終章
郊外の英姿町に突如として襲い掛かった呪物研究協会エイムとその怪字兵たち、その存在は多くの一般人に目撃され犠牲者が出た。
――簡単に言ってしまえば、この事件は無かったことにされた。
怪浄隊や前代未聞対策課による必死の根回しにより今回の騒動はテロリストによるものだと報道された。目撃された大量の怪字兵はテロリスト襲撃による集団幻覚ということとなった。少々無理があるとは思うがこれにより呪いのパネルという存在が世間に知られることは何とか防ぐことができたわけだ。
町1つの襲撃とその後始末、今までに怪字の存在が知られそうになった事件は数多く存在しているが、今回のこれは史上例を見ない程の最悪の事件ということになる。
そしてその発端であるエイムのボスである無間の死亡、これによりエイムという組織は完全崩壊を迎えた。小笠原大樹も逮捕されそのメンバーも全員逮捕されたことになる。
不知火無間の事は「テロリストの主犯」として扱われ警官に殺されたと報道された。無間と言う人間は世間体にとってあまり知名度は無く、他の地域にとってはどうでもいい人間だろう。
しかし世間的に一番衝撃だったのは無間ではなくその部下のその後だろう。
捕まった小笠原大樹、そして本拠地突入の際に逮捕した鎧と長壁、特に無間への忠誠心を持っていた3名が獄中で自殺した。原因は当然無間の死を知ったから、狂信的な感情を抱いていた彼らにとってその教祖たる無間がこの世から消えたことはもう生きる意味が無いということでもあった。
英姿町はあれから何日もかけて復興をし、しばらくして学校が再開したが俺や刀真先輩は戦いの傷のせいでまだ入院していた。駆稲をはじめとした知り合いが沢山見舞いに来てくれ、刀真先輩の知り合いや宝塚さんも来た。
勇義さんにも同僚や網波課長が見舞いに来て、他にも虎鉄さんや長壁さん、そして研究所のメンバーも来てくれた。その時に大樹さんや鎧たちの自殺の事を聞いたのである。
その際比野さんは終始悲しそうな顔をしていた。当然だろう、想い人に説得する前に自殺されたのだから。無間の死後でも、奴がつけた傷は大きかった。
そして一番重要な部分ともいえる無間の使用した「不老不死」。リクターさえ使えば不死身の体になれるという一見魅力的に聞こえる代物だが、今回のような悪用する人間がこれ以上出ないとは言い切れない。その為厳重に封印することとなり、その場所を知っているのは一部の人間だけだという。
エイムが潰れた今、怪字による事件は格段に減少するだろう。英姿町の怪字出現率の増加も奴らの仕業だったわけだし、これからはこの町も平和になるだろう。
だから、俺も自分の道を進める。
「あの事件からもう1年くらい経つか……」
時は進み1年後の3月、場所は英姿町にある一部屋六畳のアパート。そこで過去の事をしみじみと振り返っている勇義さんと対面していた。
そう、エイムの襲撃からもそこまでの月日が経ち俺も卒業間際の高校3年生である。進路問題も済まし今はその時まで平和な暮らしを謳歌している。今日は勇義さんの家にお邪魔して遊びに来ていた。
勇義さんのことだからその部屋は凄く散らかっていると思い込んでいたが、物欲が無いのか必要最低限の物しか置かれていない。テレビがあるだけまだマシかもしれないが、これは意外だった。
「ところで……本当にこの町から出てくのか?」
「はい、神職の資格を得るために都内の大学に行くことに」
今俺が1人で住んでいる神社、そこを誰かに任せて俺は神職になり天空さんと同じ道を進もうと思っているのだ。その資格を取れる大学は都心にしか無くやむを得ず英姿町から去る事にした。
確かにこの町から出ていくのは寂しく辛いとは思うが、この進路については前々から決めていたことだ。決意が揺るぐこともない。
「その学費と住まいの家賃やら何から何まで……本当にありがとうございます」
「礼なら向こうで網波課長に言ってくれ。まぁあの人なりの恩返しってことなんだろ」
そしてその準備は何と網波課長をはじめとした前代未聞対策課の皆さんが負担してくれるというありがたいことになった。この間電話でお礼を言ったら「日本を救ってくれた英雄の褒美として当然」と言われてしまう。
