30話
神崎先輩とそのストーカーかれ生まれた「神出鬼没」の怪字、そいつを宝塚先輩と協力して倒すことに成功した。また今回の戦いで手に入れた四枚のパネルは宝塚先輩が貰うことに。
戦いが終わった後互いに肩を貸しながら神社へと帰り、ホッと一息つく。次の日傷だらけの体を癒すのに丸一日使った。宝塚先輩も神社で休んでいる。その日の昼頃に風成さんが見舞いに来てくれ、その時に鬼塚のその後を聞いた。どうやらレンガやポリバケツを落としたなどの具体的な犯行は伏せられて学校に報告されたらしく、また本人も自分のしたことを後悔し、停学にはならずに数枚の反省文で済んだようだ。
ちなみに今回の騒動において一番の被害者ともいえる神崎先輩について、呪いのパネルのことは言っていないが鬼塚はおかしくなってストーカー行為をやってしまったと説明したらしい。
また「神出鬼没」に襲われた一般人に死者は出なかったのこと。それを天空さんから聞いて宝塚先輩と静かに喜んだ。
午前中は血が足りなくて一歩も動けなかったが、午後4時あたりには自由に動けるようになるまで回復した。まだ傷が痛むがこれくらい屁でもない。一度自分の部屋に行こうと思い、その扉を開けるとそこには……
「のわっ先輩!!」
「ああ、邪魔してるぞ」
棚に置いてあったゲーム機を持っている宝塚先輩がいた。前回会った時も俺の部屋にいてそこにある物を弄っていたような気がする。
「触渡、これはどうやって遊ぶんだ?」
「ほへっ?」
そして予想だにもしなかったことを聞いてきた。「これ」というのは今手に持っているゲーム機のことだろう。先輩は真っ暗な画面を見つめながらボタンを押している。
――もしかしてゲームに興味があるのでは?
「えっとですね……ここの電源ボタンを押して……」
「ほうほう」
そこから始まる俺のゲーム講座。そのゲーム機に入っていた内容は、有名的なキャラクターたちがカートにのり様々なコースで走って競争するレースゲームだ。どうやら先輩はゲームという概念すらよくわかっていなくて、何をどうして何が面白いのかを説明することから始まった。
こういう娯楽にはあまり触れたことが無いのか、ものの30分で先輩はそのレースゲームに目をキラキラさせる。夢中になってゲーム画面に注目するその姿はまさしく子供だ。
「もっと他にはないのか!?」
と言われたのでメジャーな格闘ゲームを遊ばせてみた。これにも興味津々となり興奮していた。
確かにその性格上ゲームに興味があるとは思えない。これが初めてのゲームプレイだ。
そうして俺たちは怪我のことも忘れゲームで遊びまくる。途中ゲームで対決もしたが伊達にゲーム好きをやっていないので、俺が勝ちまくったが、いつのまにか互いに笑い合う仲になっていた。
「触渡、私のことは名前呼びでいい」
「じゃあ俺のことも発彦って呼んでください!」
こうして宝塚先輩もとい刀真先輩と親睦を深めながら体を癒していく。途中天空さんに「ゲームのやりすぎだ!」と怒られたがそれすらも笑い話にできた。その日の晩、刀真先輩はお礼を言い、家へと帰っていく。これからはあの人と共に怪字を倒していくのか、そう思うとあの人が一層頼もしく感じる。
次の日、英姿学校の一大イベントともいえるダンス大会が放課後に行われた。一緒に踊るペアを決める時間、ある生徒は想い人と組み、またある人は仲のいい人と組んでいる。
続々とペアができあがっている中、一人孤立している男子生徒がいた。神崎にストーカー行為をしていた鬼塚である。
(何であんなことをしてしまったんだろう……)
しかしその異常な愛は呪いのパネルに操られた時だけのものであり、普段は内気な男だった。今では自分がしでかしたことに反省と後悔をしている。
そのストーカー行為の噂はあっという間に学校内に広がり、知り合いからは気味悪がれ、誰からもペアになることを誘われないのだ。呪いのパネルのせいとはいえ自業自得である。
「先輩にも……嫌われちゃっただろうな……」
恋した人にあんなことをしてしまったのだ。嫌われるのが普通だろう。生徒の誰かと組むのは諦め、近くにいる先生を誘おうとしたその時、誰かに肩を叩かれる。一体誰だと後ろを振り向くと……
「……神崎先輩!?」
自分に酷いことをされたはずの神崎がそこにいたのだ。神崎は微笑みながら鬼塚の両手を掴む。
「誰とも組んでいない?なら一緒に踊ろ?」
「何でですか!?僕は先輩や友達にあんなことをしたのに……」
「その友達から言われたの、『許してあげてください』って」
「えっ……?」
「貴方がしたことは確かに許せない。だけど望んでやったことじゃないんでしょ?私にも良くわからないけど……」
上手く言い表せない気持ちを、彼女は鬼塚に伝える。
「とにかく!一度やっちゃったことは反省すれば良いと思う。まだ貴方の気持ちは受け取れないけど……友達から始めよう?」
「……はい!」
鬼塚も彼女の手を握り返し、ペアになることを決める。周りの人間は学園のマドンナとそのストーカーが仲良くしていることに驚きを隠せないのか、まじまじとそのペアを見ていた。中には妬みの目で鬼塚を見ている生徒もいる。だが優しい目線を飛ばしている人もいた。
(良かった、仲直りできたみたい)
それは風成であった。元々神崎と踊る人は風成の予定だったが、彼女が精一杯鬼塚を弁解して、何とか彼と仲直りさせることができたのだ。
