177話
「『怒髪衝天』か……そう言えばちゃんと見たことはなかったなぁ」
無間は赤く燃える俺の姿を見て、顎を手に乗せて興味深そうにマジマジと視線を指してくる。この姿を見せたのは初めてじゃない、天空さんが殺されたあの日も俺はこれを使い……そして惨敗した。
「元々その四字熟語は我々の物だ。この際返してもらおうかな」
「違うね、牛倉一馬からプレゼントされた物だ。今更返せと言われても嫌なこった」
しかしあの時と比べてまだ体力に余裕がある。まだ怒髪衝天態でいられるのはそれを温存していたおかげだ、流次郎戦での戦いに少ししか使わなかったのは正解だったようだ。
牛倉一馬の時の思い出は苦いものだが、あのおかげで「怒髪衝天」が手に入ったようなものだ。これが無いと無間に勝てないのは明白だし、今回ばかりは亡きあの男に感謝しよう。
「……大人の言うことは素直に聞くべきだよ?」
「安心しろ、お前の事を大人だなんて思ってない!」
そう言って俺は「疾風迅雷」を使用、無間の目前まで一瞬で迫りその顔面に蹴りを食らわせようとするも、その動きを予想されて躱されてしまう。
「疾風迅雷」の速さの動きを予測するなど並々ならぬ強さがないとできない芸当だ、不意打ちのつもりで加速したが無駄であった。
「でらぁあ!!!」
しかしそのまま壁へと足を置いて態勢を直し、奴の方に向かって蹴りを放つ。狙っていた首元に当たることはなかったが、無間に防御をさせることに成功し強烈なキックがその腕に食い込む。
「お前をぶっ倒して……不知火さんを救い出す!!」
「今の君にピッタリな四字熟語を教えてあげよう……煎水作氷はどうかな!?」
すると無間はこちらを振り払い、足元から地獄の炎を起こしこちらを焼き殺そうと滾らせてきた。
迫りくる黒煙に対し振り返らずバックで逃げる俺、すると壁に追い込まれ逃げ場が無くなってしまう。まるで炎が生き物のように襲い掛かってくる。
「――はぁ!!」
そこで渾身の力を込め腕を払い、黒煙を掻き消した。しかしそれでも炎の手が止まることはなく、俺も両腕を使い猛火の接近を阻止していく。
このままだと一気に蒸し殺しにされてお終いだ。何とかしなければと考えていると、炎から冷気が飛んできた。
「氷ッ……!!」
気づけば黒い猛火は消え去り、代わりに氷塊が辺りを包み壁ごと俺を氷漬けにしてきた。顔にまで氷が到達することはなかったが、体が完全に凍り身動きが取れなくなってしまう。
「煎水作氷は絶対に不可能、もしくは見当違いという意味の四字熟語。この場合前者だね」
すると無間は氷塊の中を炎で溶かして道を作りながら進み、俺の動きを止めたままその目前まで歩み寄ってきた。
そうしてこちらに見せつけるように右手を差し出す。すると黒い針がそこから乱立し、自分の手を針鼠みたいにした。あれで殴られたら一溜りもないだろう。
「その由来は水を煮詰めて氷を作るというどう考えても無理なことからだ。水を熱して凍らせることはできなくとも、炎ごと凍らせることはできるようだね」
針だらけとなった拳を振りかぶり、こちらに殴りかかってくる。このままだと俺の顔は穴だらけとなり即死だろう、氷で動きを止め一気に仕留めに来たわけだ。
しかし無間の奴は見くびっている、俺と「怒髪衝天」の相性の良さを……!