確かに無間をあのまま放っておけば日本……いや世界そのものが崩落していたかもしれない。だからといって日本を救った英雄なんて呼ばれれば流石に照れてしまい、そのスケールの大きい称号に対しむずがゆくなる。元々英雄扱いは苦手だが、どうやらその一件で俺の名前はパネル使いの世界に広く浸透したらしい。
「……俺からも礼を言わせてくれ、お前は間違いなくパネル使いたちにとっての英雄だ。お前と出会えたことを誇りに思う」
「勇義さん……俺も貴方に会えて本当に良かった!またいつかよろしくお願いします!」
そう握手しながら別れの言葉を言った後、彼とは別れてアパートを後にする。そして次に向かったのは鶴歳研究所であった。
早速寄ると今まで服の中に忍んでいたリョウちゃんがウヨクとサヨクの姿を確認した瞬間飛び出し部屋の上で遊びまわっていた。そんな光景を比野さんと共に微笑ましく見ながら話を続ける。
「研究所の皆さんにもお世話になりました。どうかこれからも頑張ってください!」
「いえいえ!私たちなんか何もしてませんよ!……役に立ったのはグローブを作った大樹さんぐらいです」
「……ッ」
やはり小笠原さんの自殺の件をまだ引きずっていた比野さん。無理もない、無関係な俺でも数日悩み続けたというのに、彼に好意を抱いていた彼女にとって恐らく一生枷となるものだろう。
場がすっかり重い空気になってしまった。ここは何とかして和ませなければと思ったがどうやら無駄な気遣いだったようだ、比野さんがすぐに笑顔を向けて解決する。
「まだあの人の気持ちは分かりませんが……いつか分かり合えると思うんです。もう生きている間には会えませんが……きっとあっちで会った時に。だから、大樹さんの分まで生き続けます、そして私の想いをいつか分かってもらいます!」
「……そうですか」
一時期自殺の心配があった比野さんであったがこの通りすっかり克服して無用の心配であった。この優しい性格と真っ直ぐ前を見続ける信念は、これからもパネル使いの世界に革命を起こし続けるだろう。
そうして比野さんや研究所のメンバーの皆さんと別れた後、最後に宝塚家に行き刀真先輩と対面した。彼と何度も対戦した格闘ゲームをやりながら話は進む。
「でも……やっぱりお前がいなくなるのは惜しいな」
「何ですか突然、今更俺がいなくなって不安に思う器でもないのに……危なッ!先輩と勇義さんがいれば大丈夫ですよ」
「だからだ……よ!怪字が出る度にあいつと顔を合わせる羽目になる!」
「何をいまさら……おっとと!何回も会ってるじゃないですか」
先輩と勇義さんの関係は1年経っても相変わらずであったが、以前よりかは少し喧嘩の割合が少なくなっているのは気のせいだろうか?もしかしたら1年前のあの日に何かあったのかもしれない。
「ところでよ、都心に行くことになって風成さんはなんて言ってるんだ?」
「……それが、伝えた日から全く口を聞いてくれなくて」
「だろうな、純桜も同じ立場だったら少しは怒ると思う」
ちなみに大学生となった先輩は高校の同級生と交際を始めたわけだが、どうやら宝塚家にとっての恋人とはパネルや怪字の事情を知った上での交際が当然らしく、始めはお父さんに認めてもらうのが難しいとされてきたが何と以前に話したらしい。
それはともかく、駆稲に都内の大学に行くことを伝えたらそこから彼女の一方的な口喧嘩となってしまいあの日からまったく話していない。英姿町を出てく俺を必死に止めようとしているわけでもなく、かといって行くなら早く行けと言ってるわけでもない。急にそんなことを言った俺を呆れてどうでもよくなったか?だとしたら物凄く悲しい。
「……当主になったばかりの私は、何でも自分でやろうと自暴自棄気味だった。だがお前に会えてその肩書きに恥じぬ男になれた。礼を言う」
「何だか……今日はやけにお礼を言われます。別に今生の別れでもないのに」
元々は俺の方から礼を言いたくて知り合いに訪ねているのに、さっきから逆に俺が礼を言われていてばかりだ。親しい知人からの「本気のありがとう」はむずがゆくて照れずにはいられず、ついリモコンから手を放して頬を掻いてしまう。それが仇となり、刀真先輩の操作キャラに一気にコンボを決められてしまった。
「お前はお前の行きたい道を切り開け、英姿町は俺たちに任せろ」
そんな言葉と共に俺の画面には「LOST」、先輩の画面には「WIN」の文字が表示される。手加減などしなかったのに、ボロ負けしてしまった。
