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爆発寸前な男  作者: ZUNEZUNE
第十四章:永遠の女
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162話

『天空殿、そろそろ弟子を取ってみてはいかがですか?』


『――弟子……ですか』


パネル使いの集まりで言われたその一言。今の現代社会において呪いのパネル及びパネル使いという存在は減少する一方であった。だからパネルと自分の技術を後世に残すため弟子をとる人が多いと聞く。代表的なのが宝塚家で、あの家は代々それを自分の子供にしていき今でもパネル使いとしては名高い。

かといって私には息子もいないし相手もいない。別に恋沙汰には興味が無く、そもそも人に教える立場に自分がなれるかどうかも疑っていた。なのでその言葉は理解はしたものの右から左へと流す。

――生まれてからあの神社の先代神主に鍛えられた手前、自分も何か後世に残さなければらないという想いはあった。私の師匠は怪字に殺されてしまった、だからあの人の想いを分かっているのは私しかいない訳だ。


――果たしてできるだろうか、俺にそんなことが。


そんな悩みを胸にある昼の時に歩いていると、どこからか子供の悲鳴が聞こえた。私は嫌な予感がし急いでそこに向かって見ると予想通り怪字の姿と、その足元に気絶して倒れている1人の子供がいた。

その怪字が子供を襲う前に倒し、何とか保護する。そして近くに遭った崖を見て見ると、その子と同い年だろう2人が転落死していた。恐らく倒れていた子がパネルに寄生され操られたのだろう。

何とかその場を前代未聞対策課の人達に任せた後、私はあの子たちの未来を守れなかったという嘆きと共に神社へと帰っていった。


(何が師匠の想いをだ!子供1人守れていないじゃないか!!)


やはり私は弟子を取るなんて生意気言えるほど立派ではない、まだまだ未熟者であった。師匠亡き後あの神社を任されて無意識のうちに有頂天になっていたのだろう。

それで、あの子がどうなったのかが気になり、怪字を倒した付近を散歩して見た。その日は雨が降っており傘を持って出かけていた。すると近くの公園にて傘をささずにベンチに座っている子供がいたので思わず足を止めてしまう。

私は驚いた、その子こそがあの時助けた少年だったからだ。


『……君、家に帰らないのか?』


『……』


私がそう聞いても何の返答もせず、ただ虚ろになった目で俯いているだけ。前代未聞対策課に話を聞くと、あの事件は事故として処理されたが、この子の父親は有名な政治家らしく、自分の名と誇りを守るために捨てられたという。

自分の子供を名誉の為に捨てるその父親に憤りを感じたが、それ以前に私がもっと早くあの場に駆けつけていれば良かったのだ。悪いのは全部私だ。

そしてその瞬間、私はある悪魔のような発想をする。自分でも何故こんな非道なことができるのか、しかし考えるより先に口が動いていた。


『君を操ったのは、呪いのパネルという怪物を生み出す存在だ。全国には、君と同じ境遇の子が沢山いるし、これからも生まれるかもしれない』


子供相手に何を言っているんだ私は、まだ小学生だぞ。


『……私の元に来て、一緒にあの怪物から人を守ってみないか?』


何故か私は、その子を弟子として誘ってしまった。子供の未来を守れなかったと嘆いていながら、今まったく反対の行動している自分に自問自答をせずにはいられなかった。

パネル使いの世界は、残酷で容赦が無い。そんな世界に子供を招き入れればどうなるかくらい分かっている筈なのに。


『……』


『……いや、何でもない。忘れてくれ』


少年はそれに対し驚いたり怒ったり、何の感情も見せず沈黙を続ける。やはり無理かと判断し、この場から去ろうとしていた。心の奥底では「巻き込まずにすんだ」と思っていた。

しかし少年は、私の袖を引っ張り引き留める。

やめろ、こっちの世界には来るな。


『……そうか、来るか』


『……うん』


初めて聞いたその幼い声は、聞きたくなかった言葉を言ってきた。

何で私は誘った?何でこの子はそれを決めた?私がこの子の父親代わりになって何ができるというのか、きっと怪字と戦う術を教えることしかできないのに。


『名前は何て言うんだ?』


『……さわたり、はつひこ……』


こうして私は、発彦を引き取り弟子として育てることにした。その日から神社で寝食を共にし、昼間は十分に戦えるよう鍛えさせた。まだ幼いというのに鞭を入れるに等しい行動に、私は毎晩悩み続けた。

