168話
爆発音がけたたましく鳴り響く。その轟音は水面に波紋を作り、辺りに小さな揺れを観測させる。この音の正体は決して火薬や爆弾ではない、水の破裂によるものであった。
俺は「疾風迅雷」による超加速で水の上をまるで陸地のように駆け走り、迫りくる水柱を躱していく。その出どころには水を操ってこちらを攻撃している流次郎がいた。
これは「疾風迅雷」があってこそできる戦い方だ。片足が沈む前にもう片方の足を踏むの繰り返し。確か水の上を走るトカゲがいると聞いたことがあるがそれと同じ原理だ。
「ほらほら、逃げてばかりでどうする!」
「ッ!!」
しかし「疾風迅雷」で足踏みをしてかつ走るとなるといつもより疲労が激しかった。水の上を走るというのは初めての経験、慣れていないことを長時間こなすのは根気が必要だ。
このまま防戦一方だとこちらの体力が尽きるのも時間の問題、ここはリョウちゃんの上に乗りたかったが、あいつは今巨大魚の式神である魚吉と向こうで争い合っていた。式神同士の戦いなので衝撃波がこっちにも伝わってくる。
(ここは、強引にでも攻め込む!!)
そして俺は奴の周囲を走り回るのを止め、そこに向かって一直線にと突撃していく。迫りくる水柱は全て避けてあっという間にその横を通り抜けた。
「おっと、流石に逃げんと」
すると流次郎は先ほど見せたように水の上をスケートのように滑り、凄まじいスピードで俺から逃げていく。
水を操る能力を駆使しての滑走、確かに見事なスピードだが――俺の「疾風迅雷」の敵ではない。
「――でやぁあ!!!」
「え?――うげぼがッ!?」
滑って逃げようとする流次郎をこちらも超スピードで追い、いとも簡単にその横に追いついた。そしてしばらくその横で並走した後、そのまま跳び上がり奴の後頭部に回し蹴りを繰り出し、水面にへと叩きつける。
流石に能力で水の上に立てるとはいえ、上からの衝撃には弱く奴は今の一撃で深く水中へ沈んでいった。
「俺にスピードで勝とうなんざ100年早い!!」
「疾風迅雷」は最強と言ってもいい程のスピードを見せ、今の所その超加速についてこれる能力や特異怪字はいない。「疾風迅雷」が一番の速さだ。
そしてすぐに浮かび上がってくるだろう流次郎に追撃しようとするも、一向にその姿を見せてこない。今のでやられるはずもない、ならば何故浮かんでこないのか?
「しまった――水中か!!」
「遅いッ!!」
すると足元から流次郎が飛び出て、俺の顎に下から重いアッパーを繰り出してきた。俺は打ち上げられ、危うく頭から湖に突っ込みそうになったが間一髪で足を下にして無事着地、再び水上の上に立ち上がる。
どう見たって水中活動が可能なのは分かるのに、つい油断してしまった。
(それにしてもなんてパワーだ……さっきまでとは比べ物にならないぞ!?)
「腑に落ちない顔をしているなぁ!」
すると奴は自分から潜水し、さっきと同じように水面から跳び上がって俺に突進してくる。そのスピードはまさにロケットのような勢いでこちらの体に激突し、潜っては飛び出てを繰り返してきた。
「魚が一番動けるのは陸と水、どっちだと思う?答えは当然水の中!確かにお前さんのそのスピードは凄いが、水中の俺には敵わない!」
「ぐはッ!?そうか……水中で一気に加速してその勢いで飛び出ているのか……ウガッ!!」
さっき俺は「疾風迅雷」が一番だと豪語したがどうやらそれは状況で変わるらしい。「開源節流」は陸上ではなく水辺で真の力が発揮される四字熟語、さっきの水上滑走以外にここまで速くなれる技があるとは思ってもいなかった。
このまま攻撃を受け続けると「疾風迅雷」でも水の中に引き込まれてしまう。なので「八方美人」で自動回避状態になる――というのはできなかった。
(『疾風迅雷』を使っている状態だから「八方美人」も使えない……避けるために超加速状態を解けば本末転倒だ!)
今の俺は怒髪衝天態ではない、つまり四字熟語は1つしか使えない。なので「八方美人」を使いたくとも「疾風迅雷」による足踏みを止めることはできないので不可能であった。
そしてカウンターの一撃を入れようにも、水の上なので力強い踏み込みはできない。こちらから打撃を与えるにはさっきの蹴りのように跳ぶ必要があった。しかし猛攻を受けている状態でそんなことをできる隙も無い。
(ここは、無理やりにでも避難しないと!)
しかし「疾風迅雷」のスピードが遅くなったわけでもない、恐らく俺の超加速と流次郎の水泳スピードは五分五分だろう。ならばと俺はその攻撃の中を無理やり突破し走り出す。
ここはやはりリョウちゃんの上に乗ろう、そう思った瞬間足に何かが巻き付いた。
「なッ――釣り糸!?」
それは奴が使っていた釣竿の糸、ルアーを重りにして俺の足を捕らえてきた。
そして流次郎はそのまま正反対の方向に潜水、当然足を巻き付かれている俺も同じように水中に入ってしまう。
(しまった!一番恐れていたことをやられた!)