「――づぅうらぁああああ!!!」
「なッ地獄の氷を――!?」
力任せに氷を打ち砕き左手だけでも解放させ、迫りくる無間の拳の手首を握りそのパンチを未然に防いだ。この氷がどれだけ硬いものか地獄に行ったことが無いので分からないが、怒髪衝天態の前ではただの氷だ。
その後右足も開放させ、一度手首を引っ張り奴の顎を下から蹴り上げる。そうして奴を吹っ飛ばした後そのまま全身の氷をバラバラに粉砕してみせた。
「こっちはさっき寒中水泳を済ませた後なんだ、これ以上冷えるのは御免だぜ!」
何とか抜け出せたか、まさかあの針攻撃にあんな使い方があったとは。体からも生やせるとは思いもよらなかった。
すると蹴り飛ばされた無限は起き上がり、蹴られた顎を撫でる。そこには大きなヒビが入っていた。どうやら強烈な奴を当てられたらしい。
「まさか極寒地獄の氷を破壊するとは……見くびっていたようだ。極熱地獄の猛火をも降り払えるとは……」
「どうだ?強ち煎水作氷というわけでもないみたいだな」
「人から奪ったもので自分を強く見せる……そんな君には、これがお似合いだよ」
そこで無間は両腕を静かに下ろし、今までに見せたことのない動きをしてくる。やがてその両腕から残像のように黒く光る縄が何本も生えてきた。
今までとは違う新しい攻撃方法だ、より強く警戒心を張り巡らせる。
「――黒縄地獄、せいやぁ!!」
そして腕を振るい、その縄たちをこちらに伸ばしてきた。黒縄がこちらに絡みつこうと迫ってくるも、警戒として握っていた「八方美人」を使用、全ての縄を躱していく。
すると向こうも縄の数を増やしこちらを攻め続けた。避けられた縄はそのまま後ろの壁に突き刺さり、ピンと伸びている。
(しかもこの縄、熱せられているのか……!)
首を傾げ1本の黒縄をギリギリのところで躱した時に気づいたが、さっきの猛火程ではないものの縄自体が凄まじい熱量を発している。巻き付かれたら大変だ。
しかし「八方美人」による自動回避状態にあるためその心配はいらないだろう、このまま避け続けゆっくりと前に進んでいこう。
「『八方美人』、回避性能では指折りに入る四字熟語を……だが少し周囲を見た方が良い」
「……ッ!突き刺さった縄でスペースが!」
奴の言う通り周りを見れば、避けていた黒縄が全て張っており、いつしか俺は縄に囲まれていた。その間にも新しい縄は伸び、どんどんと動ける空間が狭まっていく。
やがて自動回避でも避け切れなくなり、1本の黒縄が手首に巻き付き捕らえられてしまった。
「あづッ――ぐあぁ!?」
その熱さに悶えていると、続々と他の黒縄も他の部位に絡んできた。片腕が巻かれているため更に身動きが取れなくなり、最早「八方美人」は効果を果たしていない。
やがて俺は、完全に捕まっている状態となってしまった。
「今度こそ――トドメだッ!!」
すると無間は片足から黒い水を出し、そのままこちらに伸ばしてくる。針攻撃だ、黒縄で俺を捕まえている間に刺し殺すつもりだろう。
しかしさっきも言ったが、怒髪衝天態のパワーで突破できないものは無い!
「ぬぅうおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
体を焼かれるのにも耐え、全身の力を沸騰させていく。やがて黒い針が床から突起する前に何とか縄を引き千切り、寸前の所で刺されそうなところを走り出して回避した。
そして無間の元まで一直線に走り、途中差し向けられた黒い針も掻い潜りその目前まで迫ったところで拳を振りかぶる。すると向こうも再び拳を針だらけにし、こちらのパンチと勝負してきた。
「だらぁああああああああああああああああああああああ!!!!」
「ぐぅ――のわッ!?」
両者の拳が衝突し押し合いを始める。勝つのは当然――俺であった。
例え地獄の針山でもこの防刃性に優れたグローブを突き破ることはできず、そのまま「怒髪衝天」の怪力で殴り抜け無間を大きく吹っ飛ばした。いくら「無間地獄」でも力で怒髪衝天態に敵う訳が無い。
「くッ……派手に焼きやがって」
しかしあの縄は結構効いた、現に手首や他の所に線状の火傷が付いてある。寧ろ顔や首などといった場所を絞められなかっただけでも幸運かもしれない。
だが大分奴にもダメージを与えられているはずだ、怒髪衝天態で確実に殴っていけば奴にも限界は訪れるはず。
問題は、それが不知火さんを救い出す前までにできるかどうかであった。
「……糞がッ!!」
瞬間、怒号と共に向こう側の瓦礫が吹っ飛び天井へ当たる。吹っ飛ばされ壁を壊した無間が暴れているのだ。
その目にはもう先ほどまでの余裕が見られない、ただ純粋な殺意をこちらに向けている。その視線はまるで怪字のようにも見えた。
いや特異怪字だから怪字の視線なのは当たり前だが、今までの刺客たちは化け物の体になろうともその目には人間性を残していた。
しかし今の無間は、身も目も怪字になっている。変身するところを見たはずなのに、こいつを人間だと思えない自分がいた。
「――どいつもこいつも僕の邪魔をしやがって!!どうして分からない?どうして理解できない!?僕こそがパネルを使いこなせるのに!!それなのに子供が逆らいやがってぇ……!」
「ハッ……本性を現したな、無間!!」
本来なら敵を怒らせるというのは悪手だが、今だけはすこしだけ達成感を感じる。今まで余裕ぶっていたこいつをようやく追い詰めたんだとせいせいした。
これが無間という男の本性、まるで生徒の教師のようにこちらに接してきたが、この通り黒い感情を持ち合わせている。寧ろこれくらいの狂いっぷりを見なければ逆に戦いづらかった。
もっと見せろ、お前の姿を――!
「ハァ……ハァ……いけない、感情に身を任せ喚き散らすのは馬鹿や木偶の坊のすることだ……落ち着け、僕は他と違う特別な存在なんだぁ……!」
しかしその望みも長続きせず、すぐに冷静を取り戻す無間。これ程悪人のようなところを見せてもらえば、こいつを倒す大義名分にも拍車がかかる。
さぁそんなことも言ってられない、急いでぶっ倒して不知火さんのところへ行かなければ……
「失礼、僕としたことが少し取り乱してしまったよ……続きを始めようか」
今更紳士ぶったって無駄だ、あれを見た後ならその大人びた口調も鼻で笑えてくる。見事な演技力だな。
(それにしても……感情に身を任せ喚き散らすのは馬鹿や木偶の棒、か……俺も否定できないな)
今こうして自分が使っている「怒髪衝天」も、その怒りを源に強化している四字熟語。そしてその感情を抑えられず、大切な人を殺めてしまった。
そういう点では、俺も無間も同じなのかもしれない。しかしだからこそ、さっきの発言を否定することができる!
「お前が特別な存在だって……?馬鹿も休み休み言え、自分の意見を否定され満足に言い返すこともできないから駄々をこねる……先生先生と慕われているようだが、お前なんてただの子供だッ!!!」
人差し指で指し、挑発という形でこれでもかもいうくらい俺の心を告げる。怒らせることは悪手と言ったが、もう我慢できない。
言いたいことを言ってやった。もっと怒るだろうなと思ったが、逆に奴はこちらに爽やかな笑顔で返してきた。
「ハハッ……もう駄目だ、僕が一番嫌いなことが分かるかな?」
しかし、その顔は一気に鬼のような形相へ変貌したと思うと、口から猛獣のような牙を剥き出しにし目を吊り上げる。
「子供に子供扱いされることだぁ!!!もう我慢できない!ぶっ殺してやる!!!」
そう叫び床を強く踏み、周囲に黒い針を生やしまくった。廊下の壁、床、天井を針で覆いつくす勢いで伸ばしてくる。
このままだと逃げ道も無くなりあっという間に殺されてしまうだろう、しかし俺はその場から1歩も動かず「一触即発」を使用した。
迫りくる針の山を前に微動だにせず、1発入れる姿勢に入る。そうして黒い針が俺を貫こうと触れてきた時、それは爆発した――!
