176話
鎧と長壁を倒し気絶した2人を拘束して外に置いた後、刀真と任三郎は改めてより奥への突入を再開させる。
刀真も僅かでも体力を温存させる為「承前啓後」を解き、通常の状態に戻っている。しかし彼も任三郎も疲れてはいるが足を止めることはなかった。
「先に行った発彦……無事だと良いんだが」
「あいつのことだ、もうとっくに不知火さんを救出しているかもしれないぞ」
そう、それは先に進ませた発彦への心配から来るものであった。先行して向かわせたわけだが、まだこのアジトで確認していない敵はいる。オージ製薬の応治与作に裏切り者の小笠原大樹、そしてボスの不知火無間だ。
まだ会っていないということは、こいつらが不知火さんの防衛に関わっている可能性がある。つまり状況によっては発彦がその3人と同時に戦う可能性もあるわけだ。
さすがにあいつと言えどその状況下では厳しい、そう考えている2人は急いで下へと降りていく。しかしその予想は外れ、発彦は新たな2匹の式神と奮闘した後、現在無間とサシの勝負中であった。
勿論そんなことを2人が知る術などない、しかし先に進むという行動は正解に違いない。
「それにしても……取り返せたな、2つの四字熟語」
「そうだな、これで虎鉄さんと鷹目さんにも恩返しができたわけだ」
鎧と長壁が使っていた四字熟語は、かつて発彦と刀真、そしてその前に任三郎を鍛えた虎鉄と鷹目というパネル使いの物。針の特異怪字――小笠原大樹にそれを奪われ今の今まで戦えない状態であった。
特に発彦と刀真は奪われたことを自分たちの非と考えていたので、これが僅かな救済にもなった。この2つの四字熟語は全てが終わった返すつもりだ。
(もう心残りは無い……後は不知火さんだけだ!)
鎧たちから見事取り返せたことにより、2人により強い熱意が芽生えいざ行かんと言わんばかりに鼻息を荒くして廊下を駆け走って行く。
やがて下に続くエレベーターの前に到着、それで一気に下に降りようとボタンを押すも一向にエレベーターが上がってこない。
「……もしかして壊れているのか?」
「仕方ない、階段で行くぞ!」
エレベーターで降りるのを止め、仕方ないので階段で降りることにする。それで一気に駆け下りていくと、その踊り場で数匹の怪字兵が迎え撃ってきた。
「まだいたのかこいつら!」
こんなところで足止めを食らっている暇は無い、かといってこんな狭い所で強行するのは無理がある。なのでここは応戦するしかなかった。
刀真は素早く「伝家宝刀」を取り出し、立ちはだかる怪字兵をバッサリ斬り落としていく。任三郎も十手で退かし、拳銃で頭を撃ち抜いた。最早勢い付いてきた2人を怪字兵ごときで足止めするなど不可能なことで、その群れは一気に倒されていった。
しかし刀真たちにとって、この怪字兵の群れはある意味ラッキーでもあった。もしここでやってきたのが雑魚兵ではなく特異怪字の刺客だったとしたら、苦戦を強いられるのは間違いないだろう。
だが、物事はそう上手く行かなかった。
「――針ッ!!」
突如として前方から無数の針が飛んできて、残った怪字兵たちを巻き込みながら襲い掛かってきた。
続々と怪字兵が穴だらけになっている中、刀真は刀で、任三郎は十手でその針を弾き返していく。やがて最後の1本がその足元に突き刺さったところでその攻撃は止んだ。
この針は裁縫とかで使われる用の針だ、つまり巨大化されたもの。それだけで誰の仕業かが分かる。
「……小笠原大樹!」
「やぁ宝塚君、そして勇義さんも。クリスマス以来だね」
そこにいたのはかつての仲間であった小笠原大樹――いや、最初から仲間などではなかった。パネル使いたちの情報を得るためにスパイとして鶴歳研究所の一員として潜り込み、長い間騙し続けた男である。
刀真たちはてっきり最下層にて待ち構えているかと思っていたが、その予想は外れこうして自分たちの前に現れたことに驚愕する。
(噂をすれば何とやらだな……全ての元凶だぜこいつは!)
