181話
今回パネル使いたちによって行われたエイム本拠地への突入作戦、結果から言えば勝利であった。
俺と先輩、そして勇義さん3人による突入でエイムの本拠地はほぼ半壊、活動などできるはずもなく機能的な面ではもう使えない状態であった。
そしてそのメンバー、刀真先輩たちが会ったという人員は勿論逃げ出した研究員や刺客などは比野さんや網波課長たち包囲網組の活躍で全員確保、そして俺たちが倒した流次郎、応治与作、鎧、長壁たちも見事捕まえることができた。今は前代未聞対策課の方で取り調べ中だという。
鎧や長壁といった無間に対し強い忠誠心を抱いていた連中は決して口を割らなかったが、下っ端の殆どがエイムのことについて鮮明に話してくれた。どうやら組織全体にあのカリスマが広がっていたわけじゃなさそうだ。
これにより呪物研究協会エイムという1つの組織は崩壊に近い状態となった。無間、小笠原さんといったまだ捕まえていない輩はいるものの、最早エイムは組織として成り立っていない。
そして奪われた虎鉄さんの「銅頭鉄額」、鷹目さんの「飛耳長目」は勿論、エイムの刺客に奪われた四字熟語はちゃんと元の使い手たちに返された。これであの2人にも恩返しができたわけだ。まぁ倒してくれたのは刀真先輩たちだけど。
俺たちは無間に惨敗したわけだが、組織として勝利したことになる。
しかしまだ解決していないことはある。俺が戦った牛頭馬頭という式神も発見されておらず、恐らく無間たちと共にどこかへ逃げたという。
そして俺が見た大量の人造パネル、アジト自体が崩壊したため数多の怪字兵が野放しになったことを予想し、後日手練れのパネル使いたちと共に対策課の人間たちが跡地を再調査していく。
だが、怪字の影すら見つからなかった。俺が見たはずの人造パネルはあの部屋があった場所に1枚も残っておらず、どこにも無いという。恐らく、無間が持ち出したのだろう。
次に、勇義さん達が見たというエイムへの支援者一覧。ある意味これが一番の問題であった。
「前代未聞対策課は、その支援組織のトップたちをこれからも検挙していくらしい」
「……そうですか」
あの作戦からもう数日経っており、俺たち突入組は英姿町の病院にて同じ部屋で入院していた。そこで俺と先輩は勇義さんからこれからの動きについて聞いていた。
なんとこの人、あの日見た組織名一覧を全て憶えており、それによってさっき言っていたような検挙ができるという。刑事としての技術か、俺はどれだけその名前があったのかは知らないが普段勇義さんを下に見ている刀真先輩があんなに驚いていたということは、恐らくかなりの数だったのだろう。
病室のテレビで見ていたが、知名度のある会社、団体のお偉いさん方がどんどん捕まっていくニュースを見たときは壮観であった。ネットでもかなりの話題となっており、「何かの組織が関与した」という否定しにくい噂も広まっている。ここまでの大会社の社長たちが一斉にいなくなれば、世間が落ち着くことはしばらくないだろう。株価も大暴落だと聞いている。
それにしても、最初聞いた時もショックに感じていたが、未だに心に穴がポッカリ開いていた。まさか自分たちが守っていた人々の中に、エイムと繋がっている連中がいるなんて。俺たちは何のために戦ってきたのだと自問自答を繰り返してしまっている。
まぁこの問題は俺と先輩のようなただの学生が気にしていてもどうにもならないことだ、これは大人たちの仕事だろう。
「向こうは任せて俺たちは傷を癒すことに専念しようや、無間の奴がいつ暴れるか分からないし……」
「そうだな……早めに治さないといざという時に戦えない」
そう、戦いはまだ終わっていない。さっき言った通り無間と小笠原さんの行方は分かっておらず、奴らが次に何をしてくるか予想できないのだ。
今まで自分たちの存在をひた隠しにしていたエイムであったが、もうそんなことはしないだろう。何故なら、奴らは真の目的を果たしたのだから。
無間は「不老不死」を手に入れるためにエイムを作ったと言っていた。それにあいつの性格上近いうち何かしら派手なことをやらかすだろう。何なら入院中であろうとも油断はできない。
(だが……あいつらもそんなにすぐには動けないだろう。本拠地が潰されたなら尚更……)
