148話
寒さも変わらず肌寒い日が続くこの頃、勇義任三郎こと俺はその雪の上を触渡と宝塚と共に歩いていた。全員が防寒し触渡は自分のマフラーを大事そうにつけている。2人の式神もあまりの寒さに服の中で丸くなっていた。
息が白くなる中、他愛のない話をしながら道なりに進んでいる。
「そう言えば先輩受験はどうなったんですか?」
「とっくのとうに合格したさ。英姿大学、これでようやくこっちに専念できる」
宝塚が言う「こっち」というのはエイムについてのことだろう。普通高校3年生ならば受験以外に優先するものなど無い筈だが、勉学よりこいつらは怪字退治に集中している始末だ。
本来なら俺のようなキチンとした大人が叱るところだが合格した後だし、それにこの間更に強くなったので下手の事は言えなかった。
「承前啓後」――宝塚家が「伝家宝刀」以外にも後世に託していた四字熟語、本来は刀に使う予定の物だったがこいつが新たな使い方を発見し「承前啓後態」という新たな姿と力も手に入れたわけだ。
触渡は怒髪衝天態、宝塚は承前啓後態、新たな四字熟語と共に進化した姿を手に入れている中、俺だけ何も持っていない訳だが別に気にしてはいない。
――四字熟語を使わないのが俺のポリシーだ。例えガキ共がそれで強くなり続けても気にする必要はない。
(決して俺だけそういうのが無いことを嫉んでいるわけじゃないからな!!)
「……なんか勇義さん怒ってません?刀真先輩また何かしました?」
「ほっとけどうせ馬鹿なこと考えているだけだろ」
ところで俺たち3人が今どこに向かっているかを話さなければならないだろう。目的地は新生鶴歳研究所、もうそろそろ着くはずだ。
何故あそこへ向かっているのか、完成したのだ。例の妨害電波装置が。
エイムの刺客が敗北した時の自決を阻止するための装置、牛倉一馬から毒薬のサンプルとオージ製薬からその詳細を手に入れた時から開発に着手されていた装置だが、それがようやくできたという知らせを比野さんから受けた。
もう待ってましたと言わんばかりに望んでいたものだ。連絡を受けた後すぐに2人と待ち合わせ今向かっているわけだ。
「あ、お待ちしていました!どうぞ中へ!」
そしてようやく研究所へ辿り着き、比野さんの案内を受ける。中に入った途端今まで服の中にいた触渡と宝塚の式神、そして比野さんの式神が飛び出し遊び始めた。
その最中に玄関を見ればこの間来た時より靴の数が増えていることに気づく。小笠原大樹の裏切りが発覚した後に新しい研究員が数名雇ったと聞いていたのでその人たちの靴だろう。
所長の鶴歳さんに挨拶を済ました後、梯子を下りて地下の研究室ルームに入ると白衣を着た数名の人がいる。この人たちがさっき言っていた新しい研究員だ。
彼らにも挨拶し、目的の妨害電波装置を見せてもらった。
スマホ程の小さなサイズでまるでリモコンのようである。中央にはスイッチらしきボタンと上には見たことも無いメーターが付けられている。
「その装置は、周囲5mにかけて妨害電波を発生し続けることで毒薬の任意溶解を防ぐことができます。ですので自分で持つよりも倒した刺客に持たせた方が良いですね」
「成る程、近づかないと駄目ってわけか……まぁ装置を発動させている時にそいつの服に入れれば大丈夫だな」
てっきり大型の機械で広範囲に妨害電波を発するタイプだと思っていたが、これなら範囲に制限があるものの持ち歩きも可能で敵にも怪しまれない。
そして小さいので量産も簡単、とりあえず俺たち3人に1つずつ配られた。もし単独行動の時に襲われても1人だけで装置が使えるという利点もある。
聞けば針の特異怪字こと小笠原大樹、先日襲ってきた水鳥我為という詐欺女、触渡と宝塚に1人1人刺客が送り込まれているということは俺にも来る可能性が高い。この装置は常に肌身離さず持ち歩いておこう。
「済まない比野さん、それに他の研究員たちも急かすような真似をさせて。しかしおかげで1歩前に進めそうだ」
「いえ!この装置を作るにあたって全員が連携したので結束力が固まりました!……大樹さんがいればもっと早かったんですが」
小笠原大樹、彼女とは古い仲らしく所謂幼馴染の関係だったという。そんな男が敵の組織の回し者で尚且つ何人も人を殺めていたとなれば彼女の心情も察することができる。あの男は単純に我々を裏切っただけじゃなく、彼女の想いと信頼までも裏切ったのだ。
