184話
「良かった間に合って……ところでその子は?」
「親とはぐれて一緒に逃げてたの」
駆稲のメッセージを見て学校から飛び出した俺は、「疾風迅雷」で走り間一髪のところで彼女を守ることができた。
――もう大切な人を助けられないのは御免だからだ。
それにしても、まだかまだかと心待ちにしていたわけじゃなかったが、無間の奴が今日攻めてくるとは思ってもいなかった。それも、英姿町を壊滅させるために大量の怪字兵を使って。本拠地から持ち出した人造パネルの分だろう。
「今学校が避難所になってる、とにかくそこへ急ごう!」
「分かった……ありがとね、助けてくれて」
「当たり前だろ?駆稲が『助けて』って言ったら、どんなところにいても駆けつけるよ」
そう言って俺は彼女が守っていた少女を受け取り代わりにおんぶした。酷く怯えている様子で俺の背中でプルプル震えていた。
それにしても、よく1人でこの子を守れていたな。改めて駆稲には関心させられる。こんな怪物がのさばる街で1人の少女を守りながら逃げるなんて並みの人間ではできないことだ。正直そう言った精神面では俺より強いかもしれない。
だからこそ、駆稲が決死の想いで守ってきた命は絶対に助けないといけない。正直駆稲も無理やり抱えて「疾風迅雷」で一気に学校まで走りたかったが、この子の身が高速移動に耐えられないだろう。
「俺から離れないで、絶対守るから!」
「うん!」
そうして俺たちは一変してしまった英姿町の街中を共に走り、学校まで一直線に向かう。
無間の奴め、大きなことをしてくるとは睨んでいたが些か規模が広すぎる。今まで自身の存在を隠していた癖に一気に派手になった。幸いなのがこの騒動が日本全体とかではんく英姿町だけということ、流石に全国にまで広がったらどうしようもない。
だが奴はさっきの放送でこう言った。「僕の力を世界全体に見せるため」と――つまり、これが終わったら今度は広い範囲で同じことをする可能性が大であった。もしかしたら、東京のど真ん中でやるかもしれない。
(そうなったらもう怪字の存在を隠すとかのレベルの話じゃなくなる、世界の危機だ!)
いくら雑魚とはいえ怪字は怪字、そんなのが世界中に展開されたらほぼ無間の支配下になってしまうだろう。なので絶対にここで倒す必要があった。この際勝てるか勝てないかはどうでもいい、何とかしなければ本当に奴が世界の王になってしまう。
だが今優先すべきは駆稲とこの子を安全な所まで避難させること、学校などの街中心から離れた場所はまだ被害が出てない。つまり今いるこの場を突っ切ればほぼ安全だという意味だ。
しかし、そう簡単に行かせてもらえなかった。
「ぐッ……他にも襲われている人が……」
至る所で怪字兵に襲われている市民がいるため素通りはできない。一旦少女を彼女に預けその場へ走り出した。
駆稲たちを送り届けるのと同時に救助も行う、まるで本当に災害時の対応みたいだ。もっとも、災害の方が可愛く見えるかもしれない。
「このッ!今のうちに早く!」
「あぁ……ありがとうございます」
今にも薙刀を突き立てようとする怪字兵を後ろから掴みそのまま誰もいない方へ放り投げる。他の雑魚も一気に殴り飛ばし襲われていたお婆さんを助け出した。
次々と一般人たちに群がる怪字兵を蹴散らしていき救出していく。しかし本当にかなりの数がこの英姿町全体に出現しているため、俺1人でこれを片付けるには骨がいるだろう。
だから、他人に甘えることにした。俺は残った怪字兵と戦いながらスマホを取り出し、それで連絡を入れる。
「もしもし刀真先輩!?そっちどうなってます!?」
「どうやらそっちの方も大変らしいな、私の方もだ!!」
一方発彦たちから離れた場所にて、刀真が左手で携帯を持ちながらもう片方の手で「伝家宝刀」を握り、怪字兵を切り裂いていた。
そこに続々と他の兵も集まっていき、その度に一太刀が振るわれる。しかしいくら斬ってもキリがなかった。
「無間め、英姿町ごと私たちを潰しに来たか。一回集まった方がいいぞ」
『じゃあ学校を集合地点で!今から俺もそこに行きますから!勇義さんには俺から伝えていきます』
そう言って発彦は通話を切り一度3人で集まることを提案する。今まで片手だけで刀を扱っていた刀真だが、通話が終わった途端急いで両手で「伝家宝刀」を持ち直す。そして一気に集まっていた怪字兵を斬り飛ばした。
ようやく周りの雑魚を全て倒すことに成功した刀真であったが、その為開けた視界に映ったのはまだまだ残っている怪字兵に襲われている人々。すぐにでも学校に向かおうと思っていたがそうもいかない。
(――人前でこいつを使っても大丈夫か?)