冬の湖は恐ろしい程に冷たく、まさに凍えてしまいそうな温度であったがそんなことを気にしている暇は無かった。
この戦いで俺が一番恐れていたのは、水中に引き込まれてしまうこと、水の中では奴が圧倒的に有利だし、それに当然だが息ができない。その時点で溺死してしまうのだ。
流次郎は躊躇なくどんどん深く潜っていき、俺を水上から遠ざけていく。急いで糸を解こうとしても水流に遮られてできなかった。それに水の中じゃ上手く身動きも取れない。
(やばい……息が……!)
一応引き込まれる前に酸素を吸いこんだが、そこまで肺活量に自身があるわけでもなくとうとうその限界が訪れてきた。苦しくなっていき意識が遠のいていく。
しかしもう駄目かと思ったその時――俺の水の中に引き込む方向が下から上へと変わった。
何が起きたのか?俺を引っ張っている流次郎がいつの間にかこちらに来ていたリョウちゃんに咥えられている。そして俺と奴は一緒に水上へと打ち上げられた。
「ブハッ……ハァハァ……助かったぜリョウちゃん!」
『ガルル!!』
何とか溺死は免れた俺は、そのままリョウちゃんの頭上に乗り移り濡れ体を震わせた。そして何とか息を整かせ、一安心する。
もしリョウちゃんが来なかったら奴の言う通り俺は湖の藻屑となって死んでいただろう。冬に水浸しになるよりもう少しでという恐怖で体が震えていた。
「よし、このまま高く飛べ――ってのわッ!?」
『グガァッ!?』
そのまま空高く飛翔させて一旦空で体を休めようとした途端、突然としてリョウちゃんが止められて危うく落ちそうになってしまう。リョウちゃんも悲鳴に近い鳴き声を出した。説明するなら今のリョウちゃんは空を飛ぼうとして縦になった状態だ。
下を見て見ればリョウちゃんの長い尻尾を水面から顔を出している魚吉が咥えその飛翔を文字通り食い止めていた。するとその頭の上に乗っていた流次郎が力強く叫ぶ。
「よくやった魚吉!このまま引き込み漁だ!!」
するとリョウちゃんがどんどん引き寄せられていき、このままだと再び湖の中に引きずり込まれるのも時間の問題であった。魚吉の力は凄まじくリョウちゃんの飛翔しようとする力とほぼ同格だろう。
そこでリョウちゃんは下にいる巨大魚に向かって火球を放ち、口を放させようと思うも流次郎が水柱でそれを打ち消してしまう。火球攻撃と「開源節流」では相性が悪かった。
「仕方ない……リョウちゃん!そのまま火球で援護してくれ!直接あいつを叩く!!」
そう言って俺はほぼ垂直となったリョウちゃんの長い体を下りていき、そのまま魚吉の体に着地して同じ舞台で流次郎と対峙した。敵の式神の上に乗るというのは些か危険だが、こいつは今リョウちゃんを引き込むのに精一杯のはずだ。
しかしこちらも魚吉の巨体を足場にしているため攻撃はできない、なので流次郎の方を倒す!
「お?誰の許可を得てこいつの上に乗ってるんだ?」
「――乗り心地は最悪だな!」
そうして始まる奴との戦い、迫りくる水柱を掻い潜りその懐へ潜り込み、下から掬い上げるような拳を腹に撃ち当てる。
「うぐおッ……何だこのパワー……!?」
踏み込みができる足場が確保できたのでようやく重い一撃を奴に当てることができた。「開源節流」は能力こそ多様に使えるが力が凄いわけでもないし防御に優れているわけでもない、なのでこういった接近戦に持ち込めばすぐに有利に立てる。
「水を得た魚のように調子に乗ってくれたな……思う存分さっきの分を返してやる!!」
「うごッ!?――このッ!!」
そこから回し蹴りを顔に当て、その勢いに乗って再び正拳突きで腹部を打ち砕く。たった数発で大きな亀裂が走っているのを見ると、やはりそこまで硬いわけでもない。
すると流次郎はさっきと比べ物にならない数の水柱を四方八方から伸ばし、一斉に俺を狙ってきた。四方八方から攻めてくるなら、水上で使えなかったあれを使えばいい。
「八方美人」
「八方美人」の自動回避でその水柱を全て回避した後、再び流次郎へと走り出し今度は肘打ちを顔面に食らわせる。そして最後に両拳を握ってその頭部に振り下ろした。
最早顔面胴体全てにヒビが入っており、満身創痍と言っても過言ではないだろう。
「なら――これならどうだッ!?」
すると流次郎はまたもや水柱を精製、しかし今までのものとは違く、先がまるで針のように鋭利な形になっていた。
そしてそれを数本作って伸ばし、全て俺目掛けてくる。攻撃しようと思い「八方美人」を解除していた俺はそれを紙一重のところで回避するが、頬の部分に掠ってしまい軽い切り傷ができてしまう。
(水圧カッターと同じ原理か!)
