35話
「何で場所バレたの!?」
「分からん!とりあえず逃げろ‼︎」
鬼があっという間に迫ってきたので走るスピードを最大に上げる。
まさかこんなに早く見つかるとは思っていなかった。鬼が動き始めてからまだ数秒しか経っていないはず。今いるこの地点はスタート地点からそこまで離れていないが、だからといって居場所がすぐにバレるようなことはしていない。目印だって無い。四方八方同じ景色だ。
(もしかして、スタートしてからすぐに分かったのか!?)
そうとしか思えないような早さ。一体なぜこんなに早く俺たちを見つけられたのか。パネルの力であることは明白、しかしその能力が皆目見当もつかない。
今はそんなこと考えている場合じゃない。鷹目さんは意外と素早く、このまま普通に走っていたら捕まってしまうだろう。
「刀真先輩!一旦別行動で!」
「ああ、捕まるなよ!」
ここで俺は「疾風迅雷」を使用しすぐに鷹目さんの視界から外れる。刀真先輩は普通に見通しの悪いこの場所を利用して逃げた。
見つけたのはいいが見失ってしまう鷹目さん。しかし見失ったというのは目での話だ。
「先に刀真君から捕まえましょうか」
さっきと同じように鷹目さんは聞き身を立て、周囲の音を拾い始める。鷹目さんの四字熟語「飛耳長目」は簡単に言ってしまえば聴力と視力のパワーアップ。使用することによって人間離れした目と耳を使えるようになるのだ。
鷹目さんはすぐに刀真先輩の足音、息遣いを捉え、音が聞こえた場所へと急行する。
その見通し悪い森も、視力が上がった鷹目さんには無意味であった。刀真先輩はすぐに見つけられてしまった。
「何でこんなに早く見つけられるんだ!?」
その事を知らない先輩は、鷹目さんの異常なほどの索敵能力に驚きを隠せない。追いつかんと走り続けた。
「最初は君よ!」
鷹目さんの強みはその四字熟語の能力だけじゃない。どんな足場の悪い場所でも素早く動けることもあった。
森の中なら猿のように枝や木に乗り、足を地面に付けずとも追うことはできる。
「くそっ!神出鬼没!」
ここで先輩は神出鬼没の瞬間移動で鷹目さんの後ろに移動し、そのままさっき走った道を逆戻りした。
「その神出鬼没……選択ミスだと思うわ!」
しかし神出鬼没の瞬間移動は好きな所に行けるわけじゃない。視界の中にいる人の周りにしかできないのだ。つまり、神出鬼没だけじゃ鷹目さんから逃げることはできない。
そうこうしている間に鷹目さんと刀真先輩の距離はどんどん近くなっている。
(こうなるんだったら宝刀を選んでいればよかった!)
心の中でそう後悔し、更に足を速くする。まだ5分も経っていないのに捕まるなんて駄目に決まっている。
ならば、神出鬼没だけで何とかしないといけない。
(もう一回!)
刀真先輩は二度目の瞬間移動をする。行き先はまた鷹目さんの後ろにする。すると……
(よ、読まれた!?)