虎鉄たちから四字熟語を奪ったのも大樹、とどのつまりこの男さえいなければあの2人が戦えなくなることもなく、鎧と長壁たちとも戦う羽目にはならなかった。
刀真は心残りが無いと言ったが、まだ大樹が残っていたわけだ。こいつとの決着はついていない。
「お前がここに居るってことは……今発彦は誰と戦っているんだ?」
「彼なら今頃先生と戦っているはずだよ、不知火永恵を取り合ってね」
「ッ……なら尚更先に進ませてもらう!」
ここで特異怪字と戦っている暇は無い、そう判断した2人は手すりを跳び越え一気に下の階に飛び移ろうとするも、再び巨大化された針がそれを妨害してくる。
小笠原大樹の「針小棒大」は物体の大きさを自由に操れる能力、その四字熟語の文字通り針は棒の大きさまでに巨大化させることができるのだ。
「行かせないさ、そのために俺がいるんだ」
すると大樹はその四字熟語を取り出しそのまま挿入、白い仮面を付けた鬼のような姿へと変貌を遂げ、腰には針が沢山刺さっている針山を携えている。
「どうやら無視はできないらしいな……その前に聞きたいことがある」
「……何かな?」
戦闘準備をするものの、刀真は伝家宝刀を構えながらとある質問を投げかける。火蓋が斬り落とされる前に敵に対し質問を聞くなどあってはならないことだが、今回ばかりは任三郎も止めはしない。
「何故比野さんを裏切った?幼馴染だったんだろう?」
それは、虎鉄や鷹目同様お世話になった比野翼についてのことだった。結果的に大樹は彼女も裏切ったわけだが、この2人は幼馴染関係であり、他人よりかはお互いを知っている中である。
現に刀真たちが見ていた大樹と翼は、今思うと互いが敵同士とは思えない程仲良くやっていた。あの時発彦にグローブを渡したのは、自分がエイムのものだと気づかれないためのカモフラージュなのかもしれない。
だが翼との仲が最初からそれであったわけではない。無間がこいつの親でも無ければ、会った時から裏切るつもりだったということはないだろう。
刀真は、どうしても彼女まで裏切ったその真意が知りたかった。
「……何故かって?この間言った通りだよ。少し脱線するが、俺も最初は正義感を持って研究員になった。翼はその後を追って入ってきた、昔からよく俺の後ろをついてきた奴だったよ。しかしそれからパネル使いの在り方に疑問を持ち始めていたんだ」
「パネル使いの……在り方?」
「呪いのパネルは使えようによっては何物にも負けない兵器となる……しばらくして確信したね、パネル使い共は力の使い方が分かっていないと――そんな時に無間先生と出会ったんだ!」
すると大樹はそこで一気に興奮しだし、まるで演説でもするかのように自分と無限の出会いを語る。これと似た様子はクリスマスに見たことがあったが、あの時とは比べ物にならない豹変した姿に刀真たちは思わず後ずさってしまう。
「あの人は、真のパネルの使い方を教えてくれた。怪字退治の道具としか使わない屑とは違う、あの人こそが呪いのパネルの真価を理解しているんだ!……当然俺もだが」
「……比野さんより、無間を優先したのか?」
「翼のことなんか関係ないよ、あいつが勝手についてきただけさ。今思うと少し鬱陶しかったかもな」
「……ッ!!」
瞬間、刀真と任三郎の目が更に鋭くなる。こめかみに血管を浮かばせそれぞれの武器を強く握りしめた。
元々大樹に抱いていた怒りの感情はより熱いものへとなっていき、向こうに嫌悪感を抱くには十分すぎるほどであった。
その行動原理は無間と殆ど同じ、寧ろ無間という存在が彼を同じ思考にしたのかもしれない。元々あった考えを奴が呼び覚ましただけなのだ。
「もう俺はあの女と関係ない、そっちで好きにしてくれ」
「……そうはいかない、俺たちはお前を彼女の前に連れ出すと約束したんだ!」
「その通りだ、お前は――ここで私たちが倒すッ!!」
さっきまで大樹からどう逃げ出し不知火の元まで行くかを考えていた2人であったが、先に大樹を倒すことを決意。怒りの感情がそうさせたのかは分からない、しかしどうしてもこいつを倒さなければいけないという確信が過ったのだ。
「……行くぞぉ!」
そう言って刀真たちは走り出し、刀と十手を振りかぶって同時に攻撃する。それに対し大樹は大きくした針を剣のように持ちそれで受け止め、そのまま力強く払い2人を後退させた。
するともう1本針を巨大化させ、二刀流のスタイルに移行する。そして今度は向こうから突撃し、刀真に斬りかかった。
それを迎え撃つ「伝家宝刀」、刀と針が衝突し合い鋭い金属音を鳴り散らす。一方任三郎は拳銃を握り外部から援護、しかしその浄化弾も針によって弾かれてしまう。
「翼のことでどうした君たちがそこまで怒る?……さてはあいつに惚れたか宝塚?残念だが……翼は多分俺に惚れていると思うぞ」
「――貴様ぁ!!」
これ以上翼を無下にする発言は聞きたくない、そう思った刀真は激高して前へと出る。完全にヒートアップした状態であったが、それでもある程度の冷静さは保っていた。
こうして最下層より数階上にて、刀真たちと小笠原大樹の勝負が始まった。