159話
一方神社にて、海代天空と対峙しているのは呪物研究協会エイムのボスである無間と名乗る男。無間は大量の怪字兵を召喚し差し向けてきた。
「不知火さんと風成さんは下がって!私が相手をする!」
「は、はい!」
いち早く不知火たちを避難させ、自分だけは残り怪字兵たちと向かい合う天空、その兵の群れの奥に異様な存在感を放っている無間。腕を組み余裕そうな笑みで自分の敵を眺めていた。
無間は今までの刺客たちのように特異怪字にすぐになろうとしない、ただ天空の顔色を伺っていた。
「その若さで宝塚刀頼と互角またはそれ以上の実力を持つ海代天空……是非貴方の実力を見てみたい」
「それで怪字兵を呼び出したのか……」
好機、無間の圧倒的余裕にチャンスを見出した天空。向こうは怪字兵でこちらの力を測るつもりなら、自分がこの多くの兵と戦っている間に後ろの2人を逃がすことを思いつく。
その意図を知られないよう目配せだけで合図、すると駆稲がそれに気づいたのか、気づかれないよう2人で静かに石階段を降り始めた。発彦と交際しているだけはある、こういった緊急事態の対処に慣れている。
「きゃッ!?」
しかしその行く手に突如として黒い何かが地中から突起、数メートルまで伸びるそれは左右に展開するかのように数を増やしいつしかこの神社周囲を外から隔離した。
その何かというのは簡単にいってしまえば針、だが太さもデカさも桁違いで彼女たちにこれを跳び越えろというのは無理な話であった。石階段を貫いて出現したその針は駆稲たちを出さんと言うように立ちはだかる。
「おっと、当然逃がすつもりはありませんよ不知火永恵」
勿論それは無間の仕業で、天空がその足元に視線を移すと黒い液体がそこから流れており、石畳の中へと染み込んでた。
その手にはリクターが付けられた4枚のパネル、何の四字熟語は分からないが特異怪字にならず普通のパネルの使い方をしていた。
(どんな能力かは分からない――だがこの広範囲の攻撃、相当の使い手と伺える!!)
どうやらただの油断ではないらしい、余裕を見せるほどの実力と考えはある。
流石はエイムの頂点に立つボス、「先生」という呼称でその存在は耳に入ったがそれ以外何も情報は無かった。唯一パネル使い側が知っている情報と言えばその圧倒的なカリスマと残虐性、情報漏洩を防ぐためなら自分を慕っていた生徒までも毒殺する手段を択ばない男。
そんな奴が今目の前にいる、まさか自ら乗り込んでくるとは……天空はそう驚愕していた。
「いやぁ驚きましたよ。まさか彼女がこの神社にいるとは……こういう時の四字熟語は……一石二鳥。この1回の襲撃で不知火永恵は捕まえられ一番の障害である貴方たちを倒せる」
「怪字兵たちを束ねているとはいえ、単独で挑んでくるとは私も舐められたものだ。じきに発彦たちが来るぞ」
「果たしてどうでしょうか?貴方の弟子と私の生徒、どちらが強いのでしょうね?」
(向こうにも刺客を送り込んでいるのか……!つまり今回の襲撃は、この神社に戦力が集まらない時を狙ってのもの!)
無間が先生と呼ばれるなら、必然的に生徒と呼ばれるのはその部下ということになるだろう。ここで天空は今現在発彦たちが何者かに襲われていることを察知、その通りで鎧と長壁との戦いが鶴歳研究所で行われていた。
つまり無間率いるエイムはこの機会をずっと伺っており、発彦、刀真、任三郎、英姿町にいる主戦力3人がこの神社から離れる時を狙っていたのだ。刀真と任三郎はこの神社に住んでいるわけではないので毎日いるわけではない、しかし発彦は違う。そんな3人が一斉に集まり研究所にいる今こそが絶好のチャンスというわけだ。
「うちの鎧も長壁もだいぶ力を付けました。あれなら発彦君にも勝てると思いますよ?」
「馬鹿を言うな、お前の生徒に負ける程弱く育てた覚えはない」
「じゃあお互い親バカということで話を終わらせましょうか……行けッ‼︎」
すると無間は腕を差し出し力強く伸ばす。それに合わせ今まで待機していた怪字兵が一斉に襲い掛かってくる。もう黒い針を突破するのを諦めていた駆稲と不知火はその様子を後ろからジッと見つめていた。
「天空さん危ないッ!」
尋常じゃない程の怪字兵が薙刀を振りかざしながら壁のように跳びかかってくる。そんな光景を見て誰が驚かないか、たった1人の男に何十と言う数の兵隊がリンチしようとしているのだ。
しかし驚くどころか足を動かそうともしない男がここにいた。天空だ。迫りくる大群に逃げたり避ける仕草もせず、ただ懐から4枚の四字熟語を取り出した。
「海抜天空ッ!!」
瞬間、戦線を進み天空に跳びかかっていた怪字兵たちが何もされていないのに空中で殴られたかのように態勢を崩し、バタバタと地面に落ちていく。
1つ言えば、向かってきた兵の群れに対し天空は両手を伸ばしていただけだ。たったそれだけの動作で凄まじい数の怪字兵が吹っ飛ばされた。
「私は海であり空、今お前たちが突き進む虚空も、私の視界にさえ入れば攻撃範囲だ!」
天空が使う四字熟語「海抜天空」は視界に入った対象ならどんなに離れていようが攻撃を当てられる能力。自分が海であり空というのは、天空自身が空と海のような広大なものへと変わったという意味で、視界に入ったというのはその領空もしくは領海に入ったということでもある。
(それだけじゃない、「海抜天空」に身体能力を向上する効果は無い!つまりあの男は視界一杯に映った怪字兵をほぼ一瞬で殴ったということだ……!)
