23話
夜道を走り、「一葉知秋」が導くままに怪字を探し回った。発光が強くなる方角を目指す。
やがてだんだん住宅街から離れ、自然の多い地域へと辿り着く。更に光は強くなっているのでこの付近にいるはずだ。被害が出る前に倒さないと。
辺りを見渡していると倒れている人が目に入った。急いでその人へと駆け寄る。
「大丈夫ですか⁉︎」
声をかけるも意識は戻らない。倒れているのは中年の男性、服の上からでも分かるほど筋肉質な体の持ち主だ。
見る限り外傷も無い。多分この人から出たパネルが怪字になったのだろう。その反動で気絶したに違いない。
とにかく安全な所まで運ばないと、そう思って近くにあった公園のベンチで寝かせた。
そして怪字探しへと戻る。一向にその姿は見つからず、もう数十分探していた。しかし「一葉知秋」はこの辺りに反応している。近くにいるのは間違いない。なるべく一般人に見つかる前に倒したい。
そう思っていると、自分の横を何かが高速で通り過ぎた。
「のわぁ⁉︎」
その凄まじい風圧で軽く吹き飛ばされてしまう。まるですぐ横を新幹線が通り過ぎたようだ。
尻餅をつきながらもさっきまで自分がいた所の横を見る。そこには何かが引きずられた跡が真っ直ぐ伸びていた。その跡を辿ると……
「……怪字!」
点滅する街灯に当てられた怪字が、背中を向けながらもこちらを見ていた。
その足は熊のように大きくて存在感がある。そしてその手はゴリラのように太い。そして顔は豚の顔に象のような牙といった、イノシシの形をしていた。全体的なサイズも「疾風迅雷」の時の怪字と比べて一回り大きかった。
「これまた、随分とガタイのいい奴だな……!」
その怪字はゆっくりこちらへと体を向き直した。俺はそれに応えるかのように構えた。
静かな時、聞こえるのは風の音と奴の荒い鼻息。怪字は血眼になって俺を睨み、そして突進してきた。
「……ッ!」
巨体でのタックルを右に避けた。
目で捉えられない程でもないが速い。食らっていたらヤバかった。
怪字は文字通り真っ直ぐ突撃し、地面に綺麗な直線の跡を付ける。さっき見た跡はこいつが突進したものだったのか。
そしてこちらを向き、その大きな手を振り下ろしてきた。それを後ろに跳んで寸前で避ける。
重い拳は外れたが、コンクリートの地面を見事にかち割る。見た目で予想できていたが凄い怪力だ。
「こいつの能力は怪力に凄まじい突進力か!」
あの怪字と距離を取り、次のタックルに備える。
見たところ突進中に方向転換はしないらしい。そもそもあの速度で曲がれるのか?
「とにかく、単純な動きなら簡単に決められるな」
そこで俺は「一触即発」の4枚を使用、一撃必殺の待機状態となる。
相手が考えなしに突っかかってくるなら簡単に当てられるだろう。要するにプロンプトスマッシュは敵が触れてくればいいんだ。
狙い通り、怪字はこちらに突撃してきた。進路も変えずに直進だ。
「プロンプトォ……」
俺は力を溜め、右拳を後ろにして構える。
そして奴が触れてきた瞬間一気に解放した。
「スマッシュゥ!!!」
俺の一撃は怪字の体に見事にヒット。しかし、タックルの勢いは止まらなかった。
「なっ⁉︎」
プロンプトスマッシュで少しは弱まっただが、怪字の突進を諸に受けてしまった。強い衝撃と鋭い痛みを知覚した時には既に宙を舞っていた。
そのまま地面に激突する。そして激痛がジワァと広がり始めた。
「嘘だろ……!俺のプロンプトスマッシュを……打ち消すなんて……!」
怪字の体を見るとひびが入っている。一応さっきの一撃は効いているみたいだ。しかし奴のタックルが俺のスマッシュを上回ったのは変わりない。
この間まで使用を控えていたせいもあるが、プロンプトスマッシュに打ち勝つことができた怪字は見たことが無い。しかも真っ正面からでだ。
「のわっ⁉︎」
怪字はこちらに休ませる時間を与えない。再び突撃してきた。それを紙一重で避けることに成功。
奴は街灯に激突し、円の弧のようにへし曲げた。あれを軽減無しで受けた時を想像すると鳥肌が立つ。
さっきのプロンプトスマッシュで右拳の負担が予想以上にかかった。折れてはいないが痛みが酷い。
「長期戦は駄目だな……」
攻略法を模索していると、再び怪字が殴り掛かってきた。
「っち!」
それを前転して避け、奴の懐に潜り込む。左拳を腹に叩き込む。あまりダメージは入らなかったが、相手を少し蹌踉けさせた。
そして、懐から「疾風怒濤」の4枚を取り出す。
「これが効果的かもな!」
「疾風怒濤」を使い、攻撃態勢へと移る。姿勢を低くして両腕を後ろに引き、息をゆっくりと吸う。
前回の戦いで手に入れたパネルの組み合わせ、その能力は……
「ゲイルインパクトォオ‼︎」
敵も使っていた、超高速な連続パンチ!
