147話
水鳥我為が人間の姿に戻ったところを確認し、「承前啓後」の使用を止め私も元の姿に戻る。すると今まで静かながらも火照っていた体の高揚が次第に落ち着いていき、フゥと溜息を吐く。
どうやら発彦の怒髪衝天態のように後から苦しみなどは来ないらしい、これなら安心して思う存分に使える。あいつに負担を掛けまいと手に入れたのにそれで自分に負担が掛かったら元も子もないからな。
(手に入れたぞ!新しい力を!!)
承前啓後態――歴代の当主の魂をその身に宿し、その数だけ刃の数と力を増やす四字熟語の姿。それに加え速さも防御も強化されるというまさにパワーアップという言葉にピッタリであった。
使い終わった後にその強さを再確認し、心地よい優越感に浸る。これでようやく私も発彦と同じように肩を並べられるのだ。
それに他の四字熟語と組合せても色々とできそうだ。一度家に帰ったら試すのもいいだろう。
「大丈夫か刀真!!」
「父上……」
するともう回復したのか父上がこちらに歩み寄ってきた。その手には奴から取り返した「諸刃之剣」が握られている。最後はその剣の性質を利用してあの女を倒したと言っても過言じゃない。
今だけは父上も苦しめた「諸刃之剣」に感謝しなければならない。その性質を逆に利用して倒したわけだが、今回のそれは敵に水鳥我為のような強欲の性格が無ければできないだろう。
「……まさか『承前啓後』にあんな力が隠されていたとはな、自分の体に使うなんて発想力は昔の儂には無かった」
つまりこの承前啓後態は17代目の私が見つけた使い方と姿ということになる。そう思うとますます自分が誇らしくなってきた。16代かけても見つけられなかった使用法を自分が発見したのだから。
もしかしたら発見したという2代目は、一番最初に使った対象なのが「伝家宝刀」で、それから「物」にしか効果が無いと思い込んでしまったのかもしれない。それか世代を超えるにつれその能力の全容が薄れたか。
「――よくやった。お前という息子を誇らしく思う」
「……はい!ありがとうございます!!」
そう言って父上は私の肩に手を置いて頷く。この手は、これからは頼んだぞという意味のものだろう。つまり私に完全に当主の座を渡す意味だ。
真の当主にはなれた、「承前啓後」も受け継ぎ「諸刃之剣」を取り返せた。後残る問題はただ1つ。
(水鳥我為……恐らくこいつも毒薬を飲まされているはずだ!)
エイムの刺客が絶対と言って良い程飲まされている任意溶解毒薬、オージ製薬によって作られたそれは例え本人がそれを望んでいようがいなかろうが発動し、口止めとして毒殺される。
今新しくなった鶴歳研究所でそれを妨害する装置を作っている途中だが、情報源は早めに手に入れたことに越したことはない。できればここで捕まえて吐かしたいところだ。
どうする?発彦が牛倉一馬の時のように毒薬が溶解する前に無理やり嘔吐させるか?しかしそんなことできる力私には無い。
こうなったらもう一度承前啓後態の姿となって「伝家宝刀」による峰打ちを腹部に当てようと思った矢先、その前に彼女が吐血してしまう。
「遅かったか!」
「ガハッ……な、何よこれ!?ま、まさかあの毒薬……!?」
吐かせる前に毒薬が発動してしまったらしい、どんどんその顔色は青色へと変色していき、吐く血の量も酷く多かった。
今までに何度も見てきた光景だ。今回こそはと思っていたが間に合わなかった。いくら敵とはいえ死ぬ姿を見ると流石に心が痛む。特異怪字になろうが人間性が無かろうが、彼女が人間であることに変わりはない。
「ちょ、ちょっと!!まだ私は……負けてない!!だから殺さないで!!!」
次第にその命乞いも大声から掠れているものへと変わっていき、どんどん血の気が引いて厚化粧でも隠せない程の顔色になってしまっている。何度も立ち上がろうとするも遂に地面に伏してしまった。
そして何かを欲するかのように腕を伸ばす。その先には何もない、瀕死のせいで幻覚でも見えているのだろうか?
