31話
七月半ば、気温がどんどん上がり夏本番に向けて準備していた。蝉の声も日常的に感じられるほどに慣れてきたが、未だに暑さだけは慣れない。
頬に扇風機の送風を当て、両手で持っているのはゲームコントローラー。そして俺の隣には同じくコントローラーを握っている刀真先輩がいる。その表情は鬼気迫るもので、逆に俺は一旦両手で操作するのをやめ片手でペットボトルの水を飲むなど余裕があった。
それから数秒後のモニターには「KO!」という文字が映し出されていた。その瞬間先輩は下を向き落胆し、対する俺は無表情でガッツポーズをとった。
「先輩大分上手くなりましたね」
「……それは嫌味か発彦」
「いえ、本当に感心してます。ひょっとして毎日練習してます?」
「……一日に一時間、というより一日のゲーム使用はそれぐらいしか認められていない」
「ゲーム一日一時間って……久しぶりに聞きましたよその単語」
「もう一戦だ!次こそ勝つ!」
「受けて立ちます!」
夏休みの真っ只中、こうして週に一度の頻度で先輩が神社に遊びに来る。そして一日中ゲームで遊び、日が暮れる前に帰っていく。
ここの所怪字も現れないでずっと平和が続いていた。ちなみに夏休みにおいて最大の鬼門であろう「夏休みの宿題」は休み開始から五日で完了させた。天空さんが「いつどこでも怪字が出現してもいいようにこういうものは早めに終わらせておけ」と言ってきたのでそうした。まぁ宿題は終わっていなくても怪字とは戦えるので、あれは宿題を早めに終わらせるための口実だろう。でもこうしてずっと遊んでも許されるので良しとする。
しかし贅沢なことを言うとここまで何もないと体がなまって仕方がない。かといって怪字なんか出てきてほしくないし……
「先輩、これ終わったら一度リアルの方で手合わせしません?」
「……こんなに暑い日にか?悪いが御免だ」
「じゃあこれで俺が勝ったら手合わせお願いします!」
「それはずるいぞ!」
なのでたまに先輩を使って体を動かして、軽い勝負で戦いのやり方を忘れないようにしている。
ゲームでの勝負の結果は当然俺の勝ち。つい最近ゲームにはまった人に負けるほど俺の腕は悪くない。
敗北した先輩はそれはもう悔しそうに顔を歪ませ、その後「仕方なく」といった表情に変わり立ち上がった。
「分かった。一戦だけだぞ」
「ありがとうございます!」
「……宝刀とパネルは使っていいか?」
「駄目ですよ!!俺を殺す気ですか!!竹刀使ってください!」
命を懸けていない、言わば練習試合に本気の武器を使われたら堪ったもんじゃない。なのでその際には竹刀を使ってもらっている。先輩もぐちぐち言っているが竹刀を持参しているのでこうなることを予想していたのだろう。
庭を出て対峙し、先輩は竹刀を向け、俺は拳を握り姿勢を低くした。そこから始まる一戦、パネル使用を禁止し、己の力だけで勝負する。勝敗は相手の胸に一撃当てること、なので攻撃よりも防御に集中した。
先輩の竹刀を避けて受け止めて、先輩も俺の拳を躱し続ける。数十分それを続けていると、防御の隙を突かれ竹刀を胸に寸止めで当てられた。
「お前も随分強くなったな」
「……さっきの仕返しですか?」
「いや、本当に感心している」
先輩は「してやったり」の笑みを見せ、さっき俺が言ったことと同じことを言う。まったく先輩も意地悪だ。
そういえば先輩はこの間の「猪突猛進」の時の怪字が初戦で、それまではずっと宝塚さんを相手に鍛錬していたらしい。それなら対人戦において俺より刀真先輩の方が優れているのは納得できる。しかし自分で言うのもなんだが、怪字戦においては俺の方が経験豊富だ。あの人より上だと思っている。まぁ人と戦うことなどないだろう。
「頑張っているな、二人とも」
「天空さん、お邪魔してます」
すると廊下にいる天空さんが話しかけてきた。その手に持っているのは大きくて美味しそうなスイカだ。
「さっきまで冷やしてたんだ、お前らもいるか?」
「「是非!」」
さっきまで鋭い日光に襲われながら戦っていたので丁度冷たいものが欲しかった。こういうのは本当にありがたい。
縁側に座って冷えに冷えたスイカを放射状に3人分に切り、残った部分は冷蔵庫に入れる。そして思い切りその赤い果肉に齧り付いた。
「美味っ!このスイカどうしたんですか?」
