27話
この間来たばかりの天空さんの家に上がり、その一室で休んでいる。
私と触渡が倒されて、あれから数時間が経った。あの雨は通り雨だったのか今はもう止んでいる。しかしそのせいで校庭が濡れ、ダンス大会は明後日に延期となったと連絡が来た。ちなみに明日の学校は休校らしい。何故だがは知らんが多分怪字のせいだろう。
包帯を巻かれ、先ほどまで部屋の布団で寝ていた。今は起き上がって廊下に出て庭を眺めている。
そこで「何てざまだ」と自分を責めていた。
あれほど私の方が強いと息を巻いて彼に言った次の日に私は敗北した。しかもその彼に庇われる始末。
今思えば自分は調子に乗っていたのだ。家の家宝を受け取り、それで猪突猛進の怪字を倒した時点で。一回しか実戦を経験しただけなのに「負け知らず」と思っていた。
それとも、「宝塚家の名に恥じぬようにせねば」という使命感に駆られたか。
何にせよ、今の自分に「伝家宝刀」を握る資格は無かった。俺は無自覚のうちに、新しいおもちゃを手に入れて喜んでいる子供と同格になってしまったのだ。
「頭は冷えたか、刀真」
「……父上!」
すると天空さんが呼んだのか、父上が神社に来ていた。父上は怒っているに違いない。そう思っていたがその顔から怒気は感じられない。
……今の私には父上に見せる顔も無い。宝塚家の名を汚した私に。
「もう立てるようだな、ならばさっさと怪字を倒しに行ってこい」
「……!」
しかし父上は、私に「伝家宝刀」を握れと言ってくる。
無理だ。私にはできない。
「できません父上、私は……家宝を受け継ぐにはまだ未熟でした」
「……触渡君はお前を庇ったそうだな。何故彼がお前を庇ったか……分かるか?」
「……?」
言われてみれば、何故彼は私を庇った?
彼にとって私は、友の形見を奪おうとする憎たらしい相手のはずだ。助ける義理なんて無い。
「それはな刀真、人々の平和を守るためだ」
「……守るため?」
言っていることが理解できない。何故俺を庇うことが人々を守る事なのだろうか。この二つはまったく関係ない。
「今回の怪字は自分と相性が悪いと気づいた彼は、自分とお前を天秤にかけたんだ。どっちがあの怪字を倒せるかどうかのな」
「……まさか」
「そう、自分よりお前を生かした方があの怪字を倒せる確率が上がると考えた。その結果お前を庇って自分を犠牲にしたんだ」
それを聞いて驚愕する。確かにあの場で私事を優先するのは愚かなことだ。だからといって自分の命をあんなに簡単に投げ出せるか?
そして気づいた。触渡発彦という男は、自分より怪字退治を優先する、言わば自己犠牲の精神があるのだ。
もし私が彼の立場だったらどうするか?きっと同じことをする――そんな綺麗ごとも言えやしない。怪字への恐怖は克服したと思っていた。しかし自ら命を投げ出す覚悟はまだ私には無い。
「父上……私は……!」
「思い出せ刀真、お前が伝家宝刀を使って怪字を倒す理由を!」
「……!!」
怪字を倒す理由、俺は伝家宝刀を手にして調子に乗ったせいでそんなことも忘れていた。怪字を倒して英雄気分に浸るためではない。かといってストレス発散のためでもない。
綺麗ごとが言えないなら、言えるようになればいい!!
「ありがとうございます父上、おかげで目が覚めました!」
俺は勢いよく立ち上がり、庭から外へ出る。
自分を責めている時間は無い。一刻も早く、あいつをどうにかしないと!
