164話
薄暗い部屋の中、肌寒い部屋の気温に頬を撫でられて不知火は目覚めた。最初はぼんやりとして天井を仰向けの状態で眺めていたが、やがて現状を大体把握すると必死の形相で起き上がる。
四畳半程の部屋、あるのはトイレとベッドだけというまるで刑務所の牢屋のような空間であった。現に壁の一面は鉄格子でこちらの様子が丸見えであった。これを見て「捕らえられている」と思わない人はきっといない。
「目が覚めたようですね」
そして鉄格子の向こう側から聞こえた声、こちらが起きたのを確認し姿を見せてきた男を見て、不知火は今自分がどこにいるか予想がついた。
エイムのボスである「先生」と称えられている存在――無間は不知火と牢屋越しで顔を合わせた。
「体の具合はどうですか?といっても、その体では何の心配もいりませんか」
「ここは……貴方たちのアジト?」
「ええそうです、ようこそ我らの本拠地へ。ろくなおもてなしもできず申し訳ないですが……準備ができるまでそこでお待ちしていただきましょうか」
どうやら自分の予想は当たっていたようだ、と不知火は薄暗い部屋を見渡す。流石に窓もないこの部屋を見ただけでは場所も分からないが、何か手掛かりが無いかと探しているのだ。
彼女も捕まっただけでは諦めない、今まで生きてきた数百年において諦めの悪さは鍛え抜かれている。何とか確かな場所の情報と連絡手段を手に入れ、発彦たちに連絡しようとしていた。
「……準備?」
それに無間は何か準備をすると言っていた。つまり自分を殺す――「不老不死」を強奪するには時間がかかるということだと理解する。
「確かに僕の『無間地獄』の能力ならば不死身の貴方を殺すことも可能……だけど腐っても『不老不死』、いくらその四字熟語でも殺すのには時間と準備が必要なんですよ」
「無間地獄」、無間が特異怪字への変身に使い、それで地獄の苦しみを呼び出し発彦たちを一掃した四字熟語。その真の能力は「どんな生物も殺せる」といったもので、唯一不知火の「不老不死」に対抗できる四字熟語でもあった。
だがそうことが上手く進むわけでもなく、「無間地獄」でも不死身を死に追いやるのは簡単なことでないらしい。現にこいつが不知火が寝ている時にそれをしなかった。
「『無間地獄』……私がずっと探していたのはまさにそれよ。でも最悪ね、貴方たちなんかの手にあるなんて」
「……貴方は長い間不死身の自分を殺せる手段を探し続けた。みすみすその魅力的な体を捨てるなんて……愚かにもほどがありますよ」
瞬間、無間の不知火に対する目が侮辱や見下すものへと変貌する。さっきまでは何の感情も抱いていなかったが、ここにて不知火は初めて無間から人間の感情を感じ取った。
「死なずに生きて分かったわ、人間は限られた命を生き抜くことが大事だってことが。この体でどれ程の大事な人の死に際を看取ってきたか……死ねないというのがどのくらい苦しいかなんて、貴方には分からないでしょう!!」
「それは、貴方の精神が強くないからですよ。だが僕は違う、どんな苦しみにだって耐えられる精神力がある!永遠の王として、この星に君臨し続ける!」
そして次に見た感情は、人の上に立ちたいという欲望、何もかも支配したいという独占欲、若干狂気めいたその志は、不知火に少しばかりの恐怖感を与えるには十分すぎる程だ。まるで天から降り注ぐ光を浴びるように無間は両腕を広げ、上に向かって仰いでいた。
「それに、その願い通り僕が貴方を殺してあげるんですよ?何故拒むんです?」
「……分からないの?例え死にたくても……狂人の為になんか死にたくないからよ!少なくとも貴方に『不老不死』は渡さない!」
不知火がせっかくの死ぬことができるチャンスを捨てる理由はそれだった。このまま「不老不死」を無限に渡せば悪用されるのは目に見えている、だからこそ逃げ続けたわけだ。
例え自分の苦しみが長くなろうとも、この世界のためにと思うのが不知火であった。
「狂人とは言いようだ……その狂人を作ったのは、他ならぬあなたですよご先祖様ぁ!!」
「……ッ!」
無間のフルネームは「不知火 無間」、その正体は不知火の子孫であり、そして彼女と同じように蒼頡の力を受け継いでいる身であった。
不知火が不死身になる前に産んだ子供、そこから血が繋がっていきその結果無間という存在が生まれた。蒼頡の力もある為不知火同様「不老不死」を抑えることも可能というわけだ。
「……私の血は、怪字から人々を守るために受け継がせたものよ!それがどうして……」
「そんな綺麗ごと、時間と共に消えていきますよ。貴方のように、永遠にそれが続くわけでもないんです。文句があるなら祖父に言ってください」
