167話
湖の番人である流次郎と魚吉は発彦に任せ、刀真と任三郎はボートでエイムノ本拠地へと向かっていた。任三郎の心の高ぶりと比例しているのか、ボートのスピードもどんどん加速していきその分刀真が顔を青くしていた。
「うっぷ……まだ着かないのか刑事……」
「……お前、本当に船弱いな」
いつもは発彦が抜けた時点で止める者がいなくなったため喧嘩をおっぱじめる2人であったが、刀真がここまでグロッキー状態になればそんなものも起こらない。刀真は迫りくる気持ち悪さに必死に耐え、逆に任三郎はその様子に呆れるばかりで2人とも余計な一言は口にしない。
「お、見えたぞ島だ!!」
やがてようやく奴らのアジトがある島が見え、急いでそこへボートを停泊させる任三郎。すると船が静止したのを確認した刀真は、これでもかと元気な状態に元通りになり勢いよく船から陸地へと飛び移る。
「着いたな……刑事、気を引き締めるぞ!」
「……さっきまで顔真っ青にしていたくせによく言うぜ」
やがて任三郎もその島へと足を踏み入れ、各々の武器を構えてその内側へと走り出していく。島は木々に包まれており、アジトへの入り口は島の中央部分にあることは分かっている。
草木を掻き分け、どんどん奥地へ進んでいくと出迎えが来た。
「――怪字兵ッ!!」
木の陰や奥から姿を現したのは、怪字兵の群れ。その数数十とかなりの大群が刀真と任三郎を迎撃してきた。
ここは呪物研究協会エイムの敷地内、このように怪字兵が警備としてのさばっていてもおかしくはない。
「片付けるぞ!」
「分かってる!」
そうして襲い掛かってきた怪字兵たちに対し、刀真たちも「伝家宝刀」と十手を取り出しそれに立ち向かっていった。
刀真は次々と兵隊たちの首を斬り落としていき、3匹の怪字兵が縦に並んだ際に「猪突猛進」を使用しその突きで一気に串刺しにしていく。一方任三郎は十手でどんどんその頭部をかち割り粉砕していく。拳銃は使わない、少しでも浄化弾は温存したいからだ。
元々怪字兵というのは1匹1匹にそこまでの戦闘力があるわけでもなく、所謂数で勝負してくるもの。しかし2人は何匹の怪字兵を葬り去っているせいか次第この数の勝負に慣れていた。
その証拠に怪字兵の大群をものの数分で簡単に殲滅していた。精々こいつらにできるのは僅かな足止めくらいだった。
「外でこれか……中はもっとうじゃうじゃいるかもな」
「弱音を吐いている場合か!」
「さっきまで船酔いで気持ち悪い気持ち悪い言ってたお前に言われたかないわ!!」
そして何事もなかったかのように口喧嘩を続けながら2人はどんどん森の奥へと進んでいく。その際さっきと同じように怪字兵の群体が襲い掛かってきたが難なく倒して前へと進んだ。
やがてようやく森を抜け開けた場所へと辿り着く。するとそこの中心に白い建造物がポツンと立っていた。
湖の外から見て結構階のある建物は見られなかった、つまり奴らの本拠地はモグラのように地下に作られた物。英姿町にあったアジトと同じ形式である。
「いよいよ突入か……褌締め直せよ宝塚」
「貴様に言われなくとも!」
2人はその内部に突入することを決意し、口喧嘩をしながらも互いを鼓舞し合う。
ロックされた頑丈な扉は刀真の「一刀両断」で切り裂き突破、すると最初に中で見えたのは1つのエレベーターであった。恐らくこれが唯一の地下への入り口だろう。
いざ行かん、そのエレベーターへと躊躇なく入り下へと降りていった。しかしここは敵の本拠地、このエレベーター内に毒ガスが噴出されてもおかしくはない。例え簡単に内部へ侵入できようが警戒態勢は解けない。
そして今2人にはある1つの不安要素があった。それは今回の作戦があまりにも順調に進められていること。
前回の英姿町アジトへの突入作戦の時だって、エイムはわざと発彦たち突入組に対し罠も仕掛けず奥へと進ませ、そこで特異怪字たちと戦わせた。あの時の経験から、順調に進むということにも油断はできなくなっている。
確かに湖の流次郎というトラブルがあったが、もうちょっと不確定要素があってもおかしくはない。
「……随分降りるな」
一向に次の階へと辿り着かないエレベーターに対し、任三郎は愚痴を言ってしまう。もう1分ぐらい下がり続けているが一番最初の階には着かない。というよりこのエレベーターは地上と地下しか繋いでいなかった。
やがてようやくその階へ辿り着いたので、2人が意気揚々として地下に乗り込もうとした瞬間、開くより前に薙刀がその自動ドアを貫通してくる。
「――ッ!!」