最初はそんなことしなくても良いと思っていた。しかし自分も、呪いのパネルで人間関係が壊れかけたことがある被害者だと気づいた。
だから風成は鬼塚を許した。自分を許してくれた疾東のように。
(さてと……私は先生と踊ろ)
しかし鬼塚を気遣ったせいで自分のパートナーがいなくなってしまった。風成は近くにいる先生と踊ることにする。別に先生と踊ることは苦痛ではないが、できれば知り合いと踊りたかったというのが本心だ。
だがそんな彼女に、先ほどの神崎と同じように肩を叩く人が来た。
「……触渡君!?」
「良かったら……俺と踊らない?」
ここで意外な誘いが来た。だけど断る理由も無いので風成は触渡と組むことに。
そうして始まるダンス大会。各々自由な踊り方で大会を楽しむ。大会といっても誰がより優れているかを審査するわけではない。ただ楽しむのが目的だ。
触渡と風成もぎこちないが一生懸命踊っている。
「……何で私を選んだの?」
「神崎先輩から聞いたんだ。風成さんが先輩と踊るの鬼塚のためにやめたって、その時先輩に頼まれたんだ。君と踊ってほしいって」
「……そんなこといって、実は踊る相手がいなかっただけじゃないの?」
「否定はしないけど、それは風成さんもだろ?」
「……それもそうだった」
二人は踊りながら雑談する。風成は怪我の具合を心配したが、触渡は「もう大丈夫」とだけ言う。
ここで風成は疾風迅雷の怪字の時に助けてくれたことや、レンガが落とされた時にも救ってくれたこと、更に暴走した鬼塚から守ってくれたこともを振り返る。
(初めて会った時は可愛い系男子とか思ってたけど……今はとてもかっこよく見えるなぁ……)
最初こそ頼りない青年という印象が強かったが、今となっては頼れる男として認識するようになっている。咄嗟の判断力にその強さ。全てが逞しく見えてきた。
(さっきから……彼のことばっかり考えているような……まさか!)
脳内で再生されている触渡の姿は、どれも輝いているかのように見えた。そして無意識の内に彼の魅力を数えている。つまり……異性として意識してきたのだ。
そのことに気づいた風成は、こうして触渡と触れ合っていることにドキドキし始める。対する触渡は、上手く踊ろうと意識しているため風成の赤面に気づけていない。風成は今の心境を悟られないようにするため、更に会話を続けた。
触渡は刀真と和解し、仲良くなれたことを伝える。途中先生と踊っている刀真を見たときは二人で笑った。
こうして触渡は怪字の出現も度々あったが、無事一学期を過ごせた。
学生たちがダンス大会で盛り上がっている時間帯、天空と刀真の父である刀頼は神社で話し合っている。その表情は深刻そうだった。
「これが……触渡君を英姿学校に転校させた理由か……」
英姿学校は東京と神奈川の県境にある「英姿町」という小さいながらも開発が進んでいる町にある。触渡は英姿学校に来る前神奈川の学校に通っていた。天空の神社は英姿町の近くにあり、触渡は神奈川の高校にはバス登校していた。
「はい、『金城鉄壁』『疾風迅雷(怒涛)』、そして3日前の『猪突猛進』、一昨日の『神出鬼没』……」
刀頼の質問に天空が答えたそれは、触渡が英姿学校に転校してから遭遇した怪字の四字熟語。
「たったの二か月で怪字が4匹も出現しました。他の地域と比べて
その出現率は数倍……」
触渡は普通に現れてしまった怪字を倒していた。しかし二か月に4匹も出現するというのは異常な話で、普通の地域は数か月に1匹現れるか現れないかぐらいなのだ。
「しかも疾風迅雷の時は他の2枚のパネルが組み合わさったという偶然まで……これで確信しました」
「ああ、長年この町で住んでいる儂や刀真も気づいている」
「近年、英姿町の怪字出現率の増加……やはり今の英姿町には何かが起きています!」
怪字出現率が普通というのはおかしいが、英姿町も昔は普通の怪字出現数だった。寧ろ他の地域より圧倒的に少なかったのだ。
しかし今となっては怪字天国。ネットでは少人数に「呪われた町」と呼ばれている。全国からオカルトファンが都市伝説として怪字の噂を嗅ぎ付け旅行に来る始末だ。
「私は英姿町の怪字出現率の増加を聞いて触渡をあの学校へ転校させました。宝塚家だけでは人手不足だと思い……」
「うちも同じようなものだ。触渡君が『金城鉄壁』『疾風迅雷(怒涛)』を退治した話を聞いて、増加を確信したから刀真を早めに当主にしたのだ」
英姿町の出現率増加に対処するために、触渡は転校してきて、刀真はいち早く当主になった。それほどまで異常事態というわけだ。
「そしてこの手の知人から聞いた話だが……例の秘匿部隊も動き始めたらしい」
「秘匿部隊って……警察の『前代未聞対策課』が!?」
国が怪字対策に作った警察内組織「前代未聞対策課」、怪字専門部隊だから四字熟語が入った名前を付けられ、その存在を知る人は地位が上位の者だけ。
「それほどまでに国も慌てているらしい。もしこのまま出現率が増加すれば一般市民に存在が知られるからな」
現に風成が怪字の存在をこの目で見てしまった。彼女以外に呪いのパネルの存在を知る人が現れてしまうかもしれないのだ。そんなことになれば世間は大混乱間違いなし。つまりこれ以上増えれば隠蔽しきれなくなる可能性がある。
「とにもかくにも……これからも力を合わせて対処していこう」
「はい!よろしくお願いします!」
そう言って握手をしあい、共闘し続けることを誓う二人。しかしその異常事態の牙は、すぐ襲い掛かってきた。