「プロンプト――ブレイクッ!!!!」
力強く拳を床に叩きつけ、廊下を埋め尽くした針の山を一気に破壊。ガラスが割れる音を散らしながらバラバラに崩壊していき、まるで雨のように床の上に降り注いだ。その床も今の一撃で崩壊寸前になった。
そして全ての破片が下に落ちるより先に、「疾風迅雷」で加速しその間を潜り抜け、一瞬で無間の目前まで迫った。
「させるかッ!!」
すると奴は両手から一気に地獄の猛火を噴出、熱波と熱量でこちらを吹き飛ばしてきた。
それに対し俺はグローブの手を前に出し防御、吹っ飛ばされるのは防げなかったがその熱に体を焼かれることは阻止した。
吹っ飛ばされ地面に着地するとその勢いで針の破片が一気に吹き飛び、埃と共に舞っていく。足で踏ん張りを効かせた後、再び奴の元まで走り出そうとするも地獄の業火がそれを邪魔してきた。
「このッ……邪魔だ!!」
さっき氷漬けになった直前の時のように力任せに払って消し飛ばそうとするも、炎の勢いが桁違いで腕の力だけで突破は不可能であった。
そこで俺は無間の意図を理解する。激高していたが意外と冷静さも残していたようだ。
(野郎、このまま不知火さんが死ぬまで時間を稼ぐつもりか!)
地獄の炎で自信を囲い誰も近づけないようにする。しかもその炎の壁は彼女が囚われている部屋まで続く廊下を遮っていた。そうやって不知火さんの「不老不死」が摘出されるまで耐えるつもりだろう。
そしてこの時間稼ぎは、それがもうそこまで迫っていることを示している。
(どうする!?どうやってあの炎の壁を突破する――!?)
「一触即発」で吹き飛ばすか?いや、炎に自分から触れることは危険だ。それとも「金城鉄壁」で無理やり突破?あの結界自体を移動させることはできない。「八方美人」や「疾風迅雷」でも駄目だ、リョウちゃんもこの猛火の壁を突き破ることはできないだろう。
こうなったら――あれしかない!
「よし――まだまだ僕は冷静だ!このまま『不老不死』が摘出されるまで時間を稼いでやる!」
一方その向こう側では、俺の予想通り無間がその時まで生き延びようと炎を滾らせていた。
こちらを殺しにかかる程の勢いで激怒していたが、すぐに落ち着きを取り戻しこうして時間稼ぎをしているわけだ。そうして勝利を確信した顔で炎の壁を作っていると……
「……ん?」
突如として、その壁に穴ができる。しかも1つだけじゃない、立て続けに穴が開き猛火の壁に一瞬だけのトンネルを形成していた。
やがてその穴ができる間隔はどんどん早まり、炎を突き破ろうと勢いを増していく。
「馬鹿な!?いくらグローブを付けていようがこの炎の中に手を突っ込むことなど……」
そこで無間は俺が殴ってその拳圧で穴を開けていると予想、それは大体当たっているが、何も炎を直接殴っているわけじゃない。
そうこうしている間に今までで一番大きなトンネルが開通、そこを通って無間の目の前に現れたのは――勿論俺だ。
「お前――どうやって!?」
「お前が殺した、天空さんの力だ!!」
そしてその手にはとある四字熟語が握られている。そう、その四字熟語とは天空さんが使っていた「海闊天空」であった。
視覚に映る標的をどんなに離れていようが攻撃できるようになる能力、その力で炎に触れずにその壁を殴りこうして突破した訳だが、問題はどうして俺があの人の四字熟語を持っているかだろう。
あの人の力も、意志も、刀真先輩の刀のように受け継ぐようにと持ってきていたのだ。しかしその調整は難しく、最初から天空さんのように使いこなせたわけじゃなかった。
(ぶっつけ本番で成功した……ありがとう、天空さん!)
そのまま俺は四字熟語を持ち換えもう一度「一触即発」を使用する。今は俺が上から無間に跳びかかっている状態だ、つまりこのまま自由落下に身を任されば動かずともこちらから触れられるわけだ。
天空さんの力、そして俺の力、まとめて全部ぶつけてやる――!!