ドアの向こう側から放たれた一突きに対し、刀真がそれを刀で受け流す。そして穴が開いた自動ドアが開かれると、そこには廊下にギュウギュウ詰めになった怪字兵が列をなしてお出迎えをしてきた。
「糞ッ!一気に行くぞ!!」
「ああ!猪突猛進ッ!!!」
今にもこっちの中に入り込もうとするその大群に対し、刀真は「猪突猛進」を再び使いその勢いで突進、刃の先で突き刺すというよりかはその勢いで怪字兵の群れを薙ぎ払った。
勿論突き攻撃としての役割も果たされており、そのうちの数匹かが今のでやられる。そして刀真が怪字の群れを吹き飛ばしたと同時に任三郎も十手を取り出し、怪字兵の頭を叩き潰す。
「やっぱり中にもいたか……一々相手をしている暇は無い、一気に駆け抜けるぞ!!」
「こい怪字兵共ッ!!」
そう言って刀真たちは走り出し、アジト内への強行捜査へと移り出す。迫りくる怪字兵をばっさばっさと斬り倒していく刀真、対する任三郎は十手を振り進行方向に入った者を退かしていった。
2人とも前方にいる怪字兵しか狙わず、それ以外の廊下の左右に避けている怪字兵に対しては素通りしていく。当然生き残ったり狙われなかった怪字兵が後ろから怒涛の勢いで追ってきた。
そしてそれと同時に警報が鳴り響き、僅かな電灯で照らされていた薄暗い廊下の照明が赤く点滅していく。
「どうやら我々のことがバレたようだな」
「まぁあんなに派手に侵入すればな!」
しかしその程度で足を止めるはずも無く、その途中で見つけた部屋に片っ端らから入り不知火の姿を探していく。
それまで見つけた部屋は住居スペースや食堂、個室など生活に関するものだけで一向にそれらしき部屋は見つからない。寧ろ2人にとってホテル並みの施設を揃えているエイムのギャップを感じていた。
そうして追ってくる怪字兵を一掃しながら次の部屋へと入ると、そこは明らかに他の所とは空気も雰囲気も違う。
「……資料室か?」
そこにあったのは大量の本棚と紙資料、そしてその中央にある長机にはPCがズラッと羅列されている。誰がどう見ようとここはデータベースの部屋の類にしか見えなかった。
「丁度いい、ここならアジトの地図とかもあるだろう」
そう言って2人はソッと扉を閉め、警戒しながらも中へと進んでいく。そして机に設置されていたPCを任三郎が起動させた。こういう機械関係は刀真より彼の方が適役だろう。
しかし当然と言っちゃ当然だが、パスワードがかけられて中を見ることができない。どうしたものかと2人で唸っていると、突如として後ろから物音がする。
「誰だッ!!」
「ひッ!待て待て降伏する!だから斬らんでくれ!!」
そこにいたのは白衣を着た特に特徴のない男、怯えた様子で刀真たちを見て前屈みでこの部屋からこっそり出ようとしていた。しかし運悪く近くにあった本の山を崩してしまい気づかれたわけだ。
協会のメンバーの1人だろう、任三郎はそいつに手錠をかけそのままPCの前に連れ出した。
「丁度よかった、このパスワードを打ってくれ。断るならこいつの刀の錆になるぞ」
「分かった分かった!教えてやるから勘弁してくれ……」
「人の家宝を勝手に脅迫の道具にするな!刑事の癖に!」
そうして手錠を掛けた状態でその男にキーボードを触らせ、そこからパスワードを打たせて中を開かせた。少しでも怪しい動きをすれば刀真が納得のいかない表情で「伝家宝刀」の刀身を光らせる。
中に入れればこっちのものだ、そこからの操作は任三郎が行っていく。やがて2人はあるファイルに辿り着く。
「何だこれ……『温新民族研究協会』『サクゴ開発グループ』『ユゼ協会』……『オージ製薬』!!」
「これ全部……エイムを支援したり資金援助している組織か……!?」
最初見たときは会社やグループ名が並べてあるだけだと思ったが、徐々にスクロールして目で追っていると聞いたことのある名前が目に入ってきたので、このファイルがエイムを援助している組織の一覧だということに気づく。
オージ製薬は社長である応治与作が刺客に飲ませる自決用毒薬の開発し、それを確かめるために一度警察と共に強行捜査をしたことがある階者だ。あの会社も毒薬のみならず資金も送っていたことを2人は思い出す。
「よくよく見たら小さかったり聞いたことのない組織だけじゃない――よく名前を耳にする大手会社の名前もあるぞ!?」
「このサクゴ開発グループなんかCMを良く見る……あんな有名な所が!?」