「知り合いから頂いてな、美味いか刀真君?」
「とても美味しいです、ご馳走になります」
3人でスイカを食べ、風鈴の音と蝉の声を聴き、暑さに耐える。まさしく夏を満喫していた。
ずっとこんなふうなのんびりした日々が続けばいいのに、と願ったがそう簡単にはいかない。
「そういえばお前たち、この夏休み中どこかに行かないのか?」
「……どこかへ?」
「そうは言っても私たちはここから離れられませんよ」
その通り、いつまた怪字が現れるか分かったもんじゃないので、長期休暇を利用した旅行などできない。なのでこの夏休み中はずっと自宅にいるつもりだ。
「夏休み中ずっとお前たちを戦わせるつもりはない。学生は学生らしくどこかへ遊びに行くといい。この町は私や刀頼さんに任せて」
「……なんかすいません、俺たちに気を使わせて、でも……」
「特に行きたいところなんてありません」
俺も先輩も、いざ休めるようになっても行きたい場所、やりたいことといった願望があまり無い。
「そう言えば風成さん、部活の合宿で今群馬に行ってるって……」
遠出という繋がりで風成さんのことを思い出す。今あの人は陸上部の合宿で群馬に行っている。全国大会を狙っているとかを彼女と同じ部活の疾東さんから聞いた。毎年やっているかどうかは分からないがそのために練習しているのだろう。
「合宿……合宿かぁ……」
すると何か思いついたのか、一人でブツブツ何かを言っている。そして閃いた顔で次のことを提案してきた。
「お前たち!合宿に行ったらどうだ?」
「「……合宿?」」
「ああ、部活とかのやつじゃなくて怪字退治の」
「怪字退治のぉ!?」
何だその聞いたこともない合宿は。その内容も全然予想できない。
――もしかして怪字がうじゃうじゃいる地域に行ってそこで怪字を倒しまくる……とか?
「行きます行きます!是非行かせてください!」
ここで同じことを考えていたのか刀真先輩が興奮した様子で挙手する。彼の夢は「怪字の撲滅」、その夢を叶えるために沢山の怪字を倒したいのだろう。
俺もそれなりにやる気が出るが、それ以前にどんな修羅場が待ち受けているのかという恐怖もあった。
「……どんなことを想像してるのかは分からんが、多分思っているのと違うぞ」
「え?怪字を沢山倒す合宿じゃないんですか?」
「それならまだこの町に残っていた方がマシだ」
呆れた様子で天空さんが合宿内容の説明をする。
「私や刀頼さんも昔受けていた……言わば修行合宿みたいなものだな。来たるべき怪字との戦いに備え、基礎能力の底上げや所持しているパネルの応用を考えたりとか……そういうことができる場所があるんだ」
「天空さんや父上が受けていた修行……」
「どこにあるんですか?」
「とあるパネル関連の人の私有地である孤島だよ。そもそも修行目的で買われた孤島だけどね」
確かに私有地の孤島ならば人目につかないし周りを気にせず思い切り鍛えられる。そのパネル関連の人がどういう人物かは分からないが、話を聞くに天空さんとも知り合いに違いない。
「あの孤島なら良い旅行にもなるし、ついでに修行も受けていくといい」
天空さんは修行がついでと言ったが、俺と先輩にとっては修行の方に興味があった。
天空さんも宝塚さんも、昔は怪字退治のプロと聞く。その人たちが受けた修行が自分たちも受けられると興奮してきた。
「「行きます!!」」
「じゃあ連絡してくる」
俺たちの希望を聞いた天空さんがその私有地の人と連絡するために電話機のある部屋へと向かった。
一方俺たちは嬉しそうに笑い、まるで乙女のように互いの両手を握る。大きく目が開き、興奮して頬が赤くなっていた。
「天空さんたちが受けていた修行!!つまり……」
「私たちも父上みたいに強くなれる!!」
実際に天空さんたちの強さを見たわけではないが、その知り合いたちの話を聞く限り相当の実力の持ち主であることは確実。
そんな人たちを強くしたその修行に、ワクワクするのを隠しきれなかった。
「よし、呑気にスイカなんか食べてはいられない!もう一戦やるぞ!!」
「はい!!」
燃え尽きるレベルでやる気に火がついた俺たちは、ゲームのことなど忘れて火照る体を更に動かした。
気が付いた時には着ていた服が汗でびっしょりになり、体中が汚れ、夕日が見えていた。