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爆発寸前な男  作者: ZUNEZUNE
第十三章:償いと決意
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149話

薄美(はくみ)、今帰ったぞ』


『あ、お帰りなさい任三郎さん!』


玄関の扉を開け帰ったことを伝えると、薄美の奴が向こうの部屋からその愛おしくはにかんだ顔を出して見せた。その姿はおたまを片手にエプロンを身に付けていたので夕食の準備をしてくれてるのだろう。

刑事の仕事は本当に大変なもので、完璧超人でイケている俺でも一苦労する。そんな時ささやかな癒しと希望になってくれているのが彼女だ。こいつの顔を見るだけで元気が出る。

小学校からの付き合いであり、偶然的にも中学高校も同じになった。長い間過ごしたせいかこいつに惚れてしまい、勢いで告白。そして成功して今同棲中というわけだ。


『そうだ、次の土曜日どこかに出かけないか?久しぶりに一緒に』


『良いですね!どこに行きます?』


夕食を共にしながら次の休日の話をする。ここ最近忙しくてこいつと過ごす時間が短くなっていた。確かに刑事として市民の平和を守ることも大事だが、恋人との仲も守れないようじゃ立派な刑事――男にはなれない。

元々俺が刑事を志す理由は、人生の目標や目指すものが無かった子供の頃に、偶然目にした刑事ドラマに感銘を受け、そこから憧れを抱くようになった。どうせ他にやりたいことも無いならせめて人の為に働こう、ガキの時の純粋な想いは今もこうして俺の中にある。


(上手くいくと良いんだが……)


そして今の俺は、あることで悩んでいた。何故かというと、刑事としての仕事も慣れてきた。なのでその休日に()()()()()()()()と思っていたからだ。

俺も男だ、決める時はビシッと決めなければならない。告白の時なんかドジを踏んでカッコ悪くなってしまったが次こそは成功させてみせる!

デートプランも完璧、洒落た高級レストランで食事しそこで指輪を渡してプロポーズ、ありきたりな方法だとは思うがここは定番で勝負した方が良いだろう。

指輪も給料を貯めて薄美に似合いそうなのを選んだ。こういうアクセサリー関係には疎い身だったがそこは友人に協力を頼んだ。選択も場所も間違っていないと断言できる。

しかしプロポーズのレストランの前にどこへ行くのかはまだ決まっていない。そこは彼女に決めてもらおうとすると……


『じゃあ私、あそこの自然公園に行きたいです!』


薄美は自然が好きだった、なので近所にあるその自然公園はお気に入りの場所だった。幾度かのデートでも行ったことのある場所で、俺たちにとっては馴染みのある公園である。

しかし毎回毎回同じ場所に行ってつまらなくはないのか?そう聞いてみると「任三郎さんと一緒に行けるならどこでもいい」という嬉しい返答をくれた。これでますますプロポーズに精が入るというものだ。

決戦日は明後日、後は時を待つだけだ。





『おい薄美!!しっかりしろ薄美!!!』


『任三郎……さん、どうか皆の未来を……』





「ッ!!」


気づけば俺は冷や汗を滝のように流しながら眠っていた。目が覚めるとすっからかんに空いている電車の中、もしや前みたいに寝過ごしてはいないかと焦るも今回は大丈夫だったようだ。

……酷い夢を見た。ここ最近見ていなかったのに今日はより鮮明にフラッシュバックするかのようだった。やはり()()()()()()()()()()()とその分記憶が鮮明になるのかもしれない。

額を濡らす汗を拭い、息を整える。人がいなくて良かった。もし他に誰かいたら心配されて声をかけられていたかもしれない。それ程までに俺の寝相とその表情は酷いものだった。


(いかんいかん……近づいただけでこうなるなんて、墓参りになんてできっこないぞ!)


今日、俺は今薄美の墓参りに向かっていた。英姿町から電車を数本乗り換え1時間程度で着く場所にその墓地はある。窓から見える景色も次第に見たことがあるものへと変わっていった。

――俺はあの日以来、彼女と共に住んでいた場所や墓には全然近づいていない。あの事件があったからパネルや怪字を恨み糧になるのは分かっている、しかしその怒りの前に当然トラウマもあった。

眠っていた時と同じように腕を組むと、自分が尋常じゃない程鳥肌を立たせていることに気づいた。それ程までにその地は自分にとってのトラウマなのだろう。

しかし折角ここまで来ておいて引き返すなんてことはしない、俺は墓参りに来たのだ。たかが実体の無い感情に怖気ついていては仕方が無い。

やがてしばらくして目的の駅に到着する。電車から降りれば寂れかけた駅が出迎えをしてくれ俺の現状の心理に非常に合っていた。

コリが溜まった体を伸ばし、ゆっくりと改札から外へ出る。この町は英姿町のように自然と建物が共存し合った感じの町並みで、少々田舎臭いがこれでも都心には近い。


「変わってないな……この町も」


さてここに到着してまず向かうのは彼女の墓――ではない。墓参りに来たのは確かだが、俺はあることで迷っていた。

その理由は、()()()()()()()()()()()()のだ。なので先にそっちのほうへ挨拶に行くか、それ以前に挨拶に伺ってもいいのかと電車の中から悩みに悩んでいる。