目が覚めると、俺は神社で寝ていた。
どうやら気絶した後ここまで運ばれたようだ。ゆっくり起き上がると自分の体が包帯に包まれていることに気づく。痛み止めをくれたのか、意外と痛みは無かった。
俺はまだ戦える。死ぬ気満々だったが幸運にも命はあるし動くことはできた。
掛け布団を投げ、素早く立ち上がる。急いであの怪字を倒さないと。放っておくと犠牲者がどんどん増えるばかりだ。
「起きたかね、触渡君」
「……宝塚さん!?」
すると宝塚先輩の父親である宝塚刀頼さんが廊下から入ってきた。何故ここにいるんだろう?そして今の俺の姿勢で戦いに行こうとしてたことを悟ったのか、それを阻止してきた。
「まだ休んでおくといい、まだきついはずだ」
「で、でも怪字をほったらかしになんかできません!」
「怪字なら、今さっき刀真が向かっておる。あいつに任してくれ」
「先輩も重症のはずです!それにあの怪字はいくら先輩が強くても一人じゃ勝てませんよ!」
「しかし、今の君は戦える状態じゃない。その怪我で言ったら君も危ない」
何度も言葉で制止してくるが、俺の決心は変わらない。
瞬間移動能力は、一人では絶対対処できないものだ。現に一人で戦ってこの様だ。
あの怪字を倒すには奴をおびき寄せる囮と、その隙を突く攻撃手が必要である。見えている範囲の人間の周囲にしか瞬間移動できないということは、死角からの不意打ちに弱いということだ。
それに……
「今も誰かが苦しんでいるかもしれないのに……俺はジッとなんかできません!お願いします!行かせてください!」
「……」
俺の熱意は届かなかったのか、宝塚さんは何も言わずに俺の目を見つめている。表情も変えていない。
こうなったら強行突破してでも怪字の所へ……
「天空が言ってたとおり、君は本当に自分の心配をしない男だな」
「……え?」
彼はため息混じりでそう言う。そして分かってくれたのか、俺に道をあけてくれた。
「行く前に少しいいかな?」
早速外に出ようとした瞬間、またもや宝塚先輩に呼び止められる。まだ何かあるのか。
「刀真を……息子を許してくれないか」
「先輩を……?」
「あいつは『一』のことで君にあんなことを言ったが……怪字に大切な人を奪われたという意味では同じだ」
「……え?」
怪字を求め、戦った橋の周囲を探し回る。
一応触渡から「葉」「知」「秋」を勝手に借りて「一葉知秋」で探している。発光が強くなってきてるため、近くにいるのは間違いない。私の戦い理由を再確認して、過酷な戦いに覚悟した。そう、私の戦う理由は、昔のある出来事が原因である。
私は幼い頃、兄を怪字に殺された。
まだ小学生になる前のことである。
本来宝塚家の宝刀はその代の長男に受け継がれ、そいつが当主になる。私は次男、本来なら兄が当主になるはずだった。
だが兄は、怪字に殺されてしまった。
兄は好奇心旺盛な性格の持ち主だった。そして自分も当主になるため、怪字を一度目にしたかったのだろう。当時まだ当主であった父の戦いにこっそり付いて行ったのだ。兄を制止するために私も同伴したが、その勢いに負け止められなかった。その時に兄は殺されてしまったのだ。
俺は忘れられない。一瞬で串刺しにされてしまった兄の惨い姿を。そしてそれを間近で見てしまった。
幼少期なので深いトラウマになり、今こそ克服したが未だに夢に出てくる。
その時の私は、どうせ当主になるのは兄だと思って怪字に対し無関心だったが、目の前で怪字による殺人を見て、その心を大きく一変した。
父は言った。世の中には怪字によって悲しい思いをしている人が沢山いると、人生を狂わされた少年もいると。
私は人生を狂わされたわけでもない。しかし普段感情をあらわにしない父の悲しみと自責の顔を見て、その人生観は大きく変わる。
これ以上、誰も悲しませないために、私は刀を握る!
怪字の呪いは、私の代で断ち切ってやる!!
しばらく探していると、近くから女性の悲鳴が聞こえる。急ぎその場へ駆けつけると、そこに奴がいた。
闇夜に紛れるその黒い全身、しかしその爪先だけは真っ赤に染まっていた。その足元には背中を切られた女性が横たわっている。
「……そんなに人を切りたいなら私を切るといい」
懐から「伝家宝刀」を取り出し、そこから一本の刀を形成する。
私は自分の代で怪字を全て倒すと言った。しかしそれは俺だけが思っているわけではない。
父も含めた偉大なる先祖のうち、誰もが同じ想いでこれを握っていただろう。しかしそれはできなかった。だからこの刀には、宝塚家の無念が宿っている。
怪字はパネルごと増えるわけではない。つまり倒していけばそのうち全滅するというわけだ。
先祖たちが費やしてきた数世紀の時間を、俺が取り戻す!
「ただし……お前も切られる覚悟をしろよ!」