そして同じ疑問を繰り返した。何故発彦を引き取ったのか、放っておけなくなったとかこの子を守らなければとかいう綺麗ごとではない。


私は、私を弟子としてくれた師匠の気持ちを理解したかったのだ。


やがて長い年月を過ごし、気付いた時には私は発彦と笑い合っていた。この子も私を父親として慕ってくれているし、私も発彦を我が子のように愛していた。最初の頃に抱いていた偽善の心は既に無くなっており、ただ純粋にこいつを愛していた。

師匠は同じように私を想っていたのだろうか?私は、あの人と同じになったのだろうか?師匠も、私と同じ葛藤をしたのだろうか?

――師匠の死因は、怪字の攻撃から私を庇ったせいで亡くなってしまった。何故あの人は私なんかを庇ったのか?それは、()()()()()()()からだ。

だから――私も……





発彦がそっと串刺しとなった天空の体に寄り添うと、その体に突き刺さった多くの針がスッと空気に溶けて消えていく。そして天空は発彦の方に倒れ込んできた。

体中穴だらけとなった天空を震える手で包み込む。すると傷口から飛び出るように出血していき、発彦の手が真っ赤になった。傷口も出血量も酷すぎる、これじゃあ病院に行く前に死んでしまうのは明白であった。


(お、俺のせいだ。俺が油断していたばっかりに……!!)


瀕死の天空を抱えている中、発彦は自責の念に呑み込まれてしまう。目の前の惨い現状に目から離せなくなり、こちらに歩み寄ってきている無間に気づけずにいた。

気づけたとしても今の発彦に正常な判断できないだろう、それを見越して無間は近づいている。両手を地獄の炎で包みジリジリと歩み寄ってきた。


「弟子師匠もろとも、仲良く地獄に送ってあげよう!!」


「――させるかッ!!!」


それを阻止しようと無間の背後から刀真と任三郎が仕掛けるが、軽くあしらわれて吹っ飛ばされてしまう。


「ぐあッ!!」


「邪魔しないでもらえるかな、君たちの相手は後でしよう。あの海代天空の死は世界中のパネル使いを震撼させ、我らエイムの名前を轟かせることになるだろ――ぐッ!?」


今まで余裕を見せていた無間、しかしここで初めて攻撃を受けた際の呻きを口から漏らしてしまう。その背中には1つの拳の痕が背中にできていた。

誰の仕業だと振り返れば、そこには血を垂らした腕を震えながら伸ばしている天空がいた。


「う、海代天空――()()ッ!!!」


「ははッ……鼬の最後っ屁て奴だ……!」


「て、天空さん!!」


そしてもう片方の手には「海抜天空」が握られており、その能力で瀕死の状態ながらも無限に攻撃してみせた。

するとその一撃がキッカケとなったのか、ボロボロとその体が崩れていきやがて人間の姿に戻っていく。長い黒髪は汚れ、息も荒げて疲労している様子であった。


「くッ――僕の方もダメージが蓄積していたわけか……!まぁいいでしょう。その完全燃焼のような執念に免じて、発彦君は殺さないでおきます……」


負け惜しみにように聞こえるがこれは発彦たちにとってありがたい。人間に戻った今がチャンスだがこっちもそれをできる程の余裕と体力は残っていなかった。

そう言って無間は歩き出し発彦と天空の横を素通りする。いつもなら発彦も天空を傷つけられた怒りで横を通ろうとする奴を止めていただろう、しかしさっきも言った通り発彦にも余裕が無かった。


「ただし痛み分けにはしない……こちらも目的を果たさせてもらいましょうか。それぐらいの体力はまだある……!!」


するとそのまま無間は後ろに隠れていた不知火に歩み寄る。特異怪字ではなくなったが「無間地獄」の炎を使い、一緒にいた駆稲を離れさせた。


「さぁ来てもらいましょうか不知火永恵!これ以上我々の手を煩わせないでほしい!」


「貴方……どうしても私の中の『不老不死』が欲しいようね……」


「当然でしょう!決して死ぬことのない不死身の肉体、それを何人もの人数が求めたか……貴方はこれまで生きてきた数百年で、その人間性を見たのでは?」


1対1の形となった不知火と無間、不知火は大昔怪字と戦っていた為今奴に抵抗できる力を持ち合わせているが、自身の体内の「不老不死」を抑えるのに使っているため、戦闘には使えない。こうしている間にも無間は距離を詰め、ジリジリと彼女に近づいていく。

