28話
私の「伝家宝刀」と「神出鬼没」の怪字の爪が交差、それが火蓋を切る合図となる。そしてそこから始まる互いの刃物の打ち合い。火花を散らし金属音を響かせる。
奴の両爪による連続攻撃を全て刀で受け止め、逆にこちらが一太刀入れようとすると爪で阻止される。その繰り返しを数分続けていた。攻撃を防御し、敵の隙を突く。それをほぼ同時に行うので思考スピードがみるみるうちに速くなっていった。しかし警戒するのはそれじゃない。奴がいつ瞬間移動してくるかだ。
(と言ってるそばから‼︎)
怪字が瞬間移動して自分の背後を取っていた。後ろから爪の横払いが来るのを察知し、それをバク転して避ける。そしてその勢いで逆に怪字の背後を取った。
「一刀両断‼︎」
パネル「一刀両断」を使っての一撃を放ったが、またもや瞬間移動して避けられた。今度は私の右側に現れる。そこから両爪を振り下ろしてきた。
「ぐっ‼︎」
刀を両手で持ってそれを防ぐ。そのまま押し切ろうとしてるのか、怪字はどんどん力を込めている。
いけない、止まっていたら奴の思うつぼだ。
敵の力に負けず、逆に奴の爪を弾く。そのまま走って怪字から距離を作る。しかし奴の能力に距離など関係ない。私の目の前に瞬間移動してきた。
「紫電一閃!」
だが目の前に移動してきたのが仇となる。至近距離から放たれた斬撃に反応しきれず怪字は爪でガードする。
「紫電一閃」でも奴の爪は折ることはできないが、その斬撃を弾けずに押されていた。
「猪突猛進突きぃ‼︎」
私はその隙を見逃さずに追い打ちをかける。猪の突進のような勢いで刀の突き攻撃をし、怪字の腹を刺した。
それにより怪字はバランスを崩し紫電一閃の斬撃に耐えられず、胸にも切り傷を付けられてしまった。流石の奴も痛手なのか膝を付ける。
「まだまだぁあ!」
それでも私は止まらない。何故ならこいつに余裕を与えないためだ。
こいつの恐ろしさはあの瞬間移動でできる包囲網だ。一度捕まったら抜けるのは困難を極める。だから奴の余裕を無くして一方的に攻めるのが得策だ。刀で斬りまくって奴を追い詰める。
「はっ!せいやぁああっ‼︎」
私の勢いは止まらず、どんどん怪字の体に傷がついていく。さっきの痛みをここで返してやる!
しかしその勢いはいつまでも続かなかった。
「があっ!?」
奴の右爪が私の左肩を切り裂いた。血しぶきが上がり、そのせいで刀を握る力が弱まる。
しまった――!そう思った時には奴の攻撃に劣勢になっていた。迫りくる爪を何とか片手持ちの刀で弾いていくが、全てを捌くことはできずに幾つかの攻撃は受けてしまう。
「はぁああっ‼︎」
そこで痛みを堪え刀を両手で持ち直し、重い一太刀を奴に浴びせる。丁度傷口に当たり、それが更に効いたのか怪字は大きくよろめいた。
今のうちに怪字から離れ、息を整える。左肩に受けた傷の痛みが集中力をぐちゃぐちゃに乱していた。
落ち着け落ち着け、今ここで油断したら一瞬でやられる。
疲労していても奴から目を離さない。いつどこに瞬間移動してきても反応できるようにするためだ。あの包囲網に捕まらないためでもある。
(だが……流石に疲れてきたな……!)
激しい戦いの疲労に加え、常に集中力を保っている根気とプレッシャー。それらが私の疲れを更に煽り立ててくる。少しでも気を緩めたら視界が歪みそうなほどだった。
すると怪字が瞬間移動して何処かへ消えた。
「なっ!?」
移動先は私の周りではない。奴の瞬間移動範囲は視界にいる人間の周囲だけだ。今この場にいるのは私だけのはず。
どこだどこだと奴を探していると――
「ぐわぁっ!?」
急に背中が切られ、そこから血が飛び出る。勿論犯人は怪字。しかしさっきまで後ろにいなかったはずの奴がそこにいた。
瞬間移動を使ったのは明白だが、それにしても消えてから現れるまでの時間差が長すぎだ。本当に私の後ろへ瞬間移動したならもっと短いはずだった。
振り向いて後ろを確認する。すると怪字の姿に被っているが離れた場所に俺以外の人がいるのが見えた。
それは怪字に襲われた先ほどの女性だった。
(倒れているあの人を中間地点にして、時間差で俺を惑わせてきたのか!)
相手の策略にまんまとハマってしまった。切られた傷の部分を燃えるように熱く感じる。
やられてばかりじゃ収まらない。お返しにと怪字に向かって刀を勢いよく振った。しかしまた瞬間移動で避けられてしまう。
(右か!?左か!?後ろか!?)
しかし驚いている暇はない。すぐに何処へ消えたのかを一瞬で考える。怪字は私の左側に現れた。
「そこかっ!」
透かさず刀で突き刺すがまた消える。今度は後ろに瞬間移動してきた。
それに対し振り向きざまに斬りかかる。しかしまたもや瞬間移動で別の場所へと移動した。
次は右側、その次は後ろ。左側、右側、後ろ、次々とテレポートする怪字を目で追い刀で斬る。そのループに完全に入ったところで気づいた。
(しまった!包囲網を展開された!)
昼の二の舞になってしまう。一番警戒していたものを傷ばかり気にしてたせいで見逃してしまった。
何とか抜け出そうにも、相手の瞬間移動からは逃げられない。脱出しようとした瞬間、そのルート上に怪字が現れて邪魔するのだ。
(どうする!?もうこうなったら脱出不可能だぞ!)
