33話
時は数十分前まで遡る。俺たちは座学の時間が終わり10分間の休憩の後、虎鉄さんに森まで連れてこられた。
動きやすいようにと貸してくれた紺色のジャージを着たはいいが暑い日にジャージ姿は中々きつい。
森の入り口で虎鉄さんは立ち止まり、俺たちの方へ向く。
「よし!じゃあお待ちかねの本格的な修行をするぞ!!」
「「お願いします!!」」
この時はまだこれから行われる修行にワクワクしていた。天空さんたちと同じくらい強くなれるかもしれないと思っていたからだ。
しかしすぐに思い知らされた。ワクワクなんかしていられない、地獄の時間の始まりだと……
「内容は簡単、今から森の中で俺と戦ってもらう!パネルの使用制限は無し!存分に使ってくれ!俺を少しでもよろけさせたら君たちの勝ちだ!」
「本当に簡単ですね……」
「あのすいません、私の『伝家宝刀』はどうすれば……」
伝家宝刀は簡単に人を殺せる武器だ。なので本番ではない修行などに使うにはあまりにも危険だ。現に俺との手合わせの時も竹刀を使っている。
「それも使ってもいいぞ!言っただろ、使用制限は無しだって!」
「……本当に良いんですね?死んでもしりませんよ?」
「……そういうのは、俺の体に刀を通してから言ってくれ」
そう言って虎鉄さんは4枚のパネルを宙に投げる。そのうちの1枚である「鉄」は俺も持っているパネルだ。
投げられたパネルが虎鉄さんに触れると、彼の体が見る見るうちに銀色の皮膚へと変色していく。体を変えながらアロハシャツを脱ぎ捨て、まるでシャツに抑えられていたかのように筋肉が膨れ上がった。
その光景を固唾を飲んで傍観する俺と刀真先輩。気づけば虎鉄さんは俺の2倍ぐらいの大きさになっていた。
「さて……始めようか!」
これが始まりの出来事。そして今はそんな風に変貌した虎鉄さんと対峙している。放たれた頭突きを見て軽く戦意喪失しかけるが気をしっかり持って立ち向かった。
(ビビるな戦え!!)
虎鉄さんの首元に跳びかかり右足で思い切りそこを蹴ったがまったく効いてなく、寧ろこっちの足に痛覚が走る。
まるで鉄塔を蹴ったような感じだ。その強度と重量感ゆえに微動だにもしない。
「中々強いぞ!常人なら首の骨が折れていたな!」
虎鉄さんは俺を褒めながらも、まるでハエを叩き潰すように殴り飛ばした。しかも手加減して俺の顔を狙わず腹を殴った。もし顔に当たっていたらと思うと恐ろしい。
「ぐああっ……!!」
しかし腹に当たってもあの人のパンチが強烈であることに変わりない。悶絶ぜすにいられなかった。
「やああっ!!」
その隙にと先輩が伝家宝刀を思い切り振り下ろす。手加減などしていたらあっという間にやられることを悟ったのだろう。
しかしその刃は虎鉄さんに通ることなく、硬い皮膚の鎧によって防がれた。
「その刀は……相変わらず良い切れ味だな!」
それを皮膚だけで防いでいるのに何を言っているのやら。虎鉄さんは先輩の腕を掴んで放り投げ、木に激突させた。
「まだまだ行くぞぉ!」
すると木ごと殴ろうとしてきたので先輩は屈んでそれを避け、後ろにあった木はたった1発のパンチでへし折れる。
先輩はそのまま後ろに跳んで距離を作ろうとするがその重量感では考えられない程素早い身のこなしで虎鉄さんは先輩を両手で持ち上げる。
「ほ〜〜れ!!」
そのまま投げ飛ばし、宙を舞う先輩を蹴り落とし、地面に激突させる。
「疾風怒濤!!ゲイルインパクトォオ!!」
今度は俺が連続パンチを食らわせる。鉄のように硬い皮膚を何発も素手で殴るのは辛いがこのまま押し切ろうとしたが、虎鉄さんはノーガードでゲイルインパクトを受けているのにビクともしない。
「おお!中々速く強烈なパンチラッシュじゃないか!」
虎鉄さんは余裕のある顔で自分の頭を後ろに引く。さっきの凄まじい頭突きを再び行う気だ。
真っ先に「避けろ!」と脳が俺に命令するが、さっきも言った通り逃げてばっかりじゃ駄目だ。ちゃんとこの人に立ち向かわないと――!