――実は、ここに来るまでの道中にて奴の話題は避けようと2人と決めていた。あれから数日経ったとはいえ彼女にとっては辛いことだと思っていたからだ。
「……私、もう一度あの人と話がしたいんです。例え大樹さんが協会の一員でも私にとって大切な人であることは変わりありませんから」
しかしその気遣いは無用だったようだ。彼女は彼女なりにあいつのことを受け止めていた。
だが俺には彼女が望むように奴が話し合いに応じるとは思えない。クリスマスイブの夜に小笠原大樹を追い詰めた際にその異常性は彼女も俺たちも見たはずだ。とてもじゃないがこちらの説得を耳に入れてくれるかは怪しい。
それでも俺には「無駄だ」とは言えない。今こうして装置を完成させられたのも、小笠原大樹という存在が少なからず彼女にとっての希望になっているからだ。話がしたいという願望に己の希望を全て込め、それを燃料に働いているのだろう。そんな彼女にそれを言えばその心を砕くのと同じだ。
しかしあいつの話をしたせいで場の空気が少し暗くなってしまった。詳しい事情を知らない新研究員たちがオタオタと戸惑っている始末。早く雰囲気を変えないと流石に気まずい。
「そう言えば触渡、お前あの彼女とは仲良くやってるか?」
「何でそこで駆稲が出てくるんですか!?」
そこで冷やかしとして触渡が今付き合っている彼女の話を持ち出す。仕方ないのでここはこいつに犠牲になってもらおう。
すると宝塚の方を見ると向こうも俺と同じ考えなのか、頷いた後俺の話に乗ってくれた。こういう時だけこいつとは息があう。
「聖夜に告白までしたんだ、それはもうラブラブだよなぁ?」
「刀真先輩まで!?なんですか急に……関係ないでしょ!?」
こいつは生意気にも同級生の女子に告白し成功している。それと小笠原大樹に何の関係があるのかというと、その追い込んだ日と告白した日は同日に行われたもの、決して無関係というわけでない。
無理やりのこじつけだとは俺も自覚している。だがそれで話の流れを大きく変えられた。
「あ、私も聞きたいです!あれから何か進展ありました?」
「……くぅ」
比野さんもその話に興味津々といった感じなので見事雰囲気を大きく一変できた。その尊い犠牲となった触渡は赤面し恥ずかしそうに顔を背けている。すまんな触渡、悪いことをしたとは思っているがこの場合話が途切れるとまたさっきの空気に逆戻りなんだ。もっと弄らせてもらう。
「なんかデートとかで面白いこと無かったのか?」
「……まだあれから1回もデートなんかしたことないです」
「えぇ!?冬休みだぞ!それに3年生は受験で忙しくなるんだから今の内に遊んでおけよ」
「だって!今までは普通に遊びに誘えたんですけどいざ交際関係になると誘うときに緊張しちゃうんですよ!!」
しかし肝心なところでウブになってあれから何の進展も無いらしい。微笑ましいのか呆れているのか、宝塚と比野さんの表情がその2つが入り混じった微妙なものへとなっている。
(……恋人か)
触渡をからかいすぎた報いなのか、俺も思い出したくないことをその会話から連想してしまう。俺が前代未聞対策課の刑事になる決意となったあの事件、恋人が怪字に殺されてしまった時のことだ。
あの日のことは一度たりとも忘れたことなどない、あそこから俺の人生は狂い、そして今へと繋がっているのだから。いわばあれが真の刑事としての始まりかもしれない。
綺麗で優しい女だった。目をつむればあの美人顔がいつでも浮かび上がってくる。しかしそれと同時に、息を引き取った瞬間までも再生されてしまう。最後に目蓋裏に映ったのは、そんな彼女の亡骸を抱えて泣き叫ぶ俺の姿。
――思えば俺は、あの日の出来事から逃げ続けていたな。
思い出したくない過去、トラウマ、決して忘れたわけではないが必死に思い出さないよう脳の片隅に隠していた記憶。夜寝ようと布団に籠っている時にたまにフラッシュバックしてしまう。夢にも出た。これは数日引きずることを何となく察した。
(そうだ――墓参りに行こう)
彼女を失ってしまった事実から逃れるために、俺は一度も彼女の墓に行ったことは無い。今までに行こう行こうとは思っていたがタイミングを逃してしまったのだ。
何を今更、という感情も僅かながらにある。墓参りをして彼女が生き返るわけではないのも理解している。それでもそこに行けば何か救われるような気がした。
こうして俺は、彼女の墓参りに行くことを決意した。