怪字は爪を光らせ、瞬間移動しながらどんどん近づいてくる。俺の恐怖心を煽るためなのかそのスピードはゆっくりであった。
一度経験したためこの包囲網攻撃の恐ろしさは嫌という程理解している。一回目の時は焦りと恐怖に心を支配されたが、今はその二つに加え、「恐怖」とは別の「恐怖」に襲われていた。
それは――死の恐怖。流石に傷だらけの体でこれを受けてしまうと助かる可能性は少ない。
だけどいくら恐怖に心を襲われても、刀を握る力は一切弱まらない。それどころかどんどん強くなっていく。
確かに死ぬことは恐ろしい。しかし死そのものに恐怖しているわけじゃない。本当に怖いのは歴代当主たちのように、やり残した事があるまま死ぬことだ。
「私はこの手で……全ての怪字を撲滅するんだ……!」
刀を更に強く握り、心の中を占めようとする恐怖心を噛み殺す。冷や汗を感情論で無理やり止め、同様に足の震えも揉み消した。諦めてたまるか、どうせこのまま死を待つだけなら無理やりにも包囲網を突破してやる。
「そのためにも……こんな所で死んでたまるかぁああああああああああ‼︎!」
玉砕覚悟で包囲網の壁に立ち向かう。目の前に怪字が現れても刀でどかしてやる!その熱い想いと共に歩き出した瞬間……
「ちょっと待ったぁあ‼︎」
聞き覚えのある声が制止してきた。声がした方向を見ると、そこには傷だらけで寝てたはずの彼、触渡発彦がいた。
「触渡!?」
「宝塚先輩‼︎これを‼︎」
何故彼がここにいる?もう動いて大丈夫なのか!?疑問が脳内を駆け巡るが、その目線は彼が投げてきた「何か」に奪われる。
それは大きく上がり、怪字の包囲網を飛び越えてまるで誘われたかのように私の手元にきた。
渡されたのは三枚のパネル。そのパネルには見覚えがあった。
「これは……!」
忘れるわけがない。このパネルは、兄を殺した怪字のパネルだ。
「どうして君がこれを持っているんだ!?」
「お父上から預かってきました!『あいつに渡してくれ』と……」
「父上が……俺に……?」
確かにこのパネルを使えば現状を何とかできるかもしれないし、怪字の弱点も突ける。
だけど……これは兄を殺したパネルだ。使おうという気持ちにはなれない。
兄を葬ったもので兄の無念を晴らすなんて……
「……『何時まで死んだやつのことを考えている。ハッキリ言って女々しくて鬱陶しいぞ』‼︎」
「……‼︎」
突如触渡が彼らしくない言葉遣いで私を罵ってきた。いや、この言葉は聞いたことがある。昨晩私が彼に言った言葉だ。
「貴方は俺にそう言いました‼︎お兄さんのことを忘れろとは言いません!だけど今この時は、そんなこと考えなくていいじゃないですか!?」
彼に説教として言った言葉が自分に刺さるとは滑稽だ。兄のことは克服したと思っていたが、全然克服しきれていないことに今気づかされる。そういう意味でまだ触渡と同じだ。
(いや……触渡は違う!確かにあいつもトラウマを忘れられていないが、あいつはあいつでそれに立ち向かっている!)
彼は自分の人生を狂わし、友を殺めさせたとも言える「一」と「即」のパネルは使えるようになってる。つまり、自身とどう向き合ったらいいかが分かってるんだ。
女々しくもない、鬱陶しくもない。寧ろ男らしく自分の決めた道をまっすぐ歩いていた。
私も見習わないと、彼のどんどん離れていく背中を追いかけて……
いつか、追い越せるように!
「……その通りだ。今の私に、振り返っている余裕は無い‼︎」
貰ったパネルは「剣」「山」「樹」、それに「一刀両断」の「刀」を足し、四字熟語を組み合わせる。
その能力は、あの時の怪字と同じだろう。同時に広範囲を攻撃する技だ。
「剣山刀樹ぅ‼︎」
パネルを使ってそう叫び、力強く刀を地面に突き刺した。刀身の半分が地面の中に隠れる。
怪字は私がもう諦めたのかと思い、両爪を向けて跳びかかった。そして爪先が私の顔に刺さる直前……
「!?」
地面から生えるように伸びた刀の先端が怪字の腹部に突き刺さる。私が地面に刺した刀は一本だが、その周囲にどんどん刀が生えてくる。
腹を刺された怪字はその勢いで飛ばされ、少し離れた位置に墜落する。これならあの包囲網も突破できる。何しろ奴が瞬間移動する範囲を一度に攻撃できるのだから。
「お兄さんのことは宝塚さんから聞きました」
「……」
ここで触渡と合流し、お互い敵意を怪字に向ける。だが戦う前に、私は彼に謝らないといけなかった。
「触渡、君のことを侮辱してすまない。どうやら君はわたしよりできた人間らしい」
「……僕も今さっき侮辱したんでこれでお相子です。それに俺は自分が先輩より優れているとは思えません」
「……?」
「『怪字を撲滅する』……凄い目標だと思います。俺は殺された親友たちのことを気にしすぎていてそんな大きい目標は立てることができませんでした」
「それなら私だって……伝家宝刀を手に入れたあまりに調子に乗っていた。まるで子供だ」
「……そうですか、ならもう行けますよね?」
「ああ、もう私は迷わない。信念の元に、この刀を使う!」
和解が済み、もう迷うこともない。
私たちは二人で怪字に立ち向かう。そして二人であの怪字を倒す!