そこで一瞬だけ刀真の脳内に駆け巡ったのは、何も知らない一般人の目の前で「伝家宝刀」を使っても良いかという判断。ただの高校生が刀を持つことなどあるわけなく、非常に目立ち怪しまれるだろう。
発彦は格闘専門、四字熟語を使いさえしなければ普通に見える。任三郎は拳銃といういかにも刑事らしい武器であった。しかし刀真の「伝家宝刀」だけその範疇には収まらない。もし人前で怪字兵を斬ったら自分も怪物扱いされないかとという不安にも近い考えがあったのだ。
「だ、誰か助け……!」
数匹の怪字兵に囲まれ絶体絶命の状態に陥っている男女一組、光を反射する薙刀を見て怯え立てなくなっており、お互いに寄り添いながらガタガタ震えていた。
やがてその2人に薙刀が振り落とされる瞬間、その持ち主の怪字兵の首が綺麗にすっ飛んだ。刀真の一太刀が斬り飛ばしたのだ。
(怪物扱いされようが構わん!この「伝家宝刀」は人を守るために受け継がれてきた。今使わなければいつ使う!?)
やがて後からの迫害をも恐れず刀真は残りの怪字兵に斬りかかる。その兵たちも男女から狙いを刀真に変え、薙刀で跳びかかってくるも瞬殺されてしまった。
見たことも無い怪物を斬る青年、その姿を2人は間近で目撃する。刀真はそれでも彼らを助け、周りの怪字兵は全て始末した。
いきなり刀を所持している男が現れたら誰だって怖がるだろう、恐れられる前に刀真はそう思い何も言わずその場から去ろうとする。しかしその迫害への覚悟はどうやら杞憂だったようだ。
「あの……ありがとうございました!」
「あ……はい!早く逃げてください!」
その男女は刀真に対し怯えた様子も見せずにお礼を言い、そのまま急いでその場から立ち去る。
怪字兵と同じような扱いをされるかもしれない、つまりそれは赤の他人であれその人の感謝の心を疑ったことになる。普通の人間なら助けてもらった人にお礼を言うのは当たり前だ。
それを刀真は勝手に「化け物扱いされる」と決めつけて無自覚の内にその人の品性を舐めてしまった。その事が恥ずかしく、そしてお礼を言われたのが小っ恥ずかしくなったのかやりきれない顔で頬を掻く。
「……っと、まだいるのか」
しかし間髪入れず、燃え盛る炎の中から更に大量の怪字兵が姿を現す。あまりの数に少々うんざりしながらも、刀真はその大群に向かって走って行った。
「学校か……ここからだと離れているな、それに市民の救助もしなくちゃいけない……遅くなるかもしれん」
『分かりました、そっちも頑張ってください!』
その頃任三郎は発彦の連絡を受けており、一度英姿学園への集合を確認する。彼もまた怪字兵と戦闘中で刑事の務めとして市民の救助を優先していた。
奴らの頭をどんどん撃ち抜き片付けていく。弾の消費をなるべく抑えるために1発1発で確実に仕留めていた。
すると前方の方に人だかりを確認、見れば数人の警官が並んで拳銃を構えて怪字兵を迎え撃っていた。そしてその後ろには逃げ惑う人々、恐らく警官たちが足止めして逃がしているのだろう。
「このッ……銃弾が効かない!」
しかし彼らが使っているのは浄化弾ではなくただの弾、無論それが効くわけもなくあくまで少しだけ足を止める程度にしか効果が無い。そうこうしている間に警官たちと怪字の群れの距離が縮まっていた。
市民の代わりに彼らが犠牲になるのも時間の問題、そしてその後怪字兵は逃げ惑う人々にも襲い掛かるだろう。ならば、勇義任三郎という男が取るべき行動は1つだ。