もしかしたら他にも支部のような組織が存在しているかもしれないが、向こうも状況と戦力を整えるために、俺たち同様時間をかけるはずだ。何をしてくるかは分からないが、何か大きなことというのは確実だ。
比野さんや網波課長、そして他のパネル使いの皆さん、全員が頼りになる人だが些か不安に思っている。今の所、奴の「不老不死」に対抗できる力は1つしかない。
「刀真、そして2人も。見舞いに来たぞ」
「父上!ありがとうございます!」
病室の扉をノックする音が聞こえると、先輩の父である宝塚刀頼さんがフルーツを持ってお見舞いに来てくれた。今までにも比野さんたち鶴歳研究所の皆さんや勇義さんの同僚、また怪浄隊での知り合いなどが沢山ここに訪れた。その中で父親が息子の見舞いに来るのはおかしなことではない。
「怪我の具合はどうだ?勇義刑事と喧嘩などしてないだろうな?」
「父上こそ、最近駆り出されて忙しいのでは?」
そう言って2人は実に親子らしい会話を始め、時折互いの様子など気にかけている。この人もまたパネル使いの世界において名のある人だ。恐らくエイム崩壊について各所から呼ばれているのだろう。
――もし天空さんが殺されていなきゃ、あの人もお見舞いに来てくれていただろう。
こうやって先輩と入院するのは夏の合宿以来だ。あの時も宝塚さんと天空さんが容態を見に来てくれたが、今この場に天空さんはいない。
(……やっぱり、俺にとって天空さんは大きな存在だったんだなぁ)
ボフッと枕の上に頭を乗せ、白い天井を見つめながら改めてあの人のことを考える。今更泣くことはないが、考えるだけなら大丈夫のはずだ。
親に捨てられた俺の父親代わりになってくれた天空さん、俺にとって一番の恩人は彼であり、尊敬できる人物もあの人であった。そう考えるほど天空さんのことで俺と言う人間はできあがっていたのかもしれない。
しかしあの人はもういない、ご飯や弁当を作ってくれたり挨拶もできない。もうあの優しい声も聞くことができないのだ。
――俺は、あの人無しで生きていけるのだろうか?無間やエイムのことより、自分のこれからの人生が不安になった。
1人で生きていけるほど俺は強くない。まるで暗雲の中を単独で突き進むような怖さだ。
「それじゃあ儂はこれで……触渡君」
「あ!はい?」
そして宝塚さんがそろそろ帰るかと思われたが俺に話しかけてきたので慌てて体を起こして顔を合わせる。
「あまり天空のことを気に病むなよ。君たちのような若者は、まだ前だけを見る資格がある」
「……前だけを見る資格?」
「人間というのは若いうちから後ろばかりを見る必要は無い。まず最初は何も考えずに突き進み、大きくなってから自分が走った道を見返せばいい。今あるもののことを考えればいいんだ」
「今ある……もの」
そう言い残して宝塚さんは病室から出ていく。あの人なりに俺を慰めてくれたのだろう、しかし失礼だが、その言葉の意味にあまりピンと来なかった。
確かに後ろばっかり見ていると人は前に進めなくなるかもしれない、だからといって今の俺に前だけを見る余裕は無い。
親離れできないとはよく言える……俺は、まだまだ未熟者だ。
すると再び扉がノックされた。今度は誰だろうか?流石にもう思いつかなかった。
「……失礼します」
「駆稲!?来てくれたのか?」
入ってきたのは俺の恋人である駆稲であった。学校に入院先を教えてもらったのか、俺個人の知り合いがお見舞いに来てくれたのはこれが初めてだ。
そして俺の後ろで、刀真先輩と勇義さんの視界がギラリと光ったのを見逃してしまう。
「じゃ、私たちは一旦これにいて……」
「もう喧嘩すんなよ触渡」
「あッもう!またアンタらは……!」
何だか俺と彼女の話になるとあの2人はお節介になっているような気がする。普段仲が険悪のくせしてこう言った時だけ連携してきた。
そう言ってさっさと病室から飛び出ていった刀真先輩と勇義さん、いくら歩けるようになったとはいえ怪我人があんな速さで歩かないで欲しい。こうしてこの場は俺と駆稲だけになった。
「発彦君、怪我はもう大丈夫?」
「ああ、ありがとね来てくれて……」
しかし付き合ってからもう数か月経っているというのに、未だ2人だけの空間でも恥ずかしがってしまうとは情けない話だ。俺も照れ屋だがこいつもそうに違いない、と言えば怒られてしまうだろう。
