158話
突如として俺たちの前にエイムの鎧、そしてその仲間であろう女が現れ、目の前で特異怪字に変身してきた。
鎧はこの間と同じように「銅頭鉄額」を使い鎧の姿をした怪物へと変貌し、対する女は同じくオージ製薬にいた鳥人の怪字になった。
あの時に襲い掛かってきた2人の特異怪字が再び戦うことになったわけだが、問題なのはその姿ではなく女が使った四字熟語、「飛耳長目」の4枚を決して見逃さなかった。
「2人とも……見ましたよね?」
「ああ、やはり俺の予想は間違っていなかった」
その四字熟語は聴覚と視覚を優れたものにする能力、使用者は俺と刀真先輩を合宿で鍛えてくれた鷹目さんのものだ。鎧の使っている奴と同様針の特異怪字こと小笠原さんに奪われたのだ。
これも運命なのか、あの夏に奪われた四字熟語2つが今目の前にこうして揃っている。なんとしてもその2つを取り返したかった俺たちは、これにより更に鼓舞された。
「つまり――今こいつらを倒せばいいってことですね!」
「ああ、最初から全力で行くぞ!!承前啓後ッ!!!」
「怒髪衝天ッ!!!」
こうして俺と刀真先輩はそれぞれの四字熟語を使用、俺は赤い怒りのオーラを身にまとい、刀真先輩は青色のオーラを出す。
以前見せてもらった「承前啓後」、宝塚歴代当主の魂と力を受け継ぎその身に宿すという珍しい能力で、今の先輩には17人分の力がある。
怒髪衝天態と承前啓後態の2人で鎧たちに立ち向かった。
「宝塚刀真、お前も新しい姿を得たか」
「――お前を斬り刻むためになッ!」
オージ製薬ビルでの戦いは、言っちゃ悪いが確かに先輩の刀は奴の鎧に太刀打ちできなかった。しかし今は違う、どうやら先輩にはこいつの体を斬れる自信があるらしい。
「良いだろう試してみろ。長壁、お前は手を出すな。この2人の相手は俺1人でやりたい……!」
「ハァ!?何個人的な理由を持ち出してんのよ!知った事じゃないわすぐに撃ち殺す!!」
あの「飛耳長目」の使い手は長壁というらしい、鎧はこちらと1対2の勝負を望んでいるが長壁はそれに反対しあくまでも命令を優先させてくる。
2丁の拳銃を突き付けられて身構えるが、瞬間勇義さんの浄化弾がそれを阻止した。
「……!」
「おっと、お前の相手は俺だ。銃使い同士仲良くしようや」
しかし流石は「飛耳長目」、例え視界外からの不意打ちだろうがその耳が反応し、首を曲げられ避けられてしまう。しかしあいつの注意を自分に向けさせるのは成功したらしい。
すると長壁は溜息を吐いた後、その大きな両翼で地面から離れ、上の位置から勇義さんを見下ろす。
「どうやら……先に貴方を片付けた方が良さそうね」
「リョウちゃん!勇義さんを助けに行ってやれ!」
「お前もだトラテン!今回は刑事の援護に行け!」
空を飛ぶ敵に勇義さん1人じゃ苦戦するだろう、リョウちゃんとトラテンを巨大化させて彼の援護を命じる。普段勇義さんのことを毛嫌いしている2匹だが、今ばっかりは力になってくれるそうだ。
「じゃあ……俺たちは俺たちの戦いをするか!」
グローブを付けながらそう言い、立ちはだかる鎧の巨体を見上げる。甲冑の姿のソレは、本来なら圧倒的に恐怖感を出すはずだが今の俺たちにそんな弱さはない。
すると鎧は地面を蹴りこちらに跳びかかってきた。そして振りかざされるその巨碗の籠手に対し、俺も殴りかかり2つの拳が衝突した。
その瞬間辺りに衝撃波が走り砂埃を一掃する。そのパンチと勝負して分かった。こいつ、あの時よりかなりパワーアップしている!