そう皮肉めいたことを言い残し、無間は闇に消えていく。不知火はそれに対し何も言い返せず、ただ牢屋の中でそれを見続けるしかなかった。
「守薪曲逸によると、奴らの本拠地はここにあるらしい」
一方英姿町の神社では、大物揃いによる会議が行われていた。発彦、刀真、任三郎の3人は勿論、宝塚家の刀頼や前代未聞対策課課長の網波、鶴歳研究所の翼など、エイムの支部アジトの時と同じメンバーであった。
そう言って任三郎が机に広げたのは、英姿町から少し離れた土地の地図。そしてその指で指定したところはドーナツ状の大きな湖が描かれていた。
「エイムはこの中心の島の地下に居場所を置き、そこから全国各地の支部に指令を出していたようだ」
「つまり、潜入するためにはこの湖を突破しなければならないのか……空からじゃ駄目なのか?」
「いえ、それだと奴らに勘付かれます。ここで地上から接近する形になりますね。怪浄隊の隊員によるとエンジン付きのボートがあったようなので、それを拝借する形で」
「ふ、船に乗るのか……」
皆が本拠地への突破方法を模索している中、ボートという単語を聞いた途端刀真の顔が僅かに青ざめる。しかし発彦以外誰もそれに気づかないまま話は進んだ。
「なので大人数による突撃はできませんね……この間の突入作戦のように他の人員は湖を囲うように配置し、数名だけがボートに乗って本拠地に乗り込むという作戦となるかと……」
「じゃあ……そのメンバーをどうするかだな」
「俺に行かせてください!!」
そこでいち早く名乗りを上げたのは発彦、その瞳からは強い意志が見え、闘争心が溢れていることを示していた。
天空の死後壊れかけた発彦であったが、駆稲のおかげですっかり立ち直れて今となっては仇を討とうと燃え上がっていた。
「――よし、じゃあ1人目は触渡と」
当然この場にいる全員がそれを理解しており、真っ先に志願してくるだろうと予想していた。なので断る理由もなく誰もが賛同していた。
そして次は2人目、するとそこで口を開いたのは宝塚家前当主の刀頼、しかしそれは立候補するためじゃなく、推薦であった。
「刀真、宝塚家の当主としての底力を見せてやれ」
「父上……はい!」
こうして2人目は刀真に決定。本当は刀頼の方がいいのではないかと話が上がったが、彼自身が歳というどうしようもないことを言い、尚且つ発彦と連携ができる刀真の方が良いとのこと。
「じゃあ3人目は……」
「任三郎、お前が行ってやれ!包囲網は俺らに任せな!」
「……分かりました!俺も行きます!」
そうして任三郎に決まった。突入作戦の時と同じメンバーになり、あの時違うのは数名の隊員を連れず、3人だけで湖を突破するということであった。
こうしてエイム本拠地への突入作戦が決定、そして会議が終わると翼が3人に駆け寄ってきた。
「比野さん、どうしたんですか?」
「あの……本拠地ということは、絶対にいると思うんです」
「……小笠原大樹か」
翼の想い人でもあり、長年鶴歳研究所に身を置き協会のスパイとして活動していた小笠原大樹、勿論そいつがいる可能性が高い。
それだけじゃなく今まで戦い逃げられた刺客でもある鎧、そして長壁もいるだろうと睨んでいる。
「もし大樹さんにあったら……その何と言うか……」
「説得してくれ……ですか?」
「……はい」
そして彼女はその男のことが諦められず、恋心を私事として持ち込む気は無いものの何とかこちらに引き戻せないかと今でも考えていた。無理もない、好きな異性と敵同士として戦いたくないのは誰でも同じだ。
しかし任三郎は、慈悲の無い冷たい言葉を言い放つ。
「小笠原大樹も立派な敵です。奴だけ処遇を変えるなんてことはできませんし、あいつによって殺された隊員たちも報われない」
「……やっぱりそうですよね、ごめんなさい身勝手なことを言ってしまい……」
「……だけど、あの野郎を捕まえて貴方の前に連れ出すことは可能だ。必ず小笠原大樹をしょっぴきます」
「ッ!、ありがとうございます!」
しかし絶対に捕まえることを約束する任三郎、これが彼にとっての優しさでもあり、翼への思いやりでもあった。
そして今回の作戦は、エイムを一網打尽にするという名目で行われるものだが、それ以外にも目的はあった。
それは、不知火永恵の奪還。「不老不死」という危険な存在を奴らに渡さないため、そして彼女を救うためという理由である。
あの日不知火が初めて神社に来た時にいなかったメンバーは兎も角、発彦3人たちは彼女の優しさに触れていたし、発彦に至って少ない期間とはいえ同じ屋根の下で共に住んだ仲でもあった。
(不知火さん……待っててください!今すぐ助けに行きます!!)
こうして突入作戦の大体の内容が決められたところで、それを実行したのはその日から三日後である。