前触れも無く神出鬼没を発動したはずなのに、鷹目さんは刀真先輩が自分の後ろに瞬間移動することを読んできたのか後ろを向いていた。そして先輩と目が合った時、その綺麗な顔は勝利を確信した表情になる。
「貰った!」
そのまま大木を蹴って方向転換し、空中の刀真先輩に跳びかかった。そしてそのまま落ちて地面に押さえつける。一瞬の出来事だった。
「な、何で私の移動する場所が分かったんですか?」
「目線よ。刀真君が瞬間移動する直前、私じゃなくて私の後ろにあった木の枝を見てたでしょ?それを見て、貴方が私の後ろに瞬間移動してそのまま枝を足場にして逃げようとしてるのが分かったのよ」
「あ、あんなに動き回っていたのに私の目線なんて見えるんですか?」
「それが私の『飛耳長目』の力、遠くの音を聞けて遠くの物も見える。超索敵型の能力よ」
(遠くの音を聞ける……だから私たちの居場所が分かったのか)
鬼ごっこ開始から僅か3分、たったこれだけの短い時間で刀真先輩が確保された。
そして次に狙われるのは、俺だった。
(刀真先輩大丈夫かなぁ……あの人大きいから隠れるの苦手そう)
その刀真先輩が既に捕まったことなど知らず、俺は森を出て草原に来ていた。疾風迅雷は使っていない。あれは体力の消耗が激しいので追われている時にだけ使おう。それに草原なら鷹目さんのあの素早い動きもできないだろうし。
そう思って前を歩いていると、向こうから何故か鷹目さんがやってきた。
「鷹目さん!?何でここにいるんですか!?」
「貴方の足音を聞いて、次に行く場所を予想したの。バラしちゃうけどこれが私の四字熟語の能力、聴力と視力が大幅に上がるの」
「……それで俺たちが最初にいた場所が分かったんですか。刀真先輩は?」
「もう捕まえたわ、今頃スタート地点に戻っているはずよ」
(もう捕まったのか……)
あの刀真先輩がこんなにも早く捕まった事に驚きながらも、それを顔に出さないよう冷静さを保つ。
落ち着け、まだ勝機はある。何故なら……
「この鬼ごっこ、勝たせてもらいますよ。いくら目や耳が良くてもついてこれますか!」
そう言って再び疾風迅雷を発動、そのまま森へと再び戻った。鷹目さんはそれを溜息を吐きながら見て、そのまま歩いて森の中へと入る。
木々の間を駆けながら、どうやって逃げ延びようか考える。ただ隠れるだけじゃ駄目だ。それだとすぐ見つかってしまう。
(だったら、疾風迅雷で動き回ってやる!)
これが的確な判断だ。目や耳が良くても疾風迅雷の超高速には対応できないだろう。そして現在地が分からないように常に動いていることによって彼女を翻弄させる。それが作戦だった。
(ずっと逃げ続けることはできないだろうけど、せめて捕まるまでの時間を延ばしてやる!)
超高速で森の中を駆け巡り、常に移動をしていたが、またもや鷹目さんと鉢合わせになった。
「何で!?」
「言ったでしょ、予測できるって!」
「……なら!」
ここで作戦変更、そのまま疾風迅雷を継続し、彼女の周りを飛び交う。どうせどこに行っても場所が分かるなら、彼女がついてこれないほどのスピードで翻弄させればいい。
しかし驚くべきことに、鷹目さんは俺の動きを目で追っていた。
(嘘だろ!動体視力も良くなんのか!)
今まで誰もついてこれなかった疾風迅雷の高速移動、それがあっさりと見極められてしまう。
更にそのことに動揺してなのか、枝に足を置こうと思っていたが踏み外してしまった。
「やべっ――!」
「隙あり!」
落ちている俺に鷹目さんの右手が伸びる。恐らく俺が枝を踏み外すことも予測していたのだろう。
いくら疾風迅雷でも、何の力も加えていない状態で落ちる速度まで速くするのは無理だ。しかし、疾風迅雷の使用者は高速移動中、まるで自分以外の人や物が遅くなるように錯覚する。つまり鷹目さんの迫りくる手が鈍く見えた。
それを利用し、短い時間の中をスローモーションのように長く感じ、彼女の手を紙一重で回避した。
「危なっ!」
「おしいっ!」
そして着地した後すぐに鷹目さんから高速移動で離れる。
今のは危なかったとドキドキしながらも後ろに気を付けながら走る。すると体力が切れたのか息切れし始めた。
疾風迅雷の長時間使用もあるのだろう、それに加えていつどこからあの人が現れるかという緊張からの疲労もあった。