「うおおッ!!!」
すると奴は掬い上げるように足を上げ横から蹴り上げてきた。丸太を連想するその太さを俺は左腕を立てて防御する。
俺はそのまま跳び鎧の胸元を殴った。重い一撃が走り胸部分に拳の痕ができあがるが、そこまで深くない。
(パワーだけじゃない、硬さもより強固なものになっている!)
前回の戦いにてこいつは「銅頭鉄額」をまだ使いこなせていないと自分の弱さを認めるように言っていた。あれから随分経ち、俺たちが強くなり続けるようにこいつらもまた強くなっているということか。
あの時にこの強さで現れていたら恐らく勝てなかっただろう、しかし怒髪衝天態のパワーが効かないということでもない。俺もこの姿に慣れるため必死に鍛錬を積んである。
そしてそれは、俺や鎧だけじゃない。
「先輩ッ!」
「分かってる!!」
後ろにいた先輩が俺を踏み台にして高く跳び、「伝家宝刀」を抜いてそれを高らかに振りかざした。青く光る刀身が更に燃え上がる。
今度はその刀と鎧の体が衝突、俺の時は事故でも起きたかと思う程の衝撃音が聞こえたが、今回は耳に鋭く刺さるような金属音が鳴り響いた。火花も散り、先輩は力強く刀を振り下ろす。
するとその甲冑の体にまだ浅いが溝のような切り傷ができていた。奴の「銅頭鉄額」に先輩の一太刀が効いた証拠だ。
「……成る程、口だけじゃない――か!」
承前啓後態の一撃によって後ずさった鎧は、その傷をソッと撫でた後再びこちらに向かって突っ走ってきた。
真正面からの攻撃、刀真先輩は「伝家宝刀」を盾にし俺は「金城鉄壁」の準備をしてそれを受け止めようとするが、何と奴はその直前で大きく跳び上がり頭上を跳び越え俺たちの背中を取る。
「なッ――ぐああッ!!!」
「づぁあッ!!!」
急いで後ろを振り返ろうとするも、その前に剛腕で薙ぎ払われて刀真先輩と共に殴り飛ばされてしまう。
まるでトラックでもぶつかってきたような衝撃に襲われながらも、空中で何とか姿勢を直し足でブレーキをかけ何とか堪える。しかし今の一撃はかなり効いた。
(悔しいが……虎鉄さん並みに使いこなせている。硬くそして重い体であそこまで動き回れるとは……!!)
「銅頭鉄額」の本来の使用者でもある虎鉄さんも今の奴の動きのように、何倍にも重量が増した自身の体を自由に操っていた。それは虎鉄さんが「銅頭鉄額」に馴染めるよう鍛えた結果、恐らく鎧の奴も同じように鍛錬したのだろう。
――その努力は認めてやる。だがやろうとしていることは絶対に許せない!
(そう言えば……こいつら何で俺たちの方に来たんだ?)
ふとそんな疑問が浮かび上がる。俺たちはてっきり不知火さんを追ってここに来たのだと思っていたが、奴らは一切彼女のことを口にしていない。
エイムの狙いは不知火さんの体内にある「不老不死」、なのであの人狙いなら鶴歳研究所ではなく神社に行くはず。話からして俺たち3人が神社から離れていることは知っている、なら今現在神社の防衛が薄いことに気づけない程奴らも馬鹿じゃない。
(――もしかして、不知火さんに気づいていないのか!)