目にも留まらぬ拳の追尾が、怪字の腹になだれ込んだ。あまりの速さに残像が見え、腕が何本にも増えたように錯覚してしまう。風を吹き、火花を散らしそうな勢いで打撃を繰り返す。名の由来は安直だが疾風のようにパンチをするから「ゲイルインパクト」。
「……!」
これには立派な体格を持つ怪字もその勢いに押され、防戦一方になる。自慢の突進も繰り出す隙が無い。
一発一発の威力はそれほど強くないが、その速さ、勢いが武器だ。右手のダメージが更に酷くなるが、目を瞑ろう。
「これでぇ……どうだぁあ‼︎」
休むことなく奴に拳を入れ続ける。これなら勝てると確信したと時……
「やばっ……!」
両腕を怪字に掴まれてしまった。そして人間離れした握力で腕が握りしめられる。
「うがぁああああああ‼︎!」
激痛が神経を通って脳に当たる。その痛みに対し声を押し殺すのは不可能だった。コンクリートをもぶち壊す怪力で腕を握られたら一溜りもない。
やばい、腕が折れる前に何とか抜け出さないと!
俺は腕を掴まれながらも両足で怪字の顎を蹴り上げる。それでも奴は手を放さない。すると奴が思い切り頭突きしてきた。
「うがっ……!」
痺れるように痛みが頭の中を響き渡る。一瞬気絶しかけた。
意識が朦朧としても、腕の痛みですぐに正気に戻される。気絶することも許されない。
そして奴は、俺を掴んだまま突進を始める。
「なっ⁉︎」
後ろを振り向くと、進路方向には岸壁がある。
こいつ、俺を壁に叩きつけるつもりだ!どうにしないと!
といっても両腕が掴まれているのでパネルが使えない。万事休すかと思ったが……
(いや……俺はまだ疾風怒濤を使ってる!)
さっきは連続パンチが強制的に止められただけで、そのパネルの効果はまだ残っているはず。
腕が使えないなら……足でやればいい!
「足バージョン!ゲイルインパクトォ‼︎!」
腕を掴まれたまま、俺は両足でゲイルインパクトを繰り出す。素早い蹴りを怪字の胴体に当てまくった。
すると怪字はバランスを崩し、凄い勢いで転倒した。その瞬間俺の腕から手を放したが、転倒の勢いで地面に激突した。その際持っていたパネルが辺りに散らばってしまう。
「はぁ……はぁ……!」
先頭の途中だが疲労で立ち上がれない。
ゲイルインパクトは強い技だが体力の消耗が激しい。まぁあんなに速く四肢を動かすのだから当然だが。
怪字はすぐ起き上がり、動けない俺に近づいてくる。
(もう駄目か……!)