口では敬語を使い余裕の感情を見せていた無間だが、それを見た瞬間戦慄。ただ能力だけに頼るような素人ではない。「海抜天空」を使いこなせる程の実力が必要であった。
そしてその強さに驚いているのは無間だけじゃない。
「あの風成さん……天空さんって一体何者なんですか?」
「えっいや、私はパネルについて詳しくないんですけど……発彦君は凄く強い人だと何度も言っていました」
元々は怪字退治として戦っていた不知火も天空を見て驚愕。実戦を駆けぬき数百年の間何人ものパネル使いの戦い方を見ていたからこそ、その強さが分かるのだ。
(私はあの人ののんびりとしたところしか見てなかった。信用もできない私を泊めてくれる優しい人とは思っていたけど……あんなに強いパネル使いは、一度も見たことがない!)
駆稲を除くその場の全員が認める実力、それは太古から生き抜いてきた不死身の女のお墨付きであり、敵の大将が改めて戦慄させられるものであった。
すると仲間たちが一斉に吹っ飛ばされたのを見た怪字兵たちは、数で攻めようと天空の周囲を囲む。そして何人かがその群れから飛び出て次々と攻撃をしかけていった。
「破ァア!!!」
それに対し天空は掌を広げ掛け声と共に押し出すように伸ばす。気づいた時にはその軌道上にいた怪字兵たちが台風に吹き飛ばされるかのように吹っ飛ばされていた。
続いて後ろから薙刀で斬りかかってくるも、天空がそれを見た瞬間その刀は粉砕され、同じくその怪字兵の頭部も粉々に砕け散った。
(触渡発彦を育て、あの怪力にした男……だが奴は力が強いだけじゃなく動きにも無駄が無い!牛倉一馬の時は宝塚刀真と勇義任三郎を庇っていたせいか苦戦していたが……縛るものが無いとここまで強いか!)
とどのつまり、今の天空には容赦をする理由はない。先ほどは「じきに発彦たちが来る」とは言っていたが、単独で無間を仕留めるつもりでいた。
すると天空は体を大きく旋回させ右足による回転蹴り、その間合いには誰もいなかったが彼の視界に映っていた怪字兵は全てそれによって蹴り飛ばされる。
これ以上仲間がやられるのはまずいと感じたのか、天空の猛攻から生き延びていた怪字兵が一斉に走り出し、全方位から跳びかかった。これなら視界に入らない兵たちは攻撃できまいという考えなのだろう、しかし無駄な事であった。
「――ふッ!」
天空は右足を軸にしそのまま一回転、するとその回転からまるで衝撃波が走ったかのように四方八方の怪字兵たちが一斉に吹っ飛ばされた。
体を回すことで視界を一時的に広げる。そう説明すれば簡単なことだがほぼ一瞬しか視界に映らない怪字兵全てに攻撃を当てるというのは至難の業だ。
そしてそれだけに終わらない、天空の目の前に落ちそうになった怪字兵だったがその直前に弾かれまた空を飛ぶ。その繰り返しで一向に地面に激突するしかなかった。
それと同時進行でその周囲にいた怪字兵を弾き、いつしか数匹の兵を一か所に集めてまとめて消し飛ばした。素早い攻撃ができるからこその技だ。
「ハァ!!」
すると天空は跳び上がり、上空から地上を見下ろす。そして地上にいる残った怪字兵たちを真上から何度も殴りつけていく。
兵の体にはどんどん拳の痕ができていき、それと共に全身にヒビが回っていく。やがて天空が着地した瞬間、全ての怪字兵は粉々に壊れていた。
圧倒的な数の怪字兵たちが、ものの数分で片付けられてしまう。それを見ていた駆稲と不知火は目を丸くして言葉も出せない。対する無間は黙ってその光景を見ていた。
「さぁ、次はお前が相手だ」
そう言って天空は無間を指す。勿論この状態でも攻撃はできる。しかし敵の能力が分からない以上迂闊に攻めることはできない。
すると無間は、顔を俯いたまま震え始め、大きく笑いながら拍手をし出す。
「ハッハッハ!流石は海代天空だ!この強さを四字熟語で言うなら……鎧袖一触!元々そこまで耐久性があるわけでもない人造怪字ですが、こんな短時間であの数を倒すとは……」
ここで今まで手に隠し持っていた4枚の四字熟語をかざす無間、すかさず天空を腕を伸ばすもその前に神社を囲ったような黒い針が突き出し、パネルが弾かれる代わりにその針にヒビができた。
そしてその針は、一瞬で凄まじい熱量の炎を噴き出し天空の視界から無限の姿を隠した。その黒い炎は怪しくもこちらに恐怖心を与えてくるように灯っていた。
しかし攻撃こそ当てられなかったものの、天空は奴が持っていた「無間地獄」という四字熟語を見逃さなかった。
「じゃあ今度は、この身で貴方の強さを体験しましょう」
すると奴は炎の向こう側でそのパネルを挿入、すると赤く鋭い目の光が炎を突き破り天空を睨みつける。そして無間は目の前の黒い業火を払い、特異怪字となったその姿を晒す。
黒いボディに鬼のような牙、顔付き、そして黒を主体に赤と緑が入り混じった道服でその黒い姿を飾り、頭には王と書かれた帽子を身に付けていた。
そのこの世のものとは思えない悪鬼の姿に、流石の天空も息を呑んでしまう。
(これが……エイムのボスか!)
「さぁ海代天空……貴方に、生きながら地獄を見せてあげましょう!」
無間地獄……地獄の最下層にあるといわれる八大地獄の1つ。