だとしたら早めにそれに気づけてラッキーだ。この2人はただ単に俺たちの始末を命じられただけで、神社に不知火さんが済んでいることはまだ気づいていない。もしやこの町に彼女がいるとは思ってもいないのだろう。
すると隣の刀真先輩もそれに気づいたのか俺に目配せしてきた。それに対し鎧に気づかれないよう頷く。
そして一応勇義さんにもどうにか伝えておこうと思ったがどうやら無理らしい。横目で見れば、凄まじい銃撃戦が繰り広げられていた。こちらの戦いに夢中になって嵐のような銃声にも気づけなかった。
「だぁああ!!!」
任三郎は銃口を天に向けて乱射、大量の浄化弾がその先にある長壁に向かって飛んでいく。
しかし彼女は翼で自由に空を飛び、迫りくる銃弾を華麗に避けていった。その顔からは余裕が見られる。
(守薪曲逸のように耳で弾丸を避けているのか……しかしあいつのような生まれつきの聴覚じゃない、「飛耳長目」の能力で強化された聴覚によってだ。それに同じようにパワーアップされたあの目なら弾丸も見極められるだろう)
長壁が使う「飛耳長目」の本来の使用者は鷹目、発彦と刀真と同じく任三郎にもその2人に鍛えられた恩がある。なのでその想いは3人共同じ、何が何でも彼らの四字熟語を取り返すつもりだ。
しかし鎧同様、長壁もまた奪った四字熟語を駆使していた。「飛耳長目」の聴覚視覚強化は何も回避だけにしか使えないわけではない。
「そこッ!!」
「のわ危ねッ!!」
その優れた目で任三郎の動きを隅々まで見続け、それによりその仕草で次どう動くかを予測。後はその動きに合わせて銃を発砲するだけという、任三郎を自分の手の上で転がしていた。
「『飛耳長目』の私に、銃弾を当てるなんて不可能よ」
「お前のじゃ――ないだろッ!!」
四字熟語をまるで自分の物にように言う長壁の発言に任三郎は激情し、自身を銃で狙われながらも銃に弾と感情を込め、空高く飛行している長壁を狙った。
しかし当然さっきと同じ方法で避けられ、それに感情に乗せられ正確に狙えなかった――というフリであった。
すると長壁はその耳で何かを察知、後ろを振り向くとそこには自分を丸のみにしようとする巨大な口があった。
「――ッ!!」
急いで両翼を羽ばたかせそこから脱出、もう少し遅ければ今頃その口の正体――発彦のリョウちゃんの餌となっていただろう。
任三郎は怒りに任せて銃を撃っていたのではない、立て続けに銃声を鳴らして背後から忍び寄るリョウちゃんに気づかせないようにしていたのだ。
(守薪曲逸の時のような音による誤魔化し……惜しかったな!)
長い体を伸ばし迫りくるリョウちゃんから逃げる長壁、逃げつつも拳銃を発砲するも鱗で防がれてしまう。
リョウちゃんも自分の鱗の硬さには自信があるらしい、前方から幾つもの銃弾が飛んできても臆することなく彼女を追っていく。
すると長壁は銃を2丁持つのを止め、両手で拳銃を握りしめる。そしてバック飛行しながらリョウちゃんに狙いを定めた。
「!!、目を瞑れ画竜点睛ッ!!」
任三郎の警告も遅く、長壁はリョウちゃんに向かって発砲。その銃弾はその右目を貫いた。
『ギャアアアアアアアア!!??』
「あいつ……あんな状態で目を狙いやがった……!!」
空という安定しない状態で尚且つ追われているというのに何て狙撃力だ、「飛耳長目」の視覚による銃使いはとてつもないものだと任三郎は再確認させられる。
すると今度はトラテンが長壁に襲い掛かり、片目を潰されようが諦めないリョウちゃんが同時に襲い掛かる。竜は火球を、虎は青い炎を吐き出して攻撃した。任三郎もそれに続いて拳銃を撃つが全て避けられてしまう。
(こいつらの狙いは不知火さん……絶対にここで倒す!)
任三郎は不老不死の女性を守ることを決意したが、発彦や刀真と違って鎧と長壁がまだ不知火に気づいていないことを察ししていなかった。発彦たちはそれを教えようとするもお互い激戦の中にいるのでそんな余裕もない。
こうしている間にもリョウちゃんとトラテンは長壁に向かっていく。任三郎も普段自分を虐める2匹の式神に今回ばかりは加担し、再び銃で応戦していくのであった。