サクゴ開発は「未来の道を共に作り出す」というキャッチフレーズで売り出している有名なグループ。オージ製薬の時も驚いたがまさか他にもこんな名の売れている会社が援助しているとは思ってもいなかった2人であった。
しかし一番驚きなのはその数、数十近い組織名がそこには書かれていた。つまりこの会社は少なからず呪いのパネルや怪字の存在を知っているということであった。
世間に伝わっていないだけで警察以外の組織がここまでパネルのことを知っていること、刀真たちにとってそれが何よりの驚愕な事実だ。
「おい!!このアジトの地図はどこだ!?」
「あッはい!でしたらここをこうして……」
その事実を受け止めきれないのか、任三郎は荒ぶる感情を抑えられずついその男に当たってしまう。実際表に出していないだけで刀真も同じような心境であった。
自分たちは何も知らない人々たちを守るために怪字と戦ってきた、その人々が呪いのパネルを何かに利用しようと企み、あまつさえ悪用する組織に加担していることを知れば、今まで何のために戦ってきたのだという怒りと困惑が押し寄せてくるのも無理はない。
やがてようやく目的の地図が表示された。
「不知火永恵はどこに監禁している!?」
「誰ですかそれ?……とりあえずこの一番下のここだと思いますよ。無間様の部屋の実験室の近くです」
どうやら下っ端には不知火の存在は教えられていないらしい、兎にも角にも自分たちが目指す場所は分かった。場所は地図の一番下の階を示している、何やら不審な単語が聞こえたがそれどころではない。
「ここまで行くには階段か他のエレベーターを使う必要があるのか……行くぞ宝塚!!」
そうしてその男に手錠をかけたまま、2人がいざ不知火を救出せんとそのデータベースを出ようとした瞬間、突如としてドアのある方の壁が勢いよく崩壊した。
「のわッ!?」
「ぐッ――!!」
まるで何かがこの部屋へと突撃したような衝撃に、刀真も任三郎も吹っ飛ばされてしまう。現に何かが突っ込んできてドアを巻き込んで廊下へと繋ぐ大穴を開けてきた。
敵――吹っ飛ばされた2人が真っ先に思い浮かべたのがその熟語であった。そうしてその正体を見れば、知っている顔が2人そこに並んでいる。
「鎧!それに長壁まで!!」
「人様の家に侵入してその挙句勝手にデータを見るなんて、貴方それでも刑事?」
「源はどうした?お前たち2人だけのところを見ると触渡発彦が相手をしているのか?」
ここに来てエイムの中でも腕が立つ刺客である鎧と長壁がやってきた。すると今まで怯え切っていた男はすたこらさっさと鎧の元に駆け寄った。
「が、鎧様!助かりました!」
「お前も逃げろ、この2人は我々が相手をする」
鎧がそう言うと男はあっという間にその横をすり抜け廊下の奥へと逃げていく。正直言って刀真たちにあいつを追うメリットは無い、それより今目の前で対峙している鎧と長壁をどうにかするのが優先的であった。
「丁度よかった、このPCに入っていた名前……あれはここを援助していた組織か!?」
「その通りだ、お前たちと最初に会ったオージ製薬だけじゃない。他にも数多の企業や組織が我々に協力している。彼らにとって、人間離れした能力を授け火器が効かない怪物は所詮兵器扱いだ」
「――それはお前たちもだろう!?」
怪字や呪いのパネルを兵器扱い、鎧はそれを他愛のない感じで言い放ったが、一番兵器として扱っているのは他でもないエイムであった。刀真の叫びがその意味を乗せて鎧たちの耳に入る。
すると今まで冷静沈着であった長壁が、いきなり激昂し始めた。
「無間先生は――そんな凡人とは違う!!あの人こそこの世界の王に相応しいお方よ!そこらの有象無象と一緒にしないで!!」
「その通りだ、あの人は永遠の命を手に入れ全ての国々を統括する。俺たちはそのお役に立ち続けることにこの人生を捧げる!」
そう言って2人はそれぞれの四字熟語を挿入、鎧は「銅頭鉄額」、長壁は「飛耳長目」でそれぞれの怪字態へと変身した。
この2人は無間の生徒の中で一番と言ってもいい程の狂信さを持っていた。長壁のように感情には出さないだけで鎧もそれは同じ。2人とも不知火無間という男のカリスマに取りつかれているのだ。
「……世界の王になる?ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ……小学生だってもう少しマシな将来の夢を作文に書くだろうぜ!」
「あの男を不老不死なんかにさせん――私たちがその野望を打ち砕いてやる!!」
そして2人も武器を構え、目の前に君臨した2匹の特異怪字に立ち向かっていった。