そこから数日かけてお世話になった人達へ別れの挨拶を行った。勿論疾東さんたちや飛鳥も学校で言ったが彼らにも逆に礼を言われてしまう。
元々は怪字退治のためにこの学校、この町へやってきたわけだがそれ云々かんぬん関係無しに、この町に来て、この町の人達と触れ合えて本当に良かった。心からそう思える。
悲しいこともあった、二度と忘れることができない程悲惨な思い出もある。しかしそれらをまとめてこの経験は生涯記憶の片隅に在り続けるだろう。
そして遂に都心へと引っ越す日、荷物はもうまとめて送っており、これでもう誰に引き留められようとも行かなければならない状態となった。それが、今横でそっぽを向きながら歩いている駆稲でもだ。
「あ、あの……駆稲?」
「……フン」
「と、都内楽しみだなぁ~特にこの『カフェ・センゴク』とか良さそうじゃないか?」
「……」
一応こうして見送ってくれるために駅まで同行しているが、一向に口を開いてくれない。視線も合わせようともせず、俺はただ冷や汗を掻いて何とか機嫌を取ることしかできなかった。
彼女の気持ちもよく理解できる。去年から付き合い始めた男がさっさと離れてしまうなど誰でも怒るだろう。なのでこうして分かってもらえるよう必死に説得していた。
しかしこのままだと喧嘩したままの別れになってしまう。この英姿町に帰ってくるのは一体何年後だろうか?俺が向こうに引っ越してもすぐに遊びに来ればいい話だがそういう問題ではない。今ここで分かってもらわないと駄目だ。
そうこうしている間に見慣れた駅前に到着してしまい、いよいよお別れを言わなければならなくなる。こんな時カッコいい一言を言えば全て解決だろうが、俺にそんな対人関係能力は無い。最後まで言葉が詰まっている状態であった。
――もうこの際、カッコよさなんて関係無い。俺が思っているありのままを伝えよう。
「……駆稲、確かに英姿町から離れるけど……何もお前のことより大学の方が大事だと思っているわけじゃない」
「じゃあ……行かないでよ」
その正論とも言える返しに図星を突かれ一瞬言葉が喉で詰まった。確かにその通りだが、ここで自分の気持ちを言わないと俺はいつまで経っても前に進めない。
じゃあ何て言えばいいのか?取り敢えず俺は――彼女に抱き付いた。
いつもならお互いに照れて長続きしない抱擁であったが、この時だけ人目も気にせずいつまでも抱き合っていた。
「駆稲が好きだ。都心や地球の裏側にいても、お前の為ならすぐに駆け付ける。電話だって毎日するし絶対にお前のことを忘れない。だから、少しだけ俺のやりたいことをさせてくれ」
こんなことは女を好きになった男の及第点、もしくはそれに到達してすらいないかもしれない。だけど今の彼女を安心させることであった。俺がいなくなって寂しいから拗ねている、それは俺も同じであった。必死に勉強している間に俺の事なんか忘れてしまわないか不安でしょうがなかった。他の男に盗られているところなんか想像すれば、存在しない相手に怒りを通り越して殺意すら湧いてきた。
「……うん、私も忘れない。発彦君の事……絶対に」
その言葉がどれ程の安心感を生み出してくれるか、引っ越さずにずっと彼女の側にいて抱き付いていたい。そんなことも思えてしまう程幸せな時間であったが、俺の決心は硬かった。
そのままお互いにスッキリした表情で駅構内へと向かい、駆稲には駅のホームまで来てもらった。
――ハグはしても、別れのキスは必要ない。だって俺たちはどこにいようとも繋がっているからだ。
「じゃあ、バイバイ」
「うん、そっちでも頑張ってね!」
やがて俺と駆稲の間を電車のドアが妨げ、そのまま無情にも出発していく。見えなくなるまで彼女の顔を窓から見つめ続け、その愛しの顔が景色の中に消えていくのを確認して俺が誰もいない車両の中、ゆっくりと座席に座る。
窓から見れば、再び帰ってくるであろう英姿町の景色が映った。こんなに良い町は他に見たことが無い、ここが俺の故郷とも断言できる。
俺たちはパネル、例えどんなに離れていようとも運命に導かれて再び巡り合う。俺にとって、最高の二字熟語になってくれるパネルはあいつだけだ。
勿論繋がるパネルは彼女だけじゃない、1つの漢字で様々な四字熟語の一部になれるように、俺というパネルはこれからも巡り合わせという運命に導かれるのであった――
ここまで読んでいただきありがとうございました。




