178話
一方その頃、刀真たちと大樹の戦いは激しさを極めまだ続いていた。「伝家宝刀」と巨大針が何度も交わっていく。
「せいはぁ!!」
「おっと危ない、頭上注意」
刀真の刀が半円を描くも、大樹はその能力で少し縮み子供と同じような身長へと変貌、そうやって今の一太刀を頭上に躱した後その懐に潜り込んだ。
背丈が小さいため容易に刀真に攻撃できるも、傍からの狙撃で針を弾かれてしまう。任三郎が遠くから浄化弾を針の先に当てたのだ。
「長壁と比べてよっぽど当てやすいもんだ」
「ナイスだ刑事!!小さくなったのは悪手だと思うぞ!」
針を撃たれ態勢を崩している隙に、刀真が「伝家宝刀」をかざし一太刀を振り落とす。小さい姿の間に斬り落とそうという考えだが、更に小さくなられて避けられてしまう。
小人サイズまで縮んだ大樹は小虫のように素早く飛び交い、刀真の薄皮をどんどん切り裂いていく。線のように出血し、顔も体も切り傷だらけとなっていた。
「この――蠅みたいに!」
鬱陶しく動き回る大樹に対し、刀で叩き落とそうと何度も振り続けるも標的の面積が小さすぎるためまったく当たらない。
やがて大樹はいつの間にか元のサイズに戻っており、振り下ろした「伝家宝刀」の上に乗っていた。恐らく小さい体の時に乗り、そこで巨大化したのだろう。自慢の家宝を踏まれたことに激高した刀真は力強く刀を上げ大樹を退かした。
「じゃあ――次は勇義さんで!」
「ッ――!」
吹っ飛ばされた大樹は壁に足を置き、そのまま蹴って任三郎の下へと跳び込んだ。その手にはもう1本大きくされた針があり、跳んでくると同時に突き刺してくる。
それに対し任三郎は十手を取り出し2本の棒の間で針を挟み、そのまま下に抑え込んだ。そして「今だ!」という視線を送ると、刀真がそれに応え後ろから斬りかかる。
「甘いッ!」
しかし大樹にそれを読まれており、もう1本の針を取り出し巨大化させ、背中を向けたままその針で刀真の刀を受け止めた。
そうしてまた小さくなり2人の間から脱出、遠く離れたところで元の大きさに戻り腕を組んで傍観する。その様子には一種の余裕が見られた。
「……貴様、さては真面目に戦う気が無いな?あくまでの俺たちの足止めのつもりか?」
「当然、今に無間先生が触渡君を打ち倒し永遠の命を手に入れるその時まで、俺はお前たちの相手をするつもりだ」
「触渡は負けん!今にぶっ倒した無間を連れて戻ってくる!」
「へぇ……じゃあこれは何かな?」
大樹の発言に首を傾げていると、突如として大きな地震が起こり2人の足元を不安定なものにする。地震というよりかはこのアジト全体が振動している感じで、今自分たちが立っている床にも亀裂が走った。
そしてそこから強い光が漏れ、下の階に何か光るものがあることを示す。刀真も任三郎も突然の出来事に対処しきれなかった。
「な、何が起きている……!?」
「この感じ……間違いない!無間先生が『不老不死』を得たのだ!」
「はぁ!?じゃあ発彦と不知火さんは……ってのわぁ!?」
やがて床が一気に崩れ、その場にいた3人が下に落ちていく。もうこのアジトの構造はボロボロになっており、一気に最下層まで落下していった。
瓦礫と共に下に降りていく刀真たち、このままだと地面に激突し潰れてしまうだろう。しかし近くに何か掴める物は無い。
「トラテン!来い!!」
そこで刀真は式神であるトラテンを巨大化させ咥えてキャッチしてもらい、そのままその両翼でゆっくりと降下していく。
やがて最下層まで到達した刀真たちが最初に見たのは、ボロボロの姿で倒れている発彦であった。
「触渡!おい大丈夫か!?」
「がはッ……ゆ、勇義さん……?」
「不知火さんはどうした!?」
「せ、先輩も……そうだ!不知火さんだ!!」
発彦は2人の声で目覚めると、彼女の事を思い出し体の痛みも忘れすぐに起き上がる。周囲を見渡しその姿を必死に探した。
そして離れた場所に、見覚えのある女性が倒れているのを発見した。急いで駆けつけその女性――不知火の様子を見る。
「不知火さん……良かった、無事でしたか」
「さ、触渡さん……それに宝塚さん、勇義さんも……」
彼女の方もまだ意識は残っているらしい、立ち上がることはまだできなくとも生きていることには間違いない。
それを見て刀真と任三郎は、無間の「不老不死」摘出を阻止したと誤解してしまう。
「何とか奪還できたんだな、発彦」
「……いえ、『不老不死』は無間の手に渡ってしまいました」
「なッ!?じゃあどうしてまだ彼女は生きているんだ!?」
本来なら死のエネルギーで作動する機械に殺される筈の不知火であったが、発彦がそれを妨害し無間の計画を台無しにした。しかし無間はそれでも諦めず「無間地獄」を直接彼女の体内に挿入、そうやって「不老不死」を取り出したわけだ。
