190話
「ガハッ!ゲホガッ!カッ……!!」
気づけば俺は瓦礫の山に埋もれており、土埃が嫌と言う程口の中に入っていた。しかしそんな不快感も忘れるほど体中を襲っている激痛は凄まじく、少しでも動けば連動するかのように痛みが走った。
咳き込みながら上を見上げれば、炎の翼で天高く舞っている無間の姿。それを見た瞬間その痛みを塗り替える怒りが体を動かし、無理やり起き上がる。
もう周囲のビルは殆どが半壊している状態、都会のように発展していた英姿町の駅前は災害に襲われたようにボロボロとなってた。しかし真に恐ろしいのは、これがたった1匹の力で行われたということだ。
「もうギブアップかい?もう少し楽しめると思ったんだけど……真の王に歯向かいその絶対的な力の前に敗れ去る反逆者、君の名前は童話の悪役として後世に覚えられていくだろう」
「糞ッ!何が童話だ!調子に乗るのもそこまでだぞ!」
そう息巻くのはいいが状況は悪化していく一方、「不老不死」対策は確かにあるが今奴は空の上、そして俺は屋上に立って戦っているため位置的にも悪い状況である。できれば同じ舞台で戦いが生憎リョウちゃんは下でのびている、回復するまで時間がかかるだろう。
せめて奴が下りてくれればという希望にも近いことを考えていると、何とその通りに無間はビルの屋上に足を置く。そして余裕の笑みでこちらを指で誘ってきた。
(こいつ……舐めやがって!)
俺も俺で顔に出していただろう、だからといって見す見す手加減の挑発を受けそれを嬉々として受け止めるなんてことはできない。俺の下りてきてほしいということを察知し知った上で降下してきたのだろう。
だがしばし待て、例えそれが挑発であろうが向こうから降りてくれたのはありがたい。腹が立つはここは我慢しあれを狙っていくしか今の俺にできることはない。
「――だありゃああああああああああ!!!!」
俺は雄たけびを上げながら走り出し無間に跳びかかる。まずは正面からその顔面を蹴り上げる――と見せかけて「疾風迅雷」でその後ろに回り込み、その背中に重い一撃を打ち込んだ。
そして今度こそ回り蹴りを繰り出し、奴の首元を横から強打。そのままその懐に潜り込み「疾風怒涛」を使用した。
「一点集中型ゲイルインパクトォオ!!!」
そこからパンチラッシュで一か所を重点的に殴り続け、やがてその燃える体に風穴が開く。もっとだ、もっと穴をあけてやると更に連続パンチを続けようとしたが、右拳を奴に受け止められ敢え無く中断してしまう。
「折角こっちから降り立ってあげたのに……こんなんじゃ僕は倒せない。いや、どんな攻撃でも不死身を殺すことなんて不可能だ!」
「このッ……放せ!!」
すると無間はそのまま俺の腕を掴み、ブンブンと振り回した後放り投げ近くの建物に激突させた。掴まれた箇所をとてつもない熱量が襲い火傷を負わされるが、今更この程度気にする必要も無いだろう。
俺が殴って開けた穴はすぐに塞がり何事も無かったかのように元通りとなる。何度見た光景だろうか。
だが勝機はある、あれさえ狙っていれば必ず勝てる!
「……何か企んでいるな?」
「ッ!」
しかしそんなことを言われ心臓が跳ね上がった。「何か」ということはその詳細はまだバレていないらしいが、こちらに狙っているものがあるということを知られてしまう。
「『怒髪衝天』を使わないのがその証拠、怒髪衝天態で私に挑まない程君も馬鹿じゃあるまい。大方何かの為に体力を温存しているのだろうが……一体どんな策だ?」
「……さぁ?何のことやらサッパリだ」
今更そんな口による誤魔化しは無駄だろうが、下手なことを口にして察されたら不味い。あの作戦の全てに気づかれれば本当に奴に勝つ好機が無くなるのは確定していた。
しかし俺が怒髪衝天態にならない理由はズバリ当たっていた。いつその全容に気づくかヒヤヒヤしてしまう。
「まぁいい、どんな作戦だろうが今の僕には通用しない!精々その浅知恵を取っておくがいい!」
すると無間は両翼で瞬時に加速、そのまま俺にラリアットをぶつけ共に英姿町の上空を飛んだ。奴の真っ赤な腕が俺の体に食い込み、熱さと苦しさでどうにかなりそうであった。
「ガァアッ!?」
そしてビルの側面が陥没するほど押し付けられ、今度はそのまま俺を蹴り上げてビルに溝を作っていく。またもやその屋上に打ち上げられた俺はどうにかしようと宙で抗うも無駄に終わり、今度は下に蹴り落とされた。
「これでどうだぁ!?」
「がはっ……金城……鉄壁ッ!!」
屋上へ叩きつけた後、無間は真上から火球の連弾を大量に放ってくる。対する俺は「金城鉄壁」の結界で防御しその爆発を防いだ。しかしその結界は次の奴による踵落としで粉砕され、無間に首を掴まれ持ち上げられてしまう。
熱せられた1本1本の指が首の肉に食い込み、ジリジリと焼かれながらも圧迫され、軽い呼吸困難に陥った。
「あ……が……放っせ……!!」
「どうだい、喉を焼かれる気分は?どぉれ、このまま肉と骨をドロドロに溶かして握り潰してくれようか!?」
(畜生……こうなったら仕方ない!)