無間の言う通り不知火の「不老不死」の4枚を欲し襲ってきた人間は沢山いた。誰だって永遠の命が欲しいと思うはずなので当然だろう。

しかしその全員が失敗に終わった。何故なら、その四字熟語を手に入れるためにはその不死身の不知火を殺さなければならないからだ。不老不死の人間を殺すという矛盾をまずは解決しなければならない。

しかし無間は、その手段を手に入れた。


「この『無間地獄』は、地獄の力を使うだけが能力じゃない。その真の強さは、()()()()()()()()()というところにある。いわば、『無間地獄』は『不老不死』の唯一の弱点だ」


そう言って無間はその4枚を不知火に見せつける。こいつが特異怪字として使っている「無間地獄」こそが不知火から「不老不死」を手に入れる手段なのだ。


「……散々私を探していたようだけど、それも全ての無駄な事よ」


「……何?」


「『不老不死』に人を不死身にする能力なんかないわ、私が死なずにいられるのは、蒼頡の力があるからよ!」


しかし不知火にも考えがあった。

それはエイムが「不老不死」の能力を勘違いしているということ、不知火が不死身なのはその4枚を蒼頡の力で自分の体に封印しているからであって、「不老不死」そのものに不死身にする力は宿っていない。長く生きていた間、多くの人が同じような誤解をして彼女を襲ってきた。

とどのつまり、今まで無間とエイムが不知火を追っていたのが全て水の泡になるということ、天空を傷つけられ、その悔し紛れに言った一言で不知火はしてやったりといった顔をした……だが。


「そんなのはご存知ですよ、貴方が大昔に『不老不死』の怪字を倒そうとして、先祖の蒼頡の力で封じ込んだことなんて」


「え?じゃあ……何で私を捕まえようとしているのよ」


しかし何と無間はそのことを知っていた。不知火が呪いのパネルを作った賢者蒼頡の子孫であることも、その力で呪力を抑えていたことも。

それなのに何故無間たちは不知火を追っていたのか?願って不死身の体になれないことを知っていたなら追う必要も無いのに。

すると無間は、衝撃的な一言を放った。


「それは、()()()()()()()()()()()()()()です」


「貴方もこの力を……?ま、まさか貴方は……!!」


「そう、僕のフルネームは『()()() 無間』、()()()()()ですよ」


その言葉を聞いた瞬間、不知火の顔は信じられないものを聞いたといった表情になり、大きく目を開けた。同じく後ろに倒れていた刀真と任三郎も同じように驚いている。


「私の子孫……?そ、そんなことあるわけない!不知火家は蒼頡の罪を代わりに償うために怪字と戦ってきたのよ!それなのにどうして……」


「そんな偽善活動は私の祖父の代で終わりました。僕の祖父は怪字を倒すことより呪いのパネルを研究することに夢中となったのです!それが僕まで続いたわけです」


不知火家はその呪力を抑えられる能力を駆使し、怪字を退治することを続けていった。無論不知火さんもその1人に含まれており、その行く末が「不老不死」の封印だったわけだ。

日本の未来を守るためにと後世に伝えていった不知火の想いと技術、しかしそれは時が経つにつれ薄いものへと変わっていき、無限の祖父の代で退治から研究へと変貌してしまう。


「僕は自分の家の歴史を調べていた時に、『不老不死の女』……つまり貴方のことを知ったんです。父も祖父もくだらない伝承だと笑っていましたが、僕には分かった。人を不死身にできる四字熟語があることが、その女が今も生きていることが!」


「じゃあ……貴方がこのパネルを狙う理由は……」


「僕も貴方と同じように、『不老不死』を体内で封じて永遠に死なない体を手に入れるためですよ。元々エイムは、僕が貴方を探し出すために作った組織です」


すると無間は突然走り出し、そのまま不知火さんの首を掴み逃げないよう持ち上げる。それを見た刀真たちは急いで駆けつけようとするも立ち上がれなかった。

そして黒い炎が不知火と無間を包み込んでいく。


「蒼頡の力も、不死身を殺せる力も僕にはある……僕こそが、この世界の頂点で永遠に君臨し続ける存在だ!!!」


「は、放して……!」


するとどんどん地獄の猛火が激しくなっていき、刀真たちが近づけない程の放熱をしてきた。捕まった彼女を助け出そうにも炎が強く近寄れない。下手に突っ込めばこちらまで燃やされることは分かっていた。


