屋にある救急箱取ってくる!」
この2人に何が起きたのだろう。とにかく今はこの人たちの手当てをするのが先だった。包帯を頭に巻き、2人で小屋の中にある寝室へと寝かせる。
何かが頭にぶつかったような傷、しかし周囲にそれらしき物は何も落ちていない。そもそもそんな油断はしない人の筈だ。
「俺たちが走り込みに行っている間、何が起きたんだ……?」
「事故じゃなくて誰かの仕業か?いや、この島に私たち以外いない筈だ……」
「そうですよね……って!」
ここで俺のズボンのポケットから光が漏れていることに気づく。もしやと思い漁ってみると、案の定光っていたのは「一葉知秋」の4枚だった。怪字が出現したことを知らせる一葉知秋、それが光っているということはつまり……
「「怪字が現れた!!」」
なら、虎鉄さんたちはその怪字にやられたということか?あんなに強い人たちが?いや、それ以外にも不可解な点がまだある。
「何でこの島に怪字が出るんだ!?ここは一般人はいないから出ない筈なのに……」
「ああ、虎鉄さんと鷹目さんから出てきたとは考えにくい……どこから現れたんだ?」
「とにかく、今は怪字を見つけて倒さないと!」
その通り、いくらここが人がいない孤島だったとしても怪字を野放しにはしておけない。その能力次第で海も超える可能性もある。
といってもいくら怪字を探知できる一葉知秋があっても島全域を探すのは骨が折れるだろう。
「そうだ!俺は一葉知秋で探します。刀真先輩は鷹目さんから飛耳長目を借りて探してください!」
「分かった!」
勝手に使っても良いのかと思うが、今はそんなことを気にしている暇は無いしそれに当の本人が気絶しているので仕方ない。
刀真先輩は寝ている鷹目さんの体に触れないように衣服のポケットを漁る。しかしいつまで経っても目的の物が出てこない。
「……無いぞ、飛耳長目」
「えぇ!?」
ここにきてまた驚かされた。飛耳長目が無い?あの人は肌身離さずあの4枚を持ち歩いているはずだ。
(……もしかして!)
嫌な予感がし、隣のベッドで寝ている虎鉄さんのポケットも探してみる。その結果、今の鷹目さんと同じことになっていた。
「虎鉄さんも持っていない……銅頭鉄額」
「この人もか!?」
プロ2人の気絶、行方不明のパネル、現れるはずのない怪字の出現、異常事態が怒涛の如く同時に起こったため軽くパニックになりかける。
(いや――こういう時の判断力が大切なんだ!)
しかし鷹目さんから教わった瞬時で冷静な判断力を思い出し、今最初に優先すべきことを考えた。それでたどり着いた答えは――
「先輩!天空さんに連絡して救援をお願いしてください!」
「ああ!」
先輩も同じ答えを導き出せたのか、俺が最後まで言う前に受話器がある部屋へと走っていく。
そして次に行った行為、それは2人の体に何か変わったことが無いか見る。しかし頭の傷以外特に変わったものは無い。そこから怪字の特徴が分からないかと期待したが無駄だったようだ。しかし2人して同じ物を持っていた。
「トランシーバー……今日の修行で使うつもりだったのか?」
この際使える物は全部借りておこう。連絡をし終わり部屋に戻ってきた天空さんに片方のトランシーバーを投げ渡す。
「これで連絡し合って二手に分かれて怪字を探しましょう!連絡どうでしたか?」
「急いでこっちに向かうそうだが怪字戦の援護とかでは期待できない!俺たちだけで倒すぞ!」
「はい!!俺は森の方探すんで先輩は原っぱの方お願いします!」
「分かった!一応小屋から離れすぎるなよ!」
そうして二手に分かれ怪字捜索が始まる。一応一葉知秋で一番場所が分かりそうな俺が一番探しづらい森へと行き、先輩は広く見渡せる原っぱに行ってもらった。
まさか合宿の途中で怪字が現れ、こんなに速く実戦で修行の成果を試せるとは思っても行かなかった。
森の中を警戒心全開で探しまくる。孤島のどこかにいる1匹の怪字を探すなんて、それこそ飛耳長目の鷹目さんじゃないと難しい。今となっては俺たちが鬼の役割だが。
すると右側から葉っぱが擦れる音と何者かの気配を感じる。そして草の中から怪字が現れた。
その見た目は一言で言うと天使の像であった。頭の先から下まで石の色をしていたりと本当に「像」だった。開かない足でどうやって動いているのか、よく見れば地面から数㎜浮遊している。背中から生えているその両翼も像の一部なのだろう。動くわけがない。その表情は笑ってもいないし怒ったりもしていない無感情のものだった。大きさは俺よりちょっとデカいぐらい、それに加え見た目の異様さもこちらを緊張させている。
急いで先輩に連絡だ。そう思ってトランシーバーを使う。
「先輩いました!怪字です!」
『いたぞ発彦!怪字だ!』
「……え?」
『……は?』
しかし向こうも同じタイミングで同じことを言ってきたので硬直してしまう。何を言っている、怪字は今目の前にいる。
(まさか……!)
一方原っぱでは、刀真先輩も怪字と対峙していた。
その全身的に黒い姿を簡単に言い表すなら「悪魔」であった。絵にかいたような悪魔。口から伸びる長い牙に印象的な鷲鼻。背中から伸びるコウモリの爪に両手からは鋭く尖った爪が生えている。こちらは俺の方の怪字と違い生きているように動いていた。
「……まさか、2匹現れたのか……!?」
その通り、ただでさえ1匹現れても異常事態だというのに、今回現れた怪字は2匹!今までに体験したことのない戦いが、今始まる――