気づけば自分は「一触即発」を使用し待機状態になっていた。虎鉄さんの頭突きを真正面から受けてカウンターするつもりだ。
「プロンプト……!」
「鉄額ッ!!!」
「スマッーーーーーシュ!!!」
俺の右手と虎鉄さんの頭がぶつかり合う。プロンプトスマッシュは俺の一撃必殺、流石の鉄の皮膚もこれは効くはず……そう思っていた。
「いっ…………たぁああああ!!??」
かつてない激痛が右手を襲う。スマッシュの反動に加え頭部の硬さによってこちら側が受ける痛みが普段より増しているのだ。
しかし驚くのはそこではなく、その硬さ。頭の方の硬さはそれ以外の所と比べ数倍だった。いや、寧ろこんなに硬いから頭突きの威力があんなに桁外れになるのか。
「すっ……ごいじゃねーか!!話には聞いていたけど今のが君の必殺技か!想像以上のパワーだ!!」
対する虎鉄さんは頭に思い切り当たったはずなのに痛がる素振りもせず、今の一撃をひたすら讃えている。
「それを後10発ぐらいやれば俺の鉄の皮膚は壊れるんじゃないか!?」
「……10!?」
冗談じゃない。あんなに痛いやつを10発もやるなんて……逆にこっちの右手がぶっ壊れる。
強いとは思っていたが、まさかここまで実力に差があるとは予想外だった。少しはまともな戦いになると踏んでいたが子ども扱いされている。
「大丈夫か発彦!」
「ぬわっ先輩!?」
するとさっきまで離れた場所にいた刀真先輩がいきなり俺の真横に現れた。
「先輩今のって……」
「私はこれであの人を翻弄する。だからお前は『疾風迅雷』で翻弄しろ!それと『一』を貸してくれ!」
小声で伝えられた作戦を理解し、そして俺の「一」のパネルを渡す。相手に攻撃が効かないなら、翻弄させて隙を伺う!
「疾風迅雷!!」
「神出鬼没!!」
俺は高速移動が可能になる「疾風迅雷」で虎鉄さんの周りを走り回り、先輩は前回の怪字退治で手に入れた「神出鬼没」を使って周りで消えたり現れたりした。常に2人で移動し続けることによって虎鉄さんを翻弄させる、それがこの作戦である。現に虎鉄さんは俺たちを目で追えていない。
ただし翻弄はしておらず、ただ余裕の笑みを見せて棒立ちしている。ここで気づいた、目で追えていないんじゃなく、あえて追っていないのだ。
「一刀両断!!」
「おらぁあ!!」
ここで俺は虎鉄さんを正面から蹴って、先輩は後ろから「一刀両断」を食らわせた。前後からの同時攻撃、これなら流石の虎鉄さんも堪えるはず!
「なるほど……翻弄させてからの同時攻撃か!」
(嘘だろ全然効いてねぇ!?)
それでも虎鉄さんは倒れず、寧ろ堂々と立ったままだった。怪字の体も真っ二つにする先輩の「一刀両断」も背中だけで受け止めている。
(なら……)
(もっと打つまで!)
「ゲイルインパクト足バージョン!!」
「はぁあああああああああああああああああああ!!!!」
続いて俺は蹴りによるインパクトを、先輩は伝家宝刀で何度も斬りつけ始めた。攻撃の手を緩めず、あきらめずに蹴り(斬り)続ける。
しかし虎鉄さんにはまったく効いておらず防御の姿勢すらとっていない。この反則並みの不動に軽く絶望しかけるがそれでも攻撃を続けた。
「中々良い攻撃……だが!」
虎鉄さんは右手で俺の足を掴み左手で後ろの刀真先輩を捕まえ、思い切り持ち上げて自分の頭上で衝突させ、そして2人まとめて蹴り飛ばす。
蹴り飛ばされた先には大きな岩がありそれに激突、岩を砕きその場に倒れこむ。
「つ、強すぎる……」
「ああ……まるで化け物だ」
「おいおい、人をそんな怪字を見る目で睨むんじゃない!」
2人で倒れている中、虎鉄さんがゆっくり歩いて近づいてくる。しかしもう立てない程にボロボロだ。
これがプロのパネル使い……やっぱり凄いな。
「立たないならこっちから行くぞぉ!!」
彼が両拳で大地を叩くと地面が盛り上がり、破片と共に俺たちも宙に浮く。そしてそのまま片腕ずつ虎鉄さんにぶん殴られた。
そして追い打ちに、俺たちが地面に落ちる前に大きく両腕を広げてラリアットを当て、大木にぶつけてへし折る。ミンチにされそうな威力だ。現に硬い腕と大木でサンドイッチのように挟まれた。
そして気を失う直前に見たのは、頭突きの構えをしている虎鉄さんの姿。
(はは……チートかよ)
「鉄額ッ!!!」
「ただいま~」
「おかえりなさい……って、貴方ねぇ……」
小屋に帰ってきた虎鉄さんを見た鷹目さんの顔が、何かを悟ったように呆れた顔になる。
それもそのはず、硬化が解けた彼の両腕が気絶した俺と刀真先輩を持っていたからだ。俺は目を閉じて気を失い、先輩は白目を剥いている。
「確かに天空くんは手加減しなくてもいいって言ってたけど、流石にこれはやりすぎよ。それ生きている?」
「流石にパンチからのラリアットに続いて鉄額はやりすぎたと思ったが、それでも息はあるぞ!最近の奴らは頑丈だな!」
もしこの時意識があったなら、「貴方の方が頑丈です」ってつっこんでいたに違いない。
ちなみに今の鷹目さんは夕食の支度をしておりエプロンを着用している。更に長い髪を束ねているので普段とはまた違った可憐さだ。
「毎日こんなにする気?聴いていたけどあれを後6日も続けたら流石に死ぬわよ」
「それもそうだな!じゃあ明日はお前が面倒を見るといい!」
「……非戦闘員なんだけど私、まぁ良いわ」
これにて合宿1日目終了。本当の過酷さは、これからである。