「不知火さんッ!!」


「さらばだパネル使い諸君!また近いうちに会うだろう!」


そして炎が完全に2人を包囲して、火が鎮火した時には既に姿を消していた。無間にまんまと不知火を攫われ逃げられたということになる。

まるでテレポーテーションのように姿を消したため、後を追うこともできない刀真と任三郎、無間への怒りを抱くより先に、自分たちの情けなさを悔いていた。


「天空さんは無事か!?」


そこで先ほど致命傷を負った天空のことを思い出し、急いで彼の元まで駆けつけていく。それに続き敵がいなくなったことを確認した後、駆稲もそこへ向かった。

瀕死の天空は発彦に寄りかかっており、呼吸も弱々しくなっていた。出血は止まらない、体中に穴が開いているから当然だろう。こうしている間にもどんどん体温が冷たくなっていった。


「天空さん――天空さん!!」


いつしか絶望の顔から悲嘆の表情に染まってしまっている発彦が、涙を流しながら必死に声をかけていく。他の3人も同じような顔でその周りに集まった。


「どうして……どうして『海抜天空』で殴らず直接俺を押し出したんですか!!あれさえ使っていれば天空さんが代わりになる必要は無かったのに!」


「……最後の1発は、あいつ用にとっておきたかった……それに、いくら避けさせるためとはいえ、()()()()()()()()()()()()……」


「海抜天空」で解決する問題を、息子と同じように愛している発彦を殴りたくはないという子供想いの心で敢えてしなかった天空。

すると天空は、もう力が抜けかけている腕を何とか上げ、発彦の頬を撫で下ろす。その手にもビッシリと血はついており、頬に暖かい感触が付着した。その血の色とは裏腹に、顔色はどんどん青く染まっていく。


「私は……何でお前を弟子にしたのかが分からなかった。師匠の真似事がしたかったのか……お前を放っておけなかったのか……だけどようやく分かった」


「天空さんもういいです!!喋らないでください!!!」


「良いから聞け……どうせもう助からない……」


発彦たちは必死に天空を助けようとするも、彼自身もう生きることを諦めてしまっている。そしてこんな時にまで天空は、その優しい笑みを皆に見せていた。満足した様子で遺言を言おうとしている。


「私は……師匠から勿体ないくらい愛してもらった。それを……同じような愛を……親に捨てられたお前に教えてやりたかったんだ……」


「天空さん……?」


「人間は何のために自分の子供を生むのか……何のために弟子を作るのか、何も自分に寄生した呪いのパネルを受け継がせたり、後世に遺伝子と技術を伝えるためでもない……自分が受けた、()()()()()()()()だ」


天空は触渡発彦という1人の少年をパネル使いの世界に巻き込んだことを今でも後悔していることがあった。自分はただ親に捨てられて消沈していた発彦の心に付け込んだだけだとも思った。

だが天空は、自分の師匠に愛を教えてもらった。それは師匠が、天空に愛を教えたかったからだ。その師匠も親や親友に愛を教えてもらった。その親と親友も愛を……と、愛情というのはこうして代々から受け継がれてきた。

そして天空が愛を教えたのは……触渡発彦であった。


「発彦……私を愛し、私に()()()()()()()()()()――ありがとう……!」


「……天空さん?天空さんッ!!」


やがてその体に体温というものが完全に無くなった時、その口は何も喋らなくなり、やがて呼吸もしないようになった。目も瞑り、今まで発彦の頬を撫でていた手もだらりと力を無くして落ちる。

まるで眠るように安らかに息を引き取ったその表情は、最期まで暖かい()()()()()()()笑顔であった。


「あ……ああ……あ……!」


それを見て中身の無い声を漏らす発彦、虚ろになっていたその目は、流れ出る涙で無理やり光を持っていた。その両手と撫でられた頬、そこに付着した血液はまだ温かみが残っていたが、やがてそれさえも冷たくなっていく。


「あ、ああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


やがてボロボロとなった神社に、悲痛な叫び声が響き渡った。

海代天空、かなりの実力者として怪字退治に多く貢献し、その世界では有名であったパネル使い。

その人生が、今終わった。

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