19話
風成さんにレンガが落とされた日の翌日、俺と風成さんは一緒に登校していた。今日は予め連絡を入れて同行している。
昨日誰かに狙われたので今日も誰かに襲われるかもしれない。なのでいざという時に対処できる俺が側に付くことになった。昨晩電話でそれを話したとき彼女は少し戸惑ったが自分の身を守る為に了解してくれた。
8時に彼女の家の前で待ち合わせし、そのまま学校へと向かう。歩いている時も常に目配せしている。狭い道はなるべく通らずひとけの多い広い道を使った。
「ありがとうね触渡君、私のためにここまでしてくれて」
「良いって、風成さんは英姿学校でできた初めての友達だから」
「そう言えばさ、昨日の『疾風迅雷』、使ってみてどんな感じだった?」
「感じ?」
「ほら、触渡君めっちゃ速くなったじゃん。だから本人はどんな感覚で速くなってんのか気になって……」
「うーん、昨日使ったのが初めてじゃなくて、最初は家で使ってみたんだ。感覚は……そうだなぁ……」
俺は顎に手を添えて何か良い例えが無いかと脳内の辞書を漁って読む。
数秒考えた結果、次の言葉が出て来た。
「『普通』……かな?」
「……普通?」
彼女はそう聞き返してくる。恐らく「凄かった」や「面白かった」などの言葉を期待していたのだろう。しかし俺が出した答えは形容詞ですらない。
「ほら、電車に乗って窓を見ると近くの物は全部速く通り過ぎるよね、だけど『疾風迅雷』で加速した時は普通に見えるんだ。自分が加速したんじゃなくて周りのスピードが遅くなったように感じる。速くなったのは分かるんだけどあの時の俺にとっては普通に走っただけなんだ」
「……頭の計算も速くなったってこと?」
「そうそうそんな感じ」
あの状態なら飛んできた弾丸も鈍く感じるだろう。動いている間まるで自分以外の時間の流れが遅くなったような感覚。この間それについて実験してみた。「疾風迅雷」の状態で話し合うといった物だ。
加速した状態で天空さんに話しかけてみると声は速くなっていなかったという。逆に彼の声を耳に入れたが遅くは聞こえなかった。どうやら全部が速くなるわけではなく、聴覚といった五感は普通のままらしい。
しかしデメリットが無いというわけではない。
「疾風迅雷」の弱点、それは体力の消耗の激しさだ。いくら加速してもスタミナが増えるわけではない。加速した分疲れるのはいつもと同じだ。
怪字退治の為、マラソンや筋トレなどの基礎作りは小さい頃からやってきた。見た目は細いが銃も効かない怪字にダメージを負わせる程のパワーは付いた。
だけど限界もある。俺が倒したあの怪字は体力という概念が無いからあんな風に好き勝手できたのだ。時折奴らが羨ましくなる。
そうこうしている間に学校に着く。今回は何も無かった。だが今日の帰りや明日以降何か起きるかも知れないので油断は出来ない。
昇降口に向かう為花壇を横切る。そう言えばこの学校花育ててたな。レンガで作られた古い花壇を使っていた。
(……レンガ?)
その瞬間俺はハッとなり、花壇をジロジロ眺め始めた。
「触渡君?」
俺の急な奇行により風成さんは戸惑い、俺に付きそう。
花壇を周回して何かないかと探す。
そして、予想していた物が発見された。
「風成さん!これ……」
「え?」
それは花壇の隅だった。草木が隠していたので見つかりにくかったが、そこだけレンガが1個抜けているのが見える。抜けていると言うより抜かれている。
無理に周りを割って抜いたのか、埃や小さな破片が辺りに飛び散っている。それを見てごく最近抜かれているのが分かった。
「昨日の犯人、多分この花壇からレンガを盗ったんじゃないかな」
「えぇ!?じゃあ昨日私にレンガを落としてきたのはこの学校の生徒なの!?」
「遠目で高校生ってのは分かってたけど、まさかうちの生徒とはな……」
これでますます風成さんが危なくなってきたのが分かった
登校や下校時を狙ってくると思っていたが、もしこの学校の生徒が犯人だったら学校がある日はいつでも狙える。授業中は無理でも休み時間、部活、一人になった時など色々ある。何てこった、学校で休める時が無いに等しい。
「……気を付けた方が良いよ風成さん」
「う、うん」
彼女もそれを理解したようだ。表情が軽く怯えていた。
ふと思った。風成さんを狙うのは何故だ?彼女が恨まれる理由があるとは思えない。
そもそも俺は彼女だけが狙われると断言したが、もしかしたら無差別の可能性もあった。たまたま風成さんが最初のターゲットになっただけもしれない。そうだったとしたら他の誰かも危ない。
まぁ風成さんが次は狙われないと決定づけるのはまだ速い。分からないことが多いからだ。
(一体何で……?)
もう少しで夏休みというのに、まったくもってワクワクなどできなくなった。