166話
エイム本拠地への突入、しかしその途中の湖に特異怪字と式神の番人、巨大魚の式神の魚吉、そして河童のような姿の「源 流次郎」が襲い掛かってきた。
周囲は水に囲まれ、足場も勇義さんが動かしているボートしか無い。こう言った水上での戦いは経験が無いので簡単にはいかないだろう。
(向こうもあの式神しか足場が無い、条件は五分五分……だと良いんだが)
しかし奴のあの姿はどう見ても水中戦に特化されたもの、あの手足の水かきがその証拠である。「開源節流」という四字熟語も意味は違えどその元となった逸話は水に関するもの。
それに、湖の番人が水の上で戦えないとなると本末転倒だ。
「いくぜ侵入者共!!」
すると流次郎がその両手を上に掲げると、乗り物にしている魚吉の両隣から突然噴水のように水柱が上り、まるでウミヘビのようにこちらへ伸びてきた。
「勇義さん左!!」
「お、おう!!」
そこで俺が操縦している勇義さんに声をかけ、ボートを左に曲げてもらいその水攻撃を避けてもらう。躱された水柱はそのまま勢いよく水面に激突、水しぶきを上げて水の大爆発を起こす。
「水を操る能力か……!」
水の能力、今までの怪字に見られなかったタイプのものだが実在はするだろうとは思っていた。寧ろ影に潜ったり鏡の中に入ったりとそれらに比べて一番メジャーな気がする。
そしてこいつがここの番人をしているのも頷ける。水を操る能力のものにとってこの水平線が見えるほど広いこの湖はまさに土俵だ。何せ操ることができる水が大量にあるのだから。
「こんなこともできるんだぜ……とおりゃッ!!」
すると流次郎は再び水柱を伸ばし、なんと式神からそこへと飛び移る。普通ならあの水流の勢いに巻き込まれるはずだが、まるでアメンボのように水の上に立っていた。
そしてその水流を伸ばし、魚吉より前へ出てどんどんボートへ接近してくる。
「先輩!斬撃いけますか!?」
「あの水柱を斬り落とせばいいんだな!?紫電一閃ッ!!」
ここで船酔い状態の刀真先輩に頼り、「紫電一閃」の斬撃で奴が乗っている水柱を切断してもらう。そのまま湖に落ちるかと思われたが、奴はその前に水柱を伸ばし、再びそれを足場にする。
そして今度は自分用の足場だけではなく、他にも数本分の水流を伸ばし、どんどんこちらにぶつけてきた。
「のわッ!?俺は操縦しているから見えん!そっちは頼んだぞ!!」
「はい――冷たッ!!」
このボートを動かせるのは勇義さんだけ、なので今戦えるのは必然的に俺と刀真先輩の2人だけとなる。
それにしてもまだ3月にもなっていないので流石に湖の水温が低い、そのことを水流がぶつかってきたときの水滴で思い知らされた。しかしこんな状態で「夏に突入すれば良かった」なんていうふざけた冗談を考えてしまう。
(これは……こいつに勝った時に言ってやるか!)
すると流次郎は何度もこちらに水柱をぶつけてきた後、ついにこちらのボートへと乗り移ってきた。そしてさっきも武器として使っていた釣竿を再び手に取り、ルアーをこちらに投げつけてきた。
怪字態の影響かさっきのとは速度もパワーも違い、そのルアーを腕で防御してみたが危うく折れるかと思った。
「うぅ――せいやぁ!!」
そこで刀真先輩が釣り糸を切断しようと顔を青ざめながら刀を振るも、奴は鞭のように竿を扱い自分の元へ引き寄せる。まるで糸が生きているかのように動いていた。
あの竿攻撃には「伝家宝刀」が有効だが、その使い手である先輩がこの様だ。釣り糸を断ち切るのは難しいだろう。
何とかしないと、そう悩んでいると流次郎が不気味な笑みを見せ上を指してきた。一体なんだと見上げるとそこには……
「なッ!?」
岩?隕石?いや、あの巨大魚だ。泳いでいる筈の魚吉が何故か空を飛んでおりこちら目掛けて墜落していた。
あまりにも巨大で最初は何だか分からなかったが、こちらを丸吞みにせんとばかりに口を開けていたので何となく察する。しかし正体に気づけても目を丸くしてしまうばかりだ。
何度か飛び跳ねていたが、まさかこんなに高く上がれるとは思ってもいなかった。流石式神、常識が通じない。
(って感心している場合じゃない!どうするんだあれ!?)