そこから英姿学園の現状、他にも世間について軽い話をした後本題へと入る。
「不知火さんは……その、どうなったの?」
「……殺された。俺が不甲斐ないせいで守れなくて……」
そこから俺は、あの日のことを鮮明に話す。今までの自分ならある程度の情報は隠して口にしていただろう。しかしもう駆稲に隠し事はしないと決めている、なので「不老不死」、無間のことも含めて話した。
先輩と勇義さんに鎧たちの足止めをしてもらって1人で向かったのに、最後の最後で油断してしまい不知火さんを守れなかった。挙句敵に敗北してこの様だ。自分への愚痴として何度もその失態について零していく。
彼女を救えなかったことは、刀真先輩たちや比野さんたち、大勢の人に慰められていたが、やはり自分を責めることを止められない。だって、あの時俺が勝っていれば全てが丸く収まっていたのだから。
後悔してもしきれない、すると駆稲はこんなことを言ってきた。
「発彦君は……もうちょっと他人に甘えてもいいんじゃないかな?」
「……え?俺は普通に他人に頼っていると思うんだけど……」
「ううん、だってさっきから不知火さんが救えなかったことを自分だけのせいにしているよ。俺のせいで~とか……もしかして、まだ天空さんのこと引きずってるの?」
「……そうかもしれない」
まるで俺が1人だけで戦っているような言い方を最初は否定できたものの、その次の事についてはその通りなので言い返せない。実際駆稲が来るまでずっとそのことで悩んでいた。
でもそれほどまでにあの人の存在は大きく、すぐに忘れることなどできやしない。もう泣かないとか言ってあの人の死を乗り越えたように思っていたが、完全というわけでもなかった。
「目の前のことを何でも1人で抱えようとして、それで失敗して自分を責めてる。もっと頼っても良いじゃないかな?」
「……!」
そこで俺は、さっき宝塚さんの言っていた言葉の意味をようやく理解した。
確かに天空さんはもういない、俺を育ててくれたあの人とはもう会えない。だけど1人という訳じゃない。
一緒に戦ってくれている刀真先輩や勇義さん、家族のような存在であるリョウちゃん、比野さんや網波課長……そして、俺には駆稲がいた。
「……分かった。じゃあ甘えようとするかな」
「え!?発彦君!?」
今持っているものを再確認するため、俺はベッドから身を乗り出して横にいる駆稲へ抱き付いた。
普段なら羞恥心でそんなことはできないが、何故か彼女に触りたくて仕方なかった。全身で暖かい人肌を感じたかった。
「駆稲は……暖かいなぁ」
「……そっか」
いきなり抱き付いてきた俺に対し、駆稲はそれを受け止めて抱き返してくれた。地獄の氷や冬の湖、そして人の死体の冷たさの正反対である温もり、かといって地獄の炎や不老不死の熱風のようにも熱くもない、赤子が求める人肌の暖かさだ。
駆稲の体温が、心の傷を癒してくれた。
俺はまだ、沢山のものを持っている。
「大樹、僕の肌に触れるといい」
一方その頃どこかで、全ての元凶である無間が椅子に優雅に腰掛けその前に立っている小笠原大樹に向かって手を伸ばしている。
それに対し大樹は膝を付けて無間に頭を下げ、その手に失礼の無いように優しく触れた。
「……どうかな?私の肌は」
「まるで炎のように熱いです。失礼ですが、そんなに長くは触れていられません」
「無限大のエネルギーが体の中で駆け巡っているから体温が上がっているんだ。何とも心地の良い気分だ」
そうして大樹が触ってきた自分の腕を、無間は光悦の笑みを浮かべながら舐めるように見る。まるで自身の体に興奮しているようであった。
常人なら気味悪がる姿であったが、大樹は寧ろ喜びを含めた顔でそれを傍観している。まるで「先生の喜びは私の喜び」と言わんばかりだ。
「この心地よさが永遠に続くと思うと胸が躍る、もう死の心配をする必要も無い。だけどまだ環境が悪い」
そう言って無間が立ち上がり、自分の後ろを見る。そこには数えきれない程の怪字兵が軍のように並んでおり、武器も構えず俯いて待機していた。本拠地跡地から持ち込んだ全ての人造パネルである。
「この世界を作り直す、手伝ってくれるか?大樹」
「――勿論です。俺と言う人間は、先生の為に存在してますから」