「そんなにハァハァ言ってると、すぐに場所が分かるわよ!」
その言葉が耳に入っても、俺は後ろを振り返らない。ただずっと前を走り続けた。逃げ切れるなんて絶対無理だと分かっていても。こんなにあっさり捕まるのが悔しくてしょうがないので、最後の悪あがきだった。
「無理だ無理だ……こんな人と鬼ごっこなんて」
まるで本物の鬼に襲われていると思い込んでしまいそうな追跡力、自分を捕まえるその腕は、赤くて太く、そして爪が長いのだろう――と誤認したが、肩を掴んだのは、細くて綺麗な女性の腕だった。
「じゃあ結果は……6分41秒でした!」
鬼ごっこ終了、そしてスタート地点で合流した刀真先輩と聞いたその時間は俺たちが逃げていたタイム。俺の場合疾風迅雷を長く使っていたせいもあって体内時計が少し狂っているのだろう、しかし想像より短かった。
「まぁ初めてにしては上々よ、目標より1分ちょっとオーバーしちゃったんだから」
5分でも6分でもそう変わらないのでは?そう思ったが自分たちが出した結果なので強く言えない。
「じゃあ今回の鬼ごっこで貴方たちに教えたかったもの……それは逃げ足や隠れる技術の大切さじゃない」
「じゃあ何ですか?」
「判断力とその大切さよ」
「判断力……?」
俺たちはてっきり怪字との戦闘において、時には引き際も大切だ、というのを教わったと思っていた。しかし彼女の口から出たそれは昨日聞いたことがあるフレーズである。そう、座学の時間で言われた言葉だ。
「始める前に言った『3秒以内で使う四字熟語を決めろ』……その時の選択時点で貴方たちは間違っていたわ」
「えぇ!?」
そんなことはない。追いかけっこの状況において一番強いのは疾風迅雷の筈だ。あれなら相手に追いつかれない……いや追いつかれたけど。しかしそれは鷹目さんの四字熟語を知らないという前提での話だ。例えどんな人でもあの時なら疾風迅雷を選択する。
「私が発彦くんなら……『八方美人』を選ぶわね」
「何で八方美人?…………ってああ!」
最初は何故八方美人を選ぶのかと思ったが、確かに八方美人なら逃げきれていたかもしれない。
鬼ごっこのルールは鬼に触れられたらアウト。つまり八方美人をずっと使っていれば鷹目さんの目と耳も無意味だし、スタート地点で棒立ちしても勝てたかもしれない。
「最初に虎鉄くんから鬼ごっこやるって言われて、『私から逃げる』ということを意識しすぎた。普通鬼ごっこやるなら鬼から逃げ切る事しか考えないから尚更。その思考があの3秒を支配したのよ。まぁ八方美人使ってきても捕まえる手はあったけどね」
「くっそ盲点だった……!」
「刀真くんは使える四字熟語が少なかったから仕方なかったけど、神出鬼没は悪手、孤立すれば何もできないに等しいからね。ここは無難に宝刀選べば良かったんじゃない?」
「……私も途中からそう思いました」
「もう分かったわよね?たった一つ、そして一瞬の選択と判断が勝敗を決める。それは鬼ごっこも怪字戦も関係ない。寧ろ今のが本番だったら最悪死んでいたかも」
「……」
今まではただ運が良かっただけかもしれない。自分たちが何気なく選んでいた四字熟語とパネル、これまでの怪字戦は考える時間があった。しかし今さっきのような考える時間も無い戦いがそう遠くない未来で起きるかもしれない。
「貴方たちの長所は、沢山パネルと四字熟語を持っているから戦いの幅が広い。逆に短所は、沢山パネルと四字熟語を持っているからどれを使っていいか判断力が必要、そんな感じよ」
「沢山持っているから……」
手は多い方が良い、そう思っていた。しかし彼女に告げられたのは、多ければ多い程弱点が生まれるという事実。今の自分たちは、使いどころが分からない剣や銃、様々な武器を一度に持っているだけだったのだ。
「だから私は、座学の時間で『それ』を教える。どれだけ座学の時間が大事か分かった?大事よ!座学の時間!」
(何かやたらと座学の時間を推すな……)
もしかして初日に自分たちが座学の時間を舐めていたことをまだ根に持っているのでは?
「じゃあ今日1日中座学の時間よ!」
((やっぱ根に持ってる――!))
こうして2日目は、自分たちが今何をしたらいいかが良く分かった。それを目指し、3日目から力を入れなければ。