今のボートの速度じゃ逃げきれない、右や左に舵を取ってもあの巨体なら普通に巻き込まれてしまうだろう。
すると流次郎は再び水流を呼び、その上に乗って船上から避難していく。このままだとこの突入作戦は湖の藻屑となって失敗に終わってしまう。
「こうなったら、俺が何とかします!!」
そう言って俺は操縦室の天井の上に昇り、一番高い位置で落ちてくる巨大魚を再び見上げた。そうして懐に入れていた「怒髪衝天」と「一触即発」を取り出す。
「こんな最初っから使いたくなかったんだが……怒髪衝天!!!」
そして最初に「怒髪衝天」を使い、赤いオーラで髪を逆立てた怒髪衝天態へと変化を遂げる。そしてそのまま今度は「一触即発」を使用し、カウンターを入れる姿勢に入った。
赤い闘気が右拳に集中している中、魚吉はどんどん降下を続けこちらに迫ってくる。そして俺の体にその巨体が落ちてきた。
「――プロンプトブレイクッ!!!!」
それをトリガーにし怒髪衝天態のプロンプトスマッシュであるプロンプトブレイクを放ち、右拳で巨大魚を迎え撃った。
瞬間、その巨体に大きな拳痕ができ、そのまま圧倒的なパワーで魚吉を空へ打ち上げた。
「うおッ!?あいつを殴って吹っ飛ばしたぁ!?」
流石の流次郎もその光景を見て圧巻する。そしてやった本人出る俺も少しだけ驚いていた。我ながらあんなにデカい魚をよく吹っ飛ばせたものだ。
それも全て怒髪衝天態のおかげだが、奴がボートが無い水上に落ちたのを確認してその姿を解く。
怒髪衝天態は四字熟語を2つ同時に使えるメリットがあるが、それでも後からその代償が来る。なのでまだ本拠地内部に足を踏み入れても無いのにこれを使いたくはなかった。なるべく体力を温存したかったのだ。
「あの魚のせいで……何なんだあいつ……」
「魚吉は『吞舟之魚』の式神、船をも丸吞みにする巨大魚の式神だ!!」
打ち上げられたその魚吉が水面に叩きつけられ再び水しぶきを上げる。その間にボートの横を流次郎が並行して湖の上を走っていた。
まるでスケートのように水上を滑り、凄まじい速度でこちらの船と渡り合っている。そして船上は乗り込んでこず、並走しながら釣竿のルアーをこちらに叩きつけてきた。
どんどんボートの側面が凹んでいき、このままだとこちらの唯一の足場が潰されるのも時間の問題だった。
「紫電一閃ッ!!」
そこで刀真先輩がまた斬撃を斬り放ち奴の滑走を妨害、それを続けていきボートとの距離を離していく。
こうして我らが船はどんどん先へと進んでいく。どうやら操縦室の勇義さんも外の音で気づいたらしく、このままこいつの相手はしてらないと判断してのだろう。どんどんボートを加速させていく。
(このままだと援軍を呼ばれるかもしれない……ここは逃げるが勝ちだ!)
それにこれ以上こんな最初のところで立ち止まっているわけにもいかない。帰る時にまた出くわして面倒くさくなるが、その時は一応不知火さんを取り返しエイムを倒したという前提だ。
「逃がさないぞ!うぉおおおおおおおおおお!!!!!」
すると流次郎は滑るのを止めその場で静止、そして雄たけびを上げながら両手を水の中に突っ込む。
何かしてくる!警戒心を強め周囲を見渡した。水を操る能力でこの湖のステージだ、何をしてきてもおかしくはない。
そしてその予想通りに攻撃が来た。それも、驚かずにはいられない程のものが。
「つ、津波!?」
ボートの前方に行く手を阻むように津波が発生、奴の能力だろう、問題はそのサイズであった。
この船どころかあの巨大魚すら簡単に包み込む高さ、50mは軽々超えてあるその津波が迎え撃ってきた。
「津波だぁ!?どうするんだオイ!?」
このままだとあの津波に襲われて沈んでしまう、左右に曲がっても間に合わないだろうしUターンしたら後ろの流次郎と魚吉での挟み撃ちだ。
また怒髪衝天態でどうにかするか?いや流石の「怒髪衝天」でも足場が無ければ踏み込むこともできない。
(仕方ない、あれを使うか……!)
