174話
昨日の出来事のようにあの日のことは思い出せる。そうは言ってもそこまで日にちが経っているわけでもないが、俺は一生のあの時のことについてうなされるだろう。
天空さんの死、そしてあの人を殺したのは今目の前にいる無間であった。
この男がエイムを操り、呪いのパネルを悪用する超悪人。不知火さんの「不老不死」を狙い更なる野望を滾らせている。
「英姿町にあったアジトやここといい……君たちは些か人様の家に入るマナーがなっていないようだね。まさか私の牛頭と馬頭まで倒すとは……」
「お前たちがマナーなんて言える立場か、こんなデカい本拠地まで作っておいて」
先の戦いでの疲労も癒す暇も与えてくれないのは辛いが、元々これは不知火さんを救出するための突入。元々休んでいる暇など無かった。
そしてこうして無間と改めて対峙してみたが、意気揚々とここに来た時の威勢はどこにいったのか、少し怯えている自分がいた。
サシで対面して分かった、こいつは普通の人間じゃない――!
「ようこそ呪物研究協会エイムへ!君たちパネル使い一行を歓迎しよう」
そう言って無間が手を広げると、薄暗かったその部屋の照明が一気に点灯し、その部屋の様子を更に照らしあげた。
そうしたことでより鮮明に見えたのは、箱のような機械がズラッと並んだ光景。無間曰くこれが人造パネルの製造機だという。
「これで人造パネルを作っているのか……まさかこんなに機械感が凄いとは……」
俺はてっきりゲームのダンジョンでよく見るグロテスク的なもので作っていたと予想していたが、その実態は誰がどう見ても「機械」と名称付けるものであった。
「まるで工場見学に来た少年のような質問だね?この際だ、エイムが結成されるまでの話をしよう」
すると奴は俺を子ども扱いすると同時に自分語りを始めようとする。普通なら聞く耳持たずで殴りかかるところだが、正直な話少しだけそれが気になっていた。
無間は不知火さんの子孫、不知火家は受け継いだ蒼頡の力を駆使しパネル使いとして戦ってきたが、現代において何故それが止めたのか。知りたいことは沢山ある。
「僕ら不知火は所謂正義の味方として怪字と戦い続けた……しかしそれは祖父の代で終わった。祖父は人々を守るなんて下らない正義感を捨て、好奇心に駆られながら呪いのパネルのことについて調べ始めたんだ」
「……蒼頡の力を使ってか?」
「その通り、パネルの研究者としてその呪力を操る蒼頡の力は喉から手が出る程欲しいものだろうね。その研究は受け継がれていき、やがて僕の代にまで来た。最初は全然興味が無かったさ……実家の蔵を見つけるまでね!」
無間の祖父からパネル使いではなくなった話は前にこいつ自身の口から聞いたことがある。確かに蒼頡の力さえあれば呪いのパネルの探求や調査など簡単に進められるだろう。
研究するだけならまだ良い、それなら警察も怪浄隊もやっていることだ。しかし今無間がやっていることはどう考えてもその範疇ではない。
「言い伝えによると我が不知火家の子孫の1人は、大昔に永遠の命を手に入れたと聞く。おとぎ話か下らない伝承かと思ったが……呪いのパネルという存在がそれを示唆した!僕はすぐに分かったよ、それが四字熟語によるものだと!」
(永遠の命……不知火さんのことか!)