それは、果たして俺なんかが顔を出しても良いのかという思考があるからだ。

いくら当時怪字や呪いのパネルという存在を知らなかったとはいえ、娘さんである薄美を守れなかったのは事実、現にそのせいで()()()()()()()()()()()()。当然彼らは怪字のことなど知らない、怪字で発生した殺人事件などは基本通り魔による犯行といった感じで誤魔化され、未解決事件として扱われることが多い。

「刑事のくせに殺人鬼から姉さんを守れなかったのか!」――これはその妹さんから言われた言葉だ。確かに怪字の存在を知らないとはいえ、俺が彼女の身を守れなかったのは事実。それに言い訳するために呪いのパネルのことを話すなどできるはずもないので何も言い返せなかった。

ご両親は許してくれたがあの人だけは未だ許してくれない。なのでこのまま実家に行けば失礼なことになるのは明白である。


(ここは……やっぱりやめておくか)


妹さんの怒りの表情を思い出したところで、改めて実家に寄ることは諦めた。彼女の気持ちも当然理解している。だからこそ俺が顔を見せちゃ駄目なのは理解していた。

やはり本来の目的である墓参りだけ済まして、とっとこの町から出た方が良いだろう。実家に行かなくても偶然バッタリ会ってしまう可能性もある。


(それに……いつ協会の刺客が来るかも分からないからな)


そうやって俺はコートの内ポケットに入れている例の装置を見て思う。肌身離さずということなので当然墓参りだろうが持っていなければならない。エイムの連中は時と場所を選ばないのは既に承知している。

現に触渡と宝塚の奴にまで刺客が送り込まれている。なら当然俺も狙われるだろう。それが英姿町の外だろうが中だろうが。もしかしたら抜蔵兎弥のように殺人鬼を送り込んでくるかもしれない。

兎に角、俺は今戦いたくなかった。あいつが愛したこの自然溢れる町を、怪我したくないから――

彼女の家族を鉢合わせにならないよう人目の付かない道をなるべく通り、彼女が眠っている墓地へと進んでいく。するといつのまにか、見覚えのある施設の後ろの道を通っていた。

あいつとのデートで良く言った自然公園だ。いつの間にかこんなところまで来ていたのかと実感させられる。


(怪字がいなけりゃ……今頃普通の刑事として薄美と結婚して子供も作り、家庭でここに来てたかもな……)


あったと思われる未来、怪字によって失われた望んだ世界、それらを空想もしくは妄想として脳内で再生する。

あの時怪字が現れなかったら、俺はプロポーズして結婚していたかもしれない。そうして子供を作り育む。男の子か女の子か?性別まで妄想で決めたら流石に悲しくなる。

いや、そもそも()()()()()()()()()()()なんていう考えは、俺も触渡も宝塚も、全てのパネル使いが想った世界だろう。

奴らが存在しなければ薄美は殺されずに済み、触渡は幼馴染を殺さずに済むし、宝塚家を普通の一般家庭になっていただろう。もしそうなれば網波課長や天空さん、今の知り合いとは会うこともなくなるがそれでも構わない。


(フッ……俺が「寂しい」と思うなんて、随分甘くなったものだな)


しかし皮肉ながらも怪字という存在があったからこそ今の未来がある。触渡や宝塚とも出会えた。あいつらの前じゃ恥ずかしくて言えないが、今の現状に悪くないとは思っている。怪字が存在するかしないかの2つの世界を同時に望むという矛盾行為だったが、それに対し何故かおかしくなって笑ってしまう。

おかげで墓地に近づくたびに暗くなっていた気分が少しだけ晴れた。しかしその墓地に辿り着いた瞬間もう一度心が曇ってしまった。


「……着いたか」


石階段を上り、沢山の墓が並んでいる場所へと到着する。その中から彼女の墓を見つけ出しその前で腰を下ろす。

生花をそこに飾り立て、両手を合わせて祈り出す。僅かながらの沈黙を長い時間のように感じながらも、俺はすぐに立ち上がった。


「……」


そうしてポケットから取り出したのは小さな巾着袋、そこに手を入れ指で挟んだのは、彼女に渡す予定だった指輪であった。

今までずっと持っていた。捨てれば勿体ないとかいう理由じゃなく、唯一残された彼女との思い出まで失われてしまいそうで、今日それを持ってきたのは、数年越しにこれを渡そうと思ったからだ。

そして墓にそれを置こうとした瞬間、うっかり手を滑らせ地面に落としてしまう。慌てて拾上げようと屈んで手を上げた瞬間、()()()()()()()()()()()()ことに気づく。

刺客か!?急いで立ち上がってその顔を確認すると、別に意味で俺は凍り付いてしまう。

まるで薄美の生き写しのように思えてしまう程の瓜二つ、双子ではないがそっくりであった。


「……薄子(うすこ)ちゃん」


彼女の妹である薄子ちゃんと、よりによって彼女の墓の前で出くわしてしまった。

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