まだ使いこなせていないのであまり気が進まないが、そんなことを言ってる場合じゃない、怒髪衝天態のパワーと合わせてあの津波に穴を空けてやろうと思っていると刀真先輩が前に出た。
「これ以上船酔いで足を引っ張ってられるか……私に任せろ!」
すると先輩は「承前啓後」を使い歴代当主の魂を受け継いだ承前啓後態へと変身、そのまま「伝家宝刀」を鞘に納め青い顔をしながらも力強く刀を抜く姿勢に入った。
「紫電一閃ッ!十七刃旋風!!!」
そしてそのまま17発の斬撃を迫りくる大津波に向かって同時に放ち、見事真っ二つに斬り裂いて見せた。
「うおすげぇ!!」
見事な斬りっぷりに惚れ惚れとし、思わず称賛の声を上げてしまう。すると刀真先輩が船酔いに気分を害されながらもドヤ顔でこちらを見ていた。
津波が左右に裂けている間にとボードはその真ん中を通過し、見事刀真先輩のおかげでその津波を乗り越えた。
流次郎たちがまたまだ追ってくるかと思ったが、流石にあの津波のサイズだ、起こした張本人もそんなに簡単に前へと進めないだろう。
津波の影響で荒ぶる向こう側の景色を、俺は静かに眺めていた。
「……どうした発彦?」
「あいつはまたすぐに追ってくると思います。さっきみたいな津波を起こされては本拠地には一向に辿り着けないでしょう……」
「……お前まさか」
「――ここは俺が相手をします。2人は先に行ってください!」
こうなったらと俺が単独でここに残り、1人でこいつを相手をしている間に先輩たちが本拠地へと攻めていく。これなら余計な時間も使わず素早く作戦行動に入れるだろう。
「……相手は水の上だぞ、戦えるのか?」
「はい、任せてください!」
「そうか……じゃあ私たちは先に行くぞ」
「おう!死ぬなよ触渡!」
「派手に攻撃しすぎた……それにしてもあの津波を斬るとは……」
一方流次郎は再び魚吉の上に乗り、自分が起こした津波の爆発に巻き込まれ一時的に視界を奪われていた。
するとエンジン音が聞こえたので急いでその方角を見ると、水上を駆け走るボートの姿をやっと捉えることができた。
「逃がさないと言っただろうが!もう1発お見舞いしてやる!!」
そうして手を水の中に入れ、再びボートの進行方向に大津波を起こそうとした瞬間――
「でやぁあ!!!」
「ほげがッ!?」
俺が流次郎を蹴り飛ばして妨害する。すると奴は水の上だというのに蹴り飛ばされた後、何回か水面を水切りのようにバウンドし、まるで地面のように水上で倒れた。
「お前……どうやってここまで来た……足場なんか無かったはずだぞ!」
「……走ってきた」
そう、俺は「疾風迅雷」の超スピードで水上を走り、片足が沈む前にもう片足を踏みの繰り返しで湖の上に立っているのだ。
漫画のキャラクターの真似事だが、まさかここまで上手くいくとは思わなかった。それにしても水の上を走るというのは中々気持ちのいいことだ。
「寒中水泳なら付き合うぜ――リョウちゃん!!」
向こうが式神を使うというのならこっちだって同じことをするつもりだ。今まで俺の肌で暖を取っていたリョウちゃんを呼び出し巨大化させ、敵側にその竜を見せつける。
それに対し流次郎は少しだけ驚いた表情を見せたが、すぐにさっきのニヤケ面に戻った。
「ほーお前も式神持ちか……そっちは何だかドラゴンみたいでカッコイイが、うちの魚吉も可愛いところはあるんだぜ」
「可愛いところ?だったらうちのリョウちゃんは……って、式神自慢をする気は無い!!」
こうして互いに1匹の式神をお供にした、水上での戦いが繰り広げられることとなった。