「はぁ!!!」
「ゆ、勇義刑事!?」
そのまま警官たちの前に出て発砲、迫りくる怪字兵の頭を撃ち抜き数を減らしていった。そして同じ警察署のせいか警官たちはその顔を名前を知っている。
「ここは俺が食い止める、アンタらは市民を逃がしてくれ!」
「は、はい!了解しました!」
任三郎がそう叫ぶと、それまで決死の覚悟で怪字兵に立ち向かっていた警官たちは一斉に後退していき人々の避難を手助けする。
対怪字用の武器を持っていないとはいえ彼らも立派な警察、そう信じている任三郎は拳銃に浄化弾を込めながら後ろを眺めた。しかしそうこうしている間に残った怪字兵が襲い掛かってくる。
「ここから先は、絶対に通すか!!」
各パネル使いたちが奮闘している最中、この炎に包まれ人々の悲鳴が響き渡っている英姿町をビルの屋上から見渡している男が2人いた。1人はどこから持ち込んだのか玉座に座り白い髪を弄りながら、もう1人はその後ろに立っている。
その男たち――無間と小笠原大樹は目の前にある惨劇に対し何の感情も示していなかった。当然だ、これは全て2人の仕業なのだから。
「やはり数が多い方が有利だね、雑魚とはいえここまで怪字兵が揃えば最早戦争。見るといい、さっきまで平和だった英姿町が一気に火の海となった」
「しかし、力の誇示とはいえ郊外にある英姿町だと些か影響力が地味なのでは?何故都心ではなくここを?」
「東京のど真ん中だといくら怪字の力でも制圧するのに時間がかかる。数日かけて都心を潰すか、それともたった1日で郊外の街を滅ぼすか、どちらが世界を震撼させられると思う?」
「それは……やはり都心の方が」
「確かに国の首都中心部を沈めれば凄まじい圧力にはなるだろう。だがこの場合いくら郊外でも短時間で街を制圧した方がインパクトが大きい、何故なら都心も郊外も全て『街』という言葉の範疇。大きいか小さいかなんてのは関係ない、街1つを潰したという情報をなるべく早く知らせることでより恐怖心を与えることができるからね」
英姿町はいくら郊外とはいえ東京の街、都心から近すぎず離れすぎず尚且山に囲まれ外からの接触が難しい。一気に攻め落とすにはピッタリの土地であった。
無論軍の爆撃が来る可能性もあるが、まだ市民の避難が完了している状態ではないためそんなことは易々とできないだろう。そしてその市民の避難とやらは怪字兵が妨害。
そしてもう1つ、無間が英姿町を選んだ理由があった。
「そしてこの町には触渡発彦、そして他のパネル使いも存在している。暇つぶしのために取っておくのも良いけど、流石に目障りだからね……ここいらでまとめて潰しておくことにした」
「成る程……ところで、捕まった鎧や長壁たち、エイムに援助していた者たちはどうしますか?」
「勿論助けるさ、王とはいえそれに従う国民が必要だ。僕にまだ忠誠を誓っているなら、助けてあげようじゃないか。これが終わった後にね」
「まぁ、鎧と長壁はまだ誓っていますよ」
すると無間は玉座から立ち上がり、そのまま地獄と化している英姿町を見渡す。そしてその下で襲われている人々を特に何の反応も示すことなど無く傍観し、嫌と言う程耳に入ってくる悲鳴も聞き流した。
「これは選別だ。真の世界を作り直すために必要な過程と犠牲、本日をもってこの国は、正しい王と正しい国民によって生まれ変わる!」