恐らく水柱攻撃の水圧を高め、肉を断ち切る程の威力にしているのだろう。普通そんな水圧を出すのには大量の水が必要だが、生憎ここは湖。水なんて腐る程あった。
すると奴は高水圧水柱を作っていき、どんどん俺へと伸ばしてくる。確かに当たれば一溜りもないこの攻撃だが……
「――当たらなければ無意味だ!!」
再び「八方美人」を使い全ての水柱を躱していく。確かに水中での奴の攻撃は素早かったが、陸上での攻撃はそこまで速いわけでもない。やはりあの四字熟語を使いこなすには水の中が良いだろう。
それは敵も分かっている筈、ならば次にしてくる行動は手に取るように分かった。
「魚吉!そのドラゴンを諦めて潜水しろ!!」
やはり式神に潜水を命じてきたか。「開源節流」の流次郎と違って俺は水中での活動はそこまで得意ではない、なので足場となっていた巨大魚に潜らせるのは当然の行為だろう。
そして魚吉はリョウちゃんの尻尾を放し、そのまま一気に潜ろうとする。俺はこいつが完全に水の中に入る直前で跳び、リョウちゃんの尾の先を掴んで水上から遠ざかった。
そのまま何とか再びその頭部に乗り移り、水面下の流次郎たちを上から見下ろす。こうなったら一気に決めるしかない。
「リョウちゃん!あれやるぞ!!」
『ガルッ!!』
そう言って俺は「怒髪衝天」を使ってその姿となり、グローブが外れないように付け直す。そしてそのままリョウちゃんの頭部から飛び降りた。
それに合わせてリョウちゃんが俺に向かって火球を放ち、それを俺が防火性の優れたグローブで受け止め、爆風の勢いに乗り更に落下スピードを上げる。極めつけに「一触即発」を使って待機状態に入った。
「何かする気だな!だったら俺だって――うおりゃああああああああ!!!!」
対する流次郎は大津波を起こした時のように両手を水に入れて唸り始める。すると今までのとは比べ物にならない程巨大な水柱が上がり、なんと巨大魚の魚吉を天高く打ち上げた。
恐らく奴らは俺のことについて何も聞かされていないのだろう、でなければ「一触即発」の接触待ちの俺に自ら向かっては来ない筈。それかあの突進によっぽどの自信があるかだ。
流次郎は魚吉の上に乗り共に俺に向かって飛んでくる。自分から向かってくるとは好都合だ、このまま重いのをぶち込んでやる!
「プロンプトゲキリンブレイクッ!!!!」
こうして怒髪衝天態のパワーとリョウちゃんの火球の威力が足された一撃が触れてきた流次郎の胴体に真上から打ち込まれる。拳はそのまま腹を打ち抜き、後ろの魚吉にまでその威力が到達した。
「ぐがッ――!?」
「湖の底まで行けぇええええええええええええええ!!!!!!!!」
そのまま流次郎ごと水面まで降下し、水上に触れた瞬間ブレイクの拳圧で周りの水は全て飛び散り、まるでモーゼの奇跡のように湖の底を見せる。
俺はその水底まで流次郎とその式神を殴り抜いた。水が無くなった底で流次郎の体は崩壊していき人間の姿へ戻り、「開源節流」の四字熟語を落とす。魚吉はそのまま全身に亀裂が入り砕け、そのまま「吞舟之魚」という4つのパネルの状態になった。式神を倒してパネル状態にしたのはこれが初めてだ。
「くはッ……湖の藻屑になったのは、どうやら俺たちのようだな」
「ハァ……ハァ……俺を怒らせた、お前が悪い……!」
俺はそんな奴の言葉を耳に、そのまま2つの四字熟語を回収する。すると周囲に飛び散った水がどんどん戻っていた。今立っているのは水底、このままだとまた水中で溺れかけてしまう。
「リョウちゃん!!」
急いでリョウちゃんを呼びその場からの脱出を試みる。早くしないとあっという間に水に囲まれてしまう。気絶している流次郎を抱えてリョウちゃんの頭に乗りそのまま一気に上へ飛んでもらう。
何とか湖が元に戻るまでに間に合い、さっきまで大穴が開いていた湖を再び見下ろした。流石に穴が開いたせいか波も強くなっており、水しぶきを派手に上げている。
その後俺は流次郎を縄で捉えた後、そのまま陸地の木の元に置いた。そしてリョウちゃんの頭の上に乗り、エイムの本拠地へと向かう。
(刀真先輩……勇義さん!無事でいてください!)
さっきにアジトへ乗り込んだだろう2人の身が心配だ、俺はリョウちゃんを急かし早く早くという気持ちでアジトに一直線へと向かっていった。