「極熱地ご――!!!」
「――プロンプトブレイクゥ!!!!!」
無間がもう一度炎で吹き飛ばそうとしてくるが遅い、それより先に俺が奴の体に落ちた。つまり、俺に触れてきたと言うことになる。
そうしてその顔面にブレイクの一撃をぶっ放し、そのまま力強く殴り飛ばした。その吹っ飛びは風圧で周りの炎を掻き消し、尚且つ奴を無効の部屋まで到達までさせる。
向こうの部屋とは不知火さんがいる部屋、壁を突き破り無間はその部屋の中の機械へと激突した。
「馬鹿な――この僕がぁ……!?」
無論その勢いで人がぶつかって無事な機械は存在しない、激しい轟音を鳴り響かせバラバラに壊れていった。一方無間はまだ吹っ飛ばされ続け、ようやくその部屋の壁に当たり止まる。
その閻魔の怪字態は見る見るうちに崩れていき、やがて白目を剥いた人間の姿へと戻り倒れ込んだ。
「ハァ……ハァ……何とか勝てた……」
遂に、遂にエイムのボスである無間を倒した。今までの刺客との勝負を振り返り、改めて倒れている奴の姿を見て達成感を感じる。
怒髪衝天態を解くとより一層疲労が押し寄せ、思わず倒れそうになるも何とか踏みとどまった。
(天空さん……仇は取りましたよ……)
これで殺されたあの人の魂も報われるだろう、そして無間を倒したということは実質エイムの崩壊を意味する。頭さえ倒せば組織なんて脆くなるなるものだ、つまり全てが終結した――ということにはならない。
(まだ小笠原さんがいる……早く不知火さんを助けないと……!)
しかしその部下である小笠原大樹をまだ確認してない、ボスを倒せたとしても奴が残っているのでまだ油断はできなかった。自分の先生が倒されたとなるとこっちに向かってくる可能性は大だ。
その前に早いとこ不知火さんを救出し、刀真先輩たちと合流しなければならない。急ぎ彼女がいる部屋へ向かい、さっきまでプラズマを放出していたそのカプセルを無理やりこじ開けた。
「不知火さん!大丈夫ですか!?」
「さ、触渡さん……絶対に助けに来るって信じてました……」
どうやら間に合ったらしく、瀕死の様子であったがまだ息はあった。「不老不死」のことだからすぐに体を癒すだろうが、すぐに動けるというわけでもない。
なので俺が肩を貸し、一緒にこの場から脱出しようとする。こちらも限界が近いがそんなことを言ってる暇は無い、小笠原さんが来るまでに何とか逃げなければ……
しかしこれでこの作戦は成功だ、前回の突入作戦のようにはいかず本来の目的を果たせそうと思ったその時――
「!!、触渡さん危ないッ!!」
「不知火さ――なッ!?」
すると急に彼女が俺の体を突き放してくる。何事かと後ろを振り向けば、そこには体が氷漬けになり動けなくなった不知火さんの姿。戦闘中の俺のように顔だけは空気に触れていた。
「ぐあッ……俺まで……!」
すぐに助けようと起き上がろうとするも、その前に氷が迫り俺も凍らせてきた。床と手が完全に張り付いてしまい、身動きが取れなくなってしまう。
「まだ……終わってないぞぉ……!!!」
「こいつ……まだ立てるか……!」
無論この氷が誰の仕業かは分かっている。無間だ、さっきまで気絶していたが目を覚まし、人間の姿のまま「無間地獄」の氷で俺たちを拘束してきたのだ。
その姿は血を流し最早いつ倒れてもおかしくないボロボロの状態であったが、まるで獣のように目を光らせ、ゆっくりと不知火さんの元まで歩み寄っていく。
「このッ……させるかッ!!」
このままだと不知火さんが襲われる、急いでその氷を粉砕しようとするが俺も満身創痍の体ですぐには抜け出すことが叶わない。しかも両手が塞がっているため「怒髪衝天」も握れなかった。
最後の最後で油断してしまった、まさかまだ起き上がる体力があるとは……
「不知火永恵……我が先祖よ、お前の不死身をもらい受ける……!」
「このッ……放して!」
やがて無間は彼女の目前まで迫り、さっきまで自分を使っていた「無間地獄」を取り出す。
いくらその四字熟語でも不死身の体を殺すのには時間がかかると奴自身も言っていた。一体何をするつもりだろうか?