「そして手に入れたかった!その不死身の秘密を、四字熟語を!そうすれば僕は永遠の王としてこの世界に君臨できる!」
つまり無間の祖父、親はまだ常識のある人であったが、こいつの代から狂ってしまったということになる。確かにパネル使いの道からは離れたがその祖父は悪用するために研究していたわけではないだろう。
「じゃあ何故リクターや人造パネルなんてものを生み出した?不知火さんを探すだけなら無意味なことだろ」
「……元々僕は、君たちの呪いのパネルの使い方が気に食わなかった。人を守るためだけに使っていて、その真の価値を理解していない!」
すると今度は不機嫌な表情へと変貌、初めて対面した時と比べてコロコロ感情が変わっていく男であった。
鎧や長壁はこいつに対して忠誠と尊敬の心を抱いていたが、はっきり言って俺の目には我儘な子供に見えた。しかしその言動1つ1つにカリスマ性があり、油断してるとこちらまで引き込まれそうな話術だ。
「どんなものも食い尽くす力、鏡の世界に入れる能力、炎を手に取るように操れる体!それらを何故軍事利用しない!呪いのパネル程強力な兵器はこの世に無いはずだ!」
「軍事利用……?お前、もしかしてパネルを兵器として使うためにあれらを開発したのか!?」
「当然、他にどんな理由があるのかな?」
やはりこいつの頭はぶっ壊れている。銃も火器も効かない怪字の体は確かに最強の兵器だろう、しかしそんなことをすれば犠牲者の数がとんでもないことになるのは明白だ。ただでさえ俺たちパネル使いでしか太刀打ちできないというのに、そんなのを戦争の道具にでも使われたら堪ったものではない。
「リクターも人造パネルも、蒼頡の力を使って開発したものだ。祖父からの研究によって、パネルの呪力をエネルギーとして活用する方法を見出したのさ」
「これが……蒼頡の力で!?」
人造パネルという存在を知った時、その仕組みが今の今まで気になっていた。科学的なもので再現できるのであろうか?だが蒼頡の力で作られていたとなれば納得がいく。
元々呪いのパネルという存在を作ったのも蒼頡だ。その力でパネルが作れても不思議ではない。
「まぁリクターは元々『不老不死』対策として開発したものだけど……そこから君たちが言う特異怪字の変身に使われるようになった」
そこで、リクターの呪力を抑えるという技術も蒼頡の力との共通点があった。不知火さんはそれで「不老不死」を体内に封じこめ、不死身の体になってしまったのだ。
「我らにとって、呪いのパネルなんてただの兵器だ!君たちパネル使いよりも上手く使いこなしている自覚があるがね!」
まるで自慢のように語る無間、ふざけるんじゃない。その特異怪字や人造パネル、お前たちの下らない研究でどれだけの犠牲者が出たと思っている。
これ以上聞くと、もう我慢の限界だ。怒りを抑えられなくなる。
「もういい、お前の狂った考えを聞くなんてもう嫌だ……不知火さんはどこだ!?」
「この階の部屋で、今『不老不死』を摘出させてもらっているよ。まだ時間はかかるから間に合うはずだ」
そして本来の目的である不知火さんの救出、それを最優先にする為彼女の居場所を聞いてみると意外にも正直に答えてくれ、まだ間に合うということまで教えてくれた。
一種の余裕だろうか?こうも簡単に教えてくるとなると逆に信用できない。しかしこの階に不知火さんが捕らえられているという情報は勇義さんと先輩が調べてくれたことだ、ここは信じるしかないだろう。
「あの人は、今も君たちが助けに来てくれることを信じていたよ。我が先祖ながら健気なものだね」
「『不老不死』も不知火さんも無事なんだな!?」
「いくらどんな生物も殺せるという『無間地獄』でも、不死身の人間をすぐに殺せるなんてことはできない。死のエネルギーでじっくりと時間をかけているよ」
どうやら間に合うというのは本当の事らしい、そして幸運なことにそれもすぐの事じゃないという。不知火さんは今必死に抵抗しながら俺たちの助けを待っているのだ。
「なら――話が早いッ!!」
それを確認した後、俺は気づかれないように「疾風迅雷」を使用し、その超加速で一気に無間の横を素通りしようとした。
普通ならここで奴と戦って天空さんの仇を取る展開だろう、確かにそれも望んでいるが一番大事なのはあの人の死を安らかにしようとすることではなく、不知火さんを救い出すことだ。
とどのつまりこいつは「不老不死」が摘出されるまでの時間稼ぎで俺の前に出たのだ、それにわざわざ付き合ってやる義理なんて俺には無い。このまま逃げだして先に彼女の救出に向かった方が得策だ。しかし――
「ッ!!」
そのまま廊下に出ようとしても、すぐさま床から黒い針が突き出て俺の行く手を妨害。壁として俺の前に立ちはだかった。
後ろを振り向けば、こちらに背中を向けたままで「無間地獄」の4枚を握っている無間の姿がある。どうやらそう簡単には行かせてくれないらしい。
「そう急がなくてもいいじゃないか。折角ここに来てくれたわけだし、僕の相手をしてくれ」
そう言って振り返ると同時に四字熟語を自分に挿入、黒い炎を浴びながら特異怪字の姿へと変貌していった。
黒い体に鬼のような形相、赤黒い道服を身に纏い堂々とこの場に降臨する。まるで閻魔と例えた方が良いその姿に、思わず後ずさってしまう。
その強さはあの天空さんと渡り合える実力、俺や先輩たちもそれに圧倒されボロボロに惨敗してしまった。気迫だけではなくあの時の恐怖も俺の背中を引いていた。
しかしこいつと戦うことは突入前に覚悟していたことだ、今更引くわけにはいかない。
「さぁ触渡発彦君……君も師匠同様、生きながらの地獄を見せてあげよう!」