それで彼女は「不老不死」が抜けた瞬間、自分を殺そうとする「無間地獄」を蒼頡の力で抑え込み、永遠の命を失ったもののまだ一命を取り留めていたのだ。
「それじゃあ……無間はどこに?」
「僕なら、ここにいるよ」
その声を聞いた瞬間、一気に3人の意識を覚醒し後ろを振り返る。そこには崩れた瓦礫が積もり、山を形成していた。照明も殆ど壊れているのに辺りは昼間のように明るい。
一体何故か、そのゴミ山の頂上に光源があるからだ。
「――真の王には、何が必要だと思う?」
するとその光源――光り輝く無間はそう呟く。その姿はまだ人間のままであったが、長い黒髪は不知火さん同様白く染まっている。しかしその姿は一切歳をとっていない。結んでいた髪は解け、長い長髪が改めて確認できた。
しかしその赤く灯る目は健在、白と赤の合わさりがより狂気を表している。さっきまでの姿より更に人の姿でありながら人間性を捨てていた。
「民を束ねるカリスマ性か、誰にも負けない強さか、全てを見渡せる先見の明か?それらを全て持ち合わせている僕だが……王に必要なのは、変わることのない王の威厳だと思っている」
見た目だけじゃない、今回の作戦において初めて対面した刀真と任三郎であったが、その豹変ぷりを実感できた。今までの無間とは何かが違う――もっと根本的な意味でだ。
あまりの異様さにトラテンもすっかり怯えてしまい、隠しきれない巨体を刀真の背中で収めようとしている。それは人間も同じ、思わず息を呑んでしまう程恐怖していた。
「おお先生!とうとう実現なされたのですね?」
「あ……小笠原さん!」
すると大樹も降りてきて無間の後ろに立つ。その眼差しは憧れや感動、あらゆる善の感情を込めその背中に向けられていた。
「……大樹、君に王の威厳を証明する権利を与えよう」
「はい無間先生――いや、我が王よ」
そう命じられると大樹は一度人間の姿に戻り、1本の針を取り出す。それを怪字態の時のように「針小棒大」で槍のように大きくしたと思うと、何とそれで無間の右胸を貫いた
「なッ――!?」
突然の出来事に発彦たちは思わず驚嘆の声を漏らしてしまう。無間に絶対的な忠誠心を抱いている大樹がその相手を突き刺した。そのことが信じられず目を疑ってしまう。
完全に無間の体を貫通させた後、大樹はゆっくりと針を抜く。一方刺された無間は悲鳴も上げず、ましてや大樹の方へ振り返ることもせずそれを受け止めていた。
噴水のように飛び出る血、心臓を貫かれたわけだから当然だろう。しかしやがてその血の勢いは弱くなっていき、開けられた穴は完全に再生する肉で塞がれる。そして無間は小さな笑いを口から漏らし始めた。
「胸を貫かれるというのは初めての経験だ。そうかこんな痛みなのか……」
やがてその目は大きく開かれ、今まで曲線を描いていた口も開き無間は天を仰いだ。痛みについて語っているがそんな風には見えない、寧ろそれで興奮しているかのようにすら見えた。
「だが!そんな激痛、溢れ出る生命エネルギーの高揚ですぐに掻き消された!刺された部分に熱い感触が一気に集まり、まるで爆発しそうな勢いだったよ!」
「おめでとうございます、先生」
「僕は遂に!不死身の体になったぞぉお!!フハハハハハハハハハハッ!!!!」
それが示すのは、無間は完全に「不老不死」を取り込んだということ。今見せられたように心臓を刺されても死なず、歳も取らない、文字通り死なない体へと進化していった。
「諸君見たまえ!!世に永遠に君臨し続ける王の誕生だぁーー!!!」
「無間が……不老不死に……」
不老不死、つまり絶対に倒せない。そんな最強最悪の敵が、今目の前に現れた。かつてない程の絶望、どうしようもない感情が押し寄せてくる。
発彦も刀真も任三郎も、その姿を見て震えることしかできなかった。今自分たちの前に立っているのは、今までで一番やばい敵だと――
「さて……不敬にも我が城に土足で忍び込んだそこの狼藉者諸君、特別に君たちで王の力を試してあげよう――ハァアアアアアアア!!!」
瞬間、無間が唸りを上げるとその体が一気に燃えだしていく。それが特異怪字への変身なのは見て分かるが、奴は四字熟語を挿入する素振りを一切見せていなかった。
やがて燃え盛る炎から最初に飛び出したのは、鋭い爪を持つ両手、そしてその後すぐに鳥のような足が出てきた。そして最後に現れたのは赤く燃える体を持つ怪人。
鳥を人に見立てたような顔を持ち、さっきまで全身を包み込んでいた猛火は背中に移動し左右に大きく展開、そして炎でできた翼が誕生した。
そう、その姿を例えるなら――不死鳥。
「見よ!この美しい姿を、堂々たる王に相応しい炎を!この生命の炎で、僕は世界を治める!!」
不老不死……いつまでも年を取らず生き続け、永遠に死なないこと。「不老」は年齢を重ねないことを意味し、「不死」は決して死なないことを意味する。