「こんなところで死ぬなんて……大金稼いで……幸せに生きるはずなの……に……」
そう言い残し水鳥我為は息を引き取る。その表情は「まだ満足していない」といったような表情で、最後の言葉も金に関する言葉だった。余程金が好きなのだろう、そうでもないと怪物にまでなって稼ごうとは普通思わないはずだ。
「我田引水」、自分勝手な者に良く言われる四字熟語だが、こいつにピッタリだったと思う。私は地面に落ちたリクター付きのその4枚を拾い回収する。これで全て解決だ。
(しかし……また見殺しにしてしまった)
仕方ないとはいえこれでは刺客を倒すといういたちごっこが続いているだけ、やはり装置が完成するかその前に吐き出させるしか方法は無い。
ちなみにこの水鳥我為のことを後で刑事の奴に聞いてみたところ、詐欺の疑いで逃亡中だったらしい。恐らく逃げている時にエイムに勧誘されたのだろう。
その後水鳥我為の死体に合掌し、何か手掛かりになりそうな物は無いかと探してみるも何も見つからなかった。情報の1つでも手に入ってもおかしくないが……
「今怪浄隊の方々に連絡を取った。後は彼らに任せるぞ」
「……はい」
そうして携帯電話を片手の父上と一緒に山を下りる。その場から立ち去る直前、もう一度彼女の死体を振り返ってみた。
……やるせない気分だ、やはりいくら敵とはいえその死は心に来るな。
勿論彼女はこちらを容赦なく殺そうとしてきた。金に目がくらんで詐欺どころか殺人にまで手を咥えようとしたのだ、自業自得と言われても仕方ないだろう。
しかし、まるで心に穴が開いたような感覚だ。彼女にも罪を償うチャンスはあるはずだ。
山を下りればすっかり暗くなっており、冬の夜は非常に冷えた。それでも歩くスピードを変えず私は父上の後をついていくだけ。決して追い越したりはしない。
「――刀真、これを受け取れ」
「これは……『諸刃之剣』!?」
するとそう言って渡してきたのは「諸刃之剣」の4枚、それを帰り道の途中で急に渡してきたので思わず驚いてしまう。
この四字熟語は当主ではなくなり「伝家宝刀」を私に託した父上にとって、唯一残された戦力の筈だ。確かに一時期それを欲したが今の私には「承前啓後」がある、今はもう必要のない物だ。
「今日お前と戦って分かった、もう私は戦える身じゃない。日に日に体力が落ちているのが分かる、それにもう『諸刃之剣』を長時間使える程儂も若くない。下手に出しゃばれば足手まといになるだろう」
「父上……」
「怪字を全て撲滅するんだろう?ならば貰える力は遠慮なく貰っておけ」
その言葉は、私に当主としての座を完全に譲ると共に自らの引退を示していた。確かに私の夢は全ての怪字の退治、その為にもっと戦力は必要だろうしエイムとの戦いも激化するのは明白。
ここで「諸刃之剣」を手に入れれば私はより強くなれるだろうし、その代価も承前啓後態なら和らげられるはずだ。更に強くなった私だからこそ使える四字熟語だ。
だが私は、それを受け取らずに父上に返す。
「刀真?」
「父上、貴方はまだまだ戦えます。それに分かったんです。その夢は、私1人では叶えられないものだと」
今までの私は、自分だけで全ての怪字を討伐しようと思っていた。「伝家宝刀」さえあればどんな怪字も倒せると思い込んでいた。
しかしそれは違う、当然ながらこの世にどれだけの呪いのパネルと怪字が存在しているかは分からない。それに加え人造パネルを作り出すエイムまで現れる始末だ、その正確な数は分からないまま。
そんなのを1人で全て倒すというのは、まさしく夢物語や願望に近いものだ。それでも私はその大義を胸に今まで刀を振ってきた。しかし1人ではどうしても不可能だろう。
しかし発彦、そして一応刑事という仲間との出会いで、その大義を1人で抱え込むものではないことにようやく気付いた。その仲間の中には父上も当然入っている。
私ももう立派になったと言いたいところだが、まだまだ甘い。だからこそ父上が引退したらまだ困る。かといって父上に頼りすぎても駄目だが。
「――これからもよろしくお願いします。私は、皆の力で目の前の悪と戦いますから」
「……そうか、じゃあそうさせてもらおうかな」
分かってくれたのか、父上はそのまま「諸刃之剣」を懐にしまう。いくら年を取っていてもこの人は歴戦を生き抜き天空さんとも肩を並べる実力者だ。まだまだ現役と共に戦えるはずだ。
そしてようやく家につき中に入ると、そこには料理が豪勢に並べられていたので思わず目を丸くしてしまう。父の要望で我が家の食卓は基本和食だが、この日は洋食も多く見られた。
すると母上が向こう側から出てくる。
「あ!お帰りなさい2人とも!丁度準備ができたところよ」
「母上……これは一体?」
「あら、お父さんから聞いてないの?本当の意味で当主になれたからお祝いのパーティーをするって。久しぶりに張り切ったわ!」
なんとこのパーティーの提案は父上だという。まさか父上がこんなご褒美的なことを提案するとは驚きだ。その顔を見ても背けている。まさしく父上なりの褒美なのだろう。
「お友達も来てるわよ」
「刀真先輩おめでとうございます!!」
「お前が当主になって本当に大丈夫なのか?」
すると発彦と刑事の奴も呼ばれていた。その顔を見た途端さっきまで真面目に自分の大義について考えていたのが馬鹿馬鹿しくなり、思わず顔がはにかんでしまう。
――たまにはこういうのもいいか、そのまま私は開口一番失礼なことを言ってきた刑事の頭を叩くのであった。