覚悟して目蓋を閉じる。すると……
「君の『一』、少し借りるぞ」
聞き覚えのある声が耳に入る。顔を見るために目を開けた瞬間……
「紫電一閃!」
一瞬視界が光に包まれ、斬撃が放たれた。
その斬撃は怪字の体を鋭く切り裂く。目に映ったのは、斬られる怪字。そして……
「宝塚先輩……⁉︎」
白く輝く刀を振った後の、宝塚刀真先輩がそこにいた。その手には一本の日本刀、そして「紫」「電」「閃」と俺の「一」が握られている。
先輩の放った斬撃は俺の上を通り、怪字を切り裂いた。多分その斬撃が今言った「紫電一閃」の能力なのだろう。
いや、それより俺の「一」が勝手に使われた。
「返して……ください……俺の……『一』!」
「安心しろ、私は盗人になるつもりはない。終わったら返す」
そう言うが信じられない。家であんなに「一」を欲しがっていたのだから。
「一」が無いと使えない四字熟語がある、その言葉の真意が分かった。今の斬撃は凄まじい一撃だった。確かに怪字退治においてあの技は効果的だろう。
「さぁ、今度は私が相手だ。怪字」
刀を両手で握り直し、構える宝塚先輩。
斬撃を受け倒れていた怪字も起き上がり、先輩と対峙する。両者しばらく睨みあい……そして走り出した。
「はっ!」
怪字の太い腕による腕払いを跳んで避ける。先輩は奴の右腕に乗り、怪字の首元を斬りつけた。
その一太刀は浅かったが、十分なダメージだ。右腕から降りた先輩は更に怪字の体を斬る。そして次の反撃も見事に躱す。
なんて素早い身のこなしだろうか、敵の攻撃を一瞬で見極め、受け流すように避けている。そのうえ相手の隙を見逃していない。
すると怪字は右足で地面を蹴り、お得意の突進を始めた。
「先輩!避けてください!」
しかし宝塚先輩は避けようとせず、寧ろ真正面から受けようとしていた。
いくら刀が凄くてもあのタックルを受け止めるのは無理だ。あの刀に防御力があるとは思えない。
ひたすら逃げるよう叫ぶが、先輩は一歩も動かない。
すると先輩はさっき使った「紫電一閃」を再び使用し……
「紫電一閃‼︎」
その光輝く斬撃を飛ばし、怪字の右腕を切断した。
腕一本が無くなったことにより、怪字はバランスを崩し、地面を擦りながら転倒する。
先輩は倒れた怪字に向かってゆっくり近づく。
「トドメだ」
怪字はすぐに起き上がり、先輩へと跳びかかる。それに対し、「一」を使った別の四字熟語を使用した。
あと少しで奴の攻撃が届きそうなのに彼はゆっくり息を吸い、思い切り刀を振った。
「一刀両断‼︎‼︎」
次の瞬間、怪字は刀によって真っ二つに斬られていた。切断面から亀裂が広がり、奴の体は粉々になる。
中から四枚のパネルがでてきた。その四字熟語は「猪突猛進」。その意味は「前後のことを考えずに猛烈に突き進むこと」。あの怪字の突進力の凄さはそれか。
先輩はそれを拾い集め、そして「一」を俺に投げ返した。俺ももう立てるようになり、それをキャッチする。あっさり返したことに少し驚いた。
「『君より私のほうがそれを上手く使える』……」
「……‼︎」
それはついさっき聞いた言葉だ。そしてその通りかもしれない。現に先輩は「一」を使って俺が苦戦していた怪字をあっという間に倒した。
「今日のところは返す。その言葉の意味を深く考えて、もう一度私が来た時に渡せるようにしてくれ」
そう言って先輩はその場を後にして去った。残ったのはボロボロになった俺のみ。
「……ああ゛っ!」
そして怒った。先輩に対してじゃない。言い返せなかった自分に対してだ。
たまには自分の事だけで怒ってみたら?強制する言い方だけど……触渡君にはそれが必要だと思う。
風成さんの言葉だ。この言葉に対し俺は「必要ない」と思った。しかし今は違う。
今この場で自分に対し怒りが湧かなかったら、俺は一生あの人に届かない。
(怒れ!この悔しさをバネにしてもっと強くなるんだ!)
怪字に負けそうになった時には感じなかった敗北感と悔しさ、それを心に刻み込み、強くなることを決心した。
「一」は渡さない。そのためには、先輩より強くならないと!