「もう手段を選んでいられない……ハァ!!」
「なッ……不知火さんに『無間地獄』を……!?」
何と奴はその四字熟語を彼女の体に挿入、既に「不老不死」の四字熟語があるその体にもう1つの四字熟語が追加されてしまった。しかもその四字熟語には、呪力を抑えこめるリクターが付いていない。
それに何の意味があるのか?すると彼女の体から黒い稲妻が走り、カプセルに入っていた時とは比べ物にならない程苦しそうに悶え始めた。
「あああああああああああああああああ!!??」
「やめろッ!不知火さんに何をした!?」
「『無間地獄』の死のエネルギーを直接体内から放出しつづけ……あの機械無しでもこの女を殺す!四字熟語が使えなくなるからあまりこの手はしたくなかったが……ここまで消耗していればすぐに終わるだろう……!」
「じゃあ……今彼女の体内で2つの四字熟語がぶつかり合ってるのか……!?」
彼女に不死身の力を与えようとしている「不老不死」、そしてその彼女を殺そうとしている「無間地獄」、互いのエネルギーが不知火さんの中で争っているという。
元々四字熟語を2つ同時に使うというのが何よりの苦痛、それに加え死のエネルギーの苦しみも追加されたらたまったものじゃないだろう。
「たかが1つの四字熟語を封印するのに精一杯じゃあ……蒼頡の力でもその『無間地獄』を封じ込める余裕は無いだろう!さぁ、死のエネルギーに体の内側から蝕まれるがいい……!」
「ううううう!あ、あああああああああ!!!」
「不知火さんッ!やめろてめぇ!!!」
やがて彼女を襲う黒い光が強くなっていき、それに伴いその悲鳴も大きくなっていった。どうにかしたいが凍らされて動けない。悔しさでどうにかなってしまいそうだ。
このままだと不知火さんが殺され、「不老不死」が無間のものとなってしまう。ここまで来てそれはないだろう!
「うああ、うああああああああああああああああ!!!!」
しかしそんな祈りも天には届かず、遂に彼女の胸から4枚のパネルが飛び出してきた。書かれている四字熟語は「不老不死」、無間はそれを愉悦の笑みでキャッチした。
遂に目的の四字熟語を手に入れた無間、すぐさまその4枚にさっきまで「無間地獄」に使っていたリクターを取りつけ、怪字化を防ぐ。
もう彼女の体には「不老不死」は無い、しかしそれなのに不知火さんはまだ生きていた。奴もそれを不思議に思っているのか笑みを止め首を傾げる。
「……成る程、『不老不死』を抜き取られた瞬間に、その分に使っていた蒼頡の力で今度は『無間地獄』を封じ込めたか……無駄な事を」
どうやら不知火さんは即座に「無間地獄」を死のエネルギーと共に封じ、自分が息絶えることを阻止したらしい。言わば死ぬ前に何とか持ちこたえたようなものだ。
しかし彼女が死ぬことにならなくても、「不老不死」はもう無間の手の中にある時点で状況が良くなったとは言えない。
「フハハハハッ!遂に手に入れたぞ――『不老不死』!!少々計画通りにはならなかったが……永遠の命は僕の物だ!!」
すると高笑いをし目的の達成を喜ぶ無間、俺と不知火さんは氷漬けにされて動けないためそれを黙って見るしかなかった。
不知火さんが死なずに「不老不死」を捨てられたのは幸運だろう、しかしそれが奴の手にあることは見逃せない。死ななくなるという最強の四字熟語を、最悪な奴に取られてしまった。
「さぁ……永遠に続く覇道の始まりだぁああ!!!」
そしてそのまま「不老不死」を挿入、すると奴の体がどんどん白く光っていき、やがてその閃光は周りにいる俺たちも包み込む。
何も見えなくなった時、唯一奴の笑い声が耳に入っていた。