そこで俺は奴の腕を振り払おうと使っていた両手を伸ばし、気絶寸前にまで追い込まれながらも何とかその懐に手を差し込み、4枚の四字熟語を取り出した。
――怒髪衝天ッ!!!
「ありゃ?」
瞬間、俺の首を絞めていたその手は握りしめられ、手首から途絶える。そこでようやく解放された俺は息を整えながらも両目で無間を睨みつける。
状況が状況だったとはいえ、つい怒髪衝天態になってしまった。しかしあそこで使っていなければ今頃本当に絞殺されていただろう。
「やっと使ってくれたか『怒髪衝天』……僕ね、君のその姿を気に入ってるんだ。真っ赤にメラメラと燃えてかっこいいと思うよ?」
「よく言うぜ、アジトじゃ返せと言ってきた癖に――ッ!!!」
そしてすぐさま「疾風迅雷」を使いその懐に潜り込む。こうなったらもう最後まで怒髪衝天で行くしかない!その腹部に怒りのパンチを打ち込みあっという間に亀裂を走らせる。
すると奴はその傷も手首も即座に再生させ、いつの間にか形成していた火球の弾幕を一斉に飛ばしてきた。咄嗟に「八方美人」を使い火球の間をすり抜けながら後退していく。しかしその弾幕の密度は次第に狭くなっていき、「八方美人」の自動回避でも避けきれないものへとなっていく。
「くッ――疾風迅雷!」
そうなる前に「疾風迅雷」の加速状態となり、グローブで遅くなった火球を弾きながら前進。何とか無間の目前まで接近し、滑らすようにその顔面に足を走らせる。しかし直前に掴まれ防がれてしまった。
燃える手のひらによって靴ごと焼かれそうになるも、咄嗟に体を捻らせて無理やり脱出し再び距離を取る。足も焼かれて機動力を失ったら今度こそ終わりだ。
(ここは――動ける時に動き回っておくか!)
そこでもう一度「疾風迅雷」を使い目にも止まらぬ速さで無間の周囲を跳びまわり奴を翻弄しようとする。いくら「不老不死」の力でもこの速さについてはこれない、このまま機会を伺って攻めに攻めようとした。
「少し……鬱陶しいぞ!!」
「あっつ!?」
しかし無間は両手を下につけ敷き詰めるように炎を周囲に行きわたらせ屋上の殆どを火で包み込む。当然足場が無くなり「疾風迅雷」の俊足を止めざるおえなくなった。
慌ててまだ燃えてない所へ移動するが、このままだとここにも火が届き足場が無くなる。なのでまた隣のビルに乗り移ろうとするもその間から炎の壁が燃え上がり道を遮られてしまった。
完全にこの屋上から脱出できない状態になり、こうしている間にも炎の手に追われていく。するとその中をゆっくりと突き進む男がいる、無間だ。
「生憎だがこれ以上君と遊んでいる時間は無いんでね……とっとと決めさせてもらう!」
「がッ――はぁ!!」
すると一気に速くなり俺に腹パン、強烈な一撃が腹に打ち込まれ思わず吐きそうになる。本来なら避けれたはずであったが何せ周りが火に包まれているため思うように動けない。対する無間はこの中でも悠々と歩くことができる。こうなれば一方的な戦いになるだろう。
奴の燃え盛る打撃、熱々しく焼かれた拳と蹴りが立て続けに打ち込まれ尚且つ足場を燃やす猛火にも襲われる。今の俺は完全に火という火に襲われていた。
やがて無間はしばらく叩き続けた後、ボロボロとなった俺の腕を掴みそのまま上に羽ばたく。そして屋上から離れ何の足場も無いところで俺をぶら下げた。
「反逆者の終わり方としては、このまま落とされ地面に激突して潰れる最期の方がお似合いだろう」
「がはッ……うぅ……この……ッ」
「じゃあね、暇つぶしにしては中々楽しめたよ」
そう言って無間は最後に笑みを見せ、そのまま手を放して俺を下へと落とす。俺は煙の中に消えていき叫び声も上げずに地面へと落下していき、それを見届けた無間は視線を町の景色に移す。
俺との攻防のせいで殆どが崩落したビル、炎に包まれる英姿町。ただそれを腕を組みながら見渡すだけの無間。それを見て何を感じているのかは一切表情に出さずただ見つめ続けた。
「後は宝塚刀真に勇義任三郎……他にもパネル使いが集まっているようだが僕の敵ではないな」
しかしようやく高笑いをこだまさせて感情を表す無間、その笑みには一種の狂気が垣間見え、ただひたすらに自分の現状を喜んでいた。
「見たか世界よ!これが僕の力だ、これが新たな王だ!今日を持って、僕は世界の全てを支配し永遠の王として君臨する!!フハハハハハハハハハハハッ!!!」
その笑い声はどこまでも響き、暗雲に包まれた空へと消えていく。無間が笑う度に背中から生える炎の両翼が一段と燃え盛り、体中の猛火が辺りを照らす。まるで神でも降臨したように一際存在を放ち、その堂々たる姿を見せつけていた。
だからなのだろう、下から迫るその存在に気づけなかった。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!」
『ガルゥウウウウウウウ!!!!』
「……ん?」
煙を突き抜け現れたのは、上昇飛行をするリョウちゃんに乗った俺。そう、落ちる寸前にリョウちゃんにキャッチしてもらい何とか一命を取り留めたのだ。
そのままリョウちゃんと共に空飛ぶ無間へと一直線に跳び、ある程度接近したところでその頭から跳び、奴の下へと向かう。
「一触即発……!!」
『ガラァ!!!』
そして俺が「一触即発」を使う瞬間、下のリョウちゃんが俺に火球を当て勢いを更に上昇の勢いを上げ、待機状態のまま打ち上げられてそのまま無間に自分から触れた。
「プロンプトゲキリンブレイクゥウ!!!!」
刹那、「一触即発」+「リョウちゃん」+「怒髪衝天」のパワーが1つとなりまとめて無間に打ち込まれる。するとその全身に亀裂とヒビが一瞬で入り、豪快な破裂音と共に無間は木端微塵となる。
無間だった者の欠片が下に降り注ぐ中、俺も重力に従って落下するがまたリョウちゃんに受け止めてもらい安全に地面へ降り立った。
「悪いな傷だらけの状態だったのに……しばらく休んでもいいよ」
『ガルル……』
今ので完全に体力を使い果たしたリョウちゃんはそのまま小さくなり俺の服の中へと入る。こいつには沢山働いてもらった。無間探しや空中戦、そろそろ休ませた方が良いだろう。
「後は……俺1人でやる!」
そう意気込んで前を見れば、地面に散らばった欠片が集まっていき人の形を形成していく。バラバラにしても再生するのは前に試した時に分かっている。しかし俺の狙いはそれはじゃない。
「まだ生きてたのか……まったく諦めの悪い坊や――だ?」
そして真っ先に治った両目で捉えたのは、再生中の隙を突き懐へ潜り込んだ俺。右手を握りしめもう一度その腹部に拳を叩きつけた。まだ完全に治りきっていなかったため俺の拳はヒビだらけの肉を打ち破る。
例え体の修復の最中に殴っても結果は同じだろう、無間もそう思ってヘラヘラと笑いながらそのパンチを受ける。しかし、その表情は次の瞬間苦痛のものへと変わった。
「がぁああ!?何だこの感じ……体の奥から冷たくなるぞ!?」
今までの余裕は無くなり苦しみ始める無間、必死に炎も燃やしその冷たさとやらを打ち消そうにもその不快感はまったく消えない。
そして慌てた様子で自分の体を眺め、その異常に気が付いた。
「なッ……体が再生されない!?何故だ、『不老不死』の力はどうした!?」
全身に回った亀裂が一向に治らず、当然のことだが傷としてそこに存在し続ける。治るはずの傷がいつまでたっても在り続けることに疑問を感じ、軽くパニックになって自分の体を見続ける。
結構それを繰り返していると、ようやくその原因を察したようであった。
「これは、『無間地獄』!?そいつが体内から不死身の体を蝕んでいるのか!?何故お前がこれを持っている!!」
「不知火さんから受け取ったんだ……それを今お前の体に入れた。リクター無しでな」
「不老不死」に唯一勝てる四字熟語は「無間地獄」、これは奴自身が言っていた言葉。無間はその力で不知火さんからその四字熟語を抜き自分の物にし、今に至る。そして今奴の体を襲っているのはその「無間地獄」であった。
しかもリクターを外すことで「無間地獄」の死のエネルギーとやらは無間の体内にダイレクトで襲い掛かる。つまり、不知火さんにしたことを同じように返しているのだ。
「一度お前をバラバラにした上で入れて……傷だらけの状態の時に不死身の能力を封じ込める……上手くいって良かった」
「――不知火永恵ぇ!!死して尚僕の邪魔をするかぁ……!!だが所詮抜き取ればいいこと……」
そうして奴は自分の体内の「無間地獄」をすぐに抜こうとする。想定の範囲だ、奴がすぐにそれを抜き取ろうとするのは目に見えていた。
俺はそのまま跳び無間の腕を蹴り飛ばすことでそれを阻止、その蹴りによって更に治らない傷が付けられる。
「させると思ってるのか?もうお前は不死身なんかじゃない、ただの暑苦しいただの怪字だ!!」
「おのれぇ……どこまでも邪魔をしやがってクソガキがぁあ!!!もう許さん、すぐにでもお前を殺して不死身の体を取り戻す!!」
そうして初めて俺は無間と対等な関係となり、勝利がより明白なものとなる。もう奴は再生もしないし不死身でもない。不知火さんが残してくれた「無間地獄」で、見事「不老不死」を封じることができた。
「来い!お前の野